41.ユニヴァース魔法学園
…大変お待たせしました!
ここから第3部 魔法学園編です。
スクワール王国の北側に位置する場所に、まるで平地にいきなり出現したかのような山がある。
一年中深い霧が発生し、視界は常に不良。厚い雲に覆われ、全貌を完全に見渡せることは年に一度あるか無いかだ。
その山の名は…霊山ウララヌス。
常に薄い雲や霧で覆われている霊山ウララヌスは、近隣の人々からは『神の宿る山』と呼ばれていた。
この山がそのような名前で呼ばれている理由は、白い靄を身に纏う神々しい姿や平地に突然湧き出たかのような存在感、山にまつわる様々な言い伝えからだけではなく、まったく別の…現実的な理由も存在していた。
現実的な理由…それは、なぜかこの山に不用意に進入した人々は、ほぼ必ず迷ってしまうというものだった。
どんなに事前に準備をしていようと、どんなに方向性に優れた者がいても、必ず迷った。迷った挙句、命からがら森から放り出されるように脱出できるという有様だった。
ゆえに、街の人々は畏敬の意を込めて、この山を『不可侵の山』『神の宿る山』と呼んだ。
しかし、世の中には例外というものもあるもので…この山のことをまったく別の視点で見ているものたちも居た。
彼らは霊山ウララヌスを『覇王の器の眠る場所』『永遠の研究材料』と呼んでいた。
そのような名前で呼んでいるものたちは…霊山ウララヌスのすぐそば、山の登山口近くに存在していた。
一面が銀世界に覆われる雪の季節を終え、ここスクワール王国の地方都市リクシールにも、ようやく冬の終わり感じられるようになった。
リクシールの街の背後にそびえ立つ霊山ウララヌスから吹き降ろされる風は、日を追うごとに暖かくなっていく。この街の人々は、そうして毎年春の訪れを知るのであった。
神秘的なウララヌス山の麓にあるリクシールの街。辺鄙な場所にあるにもかかわらず、世界的にとても名の知れた有名な街であった。
その理由ゆえに、この街が『リクシール』という名前で呼ばれることはほとんど無い。
多くの人々は、この街のことをこう呼んでいた。
----『学園都市』と。
その呼び名が示す通り、リクシールの街には巨大な敷地を持った学園が存在していた。いや正確には、この学園を中心にして発展したのがリクシールの街だと言っても過言ではなかった。
霊山ウララヌスの麓にあり、この山を研究材料として発展していったこの学園こそ……魔法使いたちの憧れの学園『ユニヴァース魔法学園』だった。
ユニヴァース魔法学園は、霊山ウララヌスの登山口を塞ぐ形で存在していた。まるで小さな城のような建造物…【本校舎】を中心として、複数の建造物や施設が乱立している。
その由来は、遥か以前に遡る。
有史以前の時代より、霊山ウララヌスはその存在が知れ渡っていた。というより、神話の舞台の一つが霊山ウララヌスであった。
かつて世界を滅ぼそうとした闇の神が、光の神と激しい戦闘を行った末、最終的に滅ぼされた。神々の最終決戦の地がスクワール王国の地であると言われており、闇の神の亡骸が霊山ウララヌスになったと言われていた。
そのため、この山では数々の不思議な現象が発生していた。
人間を迷子にさせる森。生息する不思議な魔獣。時折湧き出る魔力の噴水。年に一度程度、霧が晴れた時にだけ姿を現わす遺跡群…
これら霊山ウララヌスの不思議を解決しようと立ち上がったのが、ユニヴァース魔法学園の初代学園長であるネルフィオ=ユニヴァースである。
彼は一族や仲間とともに霊山ウララヌスの麓に研究施設を作り、摩訶不思議な現象の研究を始めた。やがてそれは、彼らユニヴァース一族の悲願となり、この地に深く根付くこととなる。
ユニヴァース一族の研究施設に端を発したこの地は、やがて魔法の発展を志すものたちの集まる場所となった。数多くの素質のある魔法使いたちがこの地に集まり、魔法を発展させていく。
施設は村となり、街となり…この地はリクシールという名の街へと進化を遂げた。
そして、初代ユニヴァース一族がこの地に降り立ってから250年が過ぎたこの年…
歴史は、大きな転換期を迎えることとなる。
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「…それじゃあアキ、またあとでね!」
「ああ、スターリィもしっかりがんばれよ」
少し緊張した面持ちのスターリィを送り出したあと、俺は大きく伸びをした。
スターリィは一足先に宿を出発した。いつも一緒にチームを組んでいたカノープスとボウイも、既にこの場には居ない。なんだか久しぶりに一人になったような気がして、つい気が抜けてしまった。
今日はいよいよ『ユニヴァース魔法学園』の入学式。ギリギリ前日に現地入りした俺たちは、一晩宿に泊まったあと、今日の日を迎えていた。
なぜ俺たち四人がバラバラに宿を出たのかというと、それには理由がある。なんでもスターリィは『新入生代表』として答辞を述べる予定だったこともあり、俺よりも集合時間が早かったのだ。ただ、なぜかスターリィの集合場所は…学園とは正反対に当たる、ここリクシールの街の南側にある正門近くの施設だった。
なんでまた、わざわざ学園から離れた場所に集合させるのか。不思議に思って理由をスターリィに聞いてみたところ、「その理由は、あとですぐに分かりますわ」ってな感じではぐらかされてしまった。
なんだよ、知ってるなら理由くらい教えてくれても良いのにさ。
一方、カノープスとボウイの男連中も既にこの場には居なかった。なんでも入学式の集合場所が男女で異なっていて、男どもは今いる宿からかなり離れた東門近くの広場に集合する手はずとなっていたから、早くに宿を出る必要があったのだ。
もちろん、あいつらの見送りなんかはしていない。どうせあとで会えるし、なりより…女の子には準備の時間がたっぷりと必要なんだよ!
朝早く起きたスターリィによって、いつもより念入りに編み上げた三つ編みを指で軽くつまむと、全身鏡の前に立って自分の姿を最終確認した。
伊達メガネにユニヴァース魔法学園の制服…ブレザーに膝丈上のプリーツスカート。
これが…この地での俺の新しい【戦闘服】だ。
額にかかる前髪をそっと分けると、そこには…イミテーションの宝石のような赤い石がはめ込まれた『額飾り』。未だに取り外す方法も分からなければ、正統な所有者も見つかっていない【グィネヴィアの額飾り】と呼ばれる『覇王の器』。
こいつの正統な持ち主も、もしかしたら学園で見つかったりするかな?ゾルバルの最期の願いでもある、こいつにもちゃんと行くべき道を示してあげたい。それは一つの…俺の目的。
さぁ、3年間頑張ってやろうじゃないか!
すでに見慣れた鏡の中の少女に向かって軽くウインクを飛ばすと、スカートを翻して宿を出発した。
なんだこりゃ。
…目の前の光景に呆気に取られながら、俺は心の中でそう呟いた。
勢い良く出発したものの、いきなり出鼻をくじかれた。俺の目に飛び込んできたのは、道に溢れんばかりの人・人・人。街はパニックになりそうなくらい大混雑していた。麗らかな春の日差しと吹き付ける暖かな風を浴びながら、まるでお祭りの時のように湧き立つ街の人々の姿。
ここリクシールの街は、これまで無いほどに人で溢れていた。例年この時期は『ユニヴァース魔法学園』の入学予定の生徒や保護者たちで大いに賑わうとは聞いていた。それにしても…異様なまでの人の数だ。
街じゅうに人が溢れ、魔法学園へと向かう沿道に座り込んだりして、今や遅しと…なにかを待ちわびていた。
こうまでお祭り騒ぎになってしまった理由について、幾つか心当たりはあった。だけど…まさかここまで大事になっているとは思わなかった。
念のため道行く人々の声に耳を傾けてみると…案の定、予想した通りのキーワードが聞こえてきた。
「ねぇねぇ、見ることが出来るかしら?『ハインツの太陽王子』のお姿を!」
「あたしは『月姫』のほうも楽しみだわ!滅多に人前に姿を現さないから、遠目でも観れただけで自慢できるかも?」
「なにせ…『ハインツの至宝』って言われるくらいの美少年と美少女らしいからなぁ!楽しみだぜ!」
「あぁ…私、写真集10冊も持ってるくらいファンなのよ!本当に楽しみ!」
「カレン王子にミア姫を、まさか生で見ることができるとは、夢にも思わなかったよ」
へぇ…『ハインツの至宝』ねぇ。
同時に、さっきスターリィが「あとですぐに分かる」と言ってた理由がよーく理解できた。
そう。この人だかりは、ほとんどが『ハインツの双子』を一目見ようと集まった連中なのだ。これは尋常じゃない。どこのアイドルのコンサートかよって感じだ。
もっとも、彼らの目的は『ハインツの双子』だけではなかった。
なんでも今年は魔法学園の生徒の『当たり年』と言われているのだそうだ。他にも『25年前の【黄金期】の再来』とかっていうのも聞いたな。ちなみにこの【黄金期】っていうのは、デインさんやクリスさん、ついでに…『原罪』アンクロフィクサが在籍していた年代のことなのだとか。
その理由が…認知されているだけでも5人もの天使が一気に入学することだ。これは、なんでも前代未聞の事態らしい。
ここで、若くして天使に覚醒した五人の構成について説明しよう。
まず…我らがアイドル、スターリィ。
七大守護天使パラデインとクリステラの娘であり、今をときめく冒険者チーム『明日への道程』のリーダー、レイダーの妹。その名に恥じず、15歳で天使に覚醒した天才少女だ。…本当はおっちょこちょいで可愛らしいんだけどな。
それから…大国ブリガディア王国の第一王子であるレドリック。やはり七大守護天使であるジェラード王の息子で、なんでも10歳で天使に覚醒したんだとか。
あとは…名前を忘れたけど『西の麒麟児』とか呼ばれているやつが居たな。
そして…残りの二人が、今この街の話題のほとんどを独占している『ハインツの双子』だった。
ハインツ公国のカレンフィールド王子…通称カレンと、ミリディアーナ姫…通称ミア姫。七大守護天使ヴァーミリアンを母親に持つ、『ハインツの至宝』あるいは『ハインツの太陽と月』と呼ばれる存在だ。
特筆すべきは、二人の美貌。
この前スターリィから、この双子がチャリティー目的で14歳の時に発行した写真集『ハインツの太陽と月』を見せてもらったんだけど…正直度肝を抜かれた。
白銀色の髪に、陶磁器のように透き通った肌。ぱっちりとした大きな瞳に、魅力的な厚い唇。世界中の美の奇跡を集約したかのような美貌を持つ、超弩級の…美少年と美少女だったんだ。
しかもこの二人、注目すべきは美貌だけではなく、すでに天使として覚醒していることが示す通り、魔法使いとしての素質も折り紙付きだ。
なにせ…噂によると、スターリィの兄であるレイダーがリーダーを務める冒険者チーム『明日への道程』と一緒に冒険をして、【悪魔団体の壊滅】にも一役買ったのだとか。
俺もよく知っているけど、レイダーさんたちは尋常じゃない強さだ。それを手助けするなんて、どんだけ凄いんだよって感じだ。
そんな…世界で一番有名な双子を筆頭とした、有名人たちを一目見ようと、このリクシールの街に近隣の人々が押しかけていた。
この事態を事前に察知した学園側が、苦肉の策として『一部のVIPを隔離して登校』させることにしたというのが、スターリィだけ正門に集合させられたことの真相のようだ。
まぁ…今のこの凄まじい状況を見れば、学園側が取った措置は最適なんじゃないかと思える。あれだけの野次馬…数千人規模の一般人に囲まれたら、普通の学生は大混乱だろうしな。
…しかし、凄い状況だな。まるっきりアイドルの凱旋かなにかだ。こんな状況に巻き込まれてしまったスターリィには心の底から同情するよ。もっとも、スターリィだって可愛さでは負けてないと思うんだけどなぁ。
ちょうどそのとき、VIPたちが1時間後にパレード形式で登校することが、どこからか流れてきた音声放送によって知らされた。このアナウンスを聞いて、ようやく湧き立っていた野次馬たちが落ち着きを取り戻していった。
それにしても、今どこから音声が聞こえてきたんだ?どこかにスピーカーでもあるのかな?
この世界の魔道具は、ほんっとあっちの世界と似たような道具が発展しているよなぁ…
1時間後に登校するVIPたち…主に『ハインツの双子』を待ちわびる観衆たちの間をすり抜けるようにして、俺は女子たちの集合場所となっている西側の門へとたどり着いた。
そこには、既に真新しい魔法学園の制服に身を包んだ少女たちがチラホラ見受けられた。どうやら集合場所はここで間違ってなかったみたいだ。実は小心者の俺は、他に生徒の姿が確認できたことで少しホッとした。だって、集合間違えてたら目も当てられないからね。
…それにしても、見える範囲にいる女生徒の数が思っていたより少ない。スターリィの出発に合わせて宿を出たせいで、どうやら少し早く到着してしまったようだ。
今回学園側は混乱を避けるため、VIP以外の生徒を男女別に集合させて、VIPより先に登校させるという措置を取ろうとしていた。だから、ここに居るのは『普通の生徒』ということになる。
だけど…『普通の生徒』全員が、なぜかピリピリしているように見えた。なんとなく近寄りがたい雰囲気を醸し出しているというか、なんというか…みんな緊張してるのかな?
いずれにせよ、他の人に気軽に話しかけられるような感じではなかったので、仕方なく俺は一人でふらふらとすることにした。
せっかくの新入生同士なんだから仲良くすりゃぁ良いのにな。まぁかく言う俺も、昔から一人でぽつんといることが多いタイプだったから、あんまり人のこと言えなんだけどさ。
あるいは…魔法学園には、仲良くなり難い理由があったりして?たとえば学園内で競争があるとか、ゼロサムゲームみたいな試験があるとか…
そんなことを考えながらぼーっと歩いていると。
どんっ。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
しまった。前をよく見てなかったせいで、別の歩行者にぶつかってしまった。
幸いにも相手は転んだりはしていないみたいだった。慌てて目の前の人物に頭を下げる。
「す、すいません!あんまり前を見ずに歩いてて…大丈夫ですか?」
「あっ、いえ。こちらこそすいません、私も前を見てなくて…」
頭を上げて相手を確認してみると…相手は、俺が来ているのと同じ制服に身を包んだ少女だった。
紅茶色の…肩より少し下まで伸びた髪を風になびかせながら、慌てた様子で頭を下げ、すぐに顔を上げる少女。その顔立ちは、平凡な感じでありながら、慌てた様子がなんとなく可愛らしく感じられた。
「あ…もしかして、あなたも魔法学園の新入生ですか?」
「あ、うん。そうだけど…あなたも?」
「ええ。私たち同じ黄色いリボンだから…」
黄色いリボン?
確かに俺たちの着ている制服のリボンは黄色だった。だけどこれが何の関係があるんだろうか。
「魔法学園では、学年ごとにリボンの色が違うんですよ?私たちの代が黄色で、二回生が赤、三回生が青なんです」
あー、なるほどね。そういう意味だったんだ。リボンの色はてっきりこの制服のデザインかと思ってたんだけど…そういうふうにして学年を区別してるんだな。
納得して頷く俺の様子に、紅茶色の髪の少女がクスクスと微笑んだ。
その様子が、なんというか…すごく可愛らしくて、感じの良い娘だなって思った。もちろんルックスに関しては『ハインツの至宝』には遠く及ばず、スターリィほど美人ってわけでもないんだけど…雰囲気美人って言うのかな?全身から優しさや人当たりのよさがにじみ出ていた。
それにしても、ぶつかったのがこの子で良かったよ。アクシデントがむしろきっかけになった感じで、こうやって打ち解けることも出来たし。
「そっか、全然知らなかったよ。教えてくれてありがとう」
俺がお礼を言うと、少女は少しはにかむように微笑んだ。その笑顔がすごく無邪気で、育ちのよさを感じさせた。
あぁ、できればこの子と仲良くなっておきたいな。きっと…学園生活が良いものになるはず。
そう思った俺は、気がつくと…自然と彼女に向かって自己紹介をしていたんだ。
「じゃあ…一緒に勉強することになるんだね、これからもぜひよろしくお願いしたいな。私の名前はアキ。えーっとあなたは…」
「あ、すいません。まだ名乗ってませんでしたね。私の名前は…」
そのとき。霊山ウララヌスから一陣の風が、まるで俺たちを祝福するかのように吹き付けてきて、目の前の少女の髪やスカートを舞い踊らせた。「きゃっ」と可愛らしい声を出しながら、少女は慌てて髪やスカートを押さえつけてた。その姿が、なんだか眩しくて…俺は思わず見惚れてしまう。
俺の様子に気付いた紅茶色の髪の少女は、恥ずかしそうに慌てて身なりを整えなおした。
そのとき、胸元にあるネックレスがキラリと光った。よく見るとそれは…鍵をモチーフにしたチャームだった。なかなか変わったデザインのネックレスだな。
彼女はカギのネックレスを胸元に放り込むと、改めて俺に向かって自己紹介をしてきた。
「私の名前は…エリス。エリス=カリスマティックです。これからよろしくお願いしますね、アキさん」
これが…俺とエリスとの、初めての出会いだった。