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43.入学式

 


「それじゃあ、また授業でお会いしましょうね」


 明るく微笑みながら手を振るエリス。なんでも別の場所で知り合いと待ち合わせしているのだとか。

 少し名残惜しかったものの、どうせまた授業出会えるだろう。エリスに別れを告げると、俺は事前にスターリィから聞いていたVIP用の控え室へと向かうことにした。



 VIP用の控え室は、講堂の横にある建物の中にあった。入り口付近で男子生徒集団から抜け出してきたカノープスとボウイに合流する。


「やぁアキ、さっそく可愛らしい子と仲良くしてたね。きみも隅に置けないなぁ」


 さっそくイヤミったらしく嫌な物言いをしてくるカノープス。

 別にそんなんじゃないし。俺はカノープスと違って、新入生同士で打ち解けようと頑張ってただけさ。

 そう言い返したものの、なんで俺がこいつに対して言い訳じみたこと言わなきゃならんのか。なんかモヤモヤする。


「アキの言う通りだよ。スターリィ様が安心して学園生活を送るためにも、俺たちが積極的にコミュニケーションを取って、『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』の印象を良くしていくことは大事だからな!」


 ボウイはボウイでとんちんかんなことを言いだした。

 いやいやボウイ、お前は絶対そこまで考えてないだろ。適当に近くにいたやつと話しまくってただけにしか見えなかったぞ?

 でもまぁそうだとしても、こいつのコミュニケーション能力を改めて見せつけられる結果となったわけだけどな。





 スターリィの控え室は、講堂の横にある、洒落た煉瓦造りの三階建ての建物の一階にあった。入り口に立っていた警備の人に俺たちの名前と目的を告げると、あっさりと案内してもらった。

 ちなみに、この建物の二階以上には来賓用の『本物の』VIPルームが用意されていて、厳重に警備されていた。そこにはデインさんたちやブリガディア王太子、ハインツの双子なんかが控えているらしい。

 式が終わったらデインさんたちに挨拶でも行こうかな。…下心とか無いよ?



 そんなわけで、俺たちが案内されたのは、特に警備なんかはされていない普通の小部屋だった。少し古びた木製の扉をノックして、スターリィの返事を待って中に入る。



「アキ!」


 控え室に入った瞬間、まるで家に帰ってきたときの飼い犬みたいにスターリィが駆け寄ってきた。その顔に、明らかな安堵が浮かんでいる。おいおい、登校だけでどんだけ緊張してたんだよ。


 俺たちの顔を見て落ち着いたのか、冷静さを取り戻したスターリィが、部屋の中に招き入れてくれた。


 部屋の中は机と椅子があるだけの殺風景な場所で、とりあえず俺たちはキィキィ音を鳴らすボロい椅子に腰をかけた。スターリィの様子を気にかけたのか、ボウイが口火を切って話しかける。


「しっかし、スターリィ様はスゲーよなぁ!街じゅうの人とか同級生から注目の的だったぜ!」

「ボウイ、能天気なこと言わないでください。あれは、お父さんとお母さんと…あとは『ハインツの双子』に向けられてた歓声ですわ。それくらい、私でも分かります。こんなことならあの双子が答辞をすれば良いですのに…」


 おやおや、スターリィがこんな弱音を吐くなんて珍しいな。ガラスのハートはもう卒業したと思ってたんだけどなぁ。こりゃなんかカツを入れてあげないといけないかな?


「それはそうとアキ。あの…横にいた子は誰なんですの?なんだか仲良さそうに話してましたけど?」

「ぎくっ!?」


 げっ、緊張していながらもよく見ていらっしゃることで。


「ち、ちがうって!エリスとはたまたま待ち合わせ場所で知り合って…」

「へー、エリスって言うんですの。あたしが、プレッシャーで苦しんでいるときに、アキは知らない女の子と仲良くなって楽しんでたんですね?」

「そ、そうじゃなくて!これからの学園生活を過ごしやすくするために、一人でも仲良くなったほうが良いかなーって思ってさ」

「まぁ、アキってばここでハーレムでも作るつもりなんですの?」


 うーん、ダメだこりゃ。聞く耳持たないとは、まさにこのことを指すんだろうな。何言ってもひねくれた解釈しかしやがらない。

 さっきまでの緊張はどこへやら、鬼のような表情で俺を睨みつけるスターリィ。さて、どうしたものか…



 そんな俺に救いを差し伸べるかのように、室内の何処からか『ピンポンパンポーン』という木琴のようなものが鳴る音が聞こえてきた。

 続けて、事務的な女性の声が狭い室内に響き渡る。


『お待たせいたしました。まもなく入学式が開始となります。新入生、並びにご来賓の皆様は、講堂の方までお越しください』



 助かった、入場案内のアナウンスだ。

 あからさまに安堵してしまった俺は、鬼の形相を浮かべたままのスターリィを必死に諭して、入学式が行われる講堂へと向かうことにした。









 講堂には既にたくさんの学生たちで溢れていた。前方に、俺たちと同じ黄色いリボンやネクタイをした学生たちが集められてる。どうやら新入生は前に集められているようだ。


「それじゃあスターリィ、しっかりがんばってね」


 VIPであるスターリィは、例の双子や王太子たちと一緒に、講師クラリティさんと同じようなローブを着た人たちに囲われた一角に集められることになっていた。もちろん、混乱や不測の事態を避けるための処置だ。


 まるで置いていかれる仔犬のように不安そうな表情を浮かべるスターリィ。そこにボウイが無邪気にとどめを刺しにいく。


「スターリィ様!最高にカッコいい答辞を期待してるぜ!」

「え、ええ…わかりましたわ…」


 真っ青な顔になったまま、スターリィはトボトボとVIP用の一角へと歩いて行った。



「…俺、変なこと言ったかな?」

「ふふっ、ボウイらしくて良い応援だったんじゃないかな」


 カノープスが、最高に意地悪そうに口元を歪めて笑っていた。







 他の新入生たちと一緒に、俺たち三人は前方の新入生たちが集まっている一角にたどり着いた。


「きみたち、これが入学のしおりと座席表だよ」


 青いネクタイをつけた男子学生…恐らくは3回生にあたる先輩が、なにやら小さな冊子と座席が載った紙切れを渡してくれた。

 ほほう…座る場所が決まってるんだな。俺が座るのはどこになるんだろうか。


「げっ、一番前じゃんか」


 男女別に座席は分かれていたせいで、もともとカノープスたちとは離れた場所になるのは覚悟してたんだけど、よりにもよってなんで一番前なんだか。昔からなんとなく一番前の席って嫌なんだよなー。


「ふふっ、一番前だと居眠りもできないね」


 自分は後ろから2列目という最高のポジションをゲットしたカノープスが、クソ生意気な笑みを浮かべてそうのたまいやがった。くそっ、勝者の余裕かよ。


「スターリィ様の雄姿が一番前で見れるなんて最高じゃんか、良いなぁ」


 可もなく不可もない真ん中あたりの座席になるボウイが、少し羨ましそうにしながら呟いた。まったく、男女別じゃなかったら交換してやったのにな。



 こいつらに不満をぶつけても仕方ないので、俺は二人を睨みつけて、そのまま仕方なく指定された席に向かうことにした。


 その途中、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。


「ちょっと、なんでやねん!なんでウチがこんな後ろの席やねん!」


 あー。この小煩い喚き声は…あいつか。

 そう思って見てみると、小麦色の肌にピンク色の髪のやつが、上級生に向かってギャーギャー騒ぎ立てていた。

 やはり『西の麒麟児』ナスリーンだった。どうやら自分の座席が気に入らずに、上級生に喰ってかかってるみたいだ。


 たぶんあいつのことだから、一番前で『ハインツの双子』を見たいのだろう。どんだけミーハーやねん。

 粘着されてる上級生の女の子も困り果ててる。さすがにかわいそうだ。


 とは言っても、所詮は他人事。高みの見物よろしく横をすり抜けて行こうとしたら、コギャル…もといナスリーンとバッチリと目が合ってしまった。

 やばっ。慌てて通り過ぎて行こうとしたものの、いきなりガッチリと手を掴まれてしまう。


「…なぁアンタ、座席どこなん?良かったらウチのこの席と変わってくれへん?」


 うわ、ど直球だな。初対面でいきなりそれは、さすがに引くぞ。

 あっけにとられた俺が返事もせずにいると、この状況を見兼ねたのか…上級生があわてて声をかけてきた。


「こらこらキミ、他の人を困らせちゃいけないよ」

「そんなんちゃうねん!ウチはただ、この子が後ろの方に行きたそうにしてたから声をかけただけやねん!ほら、後ろから三番目の席やで?」


 ナスリーンのめちゃくちゃな話に、温厚そうな上級生も少し顔を歪める。

 それにしても…俺ってそんなに後ろに行きたそうな顔してたかな?


 まぁいい。後ろから三番目の席か。なかなか良いじゃないか。それにこの席は…

 どーら。その行動力と洞察力に免じて、ここはこいつの要求を受け入れてやるかね。


「ほらほらキミ、そんなこと言って困らせないで…」

「いや、変わっても良いよ?」


 俺があっさりと了解したので、ナスリーンと上級生はキョトンとした表情を浮かべた。


「え?いや、でもキミ、無理しなくても…」

「ホンマに!?ホンマに変わってくれるん!?めっちゃ嬉しいわぁ、ありがとなぁ!」


 とたんに機嫌を良くしたナスリーンが、嬉しそうに俺の手を握ってきた。なんというか、無邪気な笑顔だな。あまりの調子の良さに、思わず苦笑してしまう。


「この恩はぜったい忘れへんからね!ウチはナスリーン、アンタは?」

「私はアキ。よろしくね」

「アキかぁ、バッチリ覚えたでぇ!これからもよろしくなぁ!」


 ナスリーンは輝くような笑みと笑い声を残して、本来であれば俺が座る予定だった席に嬉しそうに向かっていった。

 ああナスリーン、俺も忘れないよ。これは…貸し1だからな?



「…あなた、本当に良かったの?」


 気遣わしげに声をかけてくる、青いリボンの上級生に俺は頷き返す。上級生は少し困ったような、それでいて同情するかのような視線を俺に向けると、ひとつため息をついてそのまま立ち去っていった。



 実は俺は、内心ガッツポーズをしていた。

 なぜなら…この交換劇は、日本人的な遠慮から応じたわけではなく、ウイン=ウインの関係だったからだ。

 その理由は、一番前から離れられたというだけではない。

 まず…周りから寄せられる、俺に対する同情的な視線。これだけでも今後の学園生活が過ごしやすくなるだろう。

 さらに…ナスリーンに貸しを作ることに成功した。あいつがなんと言おうと…こいつは貸しだ、絶対に返してもらう。

 そしてなにより、ナスリーンが本来座るべきだった場所が重要だった。なぜなら、その席の横に座っていたのは…


「…なんだか大変でしたね、アキ」

「ははっ、でもおかげでエリスの隣に座れたよ?」


 俺は、少し困ったような表情を浮かべるエリスに対して、和かに笑みを返したのだった。


 そう。そこにはエリスが座っていたのだ。











 そんな感じでドタバタして始まった入学式だったけど、始まってみたら順調に進んでいった。


 ただのエロジジイだと思っていたロスじいさん…ロジスティコス学園長が、学長帽に立派な紅いローブを身につけて壇上に上がってきたときには、思わず吹き出しそうになってしまった。


 だってさ、「やっぱりおなごは胸じゃろう」とかって俺に対して熱く語っていたオッパイ星人から、「ワシがこのユニヴァース魔法学園の学園長であるロジスティコスじゃ」とかって威厳もタップリに言われても…ねぇ?



 そのあと、何人かの講師だか先輩だかが、この学校の歴史やら文化やら色々ありがたい話が続いていき、その中で俺は何度か意識を失い、エリスにクスクス笑われたり…



 そして、いよいよ新入生代表の答辞の時間がやってきた。





『…続きまして、新入生代表による答辞。新入生代表、壇上へお上りください』


 アナウンスに導かれるように、1組の男女が後方にあるVIP席から立ち上がった。ブリガディア王国のレドリック王太子と、我らがヒロイン、スターリィだ。

 レドリック王太子が先導する形で、ゆっくりと前の舞台へと歩み寄っていく。


 さすがに舞台慣れしているのか、レドリック王太子のほうはなかなか堂々としたものだった。大人しそうな顔つきをしているのに、こうやっと見るとなんとなくカッコよく見えるから不思議だ。


 一方のスターリィのほうは…なんだか目を釣り上げて前方をジッと見つめていた。


 あちゃー。スターリィのやつ、やっぱり緊張してるな。なんだかトレードマークのポニーテールも、心なしか元気なく萎れているように感じてしまう。


 がんばれ、スターリィ!届くことのない想いを、眼だけに力を込めて心の中でそう念じた。それが通じたのか、スターリィと眼が合って…少しだけ表情が和らぐ。

 よしよし、そのほうが可愛いぞ。がんばれ!

 めいっぱい力を込めてウインクすると、ほんの少しだけ、スターリィが頷いたように見えた。




『新入生代表、レドリック=エクスカイザー=フォン=ブリガディス。並びにスターリィ=スターシーカー。お願いします』


 壇上に上がった二人は、それぞれが与えられたマイクのようなものの前に立った。

 ようやく吹っ切れたのか、スターリィは堂々としたものだった。さすがだな。冷静さを取り戻した彼女は、なんだか舞台女優のように見えた。



 決してずば抜けた美男美女というわけではない。それでもなんとなく絵になる二人が並び立ったあと、最初は…レドリック王太子のほうが口を開いた。



『私たちは、歴史と栄誉あるこの学園に、本日をもって入学することを許されました。それはひとえに、本日この場にご来場頂いている来賓の皆様や、学園の皆様のご尽力があってのことです。

 私たちは、その栄誉に恥じるような事態になることが無いよう、全身全霊を以って学業に励むことを…ここに宣誓いたします』


 伸びのある落ち着いた…それでいてよく響く声で、レドリック王太子が当たり障りの無い内容を宣誓する。

 さすが王太子だな、貫禄が違うや。



 続けてスターリィが口を開いた。


『私たちは、異なる文化や立場…それに目的を持ってこの学園にやってきました。しかし、一度学園の同窓となったからには、それらの背景に惑わされることなく、共に学び成長していく学友として、お互い尊重しあい高め合っていくことをここに宣誓いたします』



 宣言を終えたスターリィが、ゆっくりと右手を上に挙げた。その指には…彼女の『天使の器オーブ』である【フレイヤの指輪】が光り輝いていた。

 同様に、横に立っていたレドリック王太子も、腰に差していた剣を抜き天に捧げる。

 どうしたんだ?何事だ?そんな感じで周りがザワザワとざわつき出したとき、二人が同時に…光に包まれた。その背に白く光り輝く【天使の翼】が具現化していく。


 そして、壇上に…二人の天使が出現した。


 まじかよ、こいつら…新入生たちの前で【魔力覚醒】した姿を公開しやがった!


 俺は二人の意表を突いた演出に、驚きを隠せなかった。

 神々しく魔力の光を全身から滲ませながら、魔力の残滓である白い羽根を会場に撒き散らすその姿は、まるで絵物語の中の一場面のよう。

 チラッと横のエリスを見てみると、二人の演出に吸い込まれるような視線を向けていた。そりゃこんなことやられたら、見入っちゃうよなぁ。


 圧倒的な存在感で壇上に君臨した二人は、続けてこう宣誓した。


『【天使】として覚醒した私たちですが、それでも皆さんとは同窓生です。共に学び、遊び、笑い、苦しみ、支えあいましょう!』



「いいでぇー!最高やぁ!ブラボー!」


 相変わらず空気の読めないナスリーンが、大声を上げながら立ち上がって拍手をした。それにつられるように…他の新入生たちも立ち上がり、やがて会場はスタンディングオベーションに包まれていった。




「なかなか凄い宣誓でしたね?すごいなぁ、立派だなぁ」


 少し興奮した感じのエリスが、横で拍手しながら俺に話しかけてきた。頷き返しながら、見事な演出を行った二人のことを考える。


 たぶん、二人で相談してこの演出を決めたんだろう。


 今回の新入生は、本当に玉石混交だ。それは、魔法の素質にしろ、地位的なものにせよ、だ。特に地位的なものは大きい。王族の…しかも天使であるレドリック王太子と、平民である普通の生徒だったらなかなか気軽に話しかけられないだろう。

 そんな空気を払拭するための、この演出だ。たぶんレドリック王太子のほうが持ちかけてきたんだろう。大した玉だな。



 こりゃ、なかなか面白い学園生活になりそうだな。

 横で…まるで授業参観に来た父兄のように喜んで拍手しているエリスを見ながら、俺はそんなことを考えたのだった。




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