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48.龍の力



 カレン王子に引き連れられてたどり着いたのは、食堂の近くにある、少し古びていたものの気品漂う大きな建物だった。

 二階に上がった途端、フロアに高そうな絨毯が引かれたり、高そうな壺とかが置いてあったりして、明らかに普通の場所ではないことがわかる。


「この棟はね、学園に訪問してきたVIPなんかが滞在する場所らしいよ。うちらに気を遣った学園側が、ここに部屋を用意してくれたんだ」


 カレン王子は気軽にそう話しかけてくれるものの、さすがの俺もこれだけの美少年と二人っきりっていうのは、精神衛生上よろしくない。

 もし彼に襲われたりでもしたら、受け入れてしまいそうな自分が怖い…ぶるぶる。



 そんなおぞましい妄想が実現化するまえに、メイド服を着た一人の女性がフロアの向こうからやってきた。黒髪ロングヘアーを後ろで束ねた、すこしキツめな一重の目をしたオリエンタルな容姿の女性だった。

 たしか彼女は…『ハインツの双子』御付きの侍女メイドのうちの一人だったかな?



「王子、また一人で暴走されたのですね。姫様が怒ってましたよ」

「ははっ、ばあやの呪縛が解けたと思ったら、今度はあいつが煩くなっちゃったなぁ。悪かったね、ベアトリス。本当はきみが彼女を迎えに行く予定だったんだろう?」

「貴方様のこの手の行動には慣れていますので、お気になさらずに」


 クールな表情のまま、ベアトリスと呼ばれたメイドさんが俺の方を向き直った。目つきがまるで鷹のように鋭く、すこし背の高い…170cmくらいある上に、完全無表情なので、印象的にちょっと怖い。


「あなたがアキ様ですね。お迎えにあがりました。ここからはわたしがご案内します」



 そのままベアトリスさんの先導で、俺たちはミア姫たちが待つ貴賓室…のちに『白銀の間』と呼ばれる部屋に案内されたんだ。









 ---------------------------







「それで、どんな話をしましたの?」


 スターリィが少し頬を膨らませながら聞いてくる。なんだ、もしかしてスターリィも双子と仲良くなりたかったのか?


「なにって…あたり障りのない話かな?学園の雰囲気の話とか、授業の話とか…あぁ、スターリィのことも聞かれたよ?ベタ褒めしといた」

「おいアキ!おまえすげーな、いきなり『ハインツの双子』のご招待なんか受けちゃうなんて!ちなみに例の双子と、エリスって娘以外は誰かいたのか?」


 いつでもどんなときでもマイペースで単純な男ボウイが、無邪気にそんなことを聞いてくる。

 雰囲気悪いときに、こいつのキャラはホント役立つよな。そんなことを思いながら、ご機嫌ナナメなスターリィの相手をするよりは…と、俺はその話題に食いついた。


「なんかエリスの同室の子…プリシラさんって子も呼んだらしいんだけど、結局来なかったんだ。

 それにしても、さすがに超絶美形の王子様と姫様を相手したら、気を遣いすぎて疲れ果てたよ。飯に何を出されたかもろくに覚えてないし」

「へえー、アキでも気を遣うんだ。それにしても、アキは本当に真性のタラシだね。入学初日でさっそく同級生の中でも一番の有名人と仲良くなるなんてさ」


 おいおい、誰がタラシやねん!人聞きの悪い。

 カノープスのイヤミにウンザリしながら、俺は目の前のテーブルに置かれたポテトを一つつまんだ。





 学園の食堂にある一角で、俺はスターリィ、カノープス、ボウイの3人と夕食を取っていた。


 双子やエリスと緊張感満載の昼食を食べて、そのあと全力で午後の授業を受けた俺に、もはや体力…というより精神力がほとんど残されていなかった。

 部屋に戻るなりスターリィのベッドに倒れこんだ俺を、スターリィが無理やり起こして…なんとかいまこうやってみんなで夕食を食べていた。

 ふー、なんだかんだでこいつらといると安心する俺がいる。カノープスの顔を見て安堵するとか、どんだけ俺は病んでいるんだろうか…



 四人で集まっての夕食でも、自然と話題は今日の俺の出来事に集中していた。

 あまり語ることも無かったので、ふと思い出した『怪しい仮面をつけた女性』の話を振ってみる。


「あぁ、そいつはたぶん『鉄仮面アイアンマスク』ティーナだよ」

「鉄仮面…?ティーナ?」


 意外にも、答えを持っていたのはボウイだった。俺のおうむ返しに頷きながら、ボウイは自分の知る限りの情報を教えてくれた。


「『魔道具師』の講義のときに、隣の席になった情報通のやつに聞いたんだ。『鉄仮面アイアンマスク』ティーナは…俺たちの一個上の先輩になる、かなりの有名人らしいよ。

 なんでも、普通では考えられない『編入生』として、去年の夏頃から学園に、しかも『魔法使い上級』としてやってきたらしい。一個上の代は一人も『上級コース』のやつがいなかったから、一時期話題になったらしい。

 でも、いつもあの変な仮面をつけているし、話しかけたら酷くぶっきらぼうらしくて、挙句、ついたあだ名が『鉄仮面アイアンマスク』」

「くくっ、ひどい呼び名だね。ぼくだったら凹んで部屋に篭っちゃうよ」


 作り物っぽい笑顔という意味では引けを取らないカノープスの、くだらない冗談は無視するとして、ボウイの話が本当であれば、たぶん『鉄仮面』ティーナは優秀な生徒なのだろう。

 たしかに学者肌の人で変わった性格の人は多いって言うしな。もしかしたら俺の気にしすぎかもしれない。


「そっか。なぁボウイ、もしそのティーナって人の情報がもっと分かったら教えて欲しい」

「おう、わかったぜ!」

「ふふっ、アキは同級生だけじゃ飽き足らずに、上級生にまで手を出そうとするのですね?」


 いやらしい笑みを浮かべながらそう口にするカノープスを、俺は思いっきり睨みつけてやった。

 おめーがいらんこと言うから、どんどんスターリィの機嫌が悪くなってるっちゅうねん!さっきからスターリィのやつ、無言で目の前のソーセージをぶすぶす刺してるし…あぁ、もうやめてーっ。











 夕食を食べ終え部屋に戻った俺は、一人でのんびりとお風呂に浸かりながら、ときほぐされた脳みそでぼーっと考えごとをしていた。

 思うのは、フランシーヌから与えられた『龍の力』のこと。



 フランシーヌが残してくれたメッセージにはこう書かれていた。

『これで、あなたは“古龍族“の血と、龍魔法と、それからわたしの【龍の英知メロウブライト】を使うことができるようなるでしょう。』


 古龍族の血と、龍魔法の意味はよくわからない。推測だけど、前者は…俺の手に鱗が発生したことから、肉体面の強化じゃないかと思う。後者についてはさっぱりわからない。魔族しか使えない【禁呪】と同様に、龍族しか使えない【龍魔法】というのが存在しているのだろうか。


 だが、一番気になるのは最後の一つ。

 フランシーヌの固有能力【龍の英知メロウブライト】を、俺が使えるようになったと言うのだ。


 この【龍の英知メロウブライト】は、なかなか凄い情報系の能力だと思う。なにせ…キスした相手の情報を得ることができるというものだ。

 つまり俺は、キスした相手の特徴や弱点などの詳しい情報を知ることができるようになったのだ!わーい、わーい!


 …って、なるかー!!あほー!!

 誰が好き好んで誰彼構わずキスするかっちゅうねん!!



 うーん、使えない能力だ…

 俺はウンザリしながら、湯船から立ち上がったのだった。











「…キスした相手の情報を得られる能力…ですか?」

「う、うん…」


 魔送風機ドライヤーという魔道具で髪を乾かしながら、俺より先に風呂に入って既にパジャマ姿のスターリィにフランシーヌに与えられた能力の話をしていると、それまでずっと黙って話を聞いていたスターリィが、【龍の英知メロウブライト】の部分で食いついてきた。


「あたしの古い知り合いに古龍族の方がいるのですが、その方から龍魔法などの話は聞いたことがあります」


 ほほぅ、スターリィには古龍族の知り合いが居たのか。そいつは…たぶんウェーバーさんのことかな?


 スターリィの兄レイダーさんは、冒険者チーム『明日への道程ネクストプロムナード』のリーダーをやってるんだけど、そのパーティメンバーにいる『氷竜アイスドラゴン』ウェーバーさんが、実は古龍族であることは知っていた。

 言われてみれば同じ古龍族なんだから、龍魔法とか使えるんだろうなぁ。


「それで、彼が言うには古龍族にはいくつか特徴があるそうなんですの。一つが…その身体能力。高い生命力や長い寿命はさることながら、人に変化することができるというものです」


 人に…変化?それ、人間である俺になんか意味があるのか?寿命のほうはどうでもいいけど、生命力だったらありがたい…かな?


「それから龍魔法については、あたしが彼から聞いたのは『自然を味方につける魔法』だって言ってました」

「自然を味方につける…魔法?」

「はい。詳しくは教えてもらえませんでしたが、彼は自在に花を咲かせることができました」


 花?花ねぇ…

 フランシーヌは俺に花咲かじいさんにでもなれっていうのか?


「それと…古龍族も人間と同じように『固有能力』が発露するのだそうです。古龍族の場合、それを【特化龍力スペシャリテ】と呼ぶ、と」


 あぁ、思い出した。そういえばフランシーヌがそういうことを言ってたな。

 それで、フランシーヌが使える【特化龍力スペシャリテ】が【龍の英知メロウブライト】だったな。


 その説明に、スターリィも納得したようだった。


「…すごいですね、アキは古龍族の能力まで使えるようになるなんて」

「いや、すごいのはすごいんだけど、使い方が…さ」


 相手にキスしないといけないなんて、めちゃくちゃ使いづらい能力だよな。相手が可愛い女の子ならともかく、ヒゲもじゃの男とかだったら…オエッ。



「そんなわけで、せっかくフランシーヌからいろいろと能力をもらったのに、試すこともできないのさ」

「…だったら、あたしで試してみますか?」

「……へっ!?」


 スターリィの予想外の発言に、俺は思わず絶句してしまった。手に持っていたドライヤーを、ボトリと床に落としてしまう。

 …おいおい、マジかよ。キスだぜキス。


「…だって、使わないと色々と分かりませんよね?」

「う、うん。そうだけど…」

「それに…アキとのキスは初めてではありませんし…」


 あ、そうだった。

 不意に思い出す、あのときの感触。

 今から半年ほど前、『グイン=バルバトスの魔迷宮』で、偶然にもスターリィがオーブを見つけて…そのときのハイテンションでキスしちゃったんだよなぁ。



「でも…ホントに良いの?」

「…良いですわよ。そのかわり…」

「そのかわり?」

「その…や、優しくしてくださいね?」


 はい、全力を尽くさせて頂きます!

 俺は心の中に住む野獣おとこの本能を必死になだめながら、スターリィに頷いたのだった。












 いま…俺とスターリィは、向き合ってベッドに腰掛けて座っている。

 風呂は入った。歯も磨いた。準備は…バッチリだ!


「…なんだか緊張しますわね?」


 少しだけ頬を赤く染めながら、そう言うスターリィ。パジャマ姿に、トレードマークのポニーテールはもう下ろしていたけれど、それでも俺にとっては眩しいくらい可愛らしく見えた。


「…それじゃあ、いくよ?」

「…はい、お願い…します…」


 スターリィはそう口にすると、ゆっくりと目を閉じた。ゴクリ、思わずツバを飲み込んでしまう。


 …いかーん、落ち着け俺!

 この状況は、俺の力を見極める上でも大事な検証作業であって、決してやましい気持ちは無いんだっ!

 だから…心を鎮めて【龍の英知メロウブライト】を…


 って、あれ?

 てかそもそもどうやって【龍の英知メロウブライト】を発動させるんだ?


 ことここに至って、俺は【龍の英知メロウブライト】の発動方法を知らないことに気付いた。


 しまった…どうしよう。

 えーい、ままよっ!


 意を決すると、心の奥底に強く念じた。

『来いっ!【龍の英知メロウブライト】っ!』




 ビキビキッという音とともに、俺の全身の皮膚の一部に『ウロコ』のようなものが生えてきた。同時に、俺の体の芯の方が熱くなってくるのが分かる。


 これは…うまくいきそうだ。

 そのまま俺は、自分の唇を…ゆっくりとスターリィの唇に重ねたのだった。





 ----------





 スターリィの唇に触れた瞬間、まるで電気のようなものが全身を貫いた。スターリィも「んっ」と声を漏らしている。

 同時に…俺の頭の中に、一気に様々なスターリィの情報が飛び込んできた。




 スターリィ=スターシーカー、年齢…15歳。

 身長は…161cm、体重45kg、スリーサイズが…この歳でこの数値だとぉ!?なんというけしからん…ゲホンゴホン。


 情報はそれだけには止まらない。スターリィの生い立ちに関する情報まで飛び込んでこようとする。

 でも、この情報はダメだ。スターリィのプライベートに寄りすぎる。俺は強く念じて、スターリィの生い立ちに関する情報はシャットアウトした。


 代わりに調べ始めたのは、スターリィの能力に関してだ。

 …なるほど、予想していた通り、スターリィは火に親和性の高い才能を持っている。それに魔力が多い。感覚的に俺と変わらないか、俺以上かもしれない。

 だが、知りたいのはそこじゃない。問題は、固有能力のほうだ。


 だけど、深く知ろうとすると…まるでモヤがかかったかのようにボンヤリとして、いまいちハッキリしない。

 やはり、貰い物の能力だとこの辺りが限界か?


 …そのとき、不意にフランシーヌに【龍の英知メロウブライト】を使われたときのことを思い出した。

 そうだ!あのときフランシーヌは…舌を入れていたじゃないか!


 閃いた俺は、迷うことなく…フランシーヌと同じ方法を試してみた。





 …予感は的中した。それまでハッキリしなかったスターリィの固有能力『天翼の女神ブリュンヒルデ』の情報が、俺の脳裏に流れ込んでくる。


「んんっ」


 がっしりと腕を掴まれ、スターリィの悩ましげな声が聞こえてくるが、ここで気にしていては負けだ。冷静に…気持ちを落ち着けながら、詳しく確認していく。



 どうやらスターリィの固有能力アビリティである『天翼の女神ブリュンヒルデ』は、属性で言うと【炎】にあたる能力のようだ。

 その背にスターリィを模った女神を具現化させ、その手から様々な攻撃を繰り出す。


 幾つかある技のうちの一つ、【光の聖槍ヴェルダンディ】は、炎を数万度まで高めたもの…『光の槍』を、相手に向かって飛ばすものだ。そんなもんまともに喰らったら、どんな生物でも生きれないだろう。


 そのあたりまでは、だいたいスターリィから聞いていた内容と同じだ。

 しかし…そんなことが吹き飛ぶくらい、驚くべき情報があった。



『スターリィ=スターシーカーには、【真の覚醒】をする才覚あり』



 …まじか。

 天使には、さらに上があるのかよ。










「ぷはぁ!」


 長い…【龍の英知メロウブライト】による調査のあと、俺はスターリィの唇から自分の唇を一気に離した。


「はぅ…」


 熱い吐息を吐き出しながら、顔を真っ赤にしたスターリィが、そのままベッドに倒れこんだ。俺も同じように倒れこんでしまいたい気持ちを必死に堪える。

 この能力は、なかなかに魔力と体力を消耗するようだ。そういえば俺がフランシーヌにしてもらったときも、つい失神しちゃったしな。


「はぁ…スターリィ、大丈夫?」

「はぁ…はぁ…はい、なんとか…。それで、どうでした?」


 半ば目を虚ろにしたスターリィの問いかけに、俺は大きく頷き返した。


「あぁ、バッチリだったよ」

「はぁ…よかった…」


 それだけ口にすると、スターリィはそのまま目を閉じて意識を失ってしまった。



 ありがとう、スターリィ。君のおかげで俺は【龍の英知メロウブライト】を使えるようになったよ。

 それに、今まで誰からも語られることのなかった情報…『天使の上』があることも分かった。

 これは、何事にも変えがたい貴重な情報になるだろう。



 それにしても…この能力、危険すぎるだろう!

 キスするだけならともかく、舌を入れなきゃいけないとか、どんだけ俺を苦しめるんだよ!


 スターリィ相手だったら問題ない、むしろウェルカムだ。何回でもしたい。さっきは…至福の時間だった。…ゲホンゴホン。

 だけど…ほかのやつとか、絶対無理だ。こんなん使えねーだろー!


 俺はウンザリしながら、ベッドにパタンと倒れこんでしまったのだった。



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