【アナザーサイト】同窓会
ユニヴァース魔法学園の入学式が行われている講堂。
その後方にある、少し突き出た形の二階部分に、うっすらとしたシャボン玉のようなものに覆われた不思議な空間があった。
魔法に造詣があるものだったら、それがすぐに高度な【魔法障壁】であることがわかるだろう。魔法によって守られた一帯…つまりそこにいるのは、相当なVIPであるということが容易に推測された。
果たして、その場所に居たのは…
「ふぉっふおっ、今年はなかなかの若い芽が揃ったのぅ」
長く伸びた白いヒゲを嬉しそうに撫でながら、そう口にするのは…この学園の学園長である七大守護天使【賢者】ロジスティコス。
1万もの魔法を操ると言われ、世界最高の魔法使いとの呼び声も高い人物だ。
「ふんっ、何を言ってるんだか。あんたは女の胸にしか興味ないんでしょ?ジジイなんだからいいかげん枯れなさいよ」
そんなロジスティコスに対して傍若無人な暴言を吐くのは、黒いドレスに身を包んだ、華麗な雰囲気を持つ年齢不詳の女性。
彼女の名前はヴァーミリアン。ハインツ公国の公妃であり、七大守護天使【塔の魔女】とも呼ばれる存在だ。
魔力量と直接攻撃力であればロジスティコスすらをも上回ると言われている。
「ははっ、落ち着きなさい。二人とも久しぶりに会うんだ。昔みたいにいきなり戦闘開始しないでくれよ?」
そんな二人の仲介に入ったのは、全身をキッチリとしたスーツで整えた壮年の紳士。
彼はこう見えて国王だった。大国ブリガディア王国のジェラード王。七大守護天使【聖剣】でもある彼は、国王という肩書きを外すと穏やかな人物だった。
そんな三人を、穏やかな視線で見守るのが、同じく七大守護天使【聖道】パラデインと、【聖女】クリステラの夫婦。
「あいかわらずだな、あいつらは。…ところでフランシーヌはどこに行ったんだ?」
「フランなら、ゲミンガのオムツを替えに行ったわよ」
「おお、そうか。フランシーヌもすっかりお母さんだなぁ」
夫婦で仲よさげに、そんな会話を交わしている。
この5人が一同に集まるのは、実に6年ぶりのことだった。
かつては共に旅をし、戦いに明け暮れ、毎日のように喧嘩し笑いあった仲間たちも、気がつけばそれぞれの地位についてしまい、気軽には会えない関係になってしまっていた。
それでもこうして久しぶりに会うと、昔のように気の置けない感じで接することが出来るのは、彼らにとってなによりも心楽しいひと時だった。
「”魔戦争の英雄”も寂しくなってしまったものだな。シャリアールやゾルディアーク、デイズ殿もあの世に旅立ってしまった。しかし、こうやってまた新たな若い芽が出てきている」
感慨深げにそう口にするジェラード王は、我が子であるレドリックの姿をチラッと見たあと、一般の生徒がいる一角のうちの後方に目を向ける。
その眼差しは、いつもよりさらに優しげなものだった。
「へー、なにかっこつけてんだか。あんたが見たかったのは『エリス』のことでしょ?」
「うぐっ!?」
鋭いヴァーミリアンのツッコミに、言葉を詰まらせるジェラード王。どうやら痛いところを突かれたようだ。
「まぁ…否定はしないがな。それに、結果的にはお前のところで面倒を見てもらったことには感謝してる。それで…あの子はどうだった?」
「どうだったって、すごく良い子よ。パメラそっくりの、すごく優しい子だわ」
「…そうか、すまん。ありがとう」
消え入りそうなほど小さな声で、礼を述べるジェラード王。そんな彼を、ヴァーミリアンは鼻で笑い飛ばしていた。
「まぁ、あんたの息子…レドリックだっけ?立派に育ってるみたいで良かったわね」
「ははっ、ヴァーミリアンにそんなことを言われても、皮肉にしか聞こえんぞ。
そもそも、お前のところの双子はなんなんだ?とんでもない美男美女だな。クルードと最高のパーツ同士を掛け合わせたって、あそこまでのもんは出来んだろう。なぁ?デイン」
「まったくだ。うちの子も可愛いと思ってたが、さすがにアレには太刀打ちできんなぁ」
「むふふ、そうでしょ?羨ましい?」
ヴァーミリアンのその問いに、ジェラード王が苦虫を潰したかのような表情を浮かべた。
「でも…まだあの子らは『入れ替わった』ままなんだろう?どうにかならんのか?旦那が疲れ果ててたぞ?」
「無理よ。そもそも術をかけたわたしですら手に負えないんですもん」
「…」
ヴァーミリアンの投げやりな言葉に、ジェラード王とパラデインは互いに困ったような表情を浮かべて視線を交わす。そこには「相変わらず困ったやつだ」という言葉にならない想いが込められていた。
そうやって楽しそうに話すパラデインたち三人の横で、ロジスティコスが新入生たちを目を細めて観察しながら、クリステラに耳打ちする。
「しっかし…おぬしらの娘どもは粒ぞろいだのう。特にクリス、お前の娘はどんだけ成長してるんじゃ?」
「…あなたが言いたいのは、胸のことだけでしょう?」
その彼をクリステラは冷たくあしらった。
長く旅を共にした彼らにとって、ロジスティコスがおっぱい星人であることは周知の事実だった。だといって、彼が偉大な魔法使いであることに変わりはないのであるが…それはそれ、これはこれだとクリステラは考えている。
「わっはっは。あの年であれは、将来有望じゃて」
「人の娘の話をするのも良いけど…あなたのほうはどうなの?」
「ん?ワシ?」
「そうよ、ロスじぃ。ティーナはどうなの?」
突然話題を変えてきたクリステラ。
その人物の名を出され、ロジスティコスは表情を少しだけ緩めた。
「…正直、困った娘じゃよ。色々と手を焼いておる」
「そう言う割には嬉しそうじゃない、クソジジイ。ほんっと美人には弱いんだから。…でも、今年はうちの子たちが来たから変わるんじゃない?」
話に強引に割り込んできたヴァーミリアンからこきおろされながらも、ロジスティコスは最後の一言には素直に同意した。
「そうじゃな、色々と変わるだろう。きっと…な」
「あの子たちの未来のためにも、わたしたちが頑張らないとね」
クリステラの強い思いを込めた一言に、その場にいた一同は深く同意した。
「ところで話は変わるが…アキはどうじゃ?胸のほうはサッパリ成長しとらんようじゃが」
ロジスティコスがパラデイン夫婦に問いかけるその言葉に、他の七大守護天使たちも反応した。
彼らは申し合わせたかのように他の会話を中断して、パラデインとクリステラの周りに集まってきた。やはり…彼らはアキのことを気にしていたのだ。
タイミングを見計らって、それまで黙っていたパラデインが、ゆっくりと口を開く。
「アキは…精神面では大きく成長した。しっかりとゾルディアークの遺志を継いでいるように思える。皆が危惧しているような事態にはならないと、俺は考えている」
「だけど、あの子はゾルとシャルを喰ったのでしょう?危険ではなくて?」
ヴァーミリアンの問いかけに反応したのは、クリステラのほうだった。彼女はゆっくりと首を振りながら答えを返す。
「うちの息子から聞いたんだけど、アキは…そのことを誰よりも深く悔いているわ。禁忌とも思えるほどに、ね。
それにレイは、アキは…その忌々しい能力を”乗り越えた”とも言ってたわ」
「ほほぅ、レイダーのお墨付きか。それは大したものだな」
嬉しそうに笑うジェラード王。それは、好敵手を見つけた時の戦士の笑みにも似ていた。
「だけどデイン、まだアキは魔力覚醒すらしていないんでしょ?そのまま【覇王の器】を預けてても大丈夫なの?」
「ヴァーミリアンの心配はわかる。…なんとも言えないが、まだ俺たち以外で知るものは殆どいない状況だ。情報が漏れない限り大丈夫だと思う」
「それで…レガリアを狙ってたものの正体は分かったのか?確か、【解放者】とか名乗る女悪魔と聞いたが…」
ジェラード王の問いかけに、一同に緊張感が増した。
解放者…エクソダス。
それだけの反応を七大守護天使に示させるほど、この名前には皆が忌々しい思いをしていたから。
その問いかけに、パラデインが少し難しい顔をしながら答えた。
「…正直、よく分かっているわけではない。なかなか尻尾を出さないからな。ただ…エクソダスのやり口を見ていて、なんとなく似ている存在を思い出すんだ」
「似ている…存在?」
「あぁ、あの…最悪の魔族、【魔傀儡】フランフランのやり口に、な」
フランフラン。
その名が出た瞬間、一同から殺気にも似たオーラが噴き出した。特にヴァーミリアンとロジスティコス学園長は、これまでの温厚な気配すら消し飛ばすような怒気を放っていた。
「フランフランだと?ばかな…デイン、あいつはシャリアールに滅ぼされたはずじゃないか」
「ジェラード、俺もそう聞いている。だが…別に俺たちはヤツが殺された瞬間を見たわけじゃない。ただ、フランフランが化身した【天使の器】を見て、ヤツの死を確信しただけに過ぎん」
「そんな…まさか…」
ショックを受けているジェラード王の肩に手を置きながら、パラデインは自身が疑問に思っていることを彼らに投げかけてみることにした。
それは…ずっと彼が一人で考えてきたことだった。
「俺はずっと、なぜシャリアールほどの男が道を踏み外してしまったのかを疑問に思っていた。あいつは…思い込みが激しい部分はあったものの、そこまで堕ちるようなヤツではなかった」
「そうじゃな。シャリアールは…優秀な魔法使いじゃった」
ロジスティコスにとっては、シャリアールも教え子の一人であった。そんな彼が、新たに魔王を喚び出そうとしていたことに、ひどく衝撃を受けていた。しかし、もしそうでなかったとしたら…
自然とロジスティコスの目つきが鋭くなっていく。
「もちろん、そうと決まったわけではない。実際俺はフランフランの化身したオーブも見たが、あれはまぎれもなく本物のオーブだった。少なくとも俺は、オーブの銘を変更させる方法など知らん。だからこそ、フランフランの死は確信していたわけだし…」
「でも、このまどろっこしいやり方が、20年前のときと似てるように感じるの。あの…たくさんの悲劇を起こした”魔戦争”の、ね」
そう言いながら、クリステラは悲しげに瞳を伏せた。
史実に語られることは無かったが、彼らだけが知る事実がある。
それは…20年前の魔戦争を巻き起こした”真の原因”を作ったもののこと。
その人物は、世間に知られるアンクロフィクサではなく、フランフランという名の魔族であったのだ。
すべての原因とされ【原罪】とまで呼ばれたアンクロフィクサでさえ、フランフランの被害者とも言えた。
だから…彼らは、決してフランフランを許していなかった。もし未だ存在しているのであれば、何に変えても滅ぼす必要があった。
その思いだけは…彼らに共通した認識だった。
「まぁ、また分かったら皆には共有するよ」
「あぁ、頼む」
これ以上不確定なことを話すのを好まないパラデインが、話はここまでと打ち切った。
確かに、これ以上話しても何も得るものがないことは、彼らが一番よく分かっていたから。
そうこうしている間に、赤児を連れたフランシーヌが戻ってきた。
七大守護天使たちは、それまで浮かべていた真剣な表情を一瞬で元に戻し、赤児の周りに集まってくる。
「おお!帰ってきたか。どうだい?落ち着いた?」
「ええ、ジェラード。グッスリ寝てるわ」
「いやー、可愛いわね。カレンとミアの小さい頃を思い出すわぁ」
「ん?お前さんあの双子を電撃で昇天させようとしなかったか?」
「まぁ!ヴァーミリアンってばそんなことをしてたの!?」
「するわけないでしょ!黙れクソジジイ!クリスも簡単に信じないでよ!」
そして再び、たわいもない話で盛り上がっていく。
こうして…彼らのささやかな同窓会は、まだまだ続いていったのだった。