【アナザーサイト】ナスリーンの願い
ウチの名前はナスリーン。ナスリーン=ピーリー。
ピンク色の髪がトレードマークの、花も恥じらう15歳の乙女や。
ウチな、出身のフレイスフィア王国では『西の麒麟児』って呼ばれてたんやで。まぁ…一言で言うと【神童】っちゅうやっちゃな。
そんなウチが『天使』に目覚めたのは、今から1年くらい前に…いろんな偶然がメッチャ重なってのことやった。
小さい頃のウチは、内気で…大人しい女の子やった。ホンマやで?ウソやないで?ホンマにそうやったんや!
あんまりにも大人しすぎて、オトンもオカンも「こいつしゃべれんのとちゃうか?」って心配しとったくらいなんよ。
でもな、今やったら言える。しゃべれへんって…んなことあるかいっ!
ウチの実家は、地元のそこそこ大きな街でパン屋をやっとった。焼き立てのパンがホンマに美味しゅうてな!けっこう地元では有名なパン屋やったんやで?
ほんで、ときどきその手伝いなんかもしとったんやけど、恥ずかしゅうて店番なんかよう出来へんかってん…
せやからかな?ウチはあまりに気弱すぎたせいもあって、ようイジめられとった。学校にも通ってたんやけど、何人かの同級生にメッチャいじめられてなぁ…持ち物隠されたりとか、「根暗ちゃん」ってあだ名つけられてからかわれたりしとったんで、学校通うのがホンマにイヤやったんよ。
そんなんもあって、しんどいときはときどきこっそりサボッたりしてたんやけど…なぜかすぐにバレて、そのたびにオトンから「ゴラッ!ナスリーン!ピシャーっと学校行かんかいっ!」って怒鳴られよったんやで。
…おかけでしぶしぶ学校には通いよったんやけど、そのことについては正直オトンには感謝しとる。だってウチ、あのままやったら…たぶん不登校になってたから。
気弱なだけでなく、ドンくさかったウチは…正直勉強もあんまりできへんかった。なんか目的もなく勉強させられるのがイマイチ苦手やったんやな。
…今思うと、そんなのホンマはただの言い訳に過ぎんのかもしれへん。そうなんやけど、あの頃のウチは、必死に…いろんなものに理由を探してたんや。
魔法…魔力に関しても、その頃は何の兆候もなかった。前に何かのきっかけで魔力を確認したことがあったんやけど、そんときはオカンに「アンタ、ラッキーやな!なんか普通の人よりは魔力が多そうやで!」ってくらいにしか言われなかったんよ。せやからうちも「ふーん、そんなんやー」くらいにしか思っとらんかった。
のちに判明したんやけど、オカンは魔力とかそういうのに詳しくなかったから、完全にウチの才能を見逃していたらしい。
まったく、ウチが天使に目覚めずにあのまま過ごしとったら、どないやって責任とってくれんねんなぁ?
そんな感じで、あの頃のウチはごく普通の…地味で、ネクラで、可愛げの無いブッサイクな女の子やった。
そんなウチの人生が大きく変わったのは、14歳の春の…ある晴れた日のことやった。
そんころのウチは、学校で辛いことがあると、帰りに近所の河原でぼーっとするのが日課やった。なんかな、流れる川を見てると、気持ちが落ち着くんや。
運命のその日も、学校で嫌なことがあったから、いつものように川を眺めてとった。そしたらな、なんや川底がキラッて光るのが見えたんや。
最初は陽の光が反射しただけやと思っとったんやけど…あまりに何度も光るもんで、気になってウチは川の中に入ることにしたんよ。
膝までじゃぶじゃぶ川の水に浸かりながら、光るものを手に拾い上げてみたら…それはな、黄色い色したガラス玉みたいな石やった。
なんや、タダのゴミやんか。最初はそう思ったんやけど、捨てようと思ってもなぜか捨てれんでな。
そしたら、急に身体中が熱くなって……気がついたら、ウチの背中から”白い翼”が生えとった。
そうや、ウチはこのとき『天使』になったんや。
ちなみにそのときに見つけたのが、ウチ専用のオーブ…”レイスの結晶”やで。最近は特注の短杖の先端に取り付けてるんやけど、詳しい事情を知らない人なんかは、杖型のオーブと勘違いしているみたい。
この【天使の器】は、ウチの人生を変えたくれた、大切な宝物なんや。
その日から、ウチの人生はガラッと変わった。
なんでも、魔法使いの家系以外から”天使”が生まれるのは、10年に一度あるかないかなんやと。そんなかでも、十代で覚醒したとなると、それこそ100年に一度の出来事らしいんや。ウチ、100年に一人の天使なんよ!
せやからウチは、世間から『西の麒麟児』って呼ばれて、もてはやされるようになった。
天使に覚醒したウチを見て、オトンは「さすがナスリーンや!いつかなんかやってくれると思っとったわ!」って、何もわかってへんのに興奮してたし、オカンはもっと分かってなくて「なんや、えらいことなったなぁ!でもすごいなぁ!」って、他人事みたいに呑気に言うとった。
でも、そんなんは可愛いもんやった。
学校に行くと、同級生や先生のウチに対する態度が、これまでと180度違うようになった。
これまでウチをようイジメとった子たちは、突然へりくだってウチに敬語を使うようになった。他の生徒たちも、まるで王侯貴族に接するかのような扱いになった。先生かて同じやった。まるで腫れ物でも障るかのように、急によそよそしくなったんよ。
それでも一度だけ、同級生一のワルガキがウチに絡んできたんやけど…天使になったウチに自然とできた『物理障壁』のおかげで、逆に弾き返されて大怪我をする事態があってからは、もはや誰もウチによう逆らわんようになった。
そんでな、気がついたときには…ウチは『特別な存在』になっとったんや。
最初のうちはな、あからさまな扱いの変化に戸惑っとったんやけど、次第に”注目されとる”っちゅう自覚がウチにも芽生えてきて…徐々にファッションとかスタイルを変えていったんや。
だってな、『西の麒麟児』なんて言われてる子が、暗くてダサくてブサイクなままでおるわけにはいかんやろ?せやからウチは、必死になって自分を変えていったんや。
まずは性格をガラリと変えた。それまで内気で引っ込み思案だったのを、なんでも積極的に行動するようにした。
次に髪の毛を…トレードマークのピンクに染めたった。あとお化粧も…フレアスフィア王国一の歌姫”ミスティローザ”を真似て、ド派手なもんに変えた。
そしたらな、みんなから「可愛い」って言われるようになって…次第に周りの子たちから憧れたり真似されるようになっていったんや。
気がついたらウチは…色んな意味で同年代から注目される目印になっとった。
こうやって、いつのまにか出来上がっとった『西の麒麟児』ナスリーン像。そんときの状況は、自分じゃない…まるでウチの知らん『ナスリーン』って名前の別人が、勝手に一人歩きしているみたいやった。
せやけど、そんなふうになっても、ウチは心の中でずーっと叫んどった。
そんなん、ウチやない!
ウチな、中身はなーんも変わってないんやで!
以前と同じ、内気でネクラな、か弱い女の子なんやで!
そのことに、誰かに気づいてもらいたかった。
苦しくて、辛くて。
けどな、そんなん言うことは許されへんかったんや。ウチはもう、ウチだけの存在やのうなってしもたんよ。
ホンマのウチは、ここにおるんやで!
誰かに気づいて欲しくて、でも気づいてもらえなくて…
そんな状態のまま、ウチは『魔法学園』に入学することになったんや。
けどな。そんなウチも、この学園に来て良かったと思ってる。
この学園には、ウチ以上に有名な生徒…レドリック王太子やハインツの双子、それに『勇者の妹』スターリィなんかもおった。おかげで、ウチの精神的なプレッシャーがすごく和らいだ気がするんや。
ホンマは彼らと仲良くなりたかってんけど…ウチ内気やからな、うまく声をかけきらんのよ。
あ、そういえばアキっちゅう大人しそうな子もおったな。昔のウチに似て気の弱そうやったから、気にかけてちょこちょこ声をかけたりしよんねんけど…あの子大丈夫かいな?
あと、なにより…ルームメイトのリグレットの存在が大きかった。
リグやんは、メガネに三つ編みの見た目はすごく地味な子なんやけど、引っ込み思案なウチをうまくサポートしてくれたり、いつも助けてくれる大切な存在…友達なんや。
リグやんがおるから、うちはこの学園でやっていけてんのやと思う。そのことには、すっごい感謝してるんやで。
色んな出会いを経て、ウチは…この学園で色んなものを学びたいと思うようになった。
いままで流されるようにここまできたウチにも、最近は新しい目標もできたから、よりいっそうやる気が出てきたんや。
せやから、一生懸命勉強して、努力して…
はやく…【解放者】様のお力になりたいな。
次から第8章になります。