7.カルチャーショック
そんな感じで、新世界【エクスターニヤ】での新生活が始まったわけなのだが…
正直、驚きとカルチャーショックの連続だった。
一番ショッキングだったのは…もちろん”女の子”の身体になっちまったことだ。体が小さくなってるせいか、ものすごく動きにくい。あれだ、”棒状のもの”が無くなったからか?実はあの棒、バランス取るのに役立ってたのか?
それはともかく…トイレを座ってしないといけないのは、涙無しには語れないほど屈辱的だった。なけなしの男のプライドが、音を立てて崩れ去っちまったよ。とほほ…
あと、驚いたこととして真っ先に思い浮かぶのは…『ゾルバルとフランシーヌの関係』だ。そこ?って思うかもしれないけれど、実際衝撃的だったのだから仕方ない。
二人については、最初夫婦か…あるいは恋人同士と思っていた。だけど、実は全く違っていて、フランシーヌが一方的にゾルバルのことを慕っているだけなのだそうだ。ゾルバル曰く、『やたらと張り付いてくるので、面倒になってそのまま放置していたらこうなってしまった』とのこと。
いやいや、ぜんぜんそういう風に見えませんから!どうみても熟年の夫婦でしょ?
それにしても…フランシーヌみたいな美人さんだったら、ツノ生えててもぜんぜんいけると思うんだけどなぁ。しかもあの胸だ。男だったら、土下座してでもお願いしたい。もしかしてゾルバル、おっぱいに興味ないのか?
「なんでワシがフランシーヌと恋仲にならんといかんのだ。そもそも"種族"が違うではないか」
はい、ここで新しい単語が出てきましたよー。
種族?種族ってなんだ?ものすごく嫌そうな顔を浮かべていたゾルバルに、そのあたりを詳しく確認してみる。
「種族とは、簡単に言うと"子をなすことができる生物の括り"だ。もちろん異種族間では子供ができない」
「まぁ、わたしとゾルバル様だったらその壁も乗り越えられそうなんですけどねぇ?」
「…アホか」
なるほど、そういう括りなのか。
じゃあ、俺とフランシーヌも子を成すことは出来ないのだろうな。…あ、それ以前に今の俺は男ですらなかったわ。
俺とゾルバルは……うん、おぞましいから考えるのはやめよう。
ちなみに、この世界にはエルフなどは存在しないようだ。ふたりとも聞いたことがないらしい。ものすごーく残念だ。どうせ異世界に来たなら、出会ってみたかったなぁ、エルフ。
…それにしても、頭にツノ生えてるフランシーヌや、ライオン?に変身できるゾルバルは、一体何者なんだろう?
そんなわけで、気になったこの人たちの種族。嫌な予感しかしないのだが、恐る恐る確認してみた。
「あぁ、ワシか?ワシは…この世界では"魔族"と呼ばれている」
「そうねぇ。その括りでいうと、わたしは…"魔獣"ってカテゴリーになるかしらね?うふふふっ」
あー、やっぱり。…この人たち"人間"ですらありませんでした。しかもなんか…とんでもない単語が出てきたぞ?"魔族"に"魔獣"だって?正直、禍々しさしか感じられない。
そういえば以前、この二人は『14歳も19歳も変わらない』とかって発言していたな。ということは…もしかして?
「うむ。ワシは236歳だ。魔族はだいたい人間の五倍近い寿命があるそうだから、人間に換算すると47歳くらいということか?」
「こーら、レディに年齢を聞くものじゃないわ。でも特別に教えてあげる。…って、あれ?幾つだったっけ?確か1000歳までは数えてたんだけどなぁ…もう忘れちゃったわ」
はい、こっちも予想以上でした。ってか、ドン引きする数字が出てきたんですが…
今更ながらに気づいたんだけど、もしかして俺…とんでもない人たちの世話になってるんじゃないだろうか?
そんな二人との生活は、色々と不安材料を抱えてはいたものの、実際はとても順調だった。
二人は、見ず知らずの俺を面倒見よく世話してくれた。そのおかげで、ほとんど不自由なく生活することができた。
実は、慣れない"女の子"の身体になってしまったせいで、一時期身体のバランスがおかしくなっていた。特に最初の頃は、歩くのさえ苦労するくらいだった。
それも、ゾルバルのトレーニングのおかげで、一週間ほどでなんとか日常生活に支障がないレベルまで安定することができた。
そんなところまで助けてくれる二人には、感謝の気持ちしか湧いてこない。
俺の生活リズムがある程度落ち着いたところで、ゾルバルは…主に体力面と精神面のトレーニングを。フランシーヌは…いろいろな"知識"を教えてくれた。
フランシーヌは本当に善く出来た人だった。芸能人ばりの整った美貌、おまけに優しいし、胸もでか…ゲホンゴホン、スタイルも抜群だし。まったく、この身体にも少し分けて欲しいよ…
そんな彼女との会話は、本当に楽しかった。フランシーヌも気さくに色々と話を振ったりしてくれたので、なんだかリア充になったような気分だ。…もっとも、他の人が見たら、"女子会"か、"母娘の会話"にしか見えなかっただろうけどさ。それでも、女っ気とは程遠い生活をしていた俺には夢のような時間だった。
最初にフランシーヌから教わった知識は、その名もずばり"魔法"に関するものだった。
そう。この世界には"魔法"があるのだ。
わくわくするだろう?だけど…俺のこのわくわく感は、すぐに失望に変わることとなる。
フランシーヌが教えてくれるには、この世界の多くの人間には…多かれ少なかれ"魔力"という力が存在しているらしい。ちなみに、ゾルバルに出会ったときに全身からにじみ出ていたオーラのようなものが、"可視化できる状態になった魔力"なのだそうだ。
で、この"魔力"を、文字通り"力"として使うことで、様々な現象を発生させることができるらしい。たとえば、照明をつけたり、冷蔵庫を冷やしたり…等。
どうやら"魔力"は、この世界で"電気"代わりに使われているようだった。だから、一部の魔道具が元の世界のものに酷似しているのか。
「ねぇフランシーヌ。もしかして…この世界にはテレビやカメラとかもあったりするの?」
「テレビっていうのが何かはちょっと分からないけど、カメラならあるわよ。そういえば街のほうでは写真集が流行ってるって話を聞いたことがあるわね」
試しに聞いてみると、こんな状況だった。
…なんというか、文明がチグハグだなぁ。全体的なイメージは中世ヨーロッパに近いというのに、魔道具に関しては近代…というより現代的だ。まぁこの辺りは、おいおい慣れていくことにしよう。
そんなわけで、この世界における重要なエネルギー源である"魔力"。多くの人が持っているとはいえ、そのほとんどが微量な魔力しか持っていないそうだ。ましてや、バンバン使いまくれるほどの量の魔力を持っている人など、ごく限られるらしい。
魔道具の発展で人々の生活が豊かになっていく一方、魔道具を動かすのに必要な魔力の量は増大していく。その結果、それなりの量の魔力を持つ人たちは、"売電"ならぬ"売魔力"や、魔力の篭った魔道具の販売等の商売をし始めた。
そんな人たちのことを…この世界では”魔法使い”と呼ぶのだそうだ。
うわー、なんて夢の無い存在なんだよ、魔法使い。これじゃあただの電気屋みたいなもんじゃないか。
…なんというか、自分の中にある"魔法"とか"魔力"に対する夢や希望が打ち砕かれた気分だよ。
「アキ。あなたの世界には魔力は無かったの?」
「うーん、無かったなぁ。ただ…空想の世界には"魔法"とかの概念はあったんだけどね」
「へぇー、面白いわね。ちなみに貴女の世界の空想上の魔法って、どんなものだったのかしら?」
この頃には、こっちも気軽に敬語抜きで話せるようになっていた。
ちなみに今日のテーマは『前の世界における魔法の扱い』。紅茶を優雅に飲みながら、フランシーヌが尋ねてくる。んー、美人がやるとサマになるなぁ。
「んー。俺の世界にあった空想の世界の魔法はねぇ…たとえば、炎の玉を相手に当てたりとか、爆発させたりとか…」
と、調子に乗ってそこまで話したところで、フランシーヌの顔色がみるみる曇っていくのが分かる。
…しまった、やっちまった。フランシーヌの美貌に見惚れて油断してた。
どうやら俺は、無意識のうちに"禁句(NGワード)"を口走っていたらしい。
実は、ここで生活させてもらうに当たって、フランシーヌから一つの"条件"を付けられていた。
これが、たいした"条件"ではないものの、なかなか地味に精神を削るものだった…
「アキ!違うでしょう?そこは『俺』じゃなくて『私』もしくは『あたし』でしょう?」
「…す、すいません」
そう。ここで生活の面倒を見てくれるにあたり、彼女が提示してきた条件は…俺が"女の子"らしくすることだった。これには、言葉遣いだけでなく、日常の仕草なんかも含まれる。
もちろん俺は猛烈に反発した。だけど、しょせん"ヒモ"の身。家主の発言に逆らえるわけもない。
しかも、唯一味方をしてくれそうな存在であるゾルバルも、この件に関してはサッと顔を逸らすだけで何の援護射撃もくれなかった。
…ったく、見掛け倒しかよ、このオッサン。
「んー、ボクッ子も悪くないんだけどねぇ。あと…マニアックに『わらわ』とか?あははっ。…で、どうする?」
「…『私』でお願いします」
そんなわけで俺は、悲しくも…"女の子"としてのスキルを無理やり鍛えさせられることとなってしまったのだった。
…しくしく。
さて、話を戻すと。
さっき俺…いや”私”が言った例えのような派手な"魔法"は、この世界でもほとんど″夢物語″状らしい。この世界の"魔法"とは…実際には触媒と魔力を用いて起こす現象のことを指すのだ。
たとえば…"火の玉"の"魔法"を使う場合には、火を灯したマッチを触媒として灯し、そこに魔力を注ぐことで、″火の玉″が発現するのだそうだ。
…えーっと。それって、ガソリンとかで再現できそうじゃね?
この辺りの話や、冷蔵庫などの話を聞くことでようやくわかってきたのだが…どうやら"魔力"とは、簡単に言うと…"電力"や"ガソリン"の替わりになるもののようだ。『万能性の高い燃料』、といえば分かりやすいだろうか。
だから、さっき言った『ファイヤーボール』なんかは、"触媒"プラス"魔力"で燃やす現象になるのだという。…それって、ガソリンに火をつけて『ファイヤーストーム!!』とかって叫んでるのと大差なくね?
触媒を用いれば色々な魔法ができるけど、逆に言えば触媒が無ければ何の意味もなさない。しかも、多くの人は…火を起こすとしたら、一食分の料理すら作れない量の"魔力"しかない。
これが…この世界の”魔法”や”魔力”、そして”魔法使い”の現実だったのだ。
…それにしても、その程度のことしかできないんだったら、魔法が使えてもあんまり役に立ちそうにないなぁ。
素直にそう口にすると、フランシーヌはふふっと不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、普通はそう思うわね。でもね、世の中にはどこにも"例外"ってものがあるのよ」
「例外?」
「ええ。中にはそういった"魔力"や"魔法"の限界に囚われない人も存在するってこと」
これだけ勿体振っときながら、フランシーヌはそれ以上のことを教えてくれなかった。
なんでも『貴女に教えるにはまだ早い』のだそうで…
ちぇっ。これじゃ蛇の生殺しじゃないか。
次にフランシーヌが教えてくれたのは、この世界の情勢だった。
この世界はいくつかの国に分裂しているらしい。
有名どころでいくと、今自分たちがいる国『ベルトランド王国』。
最大規模を誇る国家『ブリガディア王国』
魔法を志す者が目指す"魔法学校"というものが存在している『スクワール魔法王国』
などなど…
その他、中小まで含めると数十の国家から成るそうだ。
もちろん、いずれも聞いたことのない名前ばかりだ。
今から20年近く前まで、"魔戦争"と呼ばれる戦乱で荒れていたのだそうだけれども、今は情勢はかなり落ち着いているそうだ。
もっとも、だからといって世界が平和だったり安全だったりするかというと、そんなに甘くはないようで。
それが…たとえばこのベルトランド王国だと、"我らが住処"が存在しているこの"大魔樹海"だった。
この森には、"魔獣"と言われる…普通の獣とは次元が異なる存在が多数生息しているのだそうだ。
人間よりもはるかに戦闘能力が高い生物が多く、不用意に森に入ると餌として喰われかねないとのこと。
…そういえば、目の前で優雅に紅茶を飲んでいる素敵なお姉さまは、自分のことを"魔獣"って言ってたような…
ってことは…実はすごい本性持っていたりして。以前目がトカゲみたいに縦長になってたし。
「えーっと、アキは勘違いしてるみたいだけど…"魔獣"っていうのはね、"魔力"を持つ"人間以外の生物"の総称なのよ」
へー、そうなんだ。どうやらアリだろうがサルだろうが、"魔力"を持っていれば"魔獣"って呼ばれるらしい。
そりゃいくらなんでも範囲が広すぎってもんだろう。誤解だってするさ。
「そうね。アキの言う通り、ものすごくカテゴリーとしては広いわ。実際、知能や力にも天と地ほどの差があるしね。たとえば…わたしなんかは無理やり当てはめるからカテゴリーが"魔獣"になっちゃってるけど、本当は人間よりもはるかに高次元の生物なのよ?」
「へぇ…ちなみにフランシーヌには種族名とかはあるの?」
「わたしはね、"古龍"って言う種族なのよ。その中でわたしは【風龍】という種類になるわね」
…ちょっと。まじですか?
このひと、ドラゴンだったのかよ。予想以上の大物じゃないか。
あぶねぇ…どさくさ紛れに胸とか触らなくてよかった。
「それじゃあ、ゾルバルも自分のことを"魔族"って言ってたけど、もしかして、お…じゃない、私が想像しているような存在とは違うのかな?」
「そうねぇ、貴女がイメージしてる"魔族"って、どんな感じなの?」
そりゃあ"魔族"といえば…魔の一族だよねぇ?悪の限りを尽くす存在というか、それこそ悪魔の化身というか…
「ちょっとアキ。あなたゾルバル様にそんなこと言ったらぶっ飛ばされちゃうわよ?」
あぁ、やっぱりイメージとは違っていたようだ。あぶねぇ…直接聞いてたら命の危機だったかも。
「それじゃあ…この世界における"魔族"って、どういう存在なの?」
「それはねぇ…わたしの口から聴くより、本人に直接聞いてみてね」
あらら、はぐらかされちゃった。
今度ゾルバルが機嫌の良さそうなときに聞いてみることにしよう。