表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/152

6.夢

 

 話がある程度ひと段落したところで、フランシーヌが「だいぶ疲れたでしょうから、今日はここまでね。とりあえず、ご飯にしましょうか。その前に…お風呂に入りましょうかね?」と、ありがたい提案をしてくれた。

 言われてみたらお腹ぺこぺこだし、身体もドロドロだ。お言葉に甘えて晩ご飯とお風呂をご馳走になることにした。

 正直、めちゃくちゃありがたい。




 ということで、まずはお風呂。


 そう、風呂だ。

 風呂というのは…裸になって身体を洗う場所だ。

 裸になるということは…すっぽんぽんになるってことだ。


 …何を言っているのか、自分でもよく分からなくなってきた。

 ようは、風呂に入るには…この"女の子"の体で入らなければならないってわけで。


 それはつまり、俺が…女の子のハダカを見ることができる、ということを意味していた。




 きたーーー!!

 女の子のハダカ、きたーーー!!


 この身体になったとき、どうなることかと思ったけれど…

 あぁ、なんという役得!!

 こんな素晴らしい体験ができるなんて!!


 神様、ありがとう。

 ついに俺は…女性の裸に、生まれて初めてランデブーします。


 こうして俺は、心の底から湧き上がる興奮を抑えることができないまま…風呂に向かうことになったのだった。






 ゾルバルの家は、作りがしっかりしたログハウスのようなイメージだった。

 いくつかの個室に加え、風呂トイレまで完備されている。なかなかの家だ。

 そんな…立派なな家の中を、フランシーヌに案内されて風呂に向かう。

 彼女は親切にも着替えも用意してくれた。ついでに下着も一緒に。


 下着…。おぅまいがっ!

 なんてこったい、こんなの履かなきゃいかんのかよ。

 …やばいな、なんだろうこの背徳感。




 案内された風呂場は、想像してたよりもずっと大きかった。2〜3人は入れそうな広さだ。

 なんでもフランシーヌがお風呂大好きだそうで、ソルバルに無理言って用意させたらしい。ぐっじょぶだせ!

 まさか異世界でこんな風呂に入れるとは、夢にも思わなかったよ。


 そして、いよいよ服を脱ごうかという段階になって、一気に緊張してきた。

 いや、ここまで来たら脱ぐしかないんだけどさ。

 だけど、なんだろうか…この背徳感。


 かといって、こんなところで逡巡していてもしかたがない。

 …えーい、ままよっ!

 覚悟を決めて目を瞑ると、一気に服を脱いで…そのままダッシュで浴室に飛び込んだ。

 …結局気恥ずかしくて、ちゃんと自分の体を見れなかったよ。意気地なしめっ!




 ざっぱーん。

 湯船から一気にお湯が溢れ出す。

 冷え切った身体に、一気に暖かさが染み込んできた。

 …気持ちいい。たまらん。


「あぁぁぁぁ」


 思わず吐息が漏れた。

 うほっ、我ながら可愛らしい声!


 ん?もしかしてこれって…

 自分でセクシーボイスだしたら…いけそうじゃね?

 俺って天才?


「いやん…やめてっ…」

「あぁん…」



 ………。

 なんだろうか、この虚しさ。

 なんというか、自分が惨めになったような気分になっちまった。

 もうやめよう。この技は…封印だ。





 身体が十分温まったら、いよいよ次の段階への準備万端だ。

 ついに、"本題"に突入するタイミングがやってきたのだ。

 そう、この"新しい身体"のボディチェック…ではなくて、ゲホンゴホン…身体を洗うのだ。



 いやいや、これには決して下心なんて無いぜ?

 だって、この身体とこれから先どれくらい付き合わなきゃならないか、わかんないんだぜ?そうなると、これは…絶対に乗り越えなきゃいけないハードルだった。

 だからこそ、こんなところで躊躇していても仕方がない。自分の身体のことはしっかり確認しなきゃいかん。…そうだろう?


 俺は仕方なく、自分の身体を確認することにした。

 ごくり。

 生唾を飲み込む。

 いよいよ俺は…未知の領域に飛び込む覚悟を決めた。




 すまんな、サトシ。

 俺は一足先に…大人の階段を登るよ。






 ----------







 結論から言おう。

 まったく…興奮しなかった。


 もちろん見たよ、見ましたよ。

 だけど…なんというか、何も感じないんだ。

 そりゃそうだよな、感じるはずの"男の部分"が、今の俺には何にも無いんだから。

 興奮もしなけりゃ反応もしない。

 当たり前のものを見ているような感覚。


 例えて言うなら、お腹いっぱいの状況で、目の前にご馳走が出されたような感じだろうか。

 これが美味しいのは分かってる。

 なのに…まったく食欲が湧かないのだ。

 …こんなに虚しいことってあるか?

 はっきり言って、自分でセクシーボイス出した時以上の虚しさだった。


 …あぁ、これが唯一の楽しみだったのに…

 もしかしたら俺は、この世界に来て大事なものを失ってしまったのかもしれない。っていうか、取り戻せるのか?

 神様、これはあんまりです…









「どうしたの?アキ。なんだか元気ないわね」


 風呂上がりで傷心の俺に、フランシーヌがやさしく声をかけてくれた。

 だけど、今はその優しさまでもが辛い。

 フランシーヌの巨乳を見ても、もはやなんの反応もしない、自分の身体が憎い…


 そんなわけで、精神的にドッと疲れてしまった俺は…半分うわの空のまま夕食をいただくと、そのまま泥のように寝たのだった。








 ーーーーーーーーー








 見慣れた田舎町。

 その中心にぽつんとある公園。


 そこで揺れるブランコに跨る中学生の姿。

 たった一人でうつむいたまま、携帯ゲームを弄っている。

 それは…間違いなく昔の俺の姿。制服を着てるから、たぶん中学一年のときだろう。


 あぁ…これは夢だ。

 そんなことはわかっている。人は過去には戻れないのだから。

 それにしても、よりによって…"あのとき"の夢かよ。


 そんなことを考えながら、呆然と…夢の中の自分の姿を追い続けた。






 そう、あの頃の俺は孤独だった。


 うちの両親は、共働きだった。たぶん一生懸命お金を稼いで、息子に何不自由ない生活を送らせるつもりだったのだろう。両親はほとんど家に居なかった。

 そして、愛情と支配を取り違えている人たちだった。

 彼らにとっては、息子に一流の教育を与えることが、愛情表現のすべてだった。

 だから俺は、小学校低学年の頃から…スパルタに勉強させられていた。



 …もし俺が普通の子だったら、そんな状況であっても乗り越えられたのかもしれない。

 だけど俺は、乗り越えられなかった。たくさんの勉強が、一方的で利己的に与えられ続ける…愛情という名の暴力が、俺には苦痛にしか感じられなかった。

 両親にとっては残念なことに、俺には…彼らの愛情表現は伝わらなかった。


 そして、その頃から…両親に強い反発を覚えるようになっていた。

 1日でも早く、彼らの呪縛から解き放たれたい。そう考えていた。

 早く成長しなければ。

 早く大人にならなければ。

 そんな焦りの中で、日々を過ごしていた。



 それでも、小学校の頃はまだよかった。

 まだ十分子供で通じる年代だったから。


 だけど、俺が中学受験に失敗したとき。

 …両親との間に、決定的な亀裂が生まれることになった。


 以前はまだ「アキラちゃんは、やればできる子なのよ!」などと慰めてくれていた。

 だけど、中学校の入試に落ちた途端……両親の態度が一変したのだ。


「お前は本当に勉強していたのか?!落ちて悔しくないのか?」「どうしてこんなこともわからなかったの?ほんっとうに頭が悪い子ね!」「俺の子なら、こんなにバカなはずじゃないのに…」「なにを言ってるの?あなたに似たからじゃない!三流企業でうだつのあがらない安月給のサラリーマンを…」「なんだと!?きさま、誰のおかげでメシを喰えると…」


 こうして、受験失敗をきっかけに…うちの家庭は崩壊していった。

 たぶん…もともと前兆はあったのだろう。

 トドメを刺したが、俺であったとしても。


 だけど、家庭の崩壊ですら…俺にとってはただの序章でしかなかった。



 いがみ合い、口もきかなくなった両親に、完全に見捨てられた俺は…そのまま公立中学に通った。

 その頃の俺は…見事に両親の血を引いた存在であった。

 中学受験に失敗したくせに、中途半端に勉強を頑張っていた俺は、同級生のことを心の中で見下していた。

「こいつら、なんの努力もせずにのほほんと過ごしやがって…」

 そう思って、バカにしていた。

 皮肉にも、俺は…最も忌み嫌う両親(もの)の、立派な"生き写し"だったんだ。


 プライドが高く、周りのことを『子供っぽい』とバカにするような態度ばかり取っていた。

 今思うと、たぶん…そうでもしないと自分が保てなかったんだと思う。

 崩壊してしまった、くだらない…自分のアイデンティティ。

 だけど、周りがそれを許してくれるわけがなくて。


 俺は、周りの様子の変化に全く気づくこと無く…

 気がついたら、完全に孤立していた。



 次に始まったのは、イジメだった。

 最初は無視。次はいたずら…

 次第にエスカレートしていった。


 やたらとプライドだけは高かった俺は、誰にも助けを求めなかった。

 救おうとしてくれた人さえも、突き放した。

 そうして…どんどん状況は悪化していった。


 やがて俺は、学校をサボりがちになった。

 そのうち、学校に行くふりをして、田舎町の真ん中にある公園に入り浸るようになっていた。


 …その頃の俺の友達は、ゲームや漫画、小説だった。

 たぶん、両親は俺のことを完全に放棄してしまったのだろう。今まで禁止していたそれらを、あっさりと買い与えてくれた。


 公園でゲームをするのが、その頃の俺の日課になっていた。

 学校をサボるせいで成績が下がったら面倒なことになると思ったから、勉強だけは自力で頑張った。

 それ以外の時間は、ゲームばかりしていたと思う。


 そんな日々が続いて…

 現実から目を逸らそうとして…

 でもやっぱり逸らしきれなくて。



 俺は、誰からも愛されていない。

 俺の居場所は、どこにもない。


 ある日、そう気付いてしまった。



 だから。

 あぁ、こんな人生、意味がない。

 …だったら辞めちまえばいいんだ。


 死のう。死んでしまおう。

 そう…思ったんだ。





 …たかが中1のガキが、くだらないことを考えやがって。

 今の俺なら、そう思える。

 だけど、あのときの俺には、それが全てだった。


 ちょうど、やっていたゲームが終盤に差し掛かっていた。


 こいつをクリアーしたら、死のう。

 そのときの俺は、そう決心した。






 そして、運命のあの日。

 俺は、いつものように公園のブランコに座ってゲームをしていた。

 そんなとき…


 突然、あいつに声をかけられた。



「うわっ、お前それ、ドラゴファンタジア3のラストダンジョンじゃね?」


 手を止めて後ろを振り返ると、そこには…俺と同年代の、背の高いヤツがいた。

 いきなり話しかけられたことにイラッときて、ぶっきらぼうに返す。


「あぁ、そうだけど。なにか?」

「お前、すげーな!もうラスダンまで行ってるのかよ?俺なんかまだスカイハイの塔の迷路の三階で止まっててさ」


 ちっ、つまらないところで止まってるな。

 まぁ確かにあそこのギミックは複雑だ。初見殺しと言っていい。


「あそこか?あそこはな、暗号メッセージを反対から読めば良いんだよ」

「反対から!?…あぁ、そういうことだったのか!」


 そいつは馴れ馴れしくも…俺の肩をパンパン叩きながら、ケラケラ笑いだした。


「お前すげーな!よくこんなの分かったな?もしかして攻略サイトとか見てんのか?」

「…いや、俺は攻略サイト見るのキライなんだ」

「自力かよ!?ますますすげーな!ちょっと俺にネタバレしない範囲でヒント教えてくれよ!ところで…」


 そいつは、最高の笑顔を浮かべて俺の顔を見た。

 イケメンだなぁ。こんなやつうちの学年に居たかな?

 …あぁ、それ以前に俺、学校に興味なかったんだっけ。


「まだ自己紹介してなかったな!俺は八重山やえやま 聡史さとし!実は昨日こっちに転校してきたばったなんだよ。お前は?」

「俺は…山田やまだ あきら

「そっか…じゃあアキラ、これで俺たちは友達だ!これからよろしくな!」





 これが、俺と…サトシの出会いだった。




 あいつは、俺のことなんておかまいなく、隣のブランコに座ると…そのままゲームを始めた。

 最初は無視していたものの、勝手に話しかけてくるので、適当に答えていて…

 気が付いたら、すごく仲良くなっていた。なんとも面白いやつだった。

 俺みたいなコミュニケーションがちゃんと取れないやつでも、ちゃんと相手してくれた。


 …気がついたら、俺はゲームをクリアしていた。

 そしたらサトシは、「じゃあ俺がクリアしたの貸してやる!」と言って、新しいゲームを貸してくれた。



 本当だったら終わらせるはずの"明日"が、またやってきた。

 …俺は、死ぬ理由を…いつのまにか失っていたんだ。





 なぁ、サトシ。

 お前は何も知らないだろうな。


 だけどな…


 お前は俺に、"明日"をくれたんだぜ?








 ーーーーーー








「サトシ…」


 そう呟く自分の声で目を覚ました。

 周りを見回すと、見慣れない部屋の中だった。

 そこは、ゾルバルたちの棲家。異世界に飛ばされた俺を救ってくれた人たちの暮らす家。


 …もちろん、体は女の子のままだ。

 残念ながら、元の世界には戻っていないらしい。

 あぁ、さっきのはやっぱり夢だったのか。

 徐々に覚醒していく意識の中で、ゆっくりと認識していく。





 サトシ。

 命の恩人。

 そして、俺の…たったひとりの親友。



 今はどこにいるのかわからない。

 生きているのか、死んでいるのかも。

 本当に、この世界にいるのかも…


 だけど…絶対に、探してみせる。



 それが、俺を救ってくれたおまえに対して、俺ができるせめてものことだから。

 今度は俺が、お前の"明日"を見つけてやる番だ。



 だから俺は、そのために…

 この世界で、力を…知識を…手に入れる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ