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58.黒幕

 



 とりあえず、勝負を仕掛ける舞台は整った。でもそれより前に…ひとつ試したいことがある。


 プリムラは、ナスリーンの固有能力アビリティを「人間の女性にのみ発露する」と言った。それであれば…こいつ・・・なら動けるようになるんじゃないか?


 俺は胸の奥にぐっと力を込めて、眠っている能力に呼びかけを行った。



 ―― 状態変化トランスフォーム:【古龍形態ドレイクモード】発動。




 ビキビキビキッ。

 鈍い音とともに、俺の全身に『龍の鱗』が出現する。こいつは自分の身体を龍化させる能力…【古龍形態ドレイクモード】だ。フランシーヌから与えられた【龍の力】を上手くこの身体に順応させることで、最近使えるようになったんだ。


 龍形態ドレイクになったところで、これまでズッシリと身体にのしかかっていた様々な悪影響が、改善まではいかなくても、これ以上の悪化が打ち止められたのを感じる。

 …よし、読みが当たった。龍変ドレイク化しちまえば、ナスリーンの能力の影響を受けないみたいだぞ。若干”人間”を辞めてしまっているのが玉にきずだけど、この状況だと仕方ない…よね?


「ア…アキ様。そ、そのお姿は?」

「あぁ、これは…最近手に入れた【古龍エルダードレイク】の力を発現させたんだ」


 突然鱗が生えただけでなく、ツノやシッポまで生えてきた俺を、驚愕の瞳で見つめるプリムラ。でも驚いていたのはわずかな間だけで、すぐに感嘆のため息を漏らす。


「さすがはアキ様、よもや【竜王】とも称される【古龍エルダードレイク】のお力まで手に入れているとは……拙者、感服つかまつりました」


 人間辞めた俺に対して、別にシビれたり憧れたりする必要はないんだけど…こうもあっさりと受け入れるあたり、この子も大概許容範囲広いよな。




 とりあえず一息ついたところで、今度はミア姫のほうの状況が気になり始めた。

 ナスリーンの能力による悪影響から少し解放されて余裕が出来た俺は、ナスリーンと対峙しているミア姫の方に視線を向けたんだ。








 ---







「なんでや!?なんでアンタにはウチの【桃色吐息ピンキーシャワー】が効かへんねん!」

「…さぁ、なんででしょうね?そんなことより、もうこんな無益な争いは辞めないかな?」


 俺の目に入ってきたのは、どれだけピンク色の霧を浴びても微動だにしないミア姫と、その様子に次第に焦りをにじませていくナスリーンの姿。


 苦し紛れに【魔法の矢マジックアロー】を発動させるも、ミア姫の『天使の歌』…不思議な円盤の力ですぐに消滅させられた。都合、これで3度目だ。

 やることなすことまったく歯が立たなく、悔しげに歯をくいしばるナスリーン。


 …なんだよこれ、圧倒的じゃないか。




「ウソやろ…?ウチは女子相手には無敵になったはずなのに…ウチに勝てる女子なんて、おらんはずやったのに…」

「これでもうわかったかな?君の能力ではぼくに届かない・・・・。だから…そろそろギブアップしてくれないかな?」



 白銀色シルバーブロンドに輝く長い髪を、左手でサラッとひと撫でした。その左腕に装着されているのは、鈍い光を放つブレスレット。あれが…ミア姫の【天使の器オーブ】かな?

 それにしても凄い固有能力アビリティだ。相手の魔法を打ち砕く能力かなにかだろうか。



「このままいけば、恐らく…ナスリーンの魔力は”枯渇”します」

「枯渇?」

「はい、相手の魔法を打ち消すプリンセスの能力…【満月の夜光ルミナスサークル】の前では、ナスリーンは手も足も出ないでしょう。やがて魔法を打ち疲れて…魔力が尽きます。そうすれば、彼女は気絶すると想定されます」




 なるほど、ようは”ガス欠”ってことか。でもさ、そう上手くいくかな?窮鼠きゅうそ猫を噛む、の例えがある通り、追い込まれたら厄介なことをしでかすかもしれないからな。


 ただ、そのときこそが…恐らく最大のチャンスだ。



「プリムラ。さっきの話の続きだが…君の力を借りたい。その方法を今から説明する」

「はい。お伺いさせていただきます」


 そして俺は…これから"黒幕"に対して仕掛けようとしていることを説明したんだ。






「これから先、戦況が大きく動く機会がある。そのときに…私が『ある方法』を用いて、今回の事件の”黒幕”を炙り出す。そしたら…あとの黒幕への対処をプリムラに託したいんだ」

「黒幕を炙り出す…ですか?そのようなことは可能なのでしょうか?」

「あぁ、できる。私を信じてほしい。ただ、この方法を使うと…たぶん私はもう戦力としては使い物にならなくなる。それくらい激しく消耗するんだ」

「なるほど、だから拙者に『託す』なのですね?」

「あぁ、非常に心苦しいお願いで済まないと思ってる。なにせ黒幕をあぶりだすだけあぶりだしておいて、対処を丸投げする形になるからな。ただ、無理だけは絶対にしないでほしい」


 これは本当に苦渋の選択だった。だけど、彼女たちなら信じられると俺は決めた。


「いいえ、むしろそこまで信頼して頂いて、拙者は感激に震えております」


 プリムラは微笑むと、力強く頷いた。腰に差していた小刀を抜くと、その刀身を俺に見せながら宣言する。


「アキ様、お任せください。1対1の戦闘であれば、拙者はそう後れを取りません。拙者の持つ魔法刀『夜桜一文字』にかけて、必ずや…"黒幕"を仕留めてごらんにいれます」







 ----







 ナスリーンとミア姫の戦況は、現在のところ完全に膠着状態だった。4度目の【魔法の矢マジックアロー】をミア姫が消滅させ、ナスリーンが悔しげに唇を噛み締める。


「まだやるの?何度やっても無駄だよ?」

「うぅ…なんでや!こうなったら…奥の手を使うしかあらへん!」


 そう言いながら、ナスリーンがなにかを懐から取り出す。

 ステッキ?いや違う、小型の杖だ。先端には光り輝くガラスのような石がはめ込まれている。あれは…ナスリーンの『天使の器オーブ』か?


「拡散した魔力よ、ウチの元へ戻ってきぃや!!」


 掛け声とともにナスリーンが小杖を掲げると、辺り一面に立ち込めていたピンク色の霧がナスリーンへと収束していった。どうやら一度発動した【桃色吐息ピンキーシャワー】を再度吸収しているようだ。

 ナスリーンのやつ、いよいよ最後の大勝負を仕掛ける気だな。


「…どうしたんや、ミア姫。てっきりウチのやろうとすることの妨害を仕掛けてくるかと思ったんやけど、見過ごすんかいな?」

「…んー。別に気にしてないからね。どんな手を使ってこようと、ぼくには届かない・・・・よ?」

「…ホンマにナメくさりよって、メッチャ後悔させたるからなっ!」


 ナスリーンの怒りとともに、収束した魔力が小型の杖の先端に集まっていく。光り輝くピンク色の魔力。その魔力量は、天使の名に恥じないだけのものを感じられた。

 俺は横にいるプリムラにチラリと視線を飛ばす。プリムラは無言で頷いた。勝負のタイミングは…もうすぐだ。


「さぁいくで!ウチのとっておきの【天使の歌】や!ありったけの魔力を込めて……歌うで?

『私は砕く、目の前に立ちふさがる障害を。痛みさえも乗り越えて、明日へと羽ばたく力と為すために』

 …ミア姫、あの世で後悔しいや!!【桃源郷への誘い(セクシー・シャングリラ)】!!」


 ナスリーンの歌に呼応して巨大な塊となったピンク色の魔力は、一気に集約されると…まるで【流星シューティングスター】のような桃色の光線ビームとなって、ミア姫に襲いかかっていった。


「【満月の夜光ルミナスサークル】!」


 ミア姫がとっさに例の”光の円盤”を出現させるものの、ナスリーンが渾身の魔力を込めて撃ち放った桃色の光線ビームは、これまでナスリーンが苦戦していた”光の円盤”さえも勢いよく突き破る。



「通った!どやっ、見たかっ!?」


 口角をニッと築き上げて、満足の笑みを浮かべるナスリーン。


 そしてそのまま…桃色光線ビームは、ただ立ち尽くしているミア姫へと直撃した…かに見えた。






「…『照らし出せ、闇夜の道を。満ち欠け、その意の赴くままに』…【白銀の三日月クレセントムーン】!」


 次の瞬間、ミア姫の周りに白銀色シルバーブロンドに輝く三日月型の閃光が走った。その光景は、天上の月が地上に降り立ったかのよう。


 突如出現した猛烈な輝きを放つ”三日月”に、ナスリーンが放った桃色のビームが吸い込まれていく。

 そして…まるで霧散する虹のように、なす術もなくあっさりと、【桃源郷への誘い(セクシー・シャングリラ)】は拡散していったのだった。



 あとには…両手で白銀色シルバーブロンドの”三日月”を持ったミア姫が、傷一つない姿で佇んでいるだけだった。







「なっ…!?」

「ナスリーン、もう十分だよ。ぼくが…この【白銀の三日月クレセントムーン】で、月明かりが見守る夜のような、穏やかな眠りに誘ってあげるからね」



 完全に言葉を失ってしまったナスリーンに、すっ…と歩み寄ったミア姫が、手にした”三日月”を放り投げるようにして渡す。


 バチバチッ。

 【白銀の三日月クレセントムーン】がナスリーンに触れた瞬間、落雷のような音が響き渡った。まるで強烈な電気が走ったあとのように、激しく全身を痙攣させるナスリーン。


 そのままゆっくりと…白目を剥いて、前のめりに倒れていったのだった。







 ---






 勝負あった。

 そして、今この瞬間こそが…俺がずっと待ち望んでいた絶好のタイミングだった。


 俺は一瞬だけプリムラに視線を向けて「作戦開始」の合図を送ると、心の奥底に手を伸ばして…禁断の能力を引きずり出した。




 ――――<強制発動コアーション>――――

 真能力マギナスキル:【龍魔眼ドラゴヴィジョン】…起動アクティベート




 きたっ!!

龍魔眼ドラゴヴィジョン】によって、暴力的なまでの量の情報が、嵐のように俺の脳に襲いかかってくる。


 俺は、あらゆる情報を徹底的に絞りこんで、必要なものだけに全神経を集中した。激しい頭痛と、目から流血しているような感覚を覚える。


 …耐えろっ!集中しろっ!


 まるでゴミ収集場のように舞い込んでくる、有形無形な大量の情報。その中から俺は、必死になって”黒幕”の情報を選別していく。



 やがて俺は、砂場に落ちたコインを見つけたときのように……心の指先が、”探し求めていたモノ”に触れたのを感じた。



 見つけたっ!!



 脳みそが焼き切れるギリギリのところで見つけた”答え”を、俺は気力を振り絞って拾い上げたんだ。






 とたんに、俺の脳裏に…”黒幕の情報”が閃光のように飛び込んでくる。

 事前の予想通り、本当にこの部屋の中にいやがったんだ。ただ一人…『悪魔の魔力』を持ったヤツが!





 あぁ、やっぱりお前・・だったのか。





 黒幕の正体を知って、一番最初に浮かんできたのはその言葉だった。


 ナスリーンの魔法が効いて倒れたふり・・・・・をしているこいつこそが、ナスリーンを影から操ってひどい目に合わせた…今回の事件の”黒幕”。

 その姿を見て、次に沸き起こってきたのは…猛烈な怒り。





 本来、俺の仕事はここまでだった。プリムラとの事前の打ち合わせでは、”黒幕”が誰かを教えて…それで、俺の役目は終わりのはずだった。


 だけど、それじゃあ俺の気持ちがどうしても収まらなかった。

 ナスリーンの心を弄びやがって…

 俺は、絶対にきさま・・・を許さないっ!



 込み上げてくる猛烈な怒りを抑えることが出来なくなった俺は、最後の力を振り絞って飛び上がると、倒れたふり・・・・・をしている”黒幕”へと、一気に襲いかかったんだ。





「がぁぁぁぁっ!!」




 きさまだけは…きさまだけは、ぜったいに許さないぞ!



 リグレット・・・・・!!








 もはや半ば意識が吹っ飛んでしまった俺が目指した先。そこで倒れたフリをしている”黒幕”ことリグレットに対して、俺は渾身の力を込めて……思いっきり拳を振り下ろした。






「っ!?」


 俺の拳がリグレットに届く直前。

 それまで寝たフリをしていたリグレットの目がパッチリと開いた。間近に迫る俺に慌てて飛び起きると、寸前のところでジャンプする。チッ、俺の拳を躱しやがったか。


「うっそー!?なんでバレちゃったの!?」


 これまで聞いたことも無いような、素っ頓狂な声を上げながら、リグレットは宙へとその身を投げ出した。



 受け身を取る気力も残っていない俺が、床やロッカーに体を打ちつけながら後方に視線を向けると、後ろから追ってきていたプリムラと一瞬だけ目が合った。

 クソッ、届かなかった!あとは…頼むぞ、プリムラ!




 プリムラは目だけで頷くと、両手の指を合わせて…驚くべきことにスッとその身を分裂させた。


忍法ニンジャスキル、【分身の術ドッペルゲンガー】!」


 突如出現する、4体のプリムラ。その一体一体が高速回転を始める。

 まるで小型の竜巻と化した4つの”黒い旋風”が、空中で身動きが取れなくなったリグレットに向かって一気に襲いかかっていった。


「ハァァアァァァア!!忍法ニンジャスキル、【一・刀・両・断スペツナズ・ブレイド】!」


「きゃはっ!【悲劇的な戯曲トラジェディ・リリック】!」



 今度はリグレットの背に、ブワッと黒い翼が拡がっていった。見間違いようのない、『悪魔の翼』。同時に、リグレットから噴き出した黒い魔力が形取り、暗黒色の”巨大な鎌”へと変化していく。


 かつてナスリーンの横でおとなしくしていた、物静かな少女リグレットの姿はそこには無い。

 伊達眼鏡はどこかに投げ捨てて、おさげも解けて髪を振り乱すその姿は…まるで死神。


 そして…小型の竜巻と化した4体の忍者プリムラと、暗黒の鎌を手に不敵な笑みを浮かべる死神リグレットが、宙空で一気に激突した。









「プリムラッ!!」


 俺はプリムラのことが心配になって、思わず声を上げた。

 リグレットから噴き出す魔力は、これまで俺と対峙してきた”悪魔”たちを軽く上回っていた。たぶんあいつは予想以上の大物だ。いくら魔族とはいえ、大丈夫なのか?


 すぐに援護に回ろうとするんだけど、思うように身体が動かない。クソッ。やっぱり一か八かで【龍魔眼ドラゴヴィジョン】なんか使うんじゃなかったよ。



 後悔に襲われて軽く頭を振ると、何かが流れ落ちてきて視界が赤く染まる。どうやら額から血が流れているみたいだった。


 …まいったな、踏んだり蹴ったりだよ。


 一人で毒を吐きながら、それでも這うようにして立ち上がろうとする。




 そんな俺の身体が…不意に軽くなった。


「あれ?」

「アキ、無理はしないで」


 自分の身体が、横から支えられていることに気付いたのは、馴染み深いその声が聞こえたあとだった。


 驚いて横を見ると、ようやく最近見慣れてきた紅茶色の髪が視界に飛び込んでくる。

 見間違いじゃないか?思わず目をこすってしまうが、幻でもなんでもない。


 そう、俺を支えてくれていたのは…優しげな表情を浮かべる同級生、エリスだったんだ。





「大丈夫?あとは…私たちに任せて」

「エ、エリス!?ど、どうしてここにっ!?」


 突如現れたエリスの姿に、俺は驚きのあまりあんぐりと口を開けてしまった。

 おいおい、なんでエリスがこんな戦場ばしょに立っていられるんだよ!?場違いにも程があるだろっ?

 それくらい…エリスがここに居ることが想像できなかった。






 想定外の状況に動揺しきっている俺に畳み掛けるかのように、さらに聞き覚えのある別人の声が耳に飛び込んできた。


「…アキ。キミはなかなかムチャをするね。だけど、おかげで手間がずいぶん省けたよ」




 ま、まさかっ!?


 これまた最近聴き慣れてきた声に、すぐに相手の姿を確認しようとするものの、流れ落ちる血のせいで目が霞んで良く見えない。

 ゴシゴシと目をこすって視界を取り戻した俺が、改めて声の主を確認すると、そこに居たのは……




「あぁ、そうだったのか。あんた・・・が……【大天使】だったんだな」








 ---






 一方、激突をしたプリムラとリグレットは、最初の一撃を互いに回避したあと、一旦距離を取り合っていた。

 初撃は互角、どちらの刃も相手に届いていない。


 にらみ合う二人の間で先に口を開いたのは、鷹のような鋭い視線を飛ばすプリムラのほうだった。


「拙者の能力でも届かないとは…おぬしなかなかやるなっ!?」

「あーあ、せっかく楽しんでたのに邪魔するなんて…あんたたちって、ほんっとに無粋よねぇー」


 悪魔の魔力を具現化させた”暗黒の鎌”を振り回しながら、口元は邪悪に歪みっぱなしのリグレット。その表情は、言葉に反して実に愉しげだ。


「しばらくはナスリーンで遊ぼうかと思ってたんだけどなぁー、つまんないのっ!仕方ないからみんな…遠慮なく”狩っ”ちゃおうかなっ?」

「悪魔めっ、そんなことはさせんぞ!拙者は…アキ様から貴様の相手を託されたんだ!」


 プリムラの口からアキの名前を聞いて、リグレットは少し顔を歪めた。それは、ずっと薄ら笑いを浮かべていた悪魔リグレットが初めて見せた、心の底から不愉快そうな表情だった。


「アキねぇ…まさかあの子が、あんな”人外”の能力を持ってるとは夢にも思わなかったなぁ。しかも、巧妙に隠れてたあたしのことを見抜くなんてね。おかげで面倒なことになっちゃったし。あぁ、そういう意味ではあんたもだね、チョロチョロ動き回る黒ネズミさん?」

「黙れ下郎!貴様のような輩は、拙者が刀の錆にしてくれるわっ!」


 悪魔の戯れ言を一喝してあしらうと、すぐに小刀を構えるプリムラ。漂う気配は、一流の戦士そのものだ。


「きゃはっ、やれるのかしら?…あんたみたいなザコに」


 まるで挑発するように、鎌をくるりと一回廻すリグレット。二人の間に、殺気という名の火花がぶつかり合う。



 改めて二人が再びその激突しようとした…そのとき。







「…プリムラ、もういいよ。あとはボクたちに任せて」


 二人の間に、まるで福音を告げる天の女神のような、心地よい声が響き渡った。







「誰よっ!?」


 慌てて声のしたほうを振り返るリグレット。油断なく死神の鎌を身構える。

 その視線の先に居たのは…




 まず最初に悪魔リグレットの目に入ったのは、意識を失ったナスリーンを抱えるミア姫。それに額から血を流しているアキと、それ支えるエリスだった。


 次に視線が捉えたのは、未だに意識を失ったままのスターリィを優しく抱えたカレン王子。



 そして最後に確認したのは、その横に立つ…仮面を着けた、流れるような黄金色の髪の少女だった。



 その姿を確認して、悪魔リグレットは憎々しげに顔を歪めた。




「あ、【大天使】様っ!」

「ふぅ…やっとあの趣味の悪いピンク色の霧が消滅したから、ここに入ってこれたよ。ところでプリムラ、いい加減その呼び名は辞めてくれないかな?ボクのことは普通に”ティーナ”って呼んでほしいんだけど」



 無機質な仮面を被った、波立つ黄金色の髪を持つ少女。他の生徒たちから【鉄仮面】と呼ばれているティーナが、苦笑しながらそう口にした。


 そう。彼女ティーナこそが、プリムラが主人と崇める存在…【大天使】であったのだ。







「ティーナ!なっ…なんでキサマがここにいるのよっ!?」

「初めまして、”悪魔”クン。おや?キミはボクのことをご存知かい?」


 動揺しているリグレットに向かって、ティーナは不敵な笑みを浮かべながら、挑発するようにそう言い放った。

 一方、言われた方の悪魔リグレットは、まるで仇敵に巡り合ったときのような鬼気迫った表情を浮かべて全身を震わしている。


「さーて、悪魔クン。この状態をどうするんだい?これはもはや年貢の納めどきってやつじゃないかな?」

「う、煩い、黙れ!このっ……『とびら』めぇぇぇ!!」


 憎悪の篭った瞳で『仮面の少女』ティーナを睨みつけながら、リグレットはそう絶叫したのだった。




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