42.同級生たち
「あ、私のことはアキって呼び捨てで良いよ?これから3年間一緒に学ぶわけだしさ」
「そうですね、アキさん…あっ」
思わずさん付けで呼んでしまい、ペロリと舌を出すエリス。んー、可愛らしい。なんというか新鮮な反応だ。
うちの子はガンガン行くタイプだから、こういう女の子らしい子って、なんか良いよね。
これは是が非でも仲良くならねば…いや、下心とか無しで。
「それにしても、大分集まってきましたね」
若干ぎこちないながらも、気軽な感じで話しかけてくるエリス。この反応がまたゾクゾクする…というのは置いておいて、彼女の言う通り、気がついたら周りには同じ制服を着た女の子たちが大分集まっていた。
「本当だ。そろそろ時間かな?」
ちょうどそのとき、中央に立っていたローブのようなものを着た女性が、手に持っていた拡声器のような形をした魔道具を持ち上げ、口元に当てた。
『はーい、新入生のみなさんはだいたい揃いましたかー?私はユニヴァース魔法学園の講師、クラリティです。すいませんが、ちょっとこちらに集まってもらえますか?』
「あっ…呼出しみたいですね。行ってみましょうか」
「そだね」
さりげなくイニシアチブを発揮してくれたエリスに促される形で、俺たちは拡声器で女生徒を集め回っているクラリティという名前の講師の方へと近寄っていった。
俺たちの先導役…になるであろう講師クラリティは、桃色のワンピースの上に複雑な文様のようなものが入ったローブを着た、二十代後半くらいに見える女性だった。薄い茶色の髪をショートカットにし、少し面長な顔には柔和な笑みが浮かべた、感じの良い人だ。
ある程度新入生たちが集まってきたのを確認すると、クラリティさんは拡声器を降ろして俺たちの人数を数え始める。
「38…39…40。っと、揃ったみたいね。それじゃあみなさん、お待たせしました。これから私がみなさんをユニヴァース魔法学園までお連れして…」
「ちょっと待ったぁ!!」
そのとき。クラリティさんの説明を遮って、何者かが大声を上げた。
ったく、誰だよ?声のした方を見てみると、そこには…俺たちと同じ制服に身を包んだ、薄いピンクの髪を肩口で切り揃えた少女が立っていた。
お目目ぱっちりの派手めな化粧、ギリギリまで持ち上げたミニスカートに浅黒な肌。なんというか、目立つことこの上ない。なんだ?このギャル丸出しの子は。
他の新入生たちの訝しむ視線を一身に受けながら、動じた様子もなく、少女は目を鬼のように釣り上げ、ずずいとクラリティさんのほうに詰め寄っていった。そんな少女に、少し困ったような表情を浮かべるクラリティさん。
「あなたは…確かナスリーンね。ナスリーン=ピーリーだったかしら?」
「そうや!ウチは…『西の麒麟児』とまで呼ばれたナスリーン=ピーリーやで!そんなウチが、なんでこんな場所に集合させられてんねん!」
ほほぅ、この子が『西の麒麟児』って呼ばれてた子なのか。ナスリーンねぇ…そういえばスターリィからそんな名前を聞いたような気がする。もっとも、今の今まで綺麗さっぱり忘れてたけど。
それにしても…実に派手な子だ。ピンクの髪に派手なメイクにミニスカートとか、『麒麟児』って言うよりも『コギャル』って感じだな。
少なくとも、俺の持ってる麒麟児って呼び名のイメージとはかけ離れていた。
目を釣り上げて息巻いているギャル娘ナスリーン。そんな彼女に対しても、クラリティさんは特に態度を変えることはなかった。表情ものままに、淡々と返事を返す。
「なぜって…正門への集合をお願いしたのは、ブリガディア王国のレドリック王子と、スターリィ=スターシーカー、それにハインツ公国のカレン王子にミア姫の四人だけですよ?」
「だーかーら、そこになんでウチが入ってないねん!ウチかて『天使』に目覚めた『魔力覚醒者』なんやで!」
そういうが早いか、ナスリーンは腰に差していたステッキを手に取ると、空高く掲げた。すると…虹色に輝く魔力の粒子が集まり出し、ナスリーンの背に天使の翼が具現化した。
おおっ、と騒めく他の新入生たち。対してドヤ顔で天使の翼をはためかせるナスリーン。
なるほど、話が読めてきたぞ。どうやらこのナスリーンって子は、自分が『特別扱い』されないことに苛立っているのだ。
自分はすでに天使に目覚めている。選ばれた人間だ。だから自分も特別扱いされるべきではないか…そう言いたいのだろう。
ちょっと変わった子だなぁ。そう思って横のエリスの顔色を伺ってみたら、太めの眉を寄せて少し困ったような表情を浮かべていた。
そりゃそうだよな、こんな変わった子が同級生に居たら困っちゃうよな。
ナスリーンの姿に驚かされたからか、他の生徒たちも少しざわつき始めた。内容は、どうやらナスリーンに関することのようだ。「あの子が噂の『西の麒麟児』なのね…」「あれが“天使の翼“…綺麗…」「突然変異的に大きな魔力を持って産まれたって聞いてるわ…」「なんでも14歳で天使に目覚めたとか…」などなど。
これだけ知られてるってことは、やっぱりこの子もそれなりの有名人なんだな。その事実を改めて知らされた。ぶっちゃけ気にしてなかったよ、ゴメンね。
ふと気になることがあったので、隣のエリスに尋ねてみた。
「ねぇエリス、14歳で天使になるのって、すごいことなのかい?」
「え?えーっと…す、すごいことなんじゃないかと思います」
ん?なんか返事の歯切れが悪いな。
少し困ったように太い眉毛を寄せるエリス。なんでこんな反応するんだろう?
ただ、歯切れの悪かったのは最初だけで、すぐに気を取り直したのか、色々と俺の知らないことを教えてくれた。
「例えば…ブリガディア王国のレドリック王太子とか、『英雄の娘』スターリィさんみたいに、ご両親が七大守護天使であるとかのような例を除いて、普通の人が10代で天使に目覚めることは極めてまれだと聞いたことがあります」
「なるほどねぇ…でもさ、自分の運命の『天使の器』と出会えれば、年齢は関係なく天使に目覚めることができるんだよね?」
「ええ、ただ…この『オーブに出会う』というのが曲者なんです。
『天使の器』はとっても希少で価格が高いので、普通の人はそもそも『オーブ』に出会うことができません。その上、選ばれるかどうかは博打みたいなものなので、一回で出会う人もいれば、何十ものオーブを触っても目覚めない人もいます。実際、数をこなすのが一番有効だと言われているくらいです。
ですから…おのずと運命のオーブに出会うのに時間がかかってしまうので、天使には壮年以上の人が多いみたいですよ」
へぇー、だから『年の若い天使は珍しい』のか。
逆に言えば、早くに運命のオーブを見つけて天使に目覚めたナスリーンなんかは『ラッキー』だったってことなのかな?
そう口に出して言ってみると、エリスはまたもや困ったような笑みを浮かべてしまった。すぐに頷かないあたり、エリスの人の良さが垣間見えるんだけど…どうやら彼女も同じように考えていたのだろう。
そうこうしている間も、ギャル娘…もとい『西の麒麟児』ナスリーンと、講師クラリティさんのやりとりは続いていた。
「ウチかて天使に目覚めた存在やねん、だったらあの王子やら姫と一緒でもええやん!」
その一言に、クラリティさんがピクッと反応した。どうやらナスリーンの言い方が引っかかったらしい。
「あなたは…もしかして、ハインツの王子や姫のそばに居たかったのですか?」
「ぎくっ!?」
おいおい、自分で「ぎくっ」とか言ってどうすんだよ。語るに落ちてるじゃないか。
「ちゃ、ちゃうねん!そうやないねん!ウチはただ、若くして天使として目覚めたもの同士、仲良くなりたくて…」
なんだよこの子。変な子だなぁと思ってたけど…『ハインツの双子』を近くで見たかっただけかよ。ただのミーハーじゃんか。
呆れて失笑してしまう。気付くと横のエリスもクスクス笑っていた。
「はいはい、そういうのは入学してからいくらでもできますからね」
「そうやない、そうやないのに…」
「それにね、ナスリーン。この学園では天使は決して稀有な存在ではないのよ。現に…」
そう言いながら、クラリティさんが首から下がっているネックレスを握りしめた。
すると…先ほどと同じように虹色の魔力の粒子が集まり、クラリティさんの背中に”天使の翼”を具現化させた。
なんと、クラリティさんも天使だったのだ。他の生徒たちも驚きのあまり騒めいている。
どうやらそれは、ナスリーンも同じのようであった。クラリティの背中にある天使の翼を、アゴが外れたかのように口をあんぐりとあけたまま、驚愕の表情で見つめていた。
「…この学園にはね、私を含めて27人の天使が居るのよ。そんなのをいちいち特別扱いしてたら間が持たないわ」
「そ、そんな…」
「分かってもらったかしら?さ、それじゃあみなさん。行きましょうか」
呆然としてしまったナスリーンの肩を慰めるようにポンポンと叩くと、クラリティさんは彼女を引っ張るようにして…学園の方向に向かって歩き出した。
この二人を先導役として、俺たちは『ユニヴァース魔法学園』に向かって出発したのだった。
学園に向かう道中、俺はエリスと色々な話をした。これは下心とかそういうのじゃなくて…世間の情報を仕入れようとしてのことだぜ?
その会話の中で、色々と面白い話を聞くことができた。なんでも彼女は、少し前まで『魔法屋』で働いていたのだそうだ。
「『魔法屋』?魔法屋って…魔術書でも売ってるお店のこと?」
「ふふっ、そういうものも売ってる店もあるそうですけど…ほとんどの魔法屋は、冷蔵庫みたいな魔道具とか、清涼飲料水みたいな魔法薬を売ってるお店のことを指します。私はそこで少しの間だけアルバイトをしてたんです」
聞けば、魔道具とは、冷蔵庫や…さっきクラリティさんが使ってた『拡声器』みたいに、魔力で動く道具のことだ。他にもライターとかカメラとか…なんだよそりゃ。電化製品そのものじゃないか。
「へー、もしかしてそこでエリスは魔道具とか作ってたの?」
「まさか!私がやってたのは、お店の掃除とか、カウンター業務とかでしたよ。…とはいっても、私おっちょこちょいだから、失敗ばかりしてたんですけどね。それでも、私にとっては本当に貴重な経験でした」
「そうだよねぇ。働くって貴重な体験だよね。いいなぁ…魔法屋。なんかそういうところで働くのって憧れるなぁ」
俺だって、元の世界にいたときは飲食店とかでアルバイトくらいはしてた。だけどさ、魔法屋とか…響きが良くないかい?ロマンを感じるというか、なんというか。
「そうなんですか…それじゃあアキは、これまでどこかの学校に通ってたんですか?」
「ううん、ずっと森の中に居たよ。師匠がいて色々と教えてもらってたけど、学校には通ってなかったかなぁ。あ、でも冒険者の真似事みたいなことはしてたよ」
「冒険者!すごいですね。私の地元の親友が冒険者に憧れてたんですけど、食べていくのが難しいからって、諦めたんですよねぇ…」
へー、そうなんだ。
まぁ冒険者なんて確かに日雇労働者みたいなもんだから、それは正解だと思うな。うちらはスターリィの名声があったから、なんとかなったんだろうけど、普通の人が喰っていくには厳しい商売だと思う。
そういえば、俺たちのチームはそれなりに知れ渡ったりしてたんだろうか。ふと気になってエリスに聞いてみた。
「一応、『星覇の羅針盤』とかって名前で活動してたんだけど…知らないよね?」
「すいません、私、そういうのに疎くって…」
「あ、そうだよね。いやいや、気にしなくて良いよ」
あちゃー、やっぱり知らなかったか。残念、そこまで知名度は無かったみたいだ。まぁうちらの場合、スターリィが有名人なだけで…現実なんてこんなもんだと思う。ボウイが知ったらガッカリするかな。
そうこうしているうちに、女の子だけの新入生一行は、街の奥にある『ユニヴァース魔法学園』に到着した。
大きな門から中に入ると、そこそこの広さのグランドのような広場になっており、そこには既に同級生となるべき男子生徒たちも集合していた。
へー、結構な人数居るんだな。女子の倍以上いるように見える。
あっ…あそこにいるのはカノープスとボウイだ。
ボウイのやつは、既に何人かの同級生と談笑していた。あいつほんっとに順応能力高いな。
そんなボウイの横で、他人のふりしてボーッと突っ立っていたカノープスが、俺に気付いて手を振ってきやがった。面倒くさいので当然無視した。
「アキは…他に知り合いの方が学園に居るんですか?」
「え?あ、うん。何人か居るよ。さっき話したなんちゃって冒険者チームのメンバーだったやつとかね」
「そうなんですか。私も友達とか知り合いが何人か居るんですよね」
ほほぅ、エリスの知り合いもここに居るんだ。確かにこの子、人当たりが良いから人気ありそうだしな。
「お互い…仲良くなれると良いですね」
「そ、そうだね」
スターリィやカノープス、ボウイといった、曲者ぞろいの俺の知人たちが、果たして他の人たちと上手くやっていけるのだろうか…
まぁスターリィとボウイは大丈夫だろうけど、カノープスはなぁ…。思わず遠い目をしてしまう。
そんなことを考えながら渋い顔を浮かべていると、なぜかエリスの方も同じような表情を浮かべていた。あっちにはあっちで問題人物でも居るんだろうか。
これから色々と苦労するんだろうなぁ。エリスは苦労症っぽいとこもあるから、お互い大変かもしれないな。妙なところでエリスにシンパシーを感じてしまった。
やがて、門のあたりがざわざわとざわつき始めた。街の方からは時折大歓声が上がったりしている。
…どうやら、いよいよ『本命』の生徒たちの登校が始まったみたいだ。それにしてもすごい歓声だな。
たかだか初登校でこれだけ大騒ぎになるんだから、『ハインツの双子』ってのも大したもんだと思う。
気づけば、門の周りにはたくさんの一般人たちと、カメラ?を持ったカメラマンらしき人たちで溢れかえっていた。
なんだこいつら?わざわざ写真撮るために待ち構えてるとか、どんだけファンなんだよ。
「う、ウチが一番前で警備するんやで!邪魔せんといてやぁ!」
ああ、ここにも居たよ、熱烈なファンが。ガングロギャル…もとい『西の麒麟児』ナスリーンが、警備とかって名目で一番前に出ようとしている。…やっぱこいつアホだろ。
徐々に歓声が近づいてくるのがわかる。すると、それまでざわめいていたミーハーたちが急に大人しくなっていった。
そして、ついに…たくさんの観衆が待ちわびていた、VIPたちの初登校が始まった。
わっと入口の門の辺りが湧き立って、最初に視界に飛び込んできたのは、先導役を務める馬車だった。
全体が黒塗りなのに、車輪と窓枠の部分のみが赤くなっていて、少し派手な印象すら与えるデザイン。壁面には金色の紋様が彫られていた。あれは…家紋とかかな?
「あの紋様は…ブリガディア王家のものです。どうやら最初に登校するのはレドリック王太子みたいですね」
意外も物知りなエリスの説明のおかげで、図らずもブリガディア王家の家紋を知ることができてしまった。んまぁ、明日には忘れてそうだけどさ。
続けてやってきた馬車は、同じ黒塗りながら…屋根の付いてないオープンタイプのものたった。その後部座席に座って、観衆たちに手を振る人物が二人。
一人は…エリスと良く似た紅茶色の髪の、優しそうな顔をした少年だった。もう一人…その横にいるのは、少し長い金髪を指ですくい上げる仕草を見せる、整った顔立ちの少年。
「あの、ちょっと仕草がキモい金髪のイケメンが、レドリック王太子かな?」
「…あははっ、違いますよ。金髪の彼は、ブリガディア王国の上級貴族で王太子の幼馴染のブライアントさんです。王太子は…その横の人ですよ」
へー。王太子って言うくらいだから、てっきり金髪イケメンの方かと思ったよ。まさか予想を裏切って普通の顔の方とはなぁ。態度がキモくなくて優しそうなのは救いだけどさ。
「へー、なんか優しそうな感じだね。そういえば王太子の髪の色、エリスに似てるね?」
「そ、そうですかね?そんなに珍しい髪の毛の色じゃないですから…」
紅茶色の髪って、結構多いのかな?光に反射するとすごく綺麗に見えるから、ちょっと羨ましいんだけど。
そうこうしているうちに、レドリック王太子一行の馬車は通り過ぎていってしまった。
続けて何台かのブリガディア王家の馬車が通り過ぎていったんだけど、こちらには入学式に参列する関係者が乗っているそうで、とくに観衆たちへのお披露目は無かった。
「もしかして、ブリガディア国王とかが乗ってるのかな?」
「まさか!いくら自分の子供の入学式とはいえ、さすがに一国の王がおいそれと来ないと思いますよ」
そりゃそうだよな。ブリガディア国王っていえば、七大守護天使の一人だっけ。さすがに来ないか。
そんなことを話しているうちに、次のVIPの登校となった。さっきとは違う歓声が、学園の門付近で巻き起こる。それは…驚愕と歓喜の歓声だった。
今度はやってきたのは、1台だけの馬車。しかもその辺で走っているような普通の荷馬車だ。
だけど、それを見て笑ったりするような人は誰一人として居なかった。なぜなら、そこに乗っていたのは…世界を救った伝説的な英雄たちだったからだ。
馬車を御しているのは、七大守護天使である『聖道』パラデイン。その横に座っている年齢不詳の女性は『聖女』クリステラ。
その後ろで…少し緊張した面持ちで観衆たちに手を振っているのが、我らがリーダー、『戦乙女』スターリィだ。
「へー、パラデインさんとクリステラさんと一緒の馬車で来るんだ…」
「え?あの方々が『聖道』パラデイン様に『聖女』クリステラ様なんですか?伝説の英雄ですよね…私、初めて見ました」
デインさんとクリスさんを見るエリスの目が、憧れの存在を見て一気に歓喜の色に変わっていく。感動しているのだろうか、やっぱり二人はすごい存在なんだと改めて思い知らされた。
「そうそう。んで、その後ろにいるのがスターリィだね。随分緊張してるみたいだけど…」
「あ、あの方がそうなんですか。すごく綺麗な方ですね」
緊張のあまりカッチンコッチンになっているスターリィを見て、思わず笑ってしまった。
だってさ、目が吊り上ってまるで周りにガン飛ばしているみたいなんだぜ?さすがにありゃ無いわ。
その様子を、どうやらスターリィに見られてしまったらしい。馬車の上から鬼のような形相で睨みつけられてしまった。おー怖っ。
「…なんだかスターリィさん、こちらを睨んでませんかね?」
「ん?気のせいじゃないかな?」
エリスの質問も、適当に誤魔化した。だって、ねぇ。さすがに急に『英雄の娘』スターリィと知り合いだって言ったらビックリされちゃうかもしれないからさ。
超有名人オーラを放ちながら登校したスターリィたち。
その興奮も冷めやらない中、いよいよ…最後のVIPの登校となった。既に街の方では、奇声に近い熱狂的な歓声が上がっている。
その悲喜こもごも渦巻く歓声が、徐々に近づいてきて…ついに校門に最後の馬車が姿を現した。
そして俺は、馬車の上に立つ人物を見た瞬間。完全に言葉を失ってしまった。
銀色の光が、俺の目に最初に飛び込んできた。その正体は、太陽の光が白銀色の髪に反射した輝き。まるで宝石が溶けて光に変化したかのよう。
一瞬の銀光に目を奪われたあと、続けて輝きの中に浮かび上がってきたのは、”二人の人物”の姿。
そこに在るのは、神様が作り上げた完全無欠な『芸術作品』…凄まじいまでの美少年と美少女だったんだ。
…水晶のように煌めく大きな瞳に、長いまつげ。真っ直ぐに伸びる整った鼻と、薔薇のように赤く潤いを秘めた唇。スラッとして均整の取れた体に、透き通るような白い肌。自分たちと同じ人種とは思えないほどの美の化身が、そこに存在していた。
何より恐ろしいのは、この神がかり的に綺麗な存在が…二人であったことだ。彼らは…本当に顔立ちが良く似た、そっくりの双子だった。
ごくり。思わずつばを飲み込んでしまう。
こいつらがスターリィが言ってた、『ハインツの至宝』とまで呼ばれるハインツ王国の双子…”カレン王子”と”ミア姫”か。
すげぇな…正直写真集で見たよりも、はるかに美男美女に見えるぜ。普通こういうのって、写真映りは良くても実物はイマイチだったりすることが多いんだけど…こいつらの場合は完全に例外だった。
こんなとんでもない美少年と美少女が、この世に存在してたのかよ。凄すぎて言葉も出ない。
元・男として、あるいは一人の女の子として、この圧倒的な存在に、俺は完全に目を奪われてしまった。思わず感嘆のつぶやきをエリスに投げかける。
「いやぁ、これが…噂に名高い『ハインツの太陽と月』かぁ。こりゃまたすごい美少年と美少女だな。エリスもそう思わない?」
「ほぇ?あ、はい、そうですね」
ん?なんか微妙な反応だな。他の生徒もだいたい俺と同じように見惚れてるって感じなのに、エリスは…なんとなくいつもと変わらないような様子だった。
なんだろうか、あんまり美男美女には興味ないのかな?あるいは、この程度の美男美女には見慣れてるとか…そりゃないか。
そのまま『ハインツの至宝』を乗せた馬車が、俺たちの前を通り過ぎていこうとした、そのとき。ひとつの奇跡が起こった。
なんと『ハインツの月姫』ことミア姫が、こちらのほうに視線を向けると、小さく手を振りながらニッコリと微笑みかけてきたのだ!
その笑顔は、まさに可憐。その場に花が咲いたかのよう。ゾクッ。背筋に走る電撃のような衝撃。それくらい…魅力的な笑顔だった。
おいおい、こりゃどういうことだ?
そう思ってエリスのほうを見ると…彼女は少し恥ずかしそうに微笑みながら、控えめに手を降っていた。
その姿は、普通にアイドルに憧れる少女を連想させる。
なーんだ、エリスもやっぱりミーハーだったんだな。
そんな彼女の姿を見ながら、俺はなぜか心の中で安堵したのだった。




