【番外編】明日への道程
ここは、どこと知れない深い森の中。そこに…不自然に少し開けた場所があった。
たくさんの木々が生い茂る中に、まるでぽっかりと穴が空いたかのような…とても不思議なその空間に、5人の人物が居た。しかも彼らは、人の立ち入りそうにない深い森の中のこの場所で、のんびりと寛いでいたのだ。
「凄いわねぇ、相変わらずウェーバーの龍魔法『森の導き』は便利だわ。森の中にこんな空間を自在に創れるなんて」
太陽の日差しを眩しそうに手で遮りながら、金髪の女性が横にいた青髪の青年に話しかける。
ウェーバーと呼ばれたその青年は、綺麗に整った美しい顔に笑顔を浮かべながら、軽く肩をすくませた。
「ふふっ。ベルベットさん、このくらいは大したことありませんよ。軽く森の木々にお願いするだけですからね」
「それが出来たら誰も苦労はしないわよ」
金髪の女性…ベルベットが呆れたように手をヒラヒラと振った。
彼女の言う通り、この世界の人間たちには『森にお願いをする』などという手法は存在していなかった。だから、彼女を含め人間としては誰一人そんな魔法など使えなかったのだ。
であれば、そんなことが可能であるこの青髪の青年は何者なのか…となる。
その問いの答えは、別の人物からもたらされた。
「おいトカゲ野郎!んなとこでベルベットの嬢ちゃんと油売ってないで、テント設営手伝えや!」
「…まったく、ガウェインさんは酷いですねぇ。【古龍】である私をトカゲ呼ばわりとは。それに私は『森と会話』して疲れてるんですよ?」
「ざけんなよ、たったいまテメェ自身が『軽く森と会話しただけだ』って言ってたぢゃねーか!」
ガウェインと呼ばれた赤髪の男性に正論を吐かれ、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるウェーバー。対するガウェインは、そのざっくばらんな口調に加え、厳つい表情や全身筋肉の鎧に覆われたかのような肉体、逆立つ赤髪の印象から、ウェーバーとは対照的にかなりの強面に見えた。
「…まさか貴方から正論を聞かされるとは夢にも思いませんでしたよ」
「あぁん?テメェオレのこと舐めてんのか?」
睨み合うガウェインとウェーバー。
そんな一触即発の状況を止めたのは、さらにまた別の人物だった。
「はいはい、分かったから二人ともちゃんとテント設営手伝えよ」
呆れた声を出しながら二人を諭したのは、背が高く均整の取れた肉体を持った青年。
まるで猫科の肉食獣のように研ぎ澄まされた肉体なのに、その声は意外にも穏やかなものだった。
「レイダー!まてよ、こいつが…」
「レイダーさん。このガサツな男が…」
ガウェインとウェーバーが揃ってレイダーと呼ばれた男の発言に反発したとき、鈴のなるような笑い声が聞こえてきた。続けて、レイダーの後ろからさらに別の黒髪の女性が姿を現す。
透き通るような真っ白な肌に、対照的な漆黒の髪を風になびかせながら、その女性は可笑しそうに微笑んでいた。
「…ふふっ、二人とも仲良しなんですね」
「おいおいパシュミナ、どこをどう見たら仲良しに見えるんだ?」
「本当ですよ、こんなガサツな人と誇り高き『古龍』を一緒にしないで下さい」
またもや異口同音に発せられる二人の言葉に、パシュミナと呼ばれた黒髪の女性は堪えきれずに吹き出してしまった。
つられてレイダーやベルベット、はたまたガウェインやウェーバーまでもが笑い出してしまう。
誰も居ない深い森の中に、彼らの笑い声が響き渡った。
こんな人里離れた場所にキャンプを張る彼らは、もちろん普通の人間ではなかった。考えられるのは、猟師か…冒険者くらいである。
そして彼らは冒険者だった。しかもただの冒険者では無い。数多くの偉業を成し遂げ、現役最強との呼び声高い冒険者チーム『明日への道程』の一行だったのだ。
そんな彼らがなぜこのような場所でキャンプをしているのか。実は彼らはこの森で『待ち伏せ』していたのだ。
…彼らの今のターゲットである悪魔集団『五芒星』を。
悪魔集団『五芒星』は、最近活動を始めた五人組の悪魔からなる地下組織だ。それまで目立った活動は無かったものの、少し前に何処かで手に入れた魔本『魔族召喚』を用いて【魔界の住人】を召喚した。
彼らが召喚した魔界の住人こそが、パシュミナの妹であるプリムラだったのだ。
洗脳されて『五芒星』に引き連れられているプリムラを救うため、彼ら『明日への道程』の一行は、この悪魔集団を追いかけているのであった。
そんな悪魔集団『五芒星』が、近くこの森に出現するという情報を入手して、先回りして潜んでいるのが今の状況であった。
とはいえ森は広大である。その中からどうやって数人の人物がやって来るのを感知するというのであろうか。
しかし彼らには【手段】があった。先ほども見せたウェーバーの【龍魔法】により、森全体に【人物感知】を仕掛けていたのだ。
なので、今はとにかく待ちの状況なのである。日々駆け足で走り回っていた日々の中で生まれた、つかの間の休息であった。
テント設営…と言っても自動的に拡張する魔道具なので大きな手間は発生しない…を終えて、一息ついていた一同。
そんな中で黒髪の女性…パシュミナは、他のメンバーからは少し離れた場所にある樹の下で、一人涼んでいた。
晩夏の残滓で噴き出す汗をハンカチで拭う。ふぅと息をついて下を向いていた視線を上げると、そこには…片手にマグカップを持ったレイダーが立っていた。
「パシュミナ、コーヒー飲むかい?」
「あ、レイダー。ありがとうございます」
手渡されたマグカップは、思わず手から落としてしまいそうになるくらいキンキンに冷えていた。驚いてレイダーの顔を確認すると、いたずらっ子のような表情を浮かべながら理由を説明してくれた。
「ははっ、ウェーバーが冷やしてくれたんだよ。あいつは水魔法の達人だからな、こんなときには重宝するよ」
「うふふ、ウェーバーさんは冷蔵庫みたいですね?」
「本人にそう言ってやれば良いさ、きっと泣いて喜ぶぜ?」
そしてレイダーは、そのままパシュミナの横に座りこんだ。二人揃って一本の大樹の幹に背を委ね、よく冷えたコーヒーを口にする。
少しだけ涼しげな風が、二人の頬を軽く撫でた。
しばらくの沈黙を破ったのは、レイダーのほうだった。
「さっき、笑ってたな。この旅に出てパシュミナの笑顔を初めて見れたよ」
「…すいません、ご心配をおかけしていたのですね」
「いや、仕方ないさ。妹を攫われたんだからな」
レイダーにずっと元気が無いことを心配されていたことを知ったパシュミナは、申し訳なさそうに頭を下げた。
確かに彼女は、『明日への道程』のメンバーに参加してからずっと浮かない顔をしていた。故郷である”魔界”で平和に暮らしていたはずの妹が、突然【精神支配】された上に【召喚】されたのだから、心が平気であるはずはなかった。
もうずっと会っていなかったものの、プリムラには自分とは違う平凡で幸せな人生を歩んで欲しいと思っていた。
それがよもや、こんなことになるとは…
しかしパシュミナの心はそれほど酷い状態に陥っているわけではなかった。なぜならば…自分の横に座るこの男が、プリムラの救出に全力を尽くすことを誓ってくれたからだ。
レイダー。
英雄の息子。勇者。現代の英雄。
この男の強さを、パシュミナは十分理解していた。
パシュミナ自身、魔界にいる頃は『魔王の資質があるもの』の一人に数えられるほどの実力を持っていたし、なにより20年前の【魔戦争】の際には、操られていたとはいえ”魔将軍”の一人だったほどだ。そんな彼女の力を持ってしても、いまのレイダーには力及ばないと判断していた。
そんな人物が、味方してくれる。
それだけで、パシュミナはこれ以上無いほど心強く感じられたのだった。
「体調は大丈夫か?外に出るのも久しぶりなんだろう?」
「ええ、でも思っていたよりも平気ですね。数日の徹夜くらいなら問題ありませんよ」
「ははっ、そこまでの強行軍をするつもりは無いよ。しばらくは…待ちかな?」
常人をはるかに凌駕する魔力や戦闘力を持ちながら、それを感じさせない優しい表情をレイダーは浮かべた。
そして、少し躊躇ったあと…全く別の話題をパシュミナに振ってきた。
「ところでパシュミナ、スターリィたちとは結構長く共同生活してたんだろう?君の目から見て…妹はどうだい?」
その問いかけに、パシュミナは思わず微笑んでしまう。
スターリィは、レイダーの実の妹だ。パシュミナはスターリィを含めた四人と、つい最近まで共同生活を半年ほど送っていたのだ。
おそらくレイダーは、そのときのことを自分に聞きたいのだろう。勇者だ英雄だと言われても、レイダーも人の子。きっと自分の妹のことが気になって仕方ないのだろう。
それがなんだか微笑ましく思えたので、パシュミナはつい表情を緩ませてしまったのだった。
笑われた方のレイダーはバツの悪そうな顔をしたものの、そこで前言を引っ込めるようなことはせず、パシュミナの言葉を待つあたりは、やはり妹のことが気がかりだったのだろう。
「そうですね、スターリィは…とても優秀だと思います。あの【魔迷宮】で『天使の器』を見つけて”天使”になることがでましたし」
「そういえば俺が【ギガンティアの腕輪】を見つけて、最初に天使に魔力覚醒したのもあの魔迷宮だったしな」
ぶっきらぼうにそう切り返すレイダーは、実は3つの『天使の器』に選ばれた稀有な存在だった。
『絶対物理防御』を発動する【ギガンティアの腕輪】。
『絶対魔法防御』を発動する【スケルティーニの首飾り】。
『絶対防御無視』を発動する【退魔剣ゾルディアーク】。
そのいずれもが、魔王クラスの実力を持つ魔族が化身した、強大無比な能力を持つ『天使の器』であった。
「スターリィが、レイダーのように複数の『天使の器』に選ばれるかは分かりません。ただ…彼女も天使の上の存在に進化できる可能性は十分あると思っています」
「そうか、あいつにもそんな実力がありそうか……それがあいつにとって幸か不幸かはわかんないけどな」
そう口にするレイダーは、やはり少し嬉しそうだった。自分の妹が評価されたことに対する喜びか、それとも別のなにかなのか。パシュミナにはハッキリとはわからなかった。
「そういや、カノープスはどうだ?パシュミナの昔馴染みなんだろう?」
「カノープスは…思っていたよりも元のままでした。良い友人たちにも恵まれているみたいですし」
「プリムラ救出を一緒にしたいみたいだったけどな、よかったのか?」
「…ええ。カノープスはスターリィたちと一緒にいる方が良いと思うので」
カノープスはパシュミナにとって弟のような存在だった。
かつてパシュミナが魔界にいる頃、彼女にはスケルティーニという婚約者が居た。のちに彼女同様に無理やり召喚され、狂った挙句に魔将軍の一人『魔貴公子』と呼ばれたスケルティーニであったが、その彼の年の離れた弟…それがカノープスだった。
残念なことにスケルティーニは…『断罪者』ゾルディアークに討たれ、その身が変じた『天使の器』はレイダーが持っている。
そのこと自体、パシュミナは仕方ないことだと思っていた。なにせあの魔戦争は、悪夢のような出来事ばかりだったのだから。むしろ完全に壊れてしまう前に武人としてスケルティーニを葬ってくれたゾルディアークには感謝してるくらいであった。
とはいえ、そんな辛い思いをするのは自分たちで終わりにしたいと、パシュミナは強く願っていた。
でも、現実は甘くなかった。
無残にもカノープスも召喚され、ついには妹のプリムラまでもが召喚されてしまう事態となってしまったのだ。
カノープスに至っては、兄のスケルティーニ同様、何のケアもなく無造作に召喚されていた。
通常、魔本『魔族召喚』によって召喚された魔族は例外なく”狂う”。『異世界召喚』とは、それほど精神に致命的な影響を与えるものだったのだ。
一度狂ってしまった魔族は、二度と元に戻ることはない。そのことを…実際に召喚されたパシュミナが一番よく知っていた。
ただ、パシュミナや…今回救出に向かっているプリムラについては、不幸中の幸いにも『洗脳、ないし精神操作』された状態でこちらの世界に召喚されていた。
それがなぜ不幸中の幸いなのかというと、精神を操られた状態で召喚された魔族は…理由は定かではないが…なぜか”完全に狂わずに”済むからだ。
その理由についてパシュミナは、心を操られた状態にあることが、結果として心に直接『異世界召喚』時の衝撃を与えるのを防いでいるのではないかと推測していた。
とはいっても、パシュミナは傷付いた心を癒すのに15年もの月日を眠ることを余儀なくされたのだが…
しかし、カノープスは違う。無造作に強制召喚された結果、一度完全に狂ってしまっていた。
通常であれば、彼は助からない。一度狂ってしまった心は、どんな手を使っても治らないからだ。最期は精神が崩壊するか、破壊の限りを尽くして”討伐”されるしか無い…はずだった。
なのにカノープスは奇跡的に元に戻った。しかもそれは、たった一人の人物の、本当に特別な能力のおかげで…
だだ、それは極めて特殊な方法であり、おそらくは二度と同じ方法で救えないことも分かっていた。
なぜならその方法とは、『狂った心の部分の魂を、固有能力で喰らう』というものだったから。
それを成し遂げることができた唯一の人物が……アキだった。
「じゃあパシュミナは、アキのことはどう思う?」
まるでパシュミナの思考を読んだかのようにタイミング良く、レイダーがアキのことを尋ねてきた。本当は妹のことではなく、アキのことを聞きたかったのではないか…そう思えるくらい真剣な眼差しで。
「アキは…」
そこまで口にして、パシュミナは言葉を詰まらす。
それほど…アキは表現に困る存在だった。
パシュミナは、事前にパラデインからアキの素性についてある程度聞いていた。
魔界とはまた異なる異世界から来ていること。不思議な能力を持っていること。七大守護天使と呼ばれている英雄のうちの二人…シャリアールとゾルディアークを喰らい、その能力を身につけていること…などを。
それだけ聞くと『どれほどの怪物なのか』と思っていたものの、実際に会ってみたアキは、傷つきやすく繊細で…それでいて芯の強さを持った、普通の少女だった。いやむしろ、自らの固有能力である『相手の魂を喰らって、その能力を奪う』というスキルを、心底忌み嫌ってさえいるようであった。
そんな彼女も、数多くの苦難を乗り越え、一回りもふた回りも成長した。
特に、つい先日のレイダーとの模擬戦は象徴的だった。見ているこちらですら胸を打たれるような魂同士のぶつかり合いで、アキは一つ上のステージに上がったようでもあった。
人間でありながら、魔族のみが使える魔法『禁呪』を操ることができる、繊細さと強さを併せ持つ不思議な少女。それが…パシュミナの持つ、アキへのイメージだった。
「アキについては正直私にはよくわかりません。でも、いくつか確実に言えることはあります。
まず、アキは今よりももっと強くなるでしょう。むしろ今ようやく一皮剥けた程度で、この先どこまで行くのかは底が知れません。
でも…アキならば、その力を邪なことには使わないと信じることができます。それにもしそんなことがあったとしても…彼女の周りにはたくさんの友人がいます。あなたの妹さんのような素敵なお友達が、きっと彼女を止めてくれるでしょうから」
パシュミナのその言葉に、レイダーは少しだけ嬉しそうに目を細めた。どうやらその返答に満足したようだった。
「おいおい、二人だけで面白そうな話をしてやがるじゃねーか。俺たちも混ぜろよ!」
いつのまにやってきたのか、アキの名に反応したガウェインが無理やり会話に混じってきた。彼の後ろにはウェーバーやベルベットまでいる。もっともベルベットは、何故か頬を膨らませながらジト目でレイダーを睨みつけていたのであるが。
「おいベルベット、そんな目でレイダーを睨むなよ。ヤキモチはみっともねーぞ?」
「う、うるさいわねっ!ヤキモチなんか妬いてないわよ!」
煽るだけ煽っておきながら、食ってかかるベルベットを無視して、ガウェインがアキの話を続けた。
「パシュミナの言う通り、まぁ確かにアキは普通じゃねーな。そもそも俺以外の人間が、師匠の【魔纏演武】を使えるのもおかしいし」
ガウェインやアキの師匠であるゾルディアークの【魔纏演武】は、魔族の…しかもゾルディアークにしか使うことが出来なかった特殊な戦闘術だ。
魔力を全身の筋肉に通すことで、通常以上の戦闘力を発揮することができる。ただ、あまりに難しすぎるのと、魔力を筋肉に通すという特殊性ゆえ、これまで使いこなせるものが居ない技でもあった。
それすら使うことが出来るアキは、人間としては規格外のガウェインからしても…特殊な存在だった。
「しかもアキは、『風龍』フランシーヌの弟子でもあるのですよ?あの事件以来ろくに人間と関わろうとすらしなかったフランシーヌの…ね」
ウェーバーがさらに話に割って入ってくる。
彼は、フランシーヌが抱える複雑な事情のほぼ全てを理解していた。何故なら彼も…フランシーヌと同じ『古龍』だったから。
彼ら『古龍』は、人間の分類上は『魔獣』にカテゴライズされていた。しかし、その知能は高く、魔力も膨大な上、人間のような姿に化身することすらできたので、むしろ人間の上位種族とさえ言えるような存在であった。
そんな『古龍』には、いくつか不思議な能力や風習があった。例えば【龍魔法】や【特化龍力】といった特殊能力など。
その中の一つに『龍の誓い』というものがあった。
これは、彼ら古龍族の掟のようなもので、”一度誓ったことは、何があっても必ず守る”というものだ。
フランシーヌはこの『龍の誓い』を、ウェーバーが知る限り二つ立てていた。
フランシーヌが立てた『龍の誓い』。…その一つが『自分の身を守るとき以外は、決して他者を意図的に傷付けない』という【不戦の誓い】であり、もう一つが『今後二度と人間の子供を育てない』という【人間不育の誓い】だった。
それぞれの『誓い』をするに至った経緯を全て知るウェーバーにとって、フランシーヌが人間であるアキに教育を施していたというのは、実に驚嘆すべき事実だったのだ。
「それよりも、レイダーとの模擬戦で見せたあの姿よ!あれは…なんなの?獣?それとも…別の何か?しかも『禁呪』まで使いこなして…
あたしにはあれが…言い方は悪いけど、まるで『魔王』のように見えたわ」
一方ベルベットは、アキがレイダーとの模擬戦で見せた『最終形態』に激しく反応していた。
獣のような耳や手足やシッポ。身体の周りをクルクルと回っていた『光球』や、そこから放たれる光線。常軌を逸した反応速度と戦闘技術。
正直ベルベットは、あのときレイダーは負けてしまうのではないかと思ったくらいだ。
「魔王とは酷いな。さすがにアキが可哀想だよ」
レイダーがアキをフォローするかのように、顔をしかめるベルベットに向けてそう口にする。
「いや。でもあれはケダモノだったな、ケダモノ!さすがはゾル師匠の弟子だぜ、ぎゃはは!」
「なによ、ガウェインのほうが酷いじゃない!アキは女の子なのよ?あなたなんかにケダモノなんて言われたら、流石に可哀想だわ!」
「おいおい、お前さんさっきと言ってることが違わないか?自分は『魔王』呼ばわりしてたくせに、なんで今度はアキの味方をすんだよ?」
「それはそれ、これはこれよ!」
今度はベルベットとガウェインが睨み合い始めた。ベルベットも細身の女性なのに、筋肉の塊のようなガウェインに牙を剥くのだからなかなかどうして大したタマである。
もっとも、それくらいでなければこの冒険者チーム『明日への道程』ではやっていけないのかもしれないが。
「それにしても…ボウイを含めたあの四人は、来年春には『魔法学園』に行くんですよね?」
言い争いをしている二人を完全無視して、パシュミナが思い出したかのように呟いた。その言葉に、レイダーが反応して頷く。
アキたちが通うことになる『ユニヴァース魔法学園』は、霊山ウララヌスの登山口に存在している特殊な学校だ。七大守護天使の一人であるロジスティコスが学園長を務めるこの学園には、たくさんの優秀な魔法使いの卵たちが遠方から留学し、様々な魔法技術について学んでいた。
何を隠そう、この場にいるベルベットも魔法学園の卒業生であり、しかも首席で卒業するほど優秀な生徒でもあった。
「そうだな。アキならもしかして…霊山ウララヌスに在る”伝説の『天使の器』”に選ばれるかもな」
「…アキが、伝説のオーブに選ばれる?有史以来誰も選ぶことなく、多くの挑戦者たちを全て返り討ちにしてきた…あの【霊剣アンゴルモア】に?」
伝説のオーブ。その言葉に反応したのはベルベットだった。ガウェインとの口喧嘩を中断して、話題に食いついてくる。
【霊剣アンゴルモア】。それはユニヴァース魔法学園の奥にある霊山ウララヌスの頂上に鎮座していると言われる伝説のオーブだ。
これまで数多くの挑戦者がこのオーブを手に入れようと登山し、そのほとんどが頂上にすら辿り着くことが出来ずに撃退されてきた。その結果、現在まで誰の手にも入ることなく、孤高の存在として魔法学園の生徒たちに知れ渡っていた。
「あたしの代の子もさ、無謀にも霊山ウララヌスにチャレンジして、途中で霧に巻かれて遭難しかけたわ。【霊剣アンゴルモア】なんて、てっきり都市伝説みたいなものだと思ってたけど…」
「【霊剣アンゴルモア】は確かに霊山ウララヌスの頂上に在るよ。俺が実物を確認したから間違いない。あれは…相当な力を持ったオーブだったよ」
「えっ!?」
さらっと口にしたレイダーの言葉に、ベルベットは一瞬言葉を失ってしまった。
すぐ目の前にある魔法学園においても幻と言われている【霊剣アンゴルモア】。それをレイダーは、実物を見たことがあると言うのだ。
「そ、そう…さすがはレイダーね。まさか【霊剣アンゴルモア】の実物を見たことがあったなんて、夢にも思わなかったわ」
「もっとも俺は、あの剣には選ばれなかったけどな。ただ、あれほどの格を持ったオーブに選ばれるような人物だったら、もしかしたら世界を征したりするのかもしれないと思ったよ」
3つのオーブに選ばれた、規格外の存在であるレイダー。その彼がここまで言うのだから、【霊剣アンゴルモア】はきっと恐ろしいほどの力を秘めているのだろう。
伝説の剣に選ばれるような人間は、果たしてどのような人物になるのだろうか。願わくば、この世の平和を願うような人物であってほしい。
そのような思いを、この場にいるメンバーは強く思ったのだった。
ザザッ、ザザザザッ。
そのとき。
彼らが寛ぐ空間の周りにある樹々が、まるで何かを知らせるかのように一気にざわつき始めた。
異変を察知した一同が、無駄話をやめてウェーバーのほうに一斉に視線を向ける。
「…ウェーバー?」
「…はい、どうやら来たみたいですね。…我々の”待ち人”が」
その言葉を合図に、一同は一斉に出発の準備を始めた。魔道具のテントを指先一つで畳み、大量の荷物が入る特殊な魔道具である袋の中に、テントやヤカンやマグカップなどを放り込む。
そして、ウェーバーを先頭に彼らはあっという間に森の中に消えていった。すると、残された空間は…不思議なことにゆっくりと周りの樹々に埋められていき、やがて森の一部へと還っていったのだった。
この後、彼ら『明日への道程』は、悪魔集団『五芒星』と数ヶ月に渡る追跡戦を続けた結果、最終的には別の何人かの手助けもあり、無事プリムラの救出に成功することとなる。
しかし、プリムラ救出までの一連の出来事については、関係した人物たちの強い要望もあり、物語として広く語られることはなかった。
一説によると、魔法学園の生徒および今度入学予定の者が、プリムラ救出劇に一役買ったと言われているが、その情報は定かではない。