50.新しい能力
スターリィに【龍の英知】を試したあと、結局俺も力尽きてそのまま眠ってしまった。どうやら『龍の力』は、想像以上に色んなものを消耗するみたいだ。
泥のように眠って起きた翌朝。目をさますと、目の前にスターリィの寝顔が飛び込んできた。
うわっ、しまった。あのまま同じベッドで寝てしまったみたいだ。慌てて起き上がると、布団を引っ張ってしまったみたいで、スターリィも目を覚ました。
視線が交錯し合う、二人。…気まずい、無言の時間が流れる。あわてて俺は視線を逸らした。改めてスターリィと話そうとするも、なんだかお互い意識しすぎて真っ赤な顔をしてしまう。
いかん、この空気は…なんかまずいぞ!
俺は会話のとっかかりにするためにも、昨日の“検証“で知り得た情報をスターリィに話すことにした。
「天使のさらに上…ですか」
俺の話を聞いたあとの、スターリィの第一声がこれだった。
俺は照れ隠しの意味でも大げさに頷いた。寝起きの髪が顔にかかってうっとおしい。
「そう、天使には『さらに上』があって、スターリィにはその資格があるらしいんだ」
「…いまのアキのお話を聞いて、あたしが前々から疑問に思っていたことがひとつ解けた気がしますわ。
実は、レイダーと戦ったときに、同じ天使同士とはいえ、あまりにも魔力差がありすぎると思ったんです。これは本当に同じ天使なのか?もしかして違う次元の存在なんじゃないか?…って。
でも…もし”天使の上”があるのであれば、いろいろと納得できますわ」
なるほど、スターリィはスターリィで思い至る部分があったんだな。さすがは天才少女。
「そうですか…わかりました。では、せっかく魔法学園に来たんですから、できればその『天使の上』の世界を目指してみたいですわね」
「そうだね。俺ももちろん協力するよ」
こうして、俺たちが調べる事柄のうちのひとつに『天使の上』の存在と、その存在になる方法を探す、というものが加わったのだった。
その日の夜。
俺は部屋で学園の図書館から借りてきた一冊の本を読んでいた。本の題名は、ずばり『魔獣大百科』。古今東西の魔獣に関する情報が掲載された本だった。
俺がなんでこんな本を読んでいるかというと、フランシーヌから渡された『龍の力』を知るためには、そもそも『古龍族』というのがどういった存在なのかを知る必要があると考えたからだ。
その上で、図書館にある情報格納装置…図書館にある書物を検索できる魔道具があって、それで『古龍族』を検索してみたところ…ヒットしたのがこの本だけだったのだ。
魔獣大百科には、いろいろな魔獣のことが載っていた。俺がよく森で狩りをしていた鹿や熊の魔獣も掲載されている。…へぇ、あいつら大角魔鹿と満月熊っていうんだ。
他にも俺が見たことも聞いたこともない魔獣たちがたくさん載っていたけれど、今回の目的はそこではない。後ろ髪を引かれる思いで一気にページをめくり、本の最後方にある『竜』の項目に辿り着いた。
竜の項目にも、何十種類かの魔獣が掲載されていた。翼竜、草食竜、天空竜などなど…
その最後の最後に、俺が求めていた情報が掲載されていた。
「あった…『古龍』」
竜型魔獣の最後尾に載っていた情報を、俺は貪るように読んだ。そこにはこう記載されていた。
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『古龍』
この魔獣は、他の魔獣とは比較にならないほどの寿命、生命力、魔力、そして知恵を持った存在である。
その寿命は1000歳をゆうに越え、その魔力は甚大で山をも砕くと言われている。また、未確認ではあるが、人間の姿に変身することもできるという。
【古龍】については発見例が極めて少なく、また変身する能力などがあることから、分析できるだけの情報が集まっていないのが実情である。ただ、恐らく数としては極小…数体程度しか存在していないのではないかと考えられている。
そのことを裏付けるように、歴史上確認された記録が残る【古龍】は、わずか4体だけである。
そのうち二体は、魔戦争の折に確認されている。一体は、魔王軍の魔将軍として人類の敵に回った【土龍】ベヒモス。この個体は、大地を揺るがし地割れを起こす能力を持つ、“魔災害クラス“の存在であった。
ベヒモスは七大守護天使【塔の魔女】ヴァーミリアンによって滅ぼされたものの、その圧倒的な戦闘力と魔力から、最期の最期まで英雄たちを苦しめた。
もう一体は、【原罪】アンクロフィクサの育ての親と言われている【風龍】フランシーヌ。
ただこのフランシーヌに関しては、アンクロフィクサが魔王軍を立ち上げたあと行方不明になってしまったことと、元々の目撃情報が極めて少ないこともあって、一説では『アンクロフィクサが龍に育てられた存在であるという箔をつけるためのニセ情報ではないか』と、存在自体が疑われている。
また、【火龍】マグナードはハインツ公国の山奥にて長期休眠しているのが、学者たちによって発見・確認されている。
※手書きで追記があり、『【火龍】マグナードは、なぜか突然目覚め、ハインツ公国の一都市を壊滅に陥れるも、【英雄】レイダー率いる冒険者チーム【明日への道程】一行に滅ぼされた』
残りの1体については、【水龍】という種類であり、人々の噂レベルでの目撃情報はあるものの、正確な個体情報は存在していない。
なお、彼ら【古龍】については、その名がいくつかの伝記や伝承に見られ、特に世界最古の書物『世界創世記』においては【龍の王】としての記載を見ることができる。
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読み終わったあと、俺は黙って本を閉じた。背筋を、冷たい汗が流れ落ちる。
…俺は、もしかしてまずい情報を見てしまったんだろうか。そんな後ろめたい気持ちが、心の中に湧いてくる。
フランシーヌが、【原罪】アンクロフィクサの育ての親だって?
確かに、フランシーヌは何か過去に辛い思いをしているようだってことは気付いていた。その証拠に、彼女は二つの誓いを立てていた。
ひとつは…『不戦の誓い』。もう一つは…『二度と人間の子供を育てない』という誓い。
ちなみに俺のことは『育てた』んじゃなくて『愛する人の弟子』って存在だったらしい。まぁ良いんだけどさ。
この本に記載されている情報が本当なのかウソなのかは俺にも分からない。だけど、仮に本当のことだとしても、フランシーヌが話さなかったってことは、きっと話したくなかったんだろう。
それに、俺にとってフランシーヌは“命の恩人“だ。たとえフランシーヌの過去がどうであれ、その事実は変わらない。
だから俺は、この情報を頭の隅に追いやることにした。そもそもこの話は今回の調査に必要無いことだしな。
…ってことで、あまりに衝撃的なことが記載されてた割には、肝心の【龍の力】に関する情報はサッパリ載ってなかったけど、とりあえず【古龍】がとんでもない存在だということだけはよーく分かった。
龍の王?街を滅ぼしかけた?そんな存在から俺は色々教わってたのかよ。俺がフランシーヌと知り合いだって言ったら、きっと学者たちは目玉をひんむいて驚くだろうな。
今更ながら、ことの重大さに気付かされる。
しかしこりゃ、本を読んで情報を得るどころじゃないな。【古龍】のことなんて誰も知らなそうだし、ましてや【龍の力】なんてもってのほかだ。強いて言えばフランシーヌ本人か、【水龍】のウェーバーさんに聞けばわかるかもしれないけど、二人ともどこにいるか分からないし、なによりフランシーヌが何の手がかりもなく俺にこの能力を渡したってことは、『自力でなんとかして使いこなしなさい』って意味だと理解していた。
…仕方ないな、本で情報を集めようなんて安易な手は断念するか。
ってなわけで、結局俺はこの方向での調査を諦めることにしたのだった。
しかし、こうなると本当に参った。どうやって『龍の力』をしっかりと自分のものにしていけば良いのか。
ただ、よくよく考えてみると今更な気もしてきた。なにせこれまでも俺は、自分の知らないうちに変わった能力を色々と手に入れて、それを試行錯誤しながらモノにしてきていたのだから。
【流星】、【魔眼】、【新世界の謝肉祭】…気がつけば、並行起動なんていうとんでもないテクニックまで身につけてたしなぁ。…って、んん??
ふとそのとき、俺の脳裏にあるキーワードが引っかかった。
能力の、『並行起動』?
そうだ。あのとき…レイダーさんと真剣勝負をしたとき、俺は自分の持つ能力の並行起動を行った。身体に負担が大きかったものの、上手くいった。
能力の並行起動については、あれから何度もチャレンジして、多少は持続時間も伸びている。
その…『並行起動』を、【龍の英知】で行ったらどうなるのか。
俺は、たったいま閃いた思いつきに舞い上がった。よくよく考えると、ひとつ、相性の良さそうな能力がある。スカニヤーの持つ【魔眼】だ。
もし…この二つを並行起動起動したらどうなるのか。よく似た能力同士、上手くいくんじゃないか。
俺は、思いつきを我慢することができずに、さっそくチャレンジしてみることにした。
…ちなみに、スターリィはまだお風呂から上がっていない。
――――<起動>――――
個別能力:『新世界の謝肉祭』
【魔眼】…『スカニヤー』発動。
――――<平行起動>――――
個別能力:『古龍化』
【特化龍力】…【龍の英知】発動。
――――<能力転換>――――
真能力:【龍魔眼】…覚醒。
ビキビキッ。
酷い音とともに、俺の両眼の周りに龍の鱗が生えてきた。さらに、両眼が熱くなり…ゆっくりと『トカゲ』みたいな縦長の瞳孔へと変化していく。
なんだ!?なにが起こっている!?
続けて俺の脳裏に、爆発的なまでの情報が、一気に飛び込んできた。まったく整理すらされていない生の情報が、まるで鋭い刃を持った武器のように俺の脳みそに襲いかかってくる。
やばい!これは…俺の脳がやられちまうっ!?
あまりにも凶悪な情報たちの洪水に、俺は生命の危機を感じた。すぐにでも手を打たないと、俺の脳はこのままでは破壊されてしまうだろう。すでに頭から情報が溢れ出して、意識を保つことすら危うい状態になっていた。
俺は溢れかえる情報の山を振り切るようにして、必死に能力を遮断しようとした。
『…アキ…』
情報を全て破棄して遮断する寸前。朦朧とする意識の中で、かすかに…誰かが俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
懐かしい感覚…この声は…サト…シ…?
『…アキ…にげ…ろ……』
「うぐっ…あっ…!」
ぶちんっ。
…鈍い音とともに、洪水のような情報の山が、俺の頭の中から一気に弾け飛んだ。その瞬間、俺は…全身の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。
…はぁ、はぁ。いまのはヤバかった。
まさかあそこまでの情報が一気に集まってくるとは思わなかったよ。
あのまま、あと少しでも手を打つのが遅かったら、俺の脳みそは破壊されてたかもしれない。現に全部の情報を破棄して遮断した今でさえ酷い頭痛がするし、錯乱寸前までなったせいで、なにが起こったのかグチャグチャになってしまった。
なんとなく、なつかしい感覚があったような気がするんだけど…うーん、無理やり情報を遮断して全部廃棄したから、まったく思い出せない。
「アキー?なんか変な声が聞こえましたけど、大丈夫ですの?」
「…あ、うん。なんでもないよ!」
風呂場から聞こえてきたスターリィにとりあえず返事を返すと、俺は大きく深呼吸をして呼吸を整えた。さっきから断続的に襲いかかってくる頭痛が、少しずつ収まっていく。
それにしても、凄まじい能力だな。俺はこめかみをゆっくり揉みながら立ち上がった。近くに置いてあったコップの水を一気に飲み干す。
さっきまとめて入ってきた情報をぜーんぶ破棄してしまったのは、もったいなかったけど仕方ない。死ぬよりマシだ。しかし、今回の検証の成果という意味では、『大成功の大当たり』だった。
突如発動した真能力というのが、なにを指しているのかはよく分からない。でも、得られた新しい能力は、事前の予想をはるかに超える強力な情報収集能力を発揮していた。はっきり言って、キスしたときの【龍の英知】以上の情報を得られていると思う。
ただ、いまの俺にはオーバースペックな能力なのは明らかだった。入ってくる情報をまったく整理することができずに、押しつぶされる寸前の状況に陥ってしまったのだから。
いかんな…いまの俺では使いこなせない。
きっとこの能力は、俺の大きな力になる。サトシを探す際にも、強力なサポートとなるだろう。
だから、こいつを使いこなせるように…もっと自分を鍛えないとな。
ズキン。
大きな頭痛の波が引いていく最後に、思い出したかのように…強い痛みが稲妻のように走った。同時に、とある情報が閃光のように頭のなかに飛び込んでくる。
それはまるで、俺が目覚めさせてしまった能力が、再び眠りにつく前に遺してくれた『忘れ形見』のように思えた。
ただ、その『忘れ形見』が残していった情報は…俺が予想だにしていなかった、とんでもない内容だった。
情報の意味を理解して…俺は心の底から驚愕した。
「この学園の中に、魔族が“二人“もいやがる…だと?一人はカノープスだとして…もうひとりは、いったい誰なんだ?」