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53.勢力図

ここから第8章となります。



 

 気がつくと、俺が魔法学園に入学して一ヶ月ほどが経過していた。


 すごく濃密な日々を過ごしてきたような気がするし、そのわりにあっという間に過ぎていったような気もする。たぶんそれだけ充実した日々だったんだろう。



 ティーナとの関係については、初めて会話した日以降、大きな進展はない。結局、腹を割って色々と話すことも出来ないまま、今に至っている。

 …まぁ、俺がティーナへの対応方針を決めきれてないのが一番の原因なんだけどさ。


 あれ以降めったにティーナと顔を合わさなくなってしまったというのもあるし、たまに奇書室や図書館で見かけたときも、なにやら集中して本を読んでいるみたいだったので、挨拶程度しか会話を交わしていない。

 ゾルバルから託された【グィネヴィアの額飾りサークレット】を渡して良い相手かを、ちゃんと見極めたいとは思ってるんだけどね。なかなかキッカケを掴めずにいたんだ。



 ついでに言うと、せっかく教えてもらった”奇書室”も期待ハズレだった。けっこう【魔迷宮】の『ライブラリー』にあった本と被るものも多かったし、いざ読みたいと思った本については…なんと、ほとんどが『読めなかった』んだ。

 読めないというのは文字通り「書いてある文字が読めなかった」という意味。俺は不思議とこの世界の文字を読めた(たぶん、スカニヤーが勉強してたんだろう)んだけど、ここの本棚にある本に書かれている言語についてはまったく解読できなかったんだ。

 ティーナに試しに聞いてみると、こちらを見もせずに「そんなの知らないよ。言語の勉強でもしたら?」と、にべもない対応をされてしまった。…しょぼーん。


 とはいいつつ、いくつか面白い情報を仕入れることができた。

 ”奇書室”で俺が見つけたある文献によると、なんでも霊山ウララヌスの山頂には、『霊剣アンゴルモア』という名の【天使の器オーブ】が眠っているらしい。そしてそいつが、霊山ウララヌスに入ってくる人々を惑わし追い返しているというのだ。

 数百年…あるいは千年以上誰のものにもなることがなかった、曰く付きの『天使の器オーブ』。ゆえにそのオーブは…【覇王の器レガリア】と呼ばれているのだという。


 レガリアといえば、思い浮かべるのは…俺の額に埋め込まれている『グィネヴィアの額飾りサークレット』だ。前にゾルバルたちから、「魔王クラスの魔族が化身したオーブは、畏敬を込めて”レガリア”と呼ばれている」という話を聞いたことがある。つまり、霊山ウララヌスに存在すると言われている『霊剣アンゴルモア』ってのは、たぶんとんでもない力を秘めたオーブ…【覇王の器レガリア】なんだろう。


 今のところ俺には関係なさそうだと思うけど、そんだけ有名なもんだったら、機会があれば探してみたいな。ただ、かなりワガママなやつみたいで、ほとんどの人は見ることすら出来ずに、山で迷わされた挙句追い返されちまうそうだから、俺も同じように惑わされちまうだけかもしれないけどさ。なんか心踊るんだよなぁ…選ばれたものだけが持てる伝説の剣ってシチュエーションがさ。



『龍の力』の研究については、少しずつだけど検証が進んでいる。とりあえず強く念じれば、『龍鱗』と強靭な肉体は手に入れられるみたいだ。

 強靭っていうのは、たぶん剣とかで殴られても弾いちゃうくらいかな?…なんだよこれ、どんだけ俺は人間離れすれば気がすむんだよ。



 ただ、ティーナが【グィネヴィアの首飾りサークレット】に選ばれた話も、俺が真能力マギナスキルという新しい力を手に入れたことも、その結果学園に魔族がカノープス以外にも居ることがわかったことも、チームメンバーの誰にも話していなかったんだ。


 特に俺のことを信頼しているスターリィにも黙っているのは心苦しかったんだけど、もう少し俺自身が情報を収集・整理できてからでも遅くないかな、と思っている。そもそも俺の目的には直接関係のない事だしな。

 なによりスターリィは今『天使の上の存在』についての調査や研究に忙しかったから、余計なことで気をまわさせたくなかったってのもある。


 もしもなにかの影響があるようだったら、すぐにでも相談しようと思っているんだけど、それまでは…もうしばらく、俺の心の中に秘めておくことにしたんだ。



 こうして…俺の大変だけど充実した日々は過ぎて行った。









 そんなある日のこと。

 初級コースの授業が終わったあとの休憩時間に、俺は…最近すっかり仲良くなったエリスと一緒に食堂でお茶していた。こういうのって、なんか女子会っぽくない?

 エリスとは、だいたい初級コースの授業内容について雑談してたんだけど、ふと思いついてティーナのことを尋ねてみることにした。


「ところでエリス、『鉄仮面』ティーナって知ってる?」

「えっ!?」


 すっとんきょうな声を上げるエリス。俺、そんなに驚くようなこと言ったかな?


「えっとね、そのティーナっていうのは一学年上の2回生で、変な仮面つけてる怪しい女の子なんだけど」

「へ、変な仮面……」


 ん?どうしたんだろう。なんかエリスの様子が変だ。ちょっぴり顔色が悪いような気がするけど…気のせいかな?


「あぁ、さすがにそんな怪しい人のことなんて知らないよね?ごめんごめん、変なこと聞いて」

「い、いえいえ。一応知ってます、けど…」


 んー、なんかエリスの歯切れが悪いな。やっぱり見ず知らずの不審人物の話なんか振られて困っちゃってるのかな。


「いや、もしエリスが『鉄仮面』ティーナのことで知ってることがあれば教えてもらおうかと思ったんだけど…そんな変人のことなんて、詳しく知ってるわけないよね」

「あっ、あの…ティーナは、変わってるとは思うけど、決しておかしな人ではないと思いますよ?」


 おやおや、意外にもエリスがティーナの援護をしてきたぞ。でもなんか無理してる気配が感じられる。あまり知らない人に対しても、軽々しく悪口とかは言わないエリスは、やっぱり良い子だよな。


「無理してそんなこと言わなくて良いよ。悪かったね、変な話を振って」

「い、いえ。そうじゃなくて…」

「あー、そしたらごめん、エリス。私これからスターリィたちと待ち合わせがあるんだ。また今度ね!」

「あっ、あの……はい、また今度」


 エリスの変な様子に後ろ髪を引かれたけど、スターリィを待たせすぎてキレられるのもイヤだったので、俺はそのままスタスタと去って行ったんだ。




 スターリィとの待ち合わせ場所に向かう途中、遮るもののない長い廊下の前方から、こちらに向かって歩いてくる人物がいた。ピンク色の髪の毛を跳ねさせた、ド派手な化粧の女の子…『西のコギャル』じゃなくて『西の麒麟児』ナスリーンだ。その隣には、メガネおさげのリグレットも居る。

 やばっ、マズいヤツと向かい合うことになっちまったな。ずっと逃げ続けてたんだけど、さすがに今回は隠れる場所も無いので、俺は仕方なくそのまま突き進むことにする。


 だけど…ナスリーンは俺の方に一度も視線を向けることなく、リグレットと二人そのまますれ違ってしまったんだ。

 あれ?いつもだったら絶対「うわ、アキやんかぁ!スターリィ紹介してーな!」とか言ってくるのに…今日のナスリーンは”心ここに在らず”って感じだった。俺のことなどまったく視界に入っていないようたった。


 どうしたんだろうか。体調でも悪いんだろうか。

 その程度のことは思ったものの、それ以上深く考えることなく、俺はその場をさっさと立ち去ったんだ。







 今日は、ボウイの呼びかけでいつもの四人で学園の一角にある小さな小屋に集まっていた。

 この小屋は、かつて物置として利用されていたものを偶然発見したボウイが、「おれたち『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』の学園支部にしようぜ!」って勝手に息巻いた挙句、講師フローレスにかけあって、なんと本当に借りてしまったというしろものだ。

 もちろん「ちゃんと管理すること」を条件に貸してもらえたんだけど、ボウイは得意げに功績を誇り、スターリィもウキウキしながら模様替えなんかをしてたんだ。


 ボウイによって『満天屋』と名付けられた、俺たちの新しいアジトに集まったスターリィ、カノープス、ボウイ、俺の四人。


「それでボウイ、今日は何の話なんだ?」


 俺は少し不機嫌気味にボウイに問いただす。なにせエリスとの貴重な女子会の時間を潰されたんだ。大した用件じゃなかったら、ぶん殴ってやろうかな。


「あぁ、みんなにちょっと相談があってな」


 そう言うとボウイは、どこからか拾ってきた壊れかけの黒板に、汚ったない字でなにかを書き始めた。



 ボウイが書き殴ったのは、どうやら人名のようだった。スターリィの名前やレドリック王太子、カレン王子やミア姫の名前なんかが、かろうじて判別できる字で書かれている。


「…これが、いまの学園の一回生の『勢力図』だ」

「勢力図だぁ?」


 いきなり訳のわからないことを言い出すボウイに対して、俺は思わずうさんくさい対応をしてしまった。スターリィは小首を傾げ、カノープスは何か諦め気味にふぅとため息をついた。

 だがボウイはそんな俺たちの反応にめげることなく、意気揚々と話を続けていく。


「あぁそうだ。俺たち一回生は、大きく分けて四つのグループに分けられる。まずは『レドリック王太子派』だ。剣術が得意な王太子は男子に人気があって、ここには王太子の幼なじみの”上級貴族の子息”ブライアントを中心とした男子勢が多く集まっている」


 かんかんっ。と音を立てながら、ボウイが汚らしく『レドリック&ブライアント』と書かれてた箇所にチョークを叩きつける。

 へー、そうなんだ。正直俺はこのレドリック王太子たちとの接点が無かったので、どんな人物なのかまったく知らなかったんだけど、話を聞く限りだとなかなかの好青年のようだ。特に男子に人気があるってのがポイント高い。

 普通女子に人気があるなら”イケメン”ってことで理解できるんだけど、男子に人気があるってのは、たぶん性格も良いんだろう。…まぁ、いずれにしろ俺は興味ないんだけどな。


「次に、『ハインツの双子派』。ここには男女問わずもっとも大人数が集まっている。アキが最近お気に入りのエリスもここの派閥だな。ただ、ここは正直ただのミーハー、烏合の衆だ。それほどの結束力は無いと考えられる」

「…ふーん」


 エリスが俺のお気に入りって表現が気にくわないんだけれども、なんとなくこいつの言わんとしてることが分かってきた。

 なんだか面倒くさい話になりそうだな…

 チラッとカノープスの方を見ると、サッと目を逸らされた。カノープスのやつ、こうなると分かっててこの打ち合わせを止められなかったな?ほんっと使えねぇヤツだ。


「それから、『西の麒麟児』ナスリーンを中心とした勢力。ここには、ルームメイトのリグレットなんかを中心に、主に一般家庭…それも下級出身者が多く集まっているんだ」


 へー、そうなんだ。ナスリーンも案外人気があるんだな。俺は相手するのが面倒だから逃げてるんだけど、ああいうのが良いってヤツもいるってことだな。世の中いろいろな人がいるもんだ。

 …それにしても、ボウイのこの無駄に凄い情報収集力はいったい何なんだ?


「そして、我らが『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』。実はおれたちが一番勢力としては小さいんだ。ただでさえ少ないのに、最近は裏切りそうなやつまでいるしな」


 そう言うと、ギロリとボウイが俺のことを睨みつけてくる。おいおい、裏切り者って俺のことかよ!?


「そんなわけで今日は、おれたち『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』の勢力を、どうやって拡大させていくかを相談したいんだ!」


 そう声高らかに宣言すると、ボウイはバンッ、と思いっきり黒板に手を叩きつけた。


 あー、やっぱりこんな話だったか。

 チラッとスターリィの顔色を伺ってみると、明らかに困惑の表情を浮かべていた。そりゃそうだろうな、そんな『勢力図』みたいなのがあるなんて、今日初めて知ったくらいだし。あーほんっと面倒くさい。

 それにしてもボウイが言っているのは、『勢力』じゃなくて『ファン数』のような気がするんだが…


「あのー、ボウイ?あたしは別にそういうのは気にしていませんけど…」

「いけません!スターリィ様、そんなことでは悲願は達成できませんよ?」

「ひ、悲願?」

「はい。『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』を…世界一の冒険者チームにするっていう”悲願”です。この学園でナンバーワンになることは、その第一歩なんですよ!」


 ボウイの魂のこもった力説に、タジタジになるスターリィ。あかんなこりゃ、完全に押し負けてる。


「おいカノープス、なんとかしろよ?」

「…何度も説得したんだけどねぇ。もうめんどくさいから放置してるんだ」


 クソッ、カノープスのやつ完全にさじを投げてやがる。

 仕方ない。このままだとスターリィがかわいそうなので、少し援護射撃することにした。



「それで、ボウイには私たちの勢力を伸ばす、何か良いアイディアでもあるの?」


 俺のその問いかけに、待ってましたとばかりにボウイが目を爛々とさせた。しまった、燃料投下しちまったかな?


「あぁ、ある!」

「へぇ、それはどんな?」


 するとボウイは、また黒板におっきな字でカツカツとなにかを書き始めた。

 やがて黒板には…『力を示す!』という言葉が、でっかく記入されていた。


「力を…示す?」

「あぁ、今度の全生徒参加必須の『必修授業』で”模擬戦”があるんだ。そこで…他の勢力のトップを全部潰そう!そうすれば…俺たちが、『新しい黄金世代』と呼ばれているこの学年で、最強となるんだ!」


 パンッ!ボウイが両手を黒板に強く打ち付けた。


 そんなふうに力説するボウイを、俺たち3人は冷めた目で眺めていたのだった。

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