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44.懐かしい人

 

 その後、式典も終わりに近づき、子供達の晴れの舞台を観に来た両親親族や来賓への挨拶という流れになった。新入生全員が後ろを振り返り、頭を下げる。



 ざわざわ。

 その直後あたりから、新入生たちの間がすこし騒がしくなった。

 周りの新入生たちがチラチラ後ろを振り返っては、悲鳴に近い声を上げたりしている。


 なんだろうな、気になって横のエリスに尋ねてみた。


「ねぇねぇエリス、なんで周りが騒ついてるのかな?」

「えーっと、たぶん…二階にある貴賓席を見て驚いてるんじゃないかと」


 言われてみて、俺も会場の奥の二階部分に突き出した貴賓席を見てみた。


 そこは…半透明のバリヤーのような張られた特殊な空間だった。それだけでも、そこに居るのが相当なVIPだということが分かる。目を凝らしてみると…なるほど確かに壮絶なメンツが揃っていた。


 まず…いつの間にやら貴賓席に移動していたロスじいさんやことロジスティコス学園長。それからデインさんクリスさん夫妻。その横には、落ち着いたスーツに身を包んで整えられたヒゲを生やした壮年の男性に…年齢不詳の妖艶な雰囲気を纏った美女がいた。あれは誰だ?


「あれは、ブリガディア王国のジェラード国王と、ハインツのヴァーミリアン公妃ですよ」


 エリスの答えに会場のざわつきの理由を見つけることができた。

 うわっ、そりゃ凄いわ。『七大守護天使』の大集合じゃないか。七人の伝説の人物のうち5人が揃ってるわけで…残り二人はこの世にもう居ないから、実質『全員集合』だ。


 それにしても、よく全員集まったものだなぁ。良いきっかけだから同窓会にでもしたのかな?

 気付いてみると、そこだけまるで異空間のように圧倒的な存在感を発しているように見えた。


 めったに姿をお目にかかれない、生の『7大守護天使』の姿に、生徒たちはかなり浮き足立っていた。時折彼らが談笑している様子など、ここにいる子たちからしたら垂涎ものなのだろうな。



 彼らの陰に隠れてはいるものの、貴賓室に居る他の人々もなかなかの気配オーラを発していた。たぶん、それぞれがそれなりに名の知れた人たちなんだろう。もちろん、俺は誰一人として知らないけどさ。

 ただ、その中の一人…デインさんたちの奥に居る金髪の女性がなぜか妙に気になった。陰になっているのと、大きな帽子を被っているのでよく確認できないんだけど、なんとなく懐かしい感じの気配を感じる。


 誰だろうか…気にはなったものの、ずっと後ろを向いているわけにはいかないので、俺は確認するのを断念して正面に向き直ることにしたのだった。







『それでは、以上で第250代ユニヴァース魔法学園の入学式を終了いたします。新入生、退場!』


 青いリボンの先輩生徒がそうアナウンスして、長かった入学式を終わりを告げた。

 ふー、やっと終わったぜ。このあとはなんだったかな?

 先に渡された『しおり』の内容を確認すると…この後はお昼休憩が入ってから、学園に関するオリエンテーションを経て寮に入ることとなっていた。へー、さっそく今日から寮生活になるんだな。



 ユニヴァース魔法学園の特徴の一つとして、『完全寮生活』が挙げられる。

 これは、初代学園長から続く伝統で、なんでも『魔法学を志すものに世俗の繋がりは関係ない。同じ釜の飯を食って家族となろう』という想いがあるのだとか。


 志が高いのは良いんだけど、そうすると俺は女子寮に入ることになっちまうんだよなぁ…

 いや、そりゃ楽しみだよ?だって禁断の『女の花園』だもんね。でもそれが、逆に落ち着かないというか、プレッシャーを感じるというか…ゲホンゴホン。


「アキ、私たちの退場の番ですよ?」


 考え事をしてたら、俺たちが出て行く順番になったようだ。エリスに促されて、俺は席から立ち上がって歩き始めた。






 満場の拍手に送られて、新入生たちが講堂から退場していく。

 出口は、例の貴賓席からちょうど見下ろされる場所にあった。講堂を出ながら、俺は見上げるようにして貴賓席を改めて観察した。



 最初に目に入ったのは、ブリガディア王国のジェラード国王。一応スーツのようなものを着ていたが、王族だけが発するカリスマというかそんなものが感じられて、他の人とは明らかに存在感が違っていた。

 ただ、こちらに向けられる視線はもの凄く柔らかかった。やっぱり王とは言っても人の親、我が子が入学するのが嬉しいのかな?でもなんでこっちの方を見てるんだ?


 その隣で、まるで伝説の魔女のような不敵で不遜な笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている妖艶な美女が、ハインツ公国のヴァーミリアン公妃。

 しかし、なぜか…ジェラード王だけじゃなく、彼女もニヤニヤしながらこちらの方を見ていた。心なしか、観察しているような視線を向けているような気がする。

 気のせいだったら良いんだけど…ヒヤリ、背筋に冷たいものが流れ落ちていった。



 熱い視線を送る二人の隣にいるのは、ロスじいさんことロジスティコス学園長。学長のくせに貴賓席のど真ん中から見下ろす彼は…まるで鷹のような目で生徒たちを一人一人観察していた。

 でも俺にはわかる。あれは…でかいおっぱいの新入生を探してやがるんだ。間違いない。さっき俺の胸のほうに一瞬だけ視線を向けたあと、フッと失笑しやがったから。

 …マジで教育者にあるまじきとんでもないじいさんだな。いつかしばいてやろう。



 そして最後に視界に入ってきたのが…珍しく髪やヒゲを整えたデインさんに、貴族の令嬢みたいなドレスに身を包んだクリスさん。

 昨日の夜さんざんスターリィに「恥ずかしい格好だけはしないでねっ!」て釘を刺されてたから、気合い入れたんだろう。元が良いだけあって、その姿は本当に絵になっていた。


 ただ、二人よりも気になるのは…二人の間にいる、白いドレスに身を包んで大きな帽子を被った金髪の女性。その腕に何かを抱いている…あれは『赤ちゃん』かな?



 近づけば近づくほど、なぜか胸の鼓動が大きくなっていった。どうしてだ?しかも、彼女のシルエットになんとなくデジャヴを感じるんだけど…


 貴賓席の真下に来て、ようやくその顔を間近で確認することができた。白い帽子の下に隠れていた彼女の顔を覗き込む。



 そして俺は…言葉を失った。





 そこにあったのは、見慣れた…だけどここに絶対いるはずのない人物の顔だったのだ。


 ウソだろう?…なんで彼女がここに…?


 見間違うはずがない。そこに立っていたのは…俺にとってのこの世界の”母親”とも言うべき存在だった。



「…どうしたの?アキ」


 急に立ち止まってしまった俺のことを心配したエリスに声をかけられたものの、俺はすぐに返事を返すことができなかった。


「フランシーヌ、どうしてここに…」


 思わず、言葉が漏れ出た。届くはずのない俺の呟きに反応して、赤子を連れたフランシーヌが柔かに微笑みながら小さく手を振った。






 フランシーヌ。

 ゾルバルとともに、この世界に来たばかりの俺を支えてくれた古龍一族の女性。ゾルバルのことを心から愛し、俺がゾルバルを”喰って”から、その姿を完全に消していた。

 なのに、なぜ…今ここに?


 俺は、全身の震えを抑えることができないまま、エリスに支えられるようにしてなんとか講堂をあとにした。










 講堂から出たあとも、俺はいてもたってもいられなくなった。フランシーヌがすぐに消えていなくなりそうな気がしたんだ。

 俺は彼女にたくさん話したいことがあった。俺がゾルバルを“喰った“あのときのことや、そのあとの…ゾルバルの形見の行方や、たくさんの出来事なんかを。

 なにより、彼女に謝りたかった。

 なにを…なのかよくわからない。だけど、そうしないと前に進めないような気がしていたんだ。



「エリス、ごめん。私すぐに行かなきゃ」

「ふふ、すぐにでも飛び出していきそうな感じですね。私のことは気にしないで行ってください。またお会いしましょうね」

「うん、またねっ!」


 エリスへの挨拶もそこそこに、俺はフランシーヌがいるであろう貴賓室の方へとダッシュで駆け出して行った。












 事前に話が通っていたらしく、貴賓室がある区画の入り口に立っていた…さっきとは別の警備の人に名前を告げると、すんなりと通してくれた。


「この先の角を曲がった先の部屋だよ」

 親切に教えてくれた警備員さんに頭を下げると、すぐに駆け出して部屋へと向かう。



 教えられた部屋の扉を突き破ってしまいたい衝動を抑えながらノックすると、「どうぞー」というクリスさんの穏やかな声が聞こえてきた。

 ここで間違いない。少し息を整えてからゆっくりと扉を開けると、すぐ眼の前に金と白の光が飛び込んできた。

 そこには…まるで聖母のような笑みをたたえたフランシーヌが立っていたんだ。


「…ひさしぶりね、アキ」

「…フランシーヌ!」


 すでに帽子も取って、流れるような金髪の狭間に見え隠れするツノを丸出しにしながら、白いドレスを着たフランシーヌは微笑んだ。

 夢じゃない、これは現実だ。やっとそう確信できたとき…俺の頬をなにか熱いものがつたい落ちていった。


 フランシーヌ。俺の大切な恩人。

 …会いたかった!


 勢いそのままに抱きつこうとして…彼女の胸に抱かれているものに気付いてあわてて動きを止めた。

 白い布に包まれたそれは、小さくモゾモゾと動いていた。

 …これはもしかして、赤ちゃん?


「フランシーヌ、この子は…?」

「ふふっ、わたしとゾルバル様の子よ?」


 えっ!マジで?

 衝撃的な事実に、俺は驚きのあまり固まってしまった。


「なによその顔。そんなに驚かなくても良いじゃない?」


 いやいや、普通驚くだろうよ!この一年でなにがあったのよ!?

 てか、ゾルバルの子だって?


「えーっと、たしか魔族と古龍族では子供は出来ないんじゃなかったっけ?」

「そこはね。うふふ、愛の力よ」


 ニコニコ微笑みながらフランシーヌが語るには、なんでもフランシーヌが持つ『古龍族エルダードレイク』としての力のほぼ全部を注ぎ込んで、特別に子供を作ることが出来たんだそうだ。


「そのおかげで、わたしも普通の人間と同じくらいの力と寿命しかもたない存在になっちゃったんだけどね」

「そ、そんな…」


 ぐっと胸がつまされるような気持ちになった俺に、フランシーヌは微笑みながら頭を横に振った。


「勘違いしないでね、アキ。これは…わたしの希望でもあったのよ。

 無為に長い時間を過ごすよりも、わたしは自分の望むことを…愛する人と為した、大切なものを育むために生を全うすることを選んだの。惜しい気持ちも後悔もなに一つないわ」


 そう話すフランシーヌは、まるで聖母のように優しい笑みを浮かべていて…俺はそれ以上なにも言えなくなってしまった。


「それよりもアキ、この子を抱いてあげて?」

「あ、うん…」


 フランシーヌに手渡された赤児を、俺は慌てて受け取る。

 恐る恐る受け取った“小さな存在“は、小さな寝息を立てながらスヤスヤと眠っていた。ゾルバルと同じ白い髪と、腕の部分に少しだけウロコがついているのが、二人の子供であることを証明しているようだった。


「…この子の名前は?」

「ゲミンガよ。ゾルバルのように強い戦士になって欲しいわね」


 ゲミンガ。良い名前だな。

 きっとこの子は、すごいやつになるだろう。


 いつかこの子が大きくなったとき、俺はこの子に…父親の偉大さを話すことになるのだろうか。

 誰よりも気高く、誰よりも優しかったゾルバルのことを。


 もしそのとき、俺のことを『親の仇』として討ちにくるようなことがあれば、それはそれで良いかな。


 でも、それまでには…

 残された宿題は、絶対に片付けてみせる。


 もうこれ以上、悲しみの連鎖は起こさない。









 ------------











 アキが慌てて飛び出していったのを見送ったあと、エリスはふふっと微笑んだ。


 ちょっと変わった子だけど、根はすごく良さそうだな。仲良くなれるといいなぁ。

 そんなことを思いながら、エリスもまた…アキのあとを追うように、同じ方向へと歩いていった。





 エリスがたどり着いたのは、貴賓室がある一角であった。入り口に立つ、アキが話しかけたのと同じ警備員に声をかける。


「あのー、すいません。エリス=カリスマティックといいますけど…」

「ああー、あなたが!聞いてますよ、あちらの方です」


 警備員は、アキに示したのとは反対の方向を指差した。エリスは警備員に礼を言うと、示された階段を登り上のフロアに向かっていった。



 階段を上がると、そこには大きな扉があった。立派な装飾が施された、重量感のある扉だった。

 扉についたドアノッカーを手に取ると、エリスはトントンとノックした。小さな声で「エリスです」と中に声をかける。すると…向こう側から内側に、扉が一気に開けられた。



 扉の向こうから飛び込んできたのは、白銀色シルバーブロンドの輝き。


 まるで光が銀色に染まっているかの世界が広がって落ち着いたあと、その場に現れたのは…現実離れした美貌を持った、よく似た顔の二人の男女だった。


 神が創り上げた奇跡の結晶のような、究極の美貌。双子であるのか、二人の顔は…まるで鏡を見ているかのようにそっくりだった。

 その二人が、嬉しそうな表情を浮かべながら入り口に立ってエリスを歓迎している。


「やっほーエリス、やっと来たね」

「待ってたんだよ、エリス!」


 そんな二人に、エリスは満面の笑みを浮かべながら返事を返した。まるで、古くからの友人に見せるかのような様子で。


「お待たせ。カレン、ミア」


 そう。エリスの目の前に立つ超絶美少年と美少女は…『ハインツの太陽と月』カレン王子とミア姫だったのだ。


 世間から『ハインツの至宝』とまで呼ばれる二人は、決して他の人の前では見せない打ち解けた表情を見せながら、エリスを室内に案内した。


「エリちゃん、遅かったわねぇ」

「すいません、ヴァーミリアン様」


 部屋の一番奥には、妖艶な笑みを浮かべる一人の女性が椅子に座っていた。

 そこにいるのは…双子の母親であるヴァーミリアン公妃。その眼差しは、自分の子供たちに向けるものと同じような視線だった。


「さっそくお友達を見つけたみたいね。さすがに手が早いわ。カレンもおちおちしてられないわよ?」

「ちょっとお母様!なんてことを言ってるの?!」


 なぜか抗議の声を上げたのは、絶世の美少女であるミア姫のほうだった。その違和感に反応するものは、この場には誰もいない。


「ちょっとした縁でお話ししたんです。アキって子なんですけど、すごく感じの良かったですよ」

「へぇ…アキ、ねぇ」


 一瞬だけ思案するような表情を浮かべたものの、それ以上この件についてヴァーミリアンが確認することはなかった。

 変なツッコミされたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていたエリスは、少しだけ胸を撫で下ろす。


「ところでエリちゃん、あなたジェラードのところには顔を出さないの?」

「えっ?」


 エリスがホッとしたのもつかのま、ヴァーミリアンがまた別の質問を投げかけてきた。

 一瞬だけ顔を床に落として戸惑うような仕草を見せたものの…すぐに顔を上げたエリスは、ゆっくりと首を横に振った。


「私は…とくにジェラード王にお会いするつもりはありません。それに、今の私はただの平民ですしね」

「あーらそうなの、残念ね。ジェラードってば貴女のことを熱い視線で追ってたわよ?」

「えーっ!?それってどういうこと!?」


 エリスの横にいたカレン王子のほうが、その話題に食いついてきた。その様子は、まるで年頃の女の子が恋の話題に示す反応のよう。

 すぐにミア姫のほうも引っ張り出して、エリスに事情を問いただす。



 …まるできょうだい喧嘩のようにギャアギャア騒いでいる双子と、巻き込まれてアタフタしているエリス。

 そんな三人を横目に、ヴァーミリアンはわずかに遠い目をした。そして、誰にも聞こえないように…ボソリとこう呟いたのだった。



「それにしても、よりにもよってアキとはねぇ…。これがもし運命だというなら、運命ってのは面白いわね。はてさて、この運命は良い方向に転がるのかしら?それとも…」



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