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68.深夜の邂逅

 

 俺はいま、小雨振る森の中にいた。

 ここは広大な学園の敷地の一角にある、薬草などが自生する森…通称【薬師の森】。


 ロジスティコス学園長みたいに雨を弾く魔法なんて使えない俺は、傘を片手にティーナから指示された場所へと向かっていた。

 ちなみに、入浴中だったスターリィには「少し出かけてくる」とだけ伝えてある。



 これから行われるティーナとの会合を前に、俺は若干緊張していた。なぜなら…俺には、ティーナに『覇王の器レガリア』を託す資質があるかを審査しなければならないという、重要な役目があったから。

 もちろんティーナにはそんな自覚ない。これは言わば一方的な「抜き打ちテスト」みたいなもんだ。


 試される方からしたら、そんなの堪んないよな。

 傘からポタポタ落ちる水滴を眺めながら、俺は一人森の中を歩いて行った。







 やがてたどり着いたのは、 【薬師の森】の中にある半ば崩壊した廃墟。どうやらここは古代遺跡の残骸のようだ。入り口に立ち入り禁止のロープが貼ってあるものの、建物から少しだけ漏れ出る灯りを確認して、無視して中に入ることにする。



 屋内に入ると、すぐに照明の灯りと黄金色に輝く光が俺の視界に飛び込んできた。


「やぁ、よく来てくれたね。ここは【超文明ラーム】時代の”洗濯小屋”だったらしい。洗濯を商売にするなんてボクには無理だけど、客として利用する分には是非お願いしたいね」


 先に到着していたティーナが、手にランタンのような魔道具を持って俺を出迎えてくれた。今日の彼女はTシャツにスカートというラフな格好をしていた。トレードマークの仮面は今日は付けていない。



「ティーナもそんなくだけた格好をするんだね。なんか意外だったよ」

「外見を気にしなくていいなら、ボクはできるだけ楽な格好をしていたいね。たださすがに昼間は怒られるから、仕方なく制服を着ているだけさ」


 たとえラフな格好だったとしても、ティーナは妖艶で魅力的で、かつ無防備だった。

 それにしても、いくら【白銀同盟シルヴァリオン】の仲間とはいえ、こんな夜更けにこんな人気ひとけの無い場所に呼び出すなんて、ちょっと不用心すぎないか?


 気にして苦言を呈してみたら、返ってきたのは失笑だった。



「おいおい、キミは女の子だろう?どうして身の危険を感じなきゃいけないんだい?」


 ああ、そういえばそうだったな。迂闊にもそのことをすっかり忘れていたよ。


「でも、それを言うならキミだって同じじゃないか。それでも一人でやってきたのは、それだけボクのことを信用してくれているのか、あるいは…よっぽど腕に自信があるのかな?」


 探るような視線で放たれた際どい質問を、俺はあえて正面から受け止めずに適当に切り返した。


「ティーナと違って、私みたいな普通の子にちょっかい出そうなんて人はあんまりいないからね。

 …ところで、今日呼び出した要件は何?」

「ふふっ、まぁそんなに焦らなくても良いだろう?せっかくだし、いろんなことを話そうじゃないか。

 ボクはキミと一度【白銀同盟シルヴァリオン】の仲間として、ゆっくりと話してみたいと思ってたんだよ」


 どうやらティーナは最初から要件を言うつもりは無いようだ。

 まぁいい、こっちもティーナのことをより深く知るのが目的だしな。ここはひとつ、彼女のペースに乗るとしよう。






「…学園長の授業は受けたんだろう?どうだった?」

「【超文明ラーム】の話?正直胸糞悪くなったよ。ってか、ティーナも授業受けてるんだろう?」

「もちろん。ボクも学園長の話を聞いて、初めて『天使の器オーブ』の真相を知った口さ。

 …それじゃあアキは、その事実を知っても『天使の器オーブ』を求める魔法使いのことを、どう思う?」

「それは…」


 ティーナの口から出された問いは、雑談にしては際どい内容のものだった。





 ----




 実を言うと、学園長の話を聞いたとき、俺も同じことを考えていた。

天使の器オーブ』は言わば”魔族の墓標”。そんなものを求めても倫理的に許されるのだろうか、と。



 このことについて魔族はどう考えているのか気になったので、実は授業が終わったあとカノープスに尋ねてみた。すると…


「ふふっ、アキって妙なところで律儀だよね。アキのそういうとこ、可愛いよ?」

 カノープスから返ってきたのは、人を小馬鹿にしたような戯言だった。


 あまりに腹が立ったので、ボディに強烈な一撃を放って悶絶させてやった。ふん、人が真面目に相談してるのに失礼なやつだぜ。



 気を取り直して今度はプリムラに聞いてみると、彼女の答えは意外にも肯定的な意見だった。


「…たしかに『天使の器オーブ』は拙者たち魔族の亡骸のようなものかもしれません。ですが、不思議なことに…なぜか『天使の器オーブ』はこの世界エクスターニヤで死んだ場合にしか遺されず、また『天使の器オーブ』を使うことができるのもこの世界に住む”人間”だけなのです。

 ですので拙者は、次のように考えております。もし仮に自分と波長の合うものが自分の固有能力を使ってくれるのであれば、それは亡くなった魔族にとっても”本望”なのではないか、と」

「…本望?」

「はい。たとえば…拙者が死んで『天使の器オーブ』となったとき、選ばれた人が仮にアキ様であれば、これほど光栄なことはありません」


 まっすぐな瞳でそう答えるプリムラに、俺は言葉を返すことができなかった。



 …正直、プリムラのような意見は少数派なのかもしれない。だけど、俺なりの答えを出すにあたっての良い参考になったのは事実だった。




 ----





「他人のことについてはどうこう言うつもりはないから、あくまで私が自分の『天使の器オーブ』を見つけたときの話でも良いか?」

「あぁ、かまわないよ」

「…もし私が『天使の器オーブ』に選ばれた暁には、親友を探すという目的を達成したあと…その力を魔本『魔族召喚アポカリプス』をこの世から消し去ることに使いたい。

 それが、『天使の器オーブ』となった魔族たちの救いになるのかはわからない。ただの自己満足かもしれない。だけど私は、そうすると心に決めているんだ」



 俺の答えを聞いて、ティーナはふっと目を閉じて微笑んだ。バカにされた?一瞬そう思ったものの、どうやら違うようだ。



「…さすがはプリムラに『魔王』とまで呼ばれるだけあるね。とっても高尚な想いだと思うよ?」

「そんなんじゃないよ。私はただ…私のことを最期まで大切に想ってくれた命の恩人に、少しでも報いたいだけなんだ」


 少し下を俯きながら、崩れかけてちょうど腰高になった壁に腰を下ろすティーナ。面倒そうに髪をかきあげる姿がなんとも美しくて絵になる。



「それは、キミなりの恩返しなのかい?」

「ああ、私は…サトシとゾルバルに命を救われた。だから、彼らのために力を使いたい。これはただの…エゴだよ」

「エゴ…か」


 ふぅとため息を吐くと、ティーナは下を向いていた顔を上げて俺の方に視線を向けた。


「エゴという意味で言えば、ボクのほうがよっぽどエゴさ。なにせボクは…ただおばあちゃんの仇を討ちたいがためだけに、『天使の器オーブ』が欲しいと思ってるからね。そんなボクに、無念の想いで死んでいった魔族の力を貸りる資格なんて果たしてあるのかな?」

「……」

「…実はね、ボクも命を救われたんだ。デイズおばあちゃんにね」


 遠い目をしたままのティーナが語り出したのは、俺の知らない彼女の過去についての話だった。










「少しボクの話をしても良いかい?この前も話した通り、ボクは10歳のときにデイズおばあちゃんに拾われたんだ。もちろん、血は繋がってない。

 それ以前の記憶はおばあちゃんに封印してもらってて今は分からない。どうやって拾われたのかも覚えてない。ただ、なんとなく酷いものだったってことだけは感じることができるんだ。

 そのせいか、引き取られた当初は、ほとんどおばあちゃんと口もきかなかった。自分の殻に閉じこもっていたんだね。

 …そんなボクを献身的に、ときには厳しく、ときには優しく育ててくれたのは、他ならないデイズおばあちゃんだった。デイズおばあちゃんが居なかったら、今のボクは存在しなかっただろう」


 そういえばゾルバルも、最初会ったときはメチャクチャ怖かった。実際はすごく優しかったんだけどね。きっとティーナも似たような体験をしたんじゃないかな。



「ひとつ、面白い話をしてあげようか?ボクを育ててくれたデイズおばあちゃんなんだけどさ、実は…ロジスティコス学園長の奥さんだったんだ。もっとも、ボクを引き取る前にとっくに離婚してたみたいなんだけどね」

「えっ!?」


 …おいおいマジかよ。

 ティーナがくれた情報に、俺は度肝を抜かされた。


 あのエロジジイに子供がいたことは知ってたけど、まさか奥さんがあのデイズばあさんだったとは…

 どんな夫婦だったのか、正面想像もつかない。学園長はおっぱい星人だし、デイズばあさんは毒舌家だったもんなぁ。…うーん、どっちもどっちか?



「そう、だったのか…あのジイさんとデイズばあさんがねぇ…」

「意外だろう?ボクが二人が結婚してたのを知ったのも、実はここに来てからなんだ。学園長があるとき酔っ払ってボクに暴露してねぇ。その上でボクにこう言ってきたんだ。『ティーナ、ワシの娘にならんか?』ってさ」


 ほう、やるじゃないか。…あのじいさん、ただのエロジジイじゃなかったんだな。

 デイズばあさんとの離婚理由は分からないけど、別れた奥さんが大事に育てていた養子を引き受けようなんて、なかなか出来ることじゃない。


「それは…良い話なんじゃないのか?」

「もちろん、悪い気はしなかった。でも…断った。なぜならボクには、絶対にやると決めたことがあるからね」

「それが…”復讐”か」


 俺の問い…ではなく確認・・に、ティーナは迷うことなく頷いた。




「今から二年ほど前、デイズおばあちゃんは”黒髪の女悪魔”に殺された。実は…ボクが駆けつけたとき、おばあちゃんはまだ生きていて、女悪魔と対峙している状況だった。ただ…そのあとの記憶が無い・・・・・んだ」


 ここでもまた、記憶が無いのか。じゃあこれもまたデイズばあさんが封印したっていうのか?


「分からない。もしかしたら気絶していたのかもしれない。ただボクが次に気を取り戻したときには…既に女悪魔の姿はなく、血まみれで息絶えたおばあちゃんを抱き抱えていたんだ」


 もしかすると、あまりにショッキングな場面に出くわしてしまったから、一時的な記憶喪失になっているのかもしれないな。前にそんな話を聞いたことがある。


「ボクは、膝の上で息絶えていたおばあちゃんの最期の姿を忘れることはできない。

 こんなボクを大事に育ててくれたおばあちゃんを、あんな目に遭わせたやつを、許すことなんでできない。

 だからボクは…必ず”黒髪の女悪魔”…【解放者エクソダス】を仕留めてみせる」


 ティーナが言葉とともに発する気配はとても気高く感じられた。それはたぶん、状況の違いこそあれ、彼女を動かしている動機が…俺と同じだったから。


 恩人のために動こうとしている俺と、恩人の仇を討とうとしているティーナ。


 そこに大きな差があると、俺には思えなかったんだ。




「ティーナ、君にはエリスみたいな素晴らしい友達がいる。そのエリスは、君に復讐を辞めて欲しいと思っている。それでもティーナは…復讐を辞めないのか?」

「ああ、エリスとバレンシア…ここには居ないもう一人の友達には怒られるだろうけどね。辞めるつもりはないよ」

「もし、復讐か友達のどちらかを選ばければならないとしたら?それでもティーナは、復讐を選ぶ?」


 俺の質問に、ティーナは初めて強い反応を見せた。サッと顔を隠してしまったので、その表情を読み取ることはできない。だけど…彼女の口から出てきた言葉は、いつも理知的なティーナとは思えないほど弱々しいものだった。



「そんな仮定…意味が無いよ。考えるだけ無駄さ」




 あぁ、ティーナは間違いなく”友達”を選ぶな。

 彼女の歯切れの悪い答えを聞いて、俺はそう思った。


 彼女はたぶん、ものすごくお人好しだ。

 今はこう答えているものの、本当にそんな場面が訪れたら、迷わず友人を選ぶだろう。



 彼女のそんな態度が、俺に一人の人物を思い出させた。


 サトシ…。俺の親友。

 俺が一人で閉じこもっていたときに、暗闇の底から拾い上げくれた。俺が困っているときには、他のなににも置いて俺を助けてくれた。

 そんな親友の姿が、ティーナの姿に重なる。



 ティーナならたぶん、大丈夫だ。

 彼女なら…俺の大切な恩人から託されたものを渡すに値する。




「…なぁティーナ、なんで私にそんな大事な話をしたんだ?」

「それは…今日キミをここに呼んだ要件に関係している」


 再び強い光を取り戻したティーナの瞳が、まっすぐに俺の瞳を見据えてきた。


「それじゃあそろそろ本題に入ろうか。実はキミに…力を貸して欲しいと思っている。プリムラに【魔王】とまで呼ばれるキミの力を…ね。ボクが”黒髪の女悪魔”…【解放者エクソダス】を葬り去る協力をしてくれないか?」

「それはティーナの復讐の手伝いをしろという意味かい?」


 俺の問いに、ティーナは真剣な表情を浮かべて頷いた。


「もちろん、最終的にはボクがヤツを仕留めるつもりだ。ただ、【解放者エクソダス】を探し出す手助けだけでもしてもらえるとすごく助かる。

 既に魔族であるプリムラはボクに協力してくれている。…もっともこちらはお願いしたっていうよりも、自ら進んで志願してきているって感じなんだけどね」

「…そんな大事なことを、なぜエリスやハインツの双子じゃなく…私に?」

「…【解放者エクソダス】がキミにとっても許しがたい存在だと聞いたからだ。ヤツを探しているキミとなら、協力しあえるんじゃないかって思ってね。それに…これはボクの勝手なエゴなんだけど、この件にエリスたちを巻き込みたくないんだ」


 それは俺も同感だった。

 たしかにエリスたちは天使としての力に覚醒している。だけどそれ以外は…エリスはただの女の子だし、双子はああ見えてハインツ公国の王子と姫だ。気軽に巻き込むことなんてしたくない気持ちは良くわかる。

 一方、俺は…こう見えても”冒険者”としてそれなりの経験も積んでいる。【悪魔】とも何度も戦ってきた。

 ”復讐”の味方として選ぶんであれば、俺に声をかけるのが最適だろう。



「それじゃあ私に過去の話をしたのは…?」

「こんなお願いをするんだ。せめてボク自身の話をすることが、キミに対する最低限の誠意に繋がると思ってね」



 聞きたいことを聞いたところで、俺は少し考えるふりをした。

 だけどもう、俺の答えは決まっていた。俺は彼女の…まっすぐな想いを拒絶することなんてできなかったんだ。



「…いいだろう。ティーナの手助けをするよ。ただ、ひとつ条件がある」

「…どんな条件だい?」

「【解放者エクソダス】は、私が仕留める。それが条件だ」



 これまでまっすぐに俺の目を見ていたティーナの瞳が、初めて揺れた。



「アキ、それは…」

「ティーナ、君はまだ手を汚していないだろう?だったらキミはそんな役目をやるべきではない。汚れ役は…この私の仕事だ」

「なぜそこまで…ボクのことを気にしてくれる?キミにとって、ボクはただの【白銀同盟シルヴァリオン】の仲間でしかないんじゃないか?」


 俺の脳裏に浮かんだのは、一人の少女の笑顔。いつも他人を気遣って、優しく微笑むあの少女を、俺は悲しませたくなかったんだ。


「それは君が…エリスの親友だからだよ」

「……エリスの?」

「あぁ、エリスは本当に良い子だ。そんな良い子を泣かせるようなことを、私はティーナにさせたくないからね」



 俺の言葉を聞いて、最初ティーナは目を何度もパチクリさせた。


 ふふっ。

 やがて…彼女の口から笑い声が漏れる。それは、今日初めてティーナが見せた笑顔だった。



「…なるほど、ボクのためじゃなくてエリスのためなんだね?」

「そうだ。それなら分かるだろう?」


 苦笑しながらティーナは首を横に振った。


「…わかった。約束はできないけど、努力するよ」

「…今はそれでもいいよ」


 それで良い。下手な嘘をつかれるくらいだったら、正直に言われた方がマシだ。


 俺はティーナに頷き返すと、そっと右手を差し出した。ティーナがその右手を握り返す。

 嘘をつけないティーナの正直な姿勢が…再び俺のかつての友人に重なって見えた。





 ---





「それにしても、キミは本気で【解放者エクソダス】に勝てる気なのかい?ボクの推測が正しければ、相手の正体は…かつての”魔将軍”の一人、【魔傀儡マリオネット】フランフランだぞ?」

「えっ?そ、そうなのか?」


 突如明かされた【解放者エクソダス】の情報。こいつ、これまでそんな大事な情報を隠してやがったな。

 …まぁでも隠したくなる気持ちも分かる。もし話したら、たぶんエリスたちに全力で阻止されてただろうな。


 しかし、まさか相手がかつての”魔将軍”の一人だったとは……ってことは、相手はゾルバルやレイダーさん級だと考えたほうが良さそうだぞ。



「…それでもキミは、【解放者エクソダス】を自分に仕留めさせろと言うのかい?」

「疑問に思うのももっともだよな。そしたら…ミザリーとの戦闘では披露する機会がなかった”私の本当の力”をティーナにお見せするよ。そしたら少しは安心して貰えるかな?」


 さぁ、それじゃあ前回出番の無かった”この力”を…ティーナにお見せしようかな。




 ――――<起動>――――

 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

 【魔眼マジカルアイ】…『スカニヤー』発動。


 ――――<平行起動>――――

 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

 【右腕ライトハンド】…『シャリアール』発動。


 ――――<平行起動>――――

 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

 【左腕レフトハンド】…『ゾルディアーク』発動。




 俺の全身を包み込む、力強い魔力。俺は、【究極形態アルティメットフォーム】に変身した姿で、ティーナの前に対峙した。


 目の前で俺が半獣化し、都合6個の”光球ビット”を纏った姿を見て、ティーナがあんぐりと口を開けている。ふっふっふ、驚いたかっ!



「…キミのことは只者では無いと思ってたけど、まさかそんな”とんでもない姿”を持ってたとはね」

「…ははっ。まぁ、いろいろあってね」

「いったいどんなことが起これば、こんなふうになるんだよ…」


 俺のフッサフッサの左腕やシッポを触りながら、ティーナが呆気に取られて呟いている。くすぐったいからシッポは程々にしてくれよ?

 今の俺は、以前レイダーさんと戦った時に比べて持続時間は倍くらいになり、”光球ビット”の数も4個から6個に進化していた。さすがにちょっと人間離れしすぎたかな?



 だけど、ティーナが驚いていたのも最初だけだった。すぐに俺から身を離すと、不敵に微笑みながらこう言ったんだ。


「それじゃあ、ボクも真の姿を見せないとね?」

「えっ?」


 今度は俺が戸惑う番だった。そう宣言したティーナが、目の前で片耳の大きなイヤリングを取り外す。




 次の瞬間、ティーナから凄まじい量の魔力が溢れ出した。これは…とんでもない。まるでティーナを中心とした台風が目の前に出現して、強烈な魔力風を吹き出しているようだ。


 やがて…ティーナの背中に天使の翼が具現化していく。一枚…二枚…それでも翼の具現化が治まる気配は無い。

 なんと最終的にはティーナの背に、2枚の白い翼と1枚の黒い翼、さらには4枚の透明な翼の合計七翼の翼が具現化したのだ。


 今度はこちらが度肝を抜かされる番だった。



 一体なんなんだこれは…?ティーナはいったい何者なんだ?

 おそらくは俺の姿に触発されたのであろう…対抗するように突如披露されたティーナの”真の姿”に、俺は完全に絶句してしまった。




 口をあんぐりと開けて呆然とする俺に、ティーナが微笑みながら説明してくれた。


「ボクはこのとおり”七翼の翼”を持っている。その異質さを知るデイズおばあちゃんが施してくれた耳飾りを使った封印術で、普段は隠してるんだけどね。

 ちなみにおばあちゃんが殺されたときから、そのうち一翼が”暗黒化”してるんだ。その理由はたぶん、ボクの心の一部が”闇落ち”してるからだと思っている」


 初めて見る、双翼以外の天使の翼。しかも、そのうちの一翼は…漆黒の【悪魔の翼】だった。

 …ティーナのやつ、こんなとんでもない正体を隠してやがったのかよ!


「ついでに言うと、実はボクは真の『天使の器オーブ』をまだ見つけていない。だけどボクはどんなオーブでも天使化することができるという不思議な力を持っているんだ。

 ロジスティコス学園長の、オーブを使わない天使化は見ただろう?実はあれは、ボクのこの力を見て学園長が思いついたらしい」


 おまけにティーナは、どんな『天使の器オーブ』でも天使化することができるのだという。こいつ、どんだけ規格外なんだ!


 …ただ、今の話で以前から疑問に思っていたティーナの『天使の器オーブ』の謎が解けた。ティーナは…”複数覚醒者”なんかじゃなかったんだ。

 どうやらティーナは現時点では自分の『天使の器オーブ』を見つけてなければ、”魔力覚醒”もしていないらしい。その状態でも任意の『天使の器オーブ』の力を借りることで天使化するだけの潜在魔力を持っていうことのようだ。


 そういう意味では、俺に近い存在なのかもしれないな。もっとも、俺は七枚も天使の翼は持ってないけどな。




 それにしても…【七翼の天使】か。単純に考えてティーナは普通の天使の2.5倍の魔力を保有していることになる。やっぱとんでもないやつだな。規格外にも程がある。


「規格外だなんて…そんなことキミにだけは言われたく無いけどなぁ」


 ティーナには呆れた顔でそう言われてしまった。はぁ…そりゃまあごもっともで。



「さぁ、これがボクの”本当の姿”だ。このとおりすでに一翼が”闇落ち”してしまったボクのことを、キミはどう思うかい?やっぱり危険だから…同盟は解除するかい?」


 ティーナの問いかけに、俺はすぐに首を横に振った。確かに驚いたけど、完全に”堕落フォールダウン”したわけじゃないし、そもそも俺にだって後ろ暗い思いはある。むしろ目の前で恩人を殺されてよく”闇落ち”しなかったもんだ。俺だったらもしかしたら”堕落フォールダウン”してたかもしれない。



俺の返事に、ティーナは苦笑を浮かべた。


「そうか。キミは…ちょっと色々と甘すぎると思うよ」


 そう口にしながらも嬉しそうにしているティーナには言われたくなかった。







 ---







 お互い”真の姿”を見せ合ったあと、俺たちは何事も無かったように元の姿に戻った。だけどなんとなく…これまで俺たちの間にあった”わだかまり”のようなものが消えたような気がする。


 さぁ、これでもう本当に全てをさらけ出した。そしたらいよいよ…今日最大のテーマを話す番だな。

俺はようやく覚悟を決めると、ティーナに一番大切なことを話すことにしたんだ。



「なぁティーナ、実は私からも話がある」

「ん?なんだい?」

「これを…見て欲しい」


 俺はゆっくりと額の髪を掻き分けた。現れたのは…イミテーションのような安っぽさを醸し出す赤い宝石を付けた額飾りサークレット


「それは…?」


 ティーナが首をひねりながら額飾りサークレットに手を伸ばした。


 バチッ!激しい音とともに額飾りサークレットとティーナの間に紅い色をした電気のようなものが走った。同時に、きいぃぃぃんという耳鳴りのような音が鳴り響く。


 間違いない、これは…『天使の器オーブ』と真の持ち主が出会った瞬間に発される”超音波のような音”だ。


「ま、まさか…これは…」

「…あぁ、こいつは私が大切な恩人から託さた『天使の器オーブ』、”グィネヴィアの額飾りサークレット”だ。君はこいつに選ばれたらしい」

「これが…ボクの運命の『天使の器オーブ』?」


 目を見開いて俺の額の”グィネヴィアの額飾りサークレット”を凝視するティーナ。

 震える手で額飾りに触れると…今度はティーナの全身が輝きだした。その背に魔力が凝縮され、翼が具現化していく。


 そこに現れたのは…14枚の翼だった。

 だがそれも一瞬のことで、すぐに消え去ってしまった。



 ドサリ、鈍い音がしてティーナが膝をついた。肩で息をしているので、たぶんそうとう力を使ったのだろう。


「おい、大丈夫か?」

「…はぁ、はぁ……あぁ、大丈夫だ。それよりアキ、その『天使の器オーブ』をボクに譲ってくれないか?頼む!どんなことでもするから!」


 どんなことでも…

 ティーナのような美少女にそのようなことを言われて一瞬心がぐらつく。


「どんなことでも?」

「あぁ、キミが望むことならなんでもする。だから…頼む!」

「たとえば、服を脱げと言っても?」

「そんなの、容易いさ」


 そういうが早いか、ティーナが上着を脱ぎだした。


「ちょ、ちょっと待て!冗談だよ!」

「……そうか」


 結局あっさりとTシャツを脱いでしまってブラだけになったティーナから慌てて目をそらす。だいたい今の俺は女の子だ。本来だったら超絶美女のヌードなんて素晴らしいサービスショットなんだろうけど、悲しいかな何も反応するものが無いんだよなぁ…




 再び上着を着てくれたティーナに向かって、俺は事情を説明することにした。


「実はこの『天使の器オーブ』は、俺の身体に完全に癒着していて取り外せないんだ。デインさん…パラデインやクリステラでもどうにもならなかったから、現時点では私の身体から切り離す方法が見つかっていない」

「そ、そうなのか…でも大丈夫。そこに在ることが判っただけでも大違いだ。ぜひキミの身体から切り離す研究に協力させてもらいたい」


 その申し出は願ったり叶ったりだ。俺はティーナの申し出に即座に頷いたんだ。










 こうして俺とティーナの間に、対【解放者エクソダス】の共同戦線を張るという…新たな【白銀同盟シルヴァリオン】の協力体制が加わった。


 正直、彼女については気になることが無いわけではない。特にティーナが見せた七翼の天使の翼…いや『天使の器オーブ』に触れたときに一瞬だけ見えた翼は14枚あった。


 14枚の翼で連想させられるものといえば、かつての【魔王】グイン=バルバトス。言わずと知れたゾルバルの娘であり、この世界を滅ぼしかけた存在。

 ただ、このときの俺は「まぁその魔王の化身した『天使の器オーブ』に選ばれるくらいだから、それくらい翼があってもおかしくないよな」って程度にしか考えてなかったんだ。




 のちに俺は…あのときちゃんとティーナのことを【龍魔眼ドラゴヴィジョン】でも使って調べておけば良かったと後悔することになる。




これにて第9章は終了です。

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