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54.模擬戦

 

 そして、全員参加の授業…必須科目の「運動」が行われる日がやってきた。

 必須科目ってのは、コース関係なく出席者しなければならない授業だ。たとえば「一般教養」や「礼儀作法」なんかもある。これまでも必須科目の授業は何度かあったんだけど、「運動」ってのは初めてだった。


 俺とスターリィは、直前にあった別の必須科目「社会情勢」の授業が終わったあと、二人して女子が着替える更衣室がある建物に来ていた。

 ちなみに更衣室には一つの大きな部屋にたくさんのロッカーがあって、基本的にはそこで全員が着替えることになっていた。基本的には…ということは例外があるわけで、ミア姫やスターリィには個別の更衣室が与えられていたんだ。

 俺は別に皆と一緒の更衣室で全然問題なかったんだけど、スターリィに耳を引っ張られて無理やり個室のほうに連れて行かれてしまった…トホホ。


「スターリィ、この『運動』って授業、なにやるか知ってる?」

「最初にもらったしおりに書いてある内容によると、『魔法使いに必要な基礎的な体力をつける』…ってなってますわ。たぶん、身体を動かす内容だと思いますけど」


 そう言われながら手渡されたしおりを読むと、確かにそう書かれていた。運動ねぇ…。あれ、もしかしてこれって…


「ねぇスターリィ。もしかしてこの授業なんじゃない?」

「え?なんのことですの?」

「ほら、この前ボウイが言ってた」

「あぁ…『模擬戦』ですか」


 そう、この前ボウイが息巻きながら力説した「他の生徒、特に天使たちを”模擬戦”で打ち負かして、スターリィ派のメンバーを増やそう作戦」が実行されるのが、おそらくこの「運動」の時間なのではないか。

 しかし、本当に模擬戦とかするのかな?しおりを見る限り、どちらかと言うとただの体力トレーニングとかになるような気がするんだが。


 色々と思うところはあるのだが、とりあえず学校から貸与された運動用の服…ようはジャージに着替えて、授業が行われる中庭に向かうことにした。ええ、スターリィの着替えは見せてもらえて無いよ?がっちりパーティション立てられてガードされましたけど。チックショー!





 中庭にある少し大きなグラウンドには、すでにたくさんの生徒たちが集まっていた。

 さすが必修授業、ほぼ全部の一回生が集まっているみたいだ。お、向こうの方に見える紅茶色の髪の男と金髪のイケメンの組み合わせは、レドリック王太子と、その友人のブライアントだな。イケメン金髪のブライアントのほうが、近くにいる女の子に軽い感じで話しかけている。おいおい、こんなとこでナンパかよ。


 さらに向こうの方には…白銀色シルバーブロンドの髪の二人、カレン王子とミア姫の姿も見える。めずらしくミア姫が髪の毛を後ろでまとめていて、その姿も同じジャージを着ているとは思えないくらい可憐だった。

 その横にいるのは…エリスだ。ミア姫と同じように髪の毛をまとめて、なんだか楽しそうに二人で話していた。


 そういう俺たちも負けじと、スターリィとお揃いのポニーテールだ。ふふっ、仲良しに見えるかな?

 そんなことを思ってたら、エリスがこっちに気づいて手を振ってきた。横のミア姫もニッコリと微笑んでいる。んー、なんか良い感じだ。



 …こうやって状況を見る限りでは、”派閥”なんてものは感じられないけどな?どうせボウイみたいな一部の脳筋たちだけが、そういうのを気にして騒いでるだけなんだろうけどさ。

 まったく男ってのは、いっつも「誰が強い」とか「誰が一番」とか、そんなくだらないことばっかり考えて夢中になってんだよな。ほんっとこっちはいい迷惑だよ…って、あれ?今、なんかへんなこと言ったかな?






「ついに俺たち【星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス】の真の実力を示すときが来たなっ!」


 いつのまにか現れたジャージ姿に腕まくりをしたボウイが、意気揚々と剣を振り回しながらそんなことをほざいてきた。ったく、どこの蛮族か魔王のセリフだよ。

 横にいるカノープスは、もはや完全に諦めた様子で無視している。おいおい、他人事みたいな顔してるけど、お前さんも昔同じようなこと言ってたんだぞ?同類のよしみで、こいつをなんとかしてくれよな。


「なぁボウイ、本当に今日『模擬戦』とかあるの?ただのトレーニングするだけの授業じゃないのか?」

「なにいってんだよアキ!俺の集めた情報に間違いは無いよ。毎年この『運動』の授業は、すぐに模擬戦とかになるらしいんだぜ?」


 へー、そうなんだ。侮れないことに、こいつの情報収集能力は無駄に高いからなぁ。それにしても、いっつもどこから情報を仕入れて来るんだ?


「まぁ別にいいけどさ、あんまり変なふうに気合入れすぎんなよ?」

「へっ、アキも猫かぶってないで、ちゃんと実力を出せよ?」


 アホぬかせ、俺が本気出すことなんて出来るわけないだろう?気合入れすぎて『猫耳』が出たり『龍の鱗』なんかが出たりしたら、『ケモミン』とか呼ばれるくらいじゃ済まなくなるんだぞ?

 まったく、俺のこの【魔改造】されちまった身体のことは極秘事項だっちゅうのに、こいつほんとにわかってんのかなぁ…




 やがて全部の生徒が集まったのか、講師フローレスさんと講師クラリティさんが一緒にやってきた。どうやら彼らがこの授業の担当のようだ。いつものように拡声器を手にして、全体に響き渡るよう声を張り上げた。


『みなさん、集まりましたかー?それでは運動の時間をはじめまーす!』


 こうして、必須科目の『運動』の授業が始まったのだった。





 運動の時間…なんだか情けない名前だけど、内容は一言でいうと『体育の授業』そのものだった。そこそこの広さのグラウンドを軽く走り、ストレッチなんかをする。そのあとは…各自の体力に合ったトレーニングの時間だった。


 体力の無い生徒たちは、講師クラリティさんが付いて、走ったり軽い筋トレをしたりしている。まさに基礎的な体力トレーニングだ。

 ちなみにその一団のほうにエリスとミア姫もいた。まぁ確かに二人とも運動苦手そうだもんな。なにやら棒きれを持って、二人揃ってリズミカルに振り回してる。

 あぁ、なんかエリスはどんくさい感じで微笑ましいな。一方、横のミア姫は「本当に深窓の姫か?」ってくらい、なかなかに剣筋が鋭いんだけど…


「うわぁ、『ハインツの月姫』が『ベリーのソードダンス』踊ってるぜ?」

「マジかよ…可愛いなぁ」

「スタイルもスラっとしてるから見栄えがいいな。剣舞ソードダンスがまるでプロの演舞みたいだ」

 などと、近くにいる男子生徒たちが騒いでいるのを聞くと、周りも似たようなことを思っているみたいだ。

 それにしても、『ベリーのソードダンス』って、なにやら有名な踊りなんだろうか。なんとなく前の世界のダイエット用のダンスを彷彿とさせるんだが…そんなもんを一国の姫様が踊ったりしないよな?





 一方、そんな基礎的なトレーニングでは飽き足らない”脳筋”な生徒たちが、講師フローレスさんの監視の下、手に模造剣を持って『模擬戦』を開始していた。まぁやってるのはほとんどが男子だな。キンキン、カンカンと音を鳴らしながら、剣を打ち合っている。


 俺たち四人も、一応こっち側に居た。だってさ、曲がりなりにも『冒険者』としてこれまで頑張ってきたんだから、いまさらかわい子ぶって運動できないフリをするのもねぇ。

 ただ、ノーザンダンス村で毎日ボウイとやり合ってたような、激しい模擬戦は止めておいた。ボウイのほうはやりたがってたけど、面倒だからスターリィに押し付けておいた。ボウイのやつ、スターリィ相手だとなんか動きのキレが悪いんだよな。

 俺のほうは、同様にやる気の無いカノープスと手抜きの打ち合いをしながら、周りの他の生徒の様子を観察することにした。



 まず目に付いたのは、レドリック王太子とその友人ブライアントの模擬戦。

 レドリック王太子は大ぶりの両手剣を、ブライアントは槍を手に持って、激しく打ち合っていた。たぶん二人でこれまでも何度もこうやって模擬戦をしてきたのだろう。まるで予定調和のように、激しい攻撃のやり取りが目の前で繰り広げられた。

 こうやって見てると、二人ともなかなかの腕を持っているようだった。まぁ普通の人の中ではけっこうレベル高いほうなんじゃないかな?


「すげぇ…さすがレドリック王太子だ。あの大剣を軽々振り回してるよ」

「ブライアント様もすげーな、槍さばきが目で追えないよ」

「二人ともステキ…あぁ、この学園に入学できてよかった」

 などと、周りが言ってることからも、高い評価をされているのがわかる。


 ただ…一つ言いたい。この程度なのか?

 比較する相手が悪いのかもしれないけれども、やっぱりゾルバルやレイダーさんに比べると、次元の違いを感じてしまう。ゾルバルの嵐のような体術や、レイダーさんの電光石火の一撃が、どうしても俺の脳裏に刻まれていて、比較してしまうんだ。


 なんとなくボソッとカノープスにそのことを呟いたら、こう言われてしまった。


「アキ、あんまり自覚が無いようだから言っとくけど、きみは…現時点で人類の中でもトップクラスに強いよ?」

「へ?私が?」

「うん、はっきり言って、並の人間じゃきみに触れることも出来ないね」


 あぁ、そうなんですか…

 どうやら俺は、知らない間に相当強くなっていたらしい。でもさ、なんか『もらいもの』ばっかりだから、イマイチそういう自覚が湧かないんだよねぇ。





 こんな感じで、なんとなく穏やかに【運動】の授業が進んでいたとき。

 校舎のほうから講師用のローブを羽織った人が3人ほどこちらの方にやってきた。彼らは二人の講師…フローレスさんとクラリティさんのほうに近寄っていく。

 二言三言、何か言葉を交わしたあと、講師フローレスさんのほうが【拡声器】を手に取って生徒たちに言葉を発した。


『みなさん、すいません。私たちに急用が入ってしまったので、このまましばらく自習を続けてください。くれぐれも怪我などしないようにお願いします』


 そう言うが早いか、講師たちはいそいそと校庭から校舎へと駆け足で戻っていったのだった。






 講師たちが急に居なくなってしまったことで、生徒たちはどうしたものかと少しざわつき始めた。


「なんかあったのかな?」

「…さぁ?」


 俺の問いかけに、冷たく返事を返してくるカノープス。こいつ、もう少し優しい会話のキャッチボールができないのか?



 突如訪れた、講師たちがまとめて居なくなるという、絶好の機会。俺とカノープスがくだらないやり取りをしている間にも、講師たちが居なくなった”最高のチャンス”を活かすべく、迅速に動き出したヤツがいた。




「なぁなぁ。そこの二人、なかなか面白そうなことしてたじゃないか。オレも混ぜてくれないか?」


 そう言いながらレドリック王太子に近寄って行ったのは、白銀色シルバーブロンドの髪の貴公子…カレン王子だった。



 学年を代表する”二人の王子”の初めての邂逅が、偶然与えられたこの機会に突然生まれ落ちた。周りの人たちも、完全に予想外の出来事にざわめきあっている。

 なにせ、ある意味この学園の一回生の中で人気や話題を二分する二人が、公式の場で初めて言葉を交わしているのだ。周りが反応しないわけがない。


 なぜかカレン王子を見て怯えているブライアントを尻目に、レドリック王太子が一つ汗を拭うと頷き返した。


「…カレン王子、私で良ければお相手しよう」

「へへっ、よろしく頼むよ」


 キンッ。

 剣と剣を軽く打ち合わせると、すぐに二人は模擬戦を開始した。こうして…”二人の王子”の競演が、突如幕を上げたのだった。





 カレン王子はどうやら二刀流のようだった。細身の剣を二本持って、素早い動きでレドリック王太子を追い詰めようとする。

 対してレドリック王太子は、大剣を器用に振り回して、決してカレン王子を近寄らせようとしない。


 …まさに、一進一退の攻防。周りの他の生徒たちも、『二人の王子』の模擬戦に完全に目を奪われていた。



 やがて、体力差から押され始めたカレン王子の剣が大きく弾かれて、体のバランスを崩す。そのスキを逃さずに一気に詰め寄ったレドリック王太子が、大剣をカレン王子の肩口に落とした。

 もちろん、寸止め。でもそれで十分決着はついていた。


 降参っといった体で二本の剣を放り投げ、両手を挙げるカレン王子。そんな彼に対して、大剣を横に置いて右手を差し伸べるレドリック王太子。



「良い勝負だったよ。ありがとう、カレン王子。君は速くて強いね」

「ふん、勝ったやつにそんなこと言われても嬉しくなんかないや。でもまぁ…オレも楽しかったよ」


 そう言って、二人はガッチリと固い握手を交わしていた。そんな状況を周りの生徒たちは、まるで物語の一場面を見るかのような目でウットリと見入っていたのだった。



「…なんか、青春しちゃってるねぇ」


 横にいたカノープスが口にした、枯れたおっさんみたいな意見に、俺は頷いて同意を示す。なんか暑苦しすぎて胸焼けしそうな展開だし、正直ごちそうさまって思ってしまう俺も、なんだかんだで枯れているんだろうか。




 周りの興奮冷めやらぬ中、劇的な展開の最後を飾るのは…ミア姫だった。慌てた表情のミア姫が、エリスを引き連れてカレン王子のもとに駆け寄っていく。

 やっぱりお兄さんのことが心配だったのかな?そう思ってたら、なんか物凄く怒ってるみたいだった。鬼のような形相を浮かべるミア姫に対して、飄々としたままそっぽを向くカレン王子。

 そんな二人の間に挟まれるように立つエリスが、一生懸命ふたりを宥めたり諭したりして調整していた。んー、なんだかエリスも大変だなぁ。


 一方俺たちのそばでは、絶好のチャンスを逃したボウイが少し悔しそうに拳を握りしめていた。たぶんこいつは、こんな感じのことがやりたかったんだろうなぁ。

 でも現実はそう甘くなく、二人の王子に先を越されちゃって、完全に出る幕を失っていた。残念だったな、ボウイ。ぷぷぷっ。





 こうして、皆の視線が二人の王子の劇的な邂逅に目を奪われていたとき。


 事件は…ヒッソリと起こっていたんだ。








 最初に聞こえたのは、ごんっ、という何かが衝突したかのような鈍い衝突音だった。

 ハッとして音がした方を振り返ると「きゃー!」という悲鳴のような声も聞こえてくる。


 すぐに音のした方に顔を向けると、視線の先には倒れこんだ男子生徒と、その生徒を眺める二人の少女の姿が飛び込んできた。しかも倒れた生徒は、頭から血を流して呻いている。

 驚いたのは…二人の少女のうちの一人が、背中に『天使の翼』を具現化させていたことだ。


「あれは…ナスリーンとリグレットか?あいつ、こんなところで『天使』になって何やってんだ?」


 事情はよく分からないが、さすがにあの状況は放っておくことはできない。俺は舌打ちをしながら、事件が起こっている現場へと駆け寄っていったのだった。




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