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52.運命の出会い

 


「アキ、キミは…ボクの敵かい?」


 その質問の意図が全く読めずに、俺は混乱してしまった。それはどういう意味なんだ?彼女は何を俺に聞きたがっているんだ?


 俺の混乱を察したのか、ティーナが苦笑しながら質問を訂正してきた


「ボクの聞き方が悪かったね。質問を変えよう。キミは…”悪魔”の味方かい?」


 悪魔の味方?

 悪魔と言えば、天使が邪悪な心に落ちた存在だ。これまでも何度も悪魔に堕ちた人たちと戦ってきた。魔族たちを不幸に陥れている魔本【魔族召喚アポカリプス】をばら撒いているのも、悪魔の仕業らしい。

 そんな相手が、俺の味方であるはずがない。むしろ”宿敵”と呼んでも過言ではないのではないか。


「いや、私にとっては悪魔は敵だよ」


 俺は、それだけは胸を張って答えた。その気持ちに、ウソ偽りは無い。


 俺の言葉を聞きながら、じーっと俺の目を見つめるティーナ。まるで、心の奥底まで見通してしまうような視線が、俺の目に突き刺さる。




 どれくらいそうしていただろうか。ふいにティーナが視線を逸らした。


「…そうか。その言葉を聞いて安心したよ、どうやらキミは敵では無いようだ」


 俺の言葉を信じてくれたのか、はたまた本当に心の奥底まで見通したのか…それまでティーナから感じられた冷たい雰囲気が、少し和らいだような気がした。もしかして、彼女のほうも俺のことを警戒していたのだろうか。


「アキ、いろいろと試すようなことをして悪かったね。今年の新入生が入学してから、微かに“悪魔の気配“を感じてたんで、それで少しピリピリしていたんだ」


 さらっと、とんでもないことを口にするティーナ。

 おいおい、悪魔の気配だって!?それって、かなりマズくないか?もしこの学園にそんな存在がいるのであれば、すぐにでも見つけ出して排除しなきゃあいけないんじゃないか?


 畳み掛けるように問いただす俺を宥めるように、ティーナが優しい声をかけてくる。


「まぁ落ち着きなよ、アキ。たしかにキミの言うとおりなんだけど、ヤツらは狡猾だ、簡単にシッポは出さない。だから、疑わしいヤツからこうやって個別に確認してたわけなんだけどね」


 ほうほう、なるほど。そういうことだったのか。

 ようやくティーナが、俺に個別に声をかけてきた理由が分かった。つまり俺は彼女に『不審人物』って思われてたんだな。うーん、ちょっぴりショック…


「ははっ。だってキミ、夜な夜な変なことしてただろう?」


 グハッ、投げたもんが自分に返って来ちまったぜ。



 俺があからさまに凹んでいるのを見て、ティーナが申し訳なさそうに慰めの声をかけてくれた。案外彼女、いいヤツなのか?


「ごめんごめん。お詫びがわりと言ってはなんだけど、この学園のことだったらボクが多少は教えるよ。ついでに良ければ…キミの目的も教えてくれないか?無理強いはしないけど、それが分かれば、ボクの知っていることを教えられるしね」


 ほほぅ、それはちょっぴり魅力的な提案だな。なにせティーナは一個上の代唯一の『上級』コースの生徒だ。奇書室このへやを教えてもらえたことからも、それが有意義であることは分かる。

 ただ、彼女をそこまで信頼して良いものなのか…


 俺の心の逡巡を読み取ったかのように、ティーナが黄金色の髪を両手でかきあげながら語りかけてくる。女性としては少し背の高い彼女ティーナがすると、その様子がなかなか絵になっていた。


「あぁ、聞くからにはボクのほうから腹を割ったほうが良いよね。ちなみにボクの目的は…『ある悪魔』を滅ぼすことだよ」

「ある悪魔?」

「あぁ…。そいつはデイズおばあちゃん…ボクの育ての親のかたきさ」



 デイズおばあちゃんだって!?

 聞き覚えのある名前が突然ティーナの口から語られて、俺は思わず反応してしまった。


 俺は覚えている。まだこちらの世界に来て日が浅いころ、ゾルバルの隠れ家にやってきた人たちの中にいた、デイズという名の老婆のことを。

 そういえば、デイズばあさんは『身寄りのない子を育ててる』って言ってたな。それが彼女だったのか?


「デイズ?…って…鼻の尖った、口の悪い毒舌家のおばあさんのことか?」

「えっ?きみはデイズおばあちゃんのことを知ってるのかい?」


 これまでの会話の中で、初めて…ティーナは驚きの様子を見せた。それくらい、デイズさんの名前には劇的な効果があった。


「あぁ、うん。私がベルトランドの恩人の家で世話になっているときに、客として訪れた中の1人がデイズおばあさんだったよ」

「ベルトランド?なんでまたそんなところに…」

「さぁ?理由はよく分からないけど、来たのは一回だけだったし、なんとなく挨拶に寄っただけのような気がしたけどね。ちなみに今から2年くらい前のことかな?」

「二年前…そっか、あの頃おばあちゃんはベルトランドまで行ってたんだ」


 これまで聞いたことのないような、優しげで柔らかいティーナの声に、俺は彼女のデイズさんに対する温かい想いを知ることができた。



 そっか、彼女はデイズおばあさんの娘?孫?みたいなもんだったんだな。

 確かにデイズおばあさんは口の悪い人だったけど、ぶっきらぼうの中に優しさはすごく感じられた。なによりデイズさんは、ゾルバルの友人の一人だ。彼の友人に悪い人がいるわけが無い。


 そんなデイズさんが育てた人なら、おかしな人では無いだろう。この辺りの考え方はパラデインさんの受け売りなんだけど、俺はけっこう気に入っていた。



 それにしても、ティーナは…デイズばあさんの仇を探しているのか。

 1年前にデイズばあさんが亡くなったって話を聞いたときは、俺も少しショックだった。きっと彼女ティーナにとっては本当に辛い出来事だったんだろう。

 その気持ちは俺も少しわかる。同じように大切な存在を失ってしまったことがあるから。



 …よーし、決めた!ティーナのことは、ある程度信じることにしよう。

 俺はようやく覚悟を決めて、ある程度腹を割って話そう決心したんだ。



 だけど、残念ながらこのときは…その機会を逃してしまうことになる。






 さて、どんなことから話せば良いんだか。

 俺は話す内容を考えながら、無意識に額に手を当てた。硬い手触りがして、額に張り付いた『グィネヴィアの額飾りサークレット』に指が触れる。



 と、そのとき。

 ズキンと、額に鋭い痛みが走った。同時に襲いかかってくる、締め付けるような圧力。

 これは…なんだ?もしかして、『グィネヴィアの額飾りサークレット』が反応しているのか?


 気になって正面に座るティーナを確認してみると、彼女もなにやら苦しげにこめかみを抑えていた。


「いたた…なんだ?急に頭痛が…」


 その声にシンクロするように、俺の額の『グィネヴィアの額飾りサークレット』も、まるで興奮しているかのように脈動していた。

 あぁ。もしや…これは……



 しばらくその状態が続いたあと、ゆっくりとその変な現象が収まっていった。どうやらティーナのほうの頭痛も収まったようで、僅かに頭を振りながら顔を上げる。


「痛た…何だったんだいまのは。すまないアキ、なんだか急に頭が痛くなってさ」

「あ、ああ…」

「…うーん、なんか今日はイマイチ体調が優れないみたいだ。悪いんだけど、ボクはこれで引き上げることにするよ。キミはここで好きなだけ過ごすと良い」


 まだ少し痛んでいるのだろうか。ときどき顔をしかめながら、ティーナが立ち上がった。

 そのまま立ち去ろうとして…こちらを振り返り、ふいにこんなことを言ってきた。


「そうだ、アキ。ひとつ言っておくことがある。ボクの大切な人に変なことをしたら…承知しないからね?」

「へっ?」


 なんだそれ?大切な人って…ティーナには彼氏でもいるのか?そんなマスクとかしてるのに?


「ふふっ、違うよ。彼氏なんかじゃないさ。強いて言うなら…『光』かな?」

「光?いやいや、それじゃ分からないから。誰か教えてくれよ」

「それは秘密さ。まぁ誰に対してもおかしな行動をしなければ、何の問題も無いだろう?それじゃあアキ、また会おう」


 ティーナは意味ありげな言葉を残すと、ひらひらと手を振ってそのまま部屋を出て行ってしまった。







 一人『奇書室』に取り残された俺は、ふぅと大きく息を吐いた。全身の力が抜けて、そのまま椅子にもたれかかる。


「まいった…今日はなんて日なんだ」


 思わずそんな声が漏れてしまう。だけど不思議と…自分の声が弾んでいるのを実感できた。



 この学園に入学したのは大正解だった。日々新しい発見と出会いがある。

 その中でも、今日のティーナとの出会いはとびきりだった。完全に予想外の出会い。


 俺は、先ほどの出来事で”あること”を確信していた。信じられないような、運命的な出会い。

 間違いない、『鉄仮面』ティーナは……


「ティーナが…『グィネヴィアの額飾りサークレット』の真の主だったんだ」


 こんなにあっさりと見つかるなんてな。俺は思わず天を仰いだ。




 先ほどの出来事…あの反応は、『グィネヴィアの額飾りサークレット』がティーナに同調シンクロしたことを表していた。何度も見てきたから間違いない。『天使の器オーブ』が、運命の相手に出会ったときに発するものだ。


 つまりティーナは、俺の額に埋め込まれた『グィネヴィアの額飾りサークレット』に選ばれた”真の持ち主”だったのだ。



 それにしても、こうも簡単にゾルバルとの約束を果たすことができるとは思わなかったな。

 ティーナが選ばれたことで、俺はなんだか肩の荷が下りたような安堵の気持ちが湧いてきた。


 でも…待てよ。

 舞い上がりそうになる気持ちを、俺は少し落ち着かせる。


 俺にはいくつか気になることがあった。


 まず、この『グィネヴィアの額飾りサークレット』は、悪魔どもに【覇王の器レガリア】とまで呼ばれていた、曰く付きのオーブだ。しかもこいつは…【最凶の魔王】グイン=バルバトスが化身したものだ。

 恐らくこいつを使って覚醒することができれば、並ではない天使そんざいになることが出来るのだろう。


 そんな…下手すればとんでもない存在を産み出してしまうかもしれない代物オーブを、まだよく知らない人物…ティーナにあっさりと渡してしまっても構わないのか。

 いくらゾルバルから「渡すだけで良い」と言われていたとしても、無条件で渡してしまうのは、あまりに無責任なのではないか。


 そういう意味では、俺自身がティーナのことをよく知らないということも問題だった。

 デイズおばあさんの養い子だったことはわかった。だけどそれ以上のことをまったく知らないのだ。

 そもそもどんな素顔をしているのか。どうして俺のことを知っていたのか。なぜ…自分のオーブも見つけておらず『天使』でもない彼女が、七大守護天使が管理する『ライブラリー』に行ったことがあるのか。どうやって俺の”夜の実験”や”悪魔の存在”に気付いたのか…



 だけど、一番の問題は…『グィネヴィアの額飾りサークレット』が俺の額に”めり込んで”いることだ。

 前にフランシーヌから『完全に癒着してるから、無理して取ろうとすると死ぬ』と言われていた。そんなものを、どうやって俺の身体から切り離して渡せば良いのか。





 うーん、参った。すぐに答えは出そうにもないな。

 どうやら、まだまだ難題は多そうだ。


 俺はため息を一つつくと、古臭い本の匂いが充満する部屋で一人、頭を抱えたのだった。




第7章はこれにて終了となります。



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