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49.『ハインツの至宝』の秘密

 ここは、ユニヴァース魔法学園の敷地内にある、とある建物のなかの一室。


 その部屋は、少し高級な調度品に囲まれた、貴賓室のような場所だった。中央に置かれたダイニングテーブルと、部屋の隅に置かれた柔らかなソファー。壁に飾られた高名な画家の絵。由来不明の白磁の壺。そういったものがバランスよく配置され、落ち着いた雰囲気を醸し出している。



 実はつい先ほどまで、この部屋ではごく限られたメンバーによる『昼食会』が開かれていた。しかし、今はもう全ての食器などは片付けられ、その面影はどこにも見ることはできない。

 いまも残っているのは、その昼食会に参加していた三人の人物だけだった。



 ひとりはソファーに腰掛け優雅にお茶飲み、ひとりはダイニングの椅子に腰掛け、横に座る三人目の人物に話しかけている。驚くべきは、そのうちのふたりが瓜二つの…部屋の高価な調度品ですら霞んでしまうほどの美貌を持った、白銀色シルバーブロンドの髪の双子であることだ。


 この場にいる三人は、『ハインツの太陽と月』と呼ばれる美貌の双子のカレン王子とミア姫、それに二人の友人であるエリスであった。







「…あの子がアキかぁ。思ってたより普通の子だったね。むしろメガネかけてて大人しく見えたよ」


 ソファーに腰掛けた、白銀色シルバーブロンドの美少年…一般的には『カレン王子』と呼ばれている人物がそう呟いた。

 その言葉に、よく似た容姿を持つ美少女…一般的には『ミア姫』と呼ばれてる人物が頷いた。


ぼく・・もすごく気になったから、人が多いのを我慢して教室に行ってみたんだけど…」

「あっ、それには私すっごく驚いたんだよ。急にカレン・・・が一人で教室に来るから…。でも、すごい進歩じゃない?知らない人がたくさんいるところに一人で出てくるなんて」

「ふふっ、エリス。ぼくだってやるときはやるんだよ?」


 本来『ミア姫』であるはずの美少女は、横に座るエリスから『カレン』という名で話しかけられても、何の違和感もなく返事を返している。


「くくくっ。あんたにしては頑張ったよね、カレン・・・。そんなにエリスが心配だったの?この学園に入学するときには、あんなに『女装して・・・・下宿なんてイヤだー!』って駄々こねてたくせにさ」

「うるさいなぁ、そりゃ姉さま・・・は元々男っぽいから男のフリしても平気だろうけどさ。ぼくにとっては文字通り“死活問題“なんだよ?

 今回だって、ロジスティコス学園長が裏で手を回してくれて、ぼく・・を一人部屋にしてもらったり、侍女二人ベアトリスとシスルをつけてもらったりしてくれたおかげで、なんとかなってるんだけどさ」


 ミア姫…の格好をしたカレンは、ひどく辛そうな顔を浮かべたまま、吐き出すように苦悩を口にした。

 そんなカレンの様子を面白おかしそうに眺める男装のミアと、困ったような表情を浮かべるエリス。





 今この三人の間で繰り広げられる会話は、あるひとつの事実を示していた。

 すなわちそれは…『ミア姫と認識されている人物が実はカレンであり、カレン王子と認識されているのがミアである』ということ。


 そう。世間から『ハインツの至宝』とまで呼ばれるこの二人は、とてつもなく“大きな秘密“を持ってこの学園にやってきていたのだ。

 その“秘密“とは、『カレンとミアが、とある事情により男女入れ替わっている』という、“超弩級の驚愕的事実“だった。



 彼ら双子が性別を偽って入れ替わっているのには、非常に複雑な(そして特にカレンにとっては悲劇的な)外的事情があった。決して彼らの趣味や好みで男女入れ替わっているわけではない。…たぶん。


 そんな彼らが、なぜいまアキを話題にしているのか。そして、なぜアキを昼食会に誘ったのか。

 その理由は、彼らの会話のなかにヒントがあった。






 カレンは長い髪をかきあげて、ウンザリといった感じでため息を一つ漏らした。


「…ところで話を戻すけど、ぼくも今回アキに接してみて、彼女は“変な人“では無いなって思った。まぁ…その点はミアねえさまの言うとおりだと思う。

 ただ、ロジスティコス学園長がわざわざ彼女アキを名指しで『指名』してきた理由がよく分からないよね?エリスはどう思う?」


 カレンの問いかけに、エリスはあごに指を当てて小首を傾げながら、自分の考えを伝えた。


「私は…この二日ほどアキと身近で接してきて、彼女は感じの良い女の子だなぁって思ったんだ。気さくですごく話しやすいから、スターリィさんのような有名人と平気で友人関係を構築してるのも、なんとなく分かる気がするし。

 でも、『秘密』を打ち明けられるほどの『味方』になりうる人かというと、そこはまだ……現時点ではそこまでの判断がついてないんだ」


 このカレンとエリスの言葉こそが、今回双子がアキを『昼食』にお声掛けした“真の理由“であった。







 ハインツ公国の存亡にも関わるような『双子の入れ替わり』の秘密を知るものは、内容の凄まじさから非常に狭い範囲に限定されていた。学園内に限定すると、1年前からとある縁で双子の家庭教師をしていた“双子の親友“エリス、古参の侍女ベアトリス、学園長のロジスティコス、それに…彼らに関係する二人・・の人物だけである。

 同じ侍女でも、もう一人のシスルのほうは、カレンが『姫様じょせい』であると信じており、微塵も疑ってもいなかった。


 そんな彼らにとって、この学園で生活をする上で、ある程度秘密を享受できる『味方』を作ることは、非常に重要な課題…まさに死活問題とさえ言えた。

 学園への入学が近づくにつれ、双子と、彼らの友人であるエリス、それに双子の両親は、『双子の秘密を守りながら学園生活を無事に過ごす』という大きな課題の解決策に、非常に頭を悩ませていた。


 その解決策を提案してきたのが、ロジスティコス学園長である。


「おぬしらにうってつけの人材がおるよ」

 入学式の前にハインツ城を訪れたロジスティコス学園長が、そう言って勧めてきたのが…他ならぬアキだったのだ。







「でも…お母さまの言うとおりなら、アキは『人喰いの化け物』なんだろう?」


 カレン王子…に扮したミアが、ソファーの上にあぐらをかきながらそう口にする。その仕草は、完全に美少年そのものだった。誰が見ても彼女を『女の子』だとは思わないだろう。


 ミアが言うとおり、彼らには素直にアキを信じることができない幾つかの事情があった。そのうちの一つが…いまミアが言ったことにあった。







 ロジスティコス学園長がアキのことを推薦したとき、猛烈に反対したのが…双子の母親のヴァーミリアン公妃だった。

 ヴァーミリアンは、七大守護天使のネットワークによってアキの情報を持っており、当然のようにアキの身に起きたことをよく知っていた。そのため、アキを味方に引き入れることに素直に賛同できなかったのだ。

 しかし、アキをよく知るロジスティコスは引き下がらない。なにせ、ロジスティコスとヴァーミリアンは昔から『犬猿の仲』だったのだ。


 そして、二人の七大守護天使は真正面から激突した。

 …極めて低レベルな次元で。


「こら、クソジジィ!あんた、あたしの可愛い子どもたちを、人喰いに喰わせる気でしょ!?」

「アホぬかせぃ!誰が好き好んでそんなことするかい!アキはなかなかちゃんとした子だぞぃ!そんなことせんわ!」

「誰がもうろくジジィの言うことなんて信じるもんですか!」

「なんじゃと!?この貧乳ババァめ!」

「はぁ?死にたい?死にたいのね!?」




 目の前で繰り広げられる、ヴァーミリアンとロジスティコスの(低レベルな)大ゲンカを完全無視して、双子とエリスは様々なことを相談をした。


 そうして出した結論は…

『自分たちで直接見て、接して、決める』

 というものだった。


 そのため、偶然アキと知り合いになったのを契機とし、『アキ見極め作戦』の第一弾として、今回の『昼食会』を実施したのだった。

 …もっとも、ミアがアキを迎えに行ったのは完全な予定外の(ミアの独断)行動だったのだが。









「そのあたりも含めて見極めるために、わざわざカレンが文字通り“身体を張って“アキを招待したっていうのになぁ」


 ニヤニヤしながらミアが発した言葉に、カレンが苦笑を浮かべる。


「うるさいなぁ、姉さまは。でもまぁ、ロジスティコス学園長とヴァーミリアンおかあさま、どちらの言うことを信じるのかと言われたら…ぼくは学園長を選ぶけどね」


 女子生徒の制服に身を包んでも全く違和感のないカレンが、ウンザリとした口調でそう断言する。彼の言葉にウンウンと頷くミアとエリス。


 なぜならば、彼らはヴァーミリアンのことをまったく信用していなかったのだ。というより、これまでの人生において母親から酷い目に遭わされてきた双子にとって、母親の言うことは何一つ信じられないと言っても過言ではない。

 なにしろ、双子がこのように『入れ替わり』をしなければならなくなった理由が、ヴァーミリアンにあるからだ。



 その昔、カレンは非常に身体が弱かった。その問題を解決するために、ヴァーミリアンがある魔法をかけたのだが、そのときの副次産物として、カレンは『女の子のフリをしないと失神する』という“呪い“のような魔法をかけられてしまったのだ。

 そんな相手の言うことを、簡単には信じれないカレンを、誰が責めることができようか。



「『人喰い』云々はともかくとして、ロジスティコス学園長も詳しい理由は話してくれなかったけど、『きっとアキならおぬしらの悩みを理解してくれる』って言ってたのは、どういう意味だろうね?

 それに、なぜスターリィさんじゃなくてアキなんだろう。血筋的に考えたら、そっちのほうを進めてきてもおかしくないとおもうんだけどさ」

「さぁ?でもなんかあのじいさんには心当たりがあるんじゃない?たとえば異常性癖に造詣が深いとか?」

「ちょ!?ね、姉さま!?」


 ミアがなにげなく放った軽口を真に受けて、カレンが顔を真っ赤にして怒り出す。そんなカレンを宥めながら、エリスが自分の考えを口にした。


「もしロジスティコス学園長の言うとおりなら、アキたちになら…あなたたちが”入れ替わっている”ことを話して、味方になってもらうっていう選択肢のもあると思うの。今は“あの二人“を入れても、味方と呼べる人が本当に限られてるから…」

「そうだよねぇ。でもさ、たとえ信頼に値する人物だったとしても、『ぼくたちの目的・・・・・・・』と相対するようだったら、場合によっては…『敵』と見なすよ」

「そのためにも、ちゃーんとアキのことを自分たちの目で見極めないとね」


 カレンとミアのその言葉に、ハッとしたのはエリスだった。少し驚いたような表情を浮かべたあと、すぐに慌てて首を横に振る。


「それは…ダメだよ。だってあのこと・・・・は私のほうの事情だし、それに二人を巻き込むなんて…」

「なに水臭いこと言ってるのさ。エリスはぼくたちの大切な親友でしょ?友達が困ってるときに力になりたいって思うことは当たり前じゃないかな?」

「そうそう、だからもう一人で抱え込んだりしちゃダメだぞ?」

「カレン…ミア…」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるエリスに、カレンとミアは笑いながら揃って首を横に振った。


「エリスは気にしないで。これはぼくたちが勝手に決めてやってることだから」

「そうそう、気にしない気にしなーい」

「二人とも…ありがとう…」


 エリスを思いやる双子の優しい言葉に、エリスは感動したのか…少し瞳をウルっとさせていた。

 そこには…一国の王族と平民の関係を超越した、『友人関係』があった。








「…それにしてもさ、エリスってものすごく“引きが強い“よね。まさか偶然仲良くなった相手が、例の“アキ“って子だったなんてさ。おかげでいろいろな手間がずいぶん省けたよ」


 少ししんみりしてしまった場の雰囲気を変えるために、完全無欠に男装したミアがそんな軽口をたたいた。それに応じて、どこからどう見ても制服を着た女生徒にしか見えないカレンがうんうんと頷く。


「きっとエリスの日頃の行いが良いからだよ。誰かさんと違ってね」

「あん?あんたあたしに喧嘩売ってんの?」


 目と目を合わせて睨み合う、よく似た顔の二人。まるで鏡合わせのような状態となったふたりの間に緊張が走る。





 トントン。

 そのとき、ドアをノックする音が聞こえてきた。いつものようにケンカしている双子を、苦笑いして諌めていたエリスが扉を開ける。すると、そこから侍女のベアトリスが現れて来客を告げた。


「失礼します。お客様が2名、いらっしゃいました」


 その二人・・の来訪を心待ちにしていた双子は、ケンカを中断してすぐに席から立ち上がった。

 ベアトリスに案内されて、入室してくる二人の人物に視線を向ける。




 その人物は……



「やぁ、遅くなったね。ちなみに遅れたのはボクのせいじゃないよ」

「いろいろ大変申し訳ない。拙者が…」



 だが、二人の姿が確認できる前に、ゆっくりと部屋の扉が閉じられた。そのため、その部屋にやってきた二人が男性なのか女性なのか、はたまた生徒なのか部外者なのか判別できなかった。


 そしてこのあと、この場でどのような会話がなされたのか。知るものは…この部屋に残った人物たちだけである。




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