67.超文明の黄昏
ロジスティコス学園長に連れられた俺たち『上級』コースの生徒8人は、学園長が生活している塔のような建物へと案内された。
途中、雨の降る道を歩くことになったんだけど、学園長が天に向かって手を掲げると、俺たちのいる一帯だけを雨が避けるようになった。…便利だなぁおい。
塔の壁にロジスティコス学園長が手を触れると、光の線がサッと走り、何もなかったところに突如扉が出現する。
促されるままに扉をくぐると、そこは…20人程度が入ることができる広さの教室だった。黒板だけでなく机と椅子も置かれており、なんとなく高校時代の教室を連想してしまう。
学園長の指示もあって、俺たちは全員が適当に席に着いた。
「よし、全員席に着いたかな。それではこれからそなたらに、ワシの祖先にあたる初代ユニヴァースの時代から調べられてきた”この世界の歴史”について語ろうと思う」
そして彼の口から語られたのは…この世界の”神話”とも言うべき、知られざる歴史についてだった。
ーーー
「ほとんどのものが知っているかと思うが、かつてこの世界には”古代文明”が栄えておった。
その名を【超文明ラーム】という。
彼らの詳細については、いま現在に至るまで詳しくわかっていない部分も多いものの、それなりに高度な文明を持っていたと考えられている。その時代の遺跡のひとつが…この学園の裏手にある霊山ウララヌスの中腹に見える遺跡群じゃ」
「【超文明ラーム】…その話は聞いたことがありますわ。なんでもラームの人々は高度な魔法文明を築いていたとか…」
スターリィの言葉にウンウンと頷くロジスティコス学園長。
「まさにそうじゃ。そして、彼らの高度な魔法文明を支えておったのが…『天使の器』だったと考えられておる。彼らは、『天使の器』を簡単に手に入れる術を持っておったのじゃ」
「なるほど、その時代には『天使の器』が溢れていたのですね。だから多くの人々が”天使”に覚醒できた…と」
レドリック王太子は無邪気に聞き入っていたものの、俺には学園長が説明していることのおぞましさが理解できてしまった。同じく理解しているカノープスやプリムラも顔を歪めている。
簡単に『天使の器』が手に入れることができるということ。それが意味していることは…
「ふむ、なんとなく気づいておるものもおるようじゃな。先ほども言ったとおり、『天使の器』の正体は”魔族の亡骸”じゃ。レドリックや、お主は魔族についてどう理解している?」
「はい、魔族とは…我々とは異なる世界である【魔界】からやってきた、魔力に長けた種族だと理解しております。ただ、残念なことに一部には『悪魔的な一族』と忌み嫌う風潮もありますね。実際、先の『魔戦争』において【魔王】グイン=バルバトスを筆頭に、四体の魔族には人々もずいぶん苦しめられたので…」
「一方、世界を救った七大守護天使の一人にも魔族はおりましたわ。彼…【断罪者】のゾルディアークは、全力を尽くして人類を救いました」
レドリック王太子の説明にやや反発気味にスターリィが答えたのは、もしかしたら俺や魔族の二人を気遣ってかもしれない。そういう彼女の優しさに、改めて胸を熱くする。
「ふぉっふぉっふぉ、まぁ二人の話すとおりじゃな。なにも知らんものたちは【魔族】という名前に踊らされがちじゃが、彼らはかならずしも人類の敵という訳ではない。むしろ場合によっては人類を助けてくれることすらある。そんな彼らから見たワシらは…どういう風に映っているかと思うかね?」
「うーん、なんでしょうか…近いようで遠い”隣人”とかですかね?」
違う。そんなんじゃない。
彼らから見たこちらの世界の住人は、そんなに甘っちょろいもんじゃないんだ。
「誘拐犯…もしくは敵、だな」
「うっ!?」
「えっ?」
「うそっ!?」
思わず口から出てしまった俺の発言に、レドリック王太子やハインツの双子が驚きの声を上げた。ここまで黙って話を聞いていたエリスまでもが戸惑いを隠せないでいる。
しまったな、レドリック王太子のあまりにもぬるい認識に、我慢できなくてつい口走っちまったよ。
「アキ…だったかな。すまない、それはどういう…」
「さっきロジスティコス学園長が言ってたよね?『天使の器』の正体は”魔族の亡骸”だって。ついでに、古代文明の人たちは”簡単に『天使の器』を手に入れることができた”とも言っていた。…それが意味するところが、あなたには分からないわけじゃないでしょう?レドリック王太子」
「っ!?」
どうやらようやく理解してくれたようだ。レドリック王太子の顔からサーっと血の気が引いていくのが分かる。
それまで黙って俺たちのやり取りを聞いていたロジスティコス学園長が、ここでようやくフォローしてきた。
「うむ、アキの言うとおりじゃ。よいか、全員よーく聞き、心に留めておいてほしい。
…【超文明ラーム】の人々はな、強大な魔力を手に入れるために、無理やり魔族をこの世界に召喚しては処分し、大量の『天使の器』を創り出していたのじゃよ。
このことは、遺跡に残っていた文献から裏付けるような内容の記述も見つかっておる」
なんという酷い仕打ち。
たしかに俺が最初に『天使の器』の正体を知ったとき、世間に流通している『天使の器』にも薄々後ろ暗い話があるんじゃないかと思っていた。でもまさかここまで酷い話だったとは。【超文明ラーム】にて実際に行われていたことを想像するだけで、胸糞悪くて反吐が出る。
ただ…横で聞いているカノープスやプリムラの態度を見る限りだと、どうやら今の話は魔族の中では周知の事実のようだ。
であればゾルバルは…このような残酷な過去を知っていてなお、この世界のために戦っていたというのか。
「【超文明ラーム】の時代の魔族たちは、なんらかの手段で強制的にこの世界に連れてこられた。その手法は現代に伝わっておらんのは不幸中の幸いじゃがな。
そして、無理やり喚び出された魔族たちは…ラームの魔法使いたちの手によって、ことごとく皆殺しにされたんじゃよ。
…もう分かっておるよな?もちろんそれは、『天使の器』を得るために、じゃ」
「ひ、酷い…」
「なんという恐ろしいことを…」
それは、想像するだけでも虫唾か走る悍ましい儀式だった。まるで虫ケラのように、『天使の器』を取るためだけに召喚され、殺されていく魔族たち。
そんな呪われた行為が、かつてこの世界で当たり前のように行われていたというのだ。そんなの…魔族からしたら絶対に許せない行為だったことだろう。
「じゃがな、彼らも黙って連れ去られているわけではなかった。あまりにも酷い仕打ちに耐えかねた魔族たちは、あるとき…この世界の古代文明に対して”決戦”を挑んできたのじゃ。
この決戦のことを…ワシらは【超文明の黄昏】と呼んでいる」
ラグナロック…最終決戦。
おそらく魔族からすると、一族の命運をかけたものだったのだろう。死ぬ気で【超文明ラーム】に対して戦いを挑んできたに違い無い。
「当時、魔族側にはとてつもなく強力な守護者がいた。その名は…魔族の神、【魔神】アンゴルモア。かのものは、強大な魔力を持つ天使を大量に抱えていた【超文明ラーム】の人々でさえ、恐れ慄くほどの存在だったようじゃ。
この世界にやってきた【魔神】アンゴルモアを筆頭に、魔族たちは死力を尽くして【超文明ラーム】に戦いを挑んだ。対するラームの人々も、覚醒した”天使の力”を駆使して必死に応戦した。
…ラグナロックは、この世界を崩壊寸前まで追い込むほどの、凄まじい戦いだったという」
誰も、言葉を発しない。
ロジスティコス学園長の話に、一言も発さず聞き入る生徒たち。
「ラグナロックは長い戦争だったようじゃ。そしてラグナロックが終結した結果…どちらが勝ったのかは正確には分からない。いやむしろ、勝者なぞいなかったのかもしれない。
結果として…【超文明ラーム】は滅び、わずかな『天使の器』だけがこの世界に残され、そして…魔族の神アンゴルモアは霊山ウララヌスの山頂で『天使の器』となり、静かにこの世界を見守っておる…というわけじゃ」
長い長い、ロジスティコス学園長の話が終わった。
まるで息をすることを思い出したかのように、全員が一斉に息を吐き出す。
学園長の話は、たとえ過去の出来事とはいえ、聞くに堪え無い話だった。
その中でロジスティコス学園長が俺たちに伝えたかったことは、たぶん…「力を手に入れる」ということの意味。
人は弱い。だから力を求める。
だけどそれは、ときに大きな代償の上に立っていることがある。
そのことを、ゆめゆめ忘れないで欲しい。
このときになって、ようやく俺は…学園長がなぜ一番最初の授業で俺たちにこの話をしたのか、という理由に気づいた。
おそらく彼は…20年前の”魔戦争”を悔いているのだ。
一度は失われたはずの『魔族召喚』の術が復活し、過去の忌むべき惨劇が再びこの世界にて起こってしまった。それを為したのは…この学園の卒業生だった【原罪者】アンクロフィクサ。そしてアンクロフィクサに力を貸したのは…学園長の実の娘【暁の堕天使】ミクローシア。
以前スターリィから聞いた話だと、悪魔に『堕落』したアンクロフィクサを追って”闇堕ち”したミクローシアは、アンクロフィクサを追っていた実の兄を殺害した挙句、決起したロジスティコス学園長自らの手によって葬られたのだそうだ。
学園長は…『魔戦争』で大切な子供を二人も失っていたのだ。
もしアンクロフィクサやミクローシアに、先にこの話をしていれば…今とは違った未来があったのかもしれない。
そんな後悔の念が、学園長を突き動かしているように、俺には思われたんだ。
ロジスティコス学園長の切なる想いは、少なくともこの場にいるメンバーには伝わったようだ。皆神妙な顔つきで、過去の悲惨な歴史に想いを馳せている。
【超文明ラーム】が行った召喚術については、現在には一切残されていないと学園長は言う。だけど今、代わりとなる方法がこの世界に存在していた。
アンクロフィクサが遺した魔本【魔族召喚】。
歴史的悲劇を繰り返そうとしているあの禍々しい魔道具は、この世界から全て滅さなければいけない。それは、俺がゾルバルから「元の世界に戻るための手段」としてあの”赤い魔本”を渡されたときに、心に誓ったもう一つの想いだった。
サトシの件が片付いたら…こっちもやらないとな。俺は改めてその想いを強くしたのだった。
「さて、確かに過去『天使の器』を手に入れるために大きな悲劇が起こったわけじゃが…ここで改めてお主らに聞こう。人は、『天使の器』に選ばれることで天使に覚醒する。では、どうやって”魔力覚醒”すると思う?その原理は?…レドリック、どうじゃ?」
「はい、私は…今日この話を聞くまで、『天使の器』という特殊な魔道具の力が肉体に注ぎ込まれることで”天使”になると考えておりました。しかし…正直今日の話を聞いて、よく分からなくなってしまいました」
ロジスティコス学園長の急なフリにも慌てず、丁寧に答えたレドリックの回答に、スターリィたちがウンウンと頷いている。
「ではアキ、お主はどうじゃ?」
「ふぇ?」
こ、ここで俺に振るのかよ!少しテンパッちまったけど、良い機会だったので、俺は以前から考えていた…『天使の器』についての考え方を披露してみることにした。
「私は…『天使の器』とは、亡くなった魔族の固有能力だけが形になって遺ったものではないかと考えています。魔族が遺した能力と相性の良い人が『天使の器』に触れたとき、魂と能力が同調して、かの魔族が遺した能力を使えるようになる…というような仕組みなのではないかと」
この考えは、ゾルバルが遺した『退魔剣ゾルティアーク』がレイダーさんを選んだときに浮かんだものだった。もはや物言わず意思もない『天使の器』という魔道具が、どのようにして持ち主を選ぶのかと。
その疑問に対して俺が出した解は、『選んでいるのではなく、同調しているだけだ』というもの。
もしこの考えが正しければ、『天使の器』と”人”が一対一で紐つくとは限らないということになる。ようは同調すれば一つの『天使の器』で何人もが覚醒することだってあるし、その逆に一人の人間が複数のオーブで覚醒することだってあるってことだ。これだと、レイダーさんのような【複数覚醒者】の説明が付く。
ロジスティコス学園長は嬉しそうに口ひげを手で撫でながら俺の話を聞いていた。どうやら比較的当たりに近い考え方だったみたいた。
「うむ、アキは良い点を突いておるな。この学園での長年の研究においても、同様の答えが導き出されとるようじゃ。
ただ…最近になってもう一つ、新たな考え方が産まれてきた。それは、『もともとその人が持っていた素質に、オーブが作用して覚醒する』というものじゃよ」
それはつまり、あくまで『天使の器』はきっかけに過ぎず、もともとその人が持っていた力が『天使の器』と触れ合うことで覚醒するってことか。
「そんな…そこまで大きな力を、人間が生まれながらに持っているってことですの?」
スターリィが驚くのも無理はなかった。なにせ、これまで人間は自然現象を超える魔法は『天使』にならないと使えないと考えられてきたからだ。それが、もし『天使の器』無しでも使えるとしたら…
「そもそも魔族だって『天使の器』無しで固有能力を使えるんじゃ。人間が使えてもおかしくなかろう?」
「で、ですけど…」
「正直ワシも半信半疑じゃった。じゃが実際にチャレンジしてみたら…さっきみたいに使えたってワケじゃよ」
確かに、ロジスティコス学園長は『天使の器』無しで『天使の歌』を発動させた。実際俺も『天使の器』を持ってないのに【流星】を使える。理論的には間違っていない。
「ただ、現時点では威力も使える範囲も『天使の器』無しでは小さくなっておる。まだまだ研究の余地はあるが…もしそうであれば、もはやこの世界に『天使の器』は不要になると思わんかね?
実は、ワシら学園の現在の最大の目標はな、この世から『天使の器』無くすことなんじゃよ。かつて大きな悲劇の上で成立した『天使の器』を…魔族たちの亡骸を、ワシは魔族たちに還したい。それがワシの夢なんじゃ」
学園長が言うことは、現時点では夢物語かもしれない。でももし、それが叶うのであれば…
この世界と魔界の間に、新しい関係が出来るのかもしれないな。
枯れ果てた爺さんでありながら、夢見る少年のように熱く語るロジスティコス学園長を、俺は少し見直すことにした。
さすがは”世界最高の魔法使い”と呼ばれるだけはある。ただのおっぱい大好きエロジジイじゃなかったってところかな。
ーーー
その日の夜。
相変わらずシトシトと雨が降る様子を、俺は寮の自室の窓から一人でぼーっと眺めていた。
ちなみに同室のスターリィはかれこれ一時間近くお風呂に入っていた。ご機嫌なのか、時折鼻歌交じりの歌声が聞こえてくる。彼女、風呂がめっちゃ長いのが玉に瑕なんだよなぁ…
外の景色を見ながらも頭の中を巡っているのは、昼間のロジスティコス学園長の授業内容。今回新しく知ることができた情報は、なかなかショッキングな内容だった。
【超文明ラーム】、大量に呼び出され処分された魔族たち、【超文明の黄昏】、【魔界の神】アンゴルモア、そして…『天使の器』を使わないで”天使”になる方法。
これらは、今の俺には直接関係のない話なのかもしれない。だけど…これから先のことを考えていく上で、なにかヒントがあるような気がして、とりとめもなく色々なことを考えていたんだ。
リリリリリンッ。
そのとき、突如俺の脳裏にベルの音が鳴り響いた。
うわ、ビックリした!これは…”伝話”の呼び出し音だ。
すぐに気を取り戻した俺は、手首に嵌めた魔道具の画面を確認することにした。しっかし、いきなり頭の中に音が鳴り響くってのがどうにも慣れないな。
覗き込んだ腕時計式魔道具に表示されていたのは【扉】という文字。
【扉】?誰だこれ?
不審に思いながら文字を指で押すと、すぐに涼やかな声が俺の脳裏に直接飛び込んできた。
『やぁ、起きてたかい。もしキミさえ良かったら、少し二人っきりで話がしたいんだが…』
「その声は……ティーナか」
俺に”伝話”をしてきたのは、【鉄仮面の美女】ティーナだった。それにしても、こんな夜更けに…しかも向こうから呼び出しとは。
まぁでも、そろそろティーナと話をしたいと思ってたから、これは良い機会だった。
俺がゾルバルから託された、もうひとつの願い…俺の額に癒着してしまった『グィネヴィアの額飾り』という【覇王の器】の真の持ち主を探すこと。だけど俺は、単に探すだけじゃなく、この【覇王の器】に選ばれた人物が真に託すに値する人物かどうかを見極めることまでが、俺のなすべきことだと考えていた。
だからこそ、俺はティーナのことを知る必要がある。なぜなら、おそらくティーナは…この【覇王の器】の真の持ち主として選ばれているから。
よーし、やってやろうじゃないか。
俺は覚悟を決めると、席を立った。
「わかったよ、今から…そちらに向かうようにする」