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69.16歳の夏

ここから第10章となります。





 

 暑い。

 せっかく異世界に来てるというのに、この世界エクスターニヤにも夏がある。ユニヴァース魔法学園は比較的涼しい地方にあるというのに、それでもやっぱり暑かった。


 目の前の席に座っているスターリィも、うっすらと肌に浮かぶ汗をハンカチで拭き取りながら、外の景色をまぶしそうに眺めていた。俺からすると、外の暑苦しい景色よりも彼女の少しはだけた胸元に目が行ってしまうんだけど…そのへんは男のサガってもんだ、許してもらいたい。



 とりあえず制服が夏服に変わってくれたのが唯一の救いだった。スターリィに頼んで短くしてもらった制服のスカートは、油断するとパンツが見えそうなくらいミニにしてるけど、まぁ別に見えても構わないから気にしていない。それよりも実用性のほうが重要なのだ。第一俺のパンツ見て喜ぶヤツなんていないだろう。いないよ…な?

 ちなみに我らが【白銀同盟シルヴァリオン】の中で俺の意見に同意してくれたのはティーナだけだったんだけど、エリスに激しく怒られてミニスカ化は断念していた。くくっ、不憫なヤツめ。






 時の流れは早く、俺がこの魔法学園に入学してから既に4ヶ月ほどが経過していた。

 その間に季節は春を過ぎ、梅雨を超えて暑い夏がやってきていた。窓の外から差し込む陽の光が、先日までの柔らかいものから突き刺すような鋭いものへと変化を遂げている。



 今日の俺はスターリィと二人で喫茶室に篭っていた。ここ、値段は高いんだけどなんか涼しいのだ。

 なんでもエアコン的な魔道具が入っているらしい。扇風機的な魔道具はそれなりに普及してるんだけど、エアコンのほうはまだまだ高級品みたいだから、導入されてるだけでも大したもんだと思う。



 ズビズビ…

 ぼーっとしたまま氷の入ったアイスコーヒーを啜る。

 美味い。冷気が内臓に染み渡るようだ。


「アキ、ちょっとみっともないですわよ?」


 スターリィに窘められてしまうが、こればっかりはしょうがない。


 身体の内側からようやく体温が低下していくのを感じながら、俺はここしばらくの出来事について思い出していた。






 ------






 結局【薬師の森】でのティーナとの会合は、あのあとすぐにお開きになった。俺の帰りが遅いのを心配したスターリィから伝話テレパスが入ったんだ。(ちなみにスターリィの表示は【星】だった)


「キミにも心配してくれる友達はいるんだね。だったら早く帰らないと」


 そう言って微笑むあのティーナの笑顔が魅力的だった。




 その後ティーナとは何度か会合をして、互いの情報を交換しあっている。もっとも俺の額の『グィネヴィアの額飾りサークレット』を外す方法については、現在のところ手がかりすら見つかっていない。

 それでも…目の前に有ることが分かっているだけでティーナ的には違うようだ。以前よりは打ち解けた表情が、そのことを物語っているようだった。





 俺の学園での時間は、相変わらずトレーニングと勉強に費やされていた。以前とは違うのは、パートナーが増えたことだ。


 トレーニングのほうは【白銀同盟シルヴァリオン】のおかげで充実した相手を得ることができた。

 特にプリムラの存在が大きかった。彼女は多方位多角的な能力を多数持っていたから、これまで俺の弱点だった1対多の戦闘能力を向上させるのに非常に役立っている。分身の術ドッペルゲンガープラス手裏剣とか、なかなか泣けてくるよ?


 最近はプリムラ、カノープス、ボウイの3人を同時に相手することにハマっていた。実はこれ、ゾルバルの技を身体でなぞって覚えさせる作業に近かった。

 ゾルバルから引き継がれた能力の中には、様々な戦闘術も含まれていた。それを何度も反復させることで身体に覚えさせて、【魔眼】との併用で動体視力も上げて瞬時に対応させる。それが、このトレーニングの主たる目的なのだ。俺みたいな素人が手っ取り早く強くなるには、これが最適だったんだ。

 おかげでカノープスあたりからは「ますます戦闘力が魔王じみてきてるよね」などとイヤミを言われたが、俺自身にはそんな感覚は無い。なにせ相手は…七大守護天使級の力を持つ”魔将軍”なのだから。


 未だ目的がよく分からない『解放者エクソダス』。ミザリーの襲撃も目的も結局不明のまま。

 だけど、いつまた牙を剥いてくるかわからないし、魔本【魔族召喚アポカリプス】のことやティーナとの同盟もあっていつかは戦わなきゃいけない相手だ。準備しておくに越したことはない。


 まだまだだ。まだ…ゾルバルやデインさん、レイダーさんなんかには及ばない。でも今なら…もしかしたらかするくらいはできるんじゃなかろうか。





 他方、勉強のほうも色々と進んでいた。

 ロジスティコス学園長が戻ってきたことで上級コースの授業が始まり、これがまたかなり充実していた結果だった。

 基本的に週一くらいしか授業は開催されないし、時々「新たな才能を探す旅」なる意味不明な理由で行方不明になるものだから中々話す機会は少ないものの、それでも得るものは多かった。


 一言で言うとロジスティコス学園長は…『賢者ワイズマン』と呼ばれるだけあって非常に知識が豊富だった。


 まず、龍魔法の謎が解けた。

 これはフランシーヌから貰った自然に作用させる魔法なんだけど、ずっと使い方が分からなかったんだ。だけど、分かってみると単純だった。俺は龍魔法の使い方を根本的に勘違いしていたのだ。


 通常『魔法』というのは、魔力をエネルギーに変換させて事象をコントロールするものだ。だけど龍魔法は違う。イメージとしては「自然に魔力というエサを与えることで、自然を作用させる」という感じだったのだ。

 このことを理解していなかったので、これまでさっぱり龍魔法を発現させることが出来なかった。だけど原理を理解することで、ようやく龍魔法を発動させることに成功したんだ。

 …といっても、効果はまだまだショボいけどね。今は花を咲かせるくらいかな?


 龍魔法のメリットは、少ない魔力で大きな力を発揮出来る。対してデメリットは、自然が相手ゆえなかなか言うことを聞かないことだ。

 まぁそのあたりは今後解決していくとして、とりあえず使い方だけは覚えることができたんだ。



 それから…スターリィを調べたときに出てきた「天使を超える存在」についても判明した。

 どうやら天使の中に稀に「人間としての限界を超える存在」が現れるらしい。たとえば”七大守護天使”やレイダーさんなど…。

 そんな”天使を超えた存在”のことを【超越者イクシード】と呼ぶのだそうだ。なんだそれ、スーパーなんとか人かよ。


 ただ、【超越者イクシード】への進化方法は分からないらしい。学園長自身、どうやってなれたのかよく分からないそうだ。

 なんとなく友人が殺されたら覚醒しそうな気がするけど、その場合殺されるのは俺になっちゃうから、そういうのは勘弁願いたいです…


 まぁそのあたりは、今後スターリィがチャレンジしていくことなんだろうな。




 こんな感じで俺たちは、自分たちを鍛え学びながら日々過ごしていったんだけど…気がついたらその間に、スターリィとボウイは16歳になっていた。

 俺の誕生日については、とりあえずスターリィと同じ日にすることに以前取り決めていたので、すなわち俺も無事に16歳になったということになる。



 誕生を祝うお祝いの席で、隣に座ったカノープスがニコニコ微笑みながら話しかけてきた。


「アキは出会った頃よりグッと女性らしくなったね?」

「へー、そう?どのへんが?」

「んんー、体型は…あんまり変わんないね。でもなんとなく色気が出てきたような気がするよ?」


 悪かったな、体型変わってなくて。カノープスの嬉しくも無いお世辞を聞きながら、ふと気づく。


 16歳か…

 そういえば俺がこの世界に来たのは、この身体が14歳のときだったよな。ということは…



 そう。気がつくと俺は…この世界に来てから、既に2年近くが経過していたんだ。









 ------







 そんな感じでここ1~2か月の慌ただしい日々を思い出しながら、ぼーっとスターリィの様子なんかを観察していると、ふいに声をかけられた。


「おや、そこにいるのはかわいい子猫ちゃんたちじゃないか。今日は二人で涼んでるのかな?」

「スターリィ、アキ。こんにちは」


 動くのもダルかったので、とりあえず顔だけ声がした方に向けると…テーブルの横に立っていたのは、意外な二人の人物。

 一人はエリスと同じ紅茶色の髪の青年と、もう一人は金髪のイケメン。…その正体は、レドリック王太子とその腰巾着ブライアント氏であった。




「これは…いかがなさいましたの?レドリック王太子にブライアントさん」

「ははっ、俺たちのことはレッドとブライって呼んでくれれば良いよ。代わりに名前は呼び捨てで呼んでも良いかな?【戦乙女ヴァルキューレ】スターリィ」

「え、ええ…かまいませんが…」

「それにしても、こうして間近で見るとあなたは本当に気高く美しいね。まさにこの魔法学園に咲く伝説の夜行花のようだ」


 金髪をサラサラ靡かせながらキザったい口調でスターリィに色目を使っているこの色男が、ブリガディア王国の上流貴族タイムスクエア家の長男であるブライアント=ナルター=タイムスクエアだ。

 ブライアントは【魔道具師】コースだったからこれまでほとんど顔を合わすことが無かったんだけど、名前だけはよく知っていた。なにしろ彼はナンパ師として学園内では有名な人物で、片っ端から学園の可愛い子にちょっかいを掛けているという話は聞いていた。

 ただ、不思議とこれまでは俺たちやミア姫…もといカレン姫・・・・にはまったくアプローチしてこなかったから、なんとなく避けられているかなぁ?とか思ってたんだけど…どうやら今の態度を見る限り、そんなことは無さそうだった。


「こらブライ、いい加減にしないか!…すまないね、二人で寛いでいるところをお邪魔しちゃって。私たちはここで待ち合わせの予定があって来たんだけど、偶然君たちの姿が見えたからつい声をかけさせてもらったんだ」


 一方、ブライアントを窘めながら俺たちに真摯な対応を見せるレドリック王太子。大国の王子でありながら、高飛車でなく実に良くできた人物だ。以前から思ってたけど、ザ・生徒会長って感じのキャラだな。


 どうやら二人がこの喫茶室にやってきたのは偶然だったようだ。それにしても…他人と待ち合わせしてるのにナンパしてくんなよな。


「それじゃあ…あちらに人を待たせてるんで、私たちはこれで失礼するよ。また今度」

「またね、子猫ちゃん!」

「は、はぁ…また」


 レドリック王太子は優しげな笑みを、ブライアントはニカっと歯を光らせながら、颯爽と去っていった。

 そんな二人を、なんだかゲンナリとした顔をしたまま送り出すスターリィ。…たぶんブライアントみたいなタイプが面倒くさいんだろうな。




 そのまま二人は、部屋の奥の方にあるテーブルへと向かっていった。そこに座っていたのは見たことのない男女二人組。青い色のネクタイとリボンをしているから、たぶん三回生なのだろう。

 最上級生と待ち合わせするなんて、さすがは優等生レドリック王太子だな。

 感心しながら観察を続けていると、彼らは挨拶と握手を交わしながら、和やかに話し合いを始めたのだった。





 なんの話をしてるんだろうか。そんなことを漠然と考えていると、スターリィがふいに語りかけてきた。


「…ねぇアキ、あなたはなんとも思いませんの?」

「…へっ?」


 はて、何のことだろうか。もしかして、あのキザったい金髪ブライアントや生真面目そうな王太子レドリックに何かを感じたか?ということであろうか。

 正直ブライアントは鳥肌が立つくらい気持ち悪かったけど、それ以上の感情はなにも湧いてこない。


「違いますわ!あんなふうに言い寄られてるあたしを見て、アキはなにか思うことはなかったかってことですわ」

「なにか?…まぁ確かにスターリィは可愛いから、口説きたくなるのは無理ないと思うよ。

 …あ、もしかして私がアウトオブ眼中だったことを気に病んでる?そんなの平気平気。無視されてたって全然気にしてないから。あんなキザ男にモテてもウザいだけだし、そもそも男なんかにモテたいとも思わないしさ」


 女の子同士だったら、一方だけチヤホヤされたりすると、残された方がヤキモチ妬いたりするのかな?

 でも大丈夫だよ、スターリィ。俺にそういうことは無いからさ、安心してくれよ。


「んーもう!違いますわ!アキったら女心が全っ然分かってませんのね!」


 …何故かわからないけど、スターリィがプンプン怒ってしまった。






 必死になって宥めたんだけど、結局この日はそのままスターリィが機嫌を取り戻すことはなかったんだ。


 んー、俺なんか変な対応したかな?





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