エピローグ、そして次の物語へのプロローグ
…ここは、『ノーザンダンス村』の近くにある、小高い丘の上。一人でこの場所に立ちながら、俺は眼下に広がる村を見下ろしていた。
あぁ、この村ともいよいよお別れなんだな。そう思うと、ちょっとだけセンチメンタルな気分になる。
ふわり。風が吹き抜けて、以前より少しだけ伸びた茶色の髪や紺色のスカートが舞い躍った。ちなみに今日着ているのは、『ユニヴァース魔法学園』の制服だ。もちろん女子用!
こいつが、前の世界の高校のセーラー服とブレザーの中間みたいた感じだったんだけど、着たときの背徳感がハンパなかった。おまけに…最近ファッションにだいぶ煩くなってきたスターリィのせいで、ずいぶんと丈が短くなっていた。だいたい俺のパンチラとか、誰得よ?
気がつけば、『グイン=バルバトスの魔迷宮』での出来事から半年ほどが過ぎていた。
あのあと…本当に色々なことがあったんだ。
まず『最終形態』になった俺は、ムチャをしすぎたせいで予想以上のダメージが残ってしまった。そのせいで、治療のためにパシュミナさんが出発を少し遅らせてくれることになったんだ。
幸いにも2〜3日で良くなったんだけど、その間に…なんとベルベットさんが魔迷宮の中で【天使の器】を見つけて”天使”に覚醒しちゃったんだ。
俺やボウイがいくら探しても、新たな"天使の器"は見つからなかったってのに、あっさりと見つけるなんてすごいよなぁ。
でもさ、これって俺がぶっ倒れてたおかげだよね?
…まぁなんにせよ、ベルベットさんがメチャクチャ喜んでたから良かったよ。
そのあと…俺たちは半年を過ごした『グイン=バルバトスの魔迷宮』をあとにした。
なんだかんだで一番長くいた場所だったから、家みたいな感覚になっちまってたよ。魔迷宮なのにさ。
そして俺たちは、また冒険者チーム『星覇の羅針盤』を結成して、ちまちま冒険を繰り返したりしてたんだ。それなりにいろんなことはあったんだけど、そのあたりは長くなるから省略な。
一方、パシュミナさんをメンバーに加えたレイダーさんたち『明日への道程』一行は、無事にプリムラさんを救出することに成功したらしい。いまや『英雄』と呼ばれるようになったレイダーさんたち、さすがだよな。
脳裏にパシュミナさんの喜んでる顔が浮かんでくる…よかったよなぁ、本当に。
それに引き換え、俺のサトシ探しのほうは…正直何の進展もない。まぁもともと魔法学園で調べるつもりだったから、そのあたりはまったく気にしてないんだけとね。
そして、気がつけば冬を越え…春がやって来た。
そう。俺たちはいよいよ明日、『ユニヴァース魔法学園』に入園するのだ。
「アキ、こんなところに居ましたのね?」
向こうから歩いてきて声をかけてきたのは、魔法学園の制服に身を包んだスターリィ。
トレードマークとなったポニーテールを揺らしながら歩く姿は、本当に可愛らしい。なんか最近さらに可愛くなったような気がする。…身内びいきかな?
それにしても…この半年でさらに大きくなった胸に、この制服は犯罪だよな。はっきりいってエロい。たまらん、襲いかかりたいわ。
「うん。スターリィ、制服すごく似合ってるよ」
「そうですか?なんだか恥ずかしいですわ。でも…ありがとう、アキも似合ってますわよ?」
俺の制服と同様に少しミニにカットされたスカートは、スターリィが履くとかなりそそるものがある。ほんとたまんねぇな、これ。
「…ちょっと、どこ見てるんですの?」
あ、ガン見しすぎて怒られちゃった。でも俺は悪くないよな?こんな制服作ったやつが悪い。うん、そうだ。そうに違いない。
「…ところで、アキはここで何をしてたんですの?」
「んー、この風景も見納めかなぁって思ってね。目に焼き付けてたんだ」
「そうですか…じゃああたしも、焼き付けますわ」
そう言いながら横に並んだスターリィと一緒に、俺は…いまや新しい故郷となったノーザンダンス村の景色を見下ろしていたんだ。
再び、一陣の風が吹き抜けた。春を呼ぶ風、まだ少し冷たい。スターリィのポニーテールが、俺の顔を軽く撫でた。くすぐったくて、ちょっと笑ってしまった。
「アキは…変わりましたわね?」
「そぉ?」
俺が首をひねると、スターリィは俺の腕を抱き抱えるように掴みながら頷いた。ちょっとちょっと、胸が当たってますぜ?
「ええ。なんだかあれ以来、吹っ切れたみたい」
あれ以来…スターリィが指摘するのは、魔迷宮での出来事のことだろう。
たしかにあのとき、ゾルバルの剣をレイダーさんに託してから…なんとなく気持ちが切り替わった気がする。自分ではそんなに意識してなかったけど…ずっと一緒にいたスターリィがそう言うんだから、たぶん間違いないのだろう。
俺が奪ってしまった命に対して、なんというか…ちゃんと向き合うことができたのかな?よく分かんないや。
それに、もし俺が変われたとしたんだったら…それはスターリィ、君のおかげだよ?ありがとう、スターリィ。
「それはそうと、スターリィは入園式で答辞を述べるんだろう?もう準備は出来たのかい?」
「うぅ…嫌なことを思い出させないでください。あぁ胃が痛い…」
そう。なんとスターリィは、今度の魔法学園の入園式で、入学生を代表して答辞を述べることになっていたのだ。
これは…すごく名誉なことらしいんだけど、正直俺にはよく分かんない。まぁスターリィなら適任だと思うけどね。
「今年入園する生徒は、特に大物揃いで凄いみたいなんですの。あたしずっと胃が痛くって…」
「へぇー、スターリィでも緊張するんだね?意外だな」
「何言ってるんですの!あたしだって人間なんですもの、緊張するに決まってますわ!」
スターリィはそう言うけど、普通の女の子が…その大物揃いの年代を代表する、答辞をする人には選ばれないんじゃないかな?
だいたいそういうのってやるのは『主席』の人だからなぁ…ドーンっと胸を張れば良いのに。いや、マジメな意味でね。
でもさ、大物揃いって…ほかにどんなのがいるんだ?スターリィ以上の『英雄の資格』を持ってる人なんて知らないんだけど。
「まず挙げられるのが…ブリガディア王国のレドリック皇子ですわね。
彼はブリガディア王国の現国王であり、七大守護天使の1人である『聖剣』ジェラード王の長子なのです。
なんでも10歳のときに”天使”に目覚めたとか…」
おお、まだ会ったことがない”七大守護天使”の息子か。しかも10歳で魔力覚醒ってのは凄いよなぁ。まさにエリート中のエリートって感じだな。
ちなみに入園式の答辞は男女1名ずつ選出されるのだが、男子のほうの担当がこのレドリック皇子なんだとか。きっとイケメンなんだろうなぁ…勝手なイメージだけど。
「あとは…どうしても気になるのは、やっぱり『あの二人』ですわね」
「あの二人?」
「ええ。『ハインツの太陽と月』と呼ばれている…ハインツ公国の双子の王子と姫、”カレン王子”と”ミア姫”ですわ。たぶん、世界で一番有名な双子で、地元のハインツでは絶大な人気を誇っているそうですの。
ちなみにこの二人の母親が、七大守護天使の『塔の魔女』ヴァーミリアン様になりますわ。しかもつい最近、二人揃って”天使”に目覚めたそうなんです」
ふーん、そりゃ凄いなぁ。それにしても”ハインツの太陽と月”たぁ、また仰々しい呼び名だこと。
「…これを見れば、その理由が分かりますわ」
そう言ってスターリィから手渡されたのは、一冊の写真集。…って、写真集!?んなもんもこの世界にあるのかよ!
渡された写真集の題名は、その名もズバリ『ハインツの太陽と月』。興味津々にページをめくってみて…俺は度肝を抜かされた。
そこに映っていたのは、とんでもない美少年と美少女。なんだこれ、本当に人間かよ?
…正直、スターリィやカノープスのことをかなりの美少年・美少女だと思ってたけど、そんな自分の認識の甘さを思い知らされた。それくらいこの双子は、次元の違う美しさだったんだ。
前の世界でもこれほどのレベルのものはおめにかかったことが無い。そりゃあ自分の国の王子と姫がこれだったら、熱狂的な人気になるだろうな。
「…んもう、アキ!鼻の下が伸びてますわよ?」
「へっ?」
いやいや、伸びてないって!たださ、この姫のあまりの美人さに度肝を抜かされただけだよ。なにせ銀色の髪の美少女なんて初めて見たからさ。
それに…そもそも俺にとってはスターリィが一番だっての!
…なーんてことは、口が裂けても言えない。ヘタレだな俺は。
それにしても…こんな美少年と美少女の双子がこの世に存在してるなんて夢にも思わなかったよ。
でもさ。こんだけレベル高い美男美女だったら、やっぱお高く止まってるんだろうなぁ。高級な紅茶飲んだりとか、毎日高尚な趣味とか楽しんでるとか、さ。
ま、俺なんかとは生きる世界が違うだろうから、どうせ接点とか無いだろうけどね。
「あとは”西の麒麟児”って呼ばれている人が居るみたいなんですけど…」
などと、スターリィの話は続いていたが、残念なことにあんまり耳に入って来なかった。正直、あの双子の王子と姫で吹っ飛んじまったよ。
俺たちは…こんな美男美女や有名人たちと一緒に勉強することになるんだな。そう思うと、なんとなくスターリィが緊張する気持ちも分かる。
「…ということで、そもそも”天使”に覚醒した人が魔法学園に入園すること自体が極めて珍しいんですわ。けれど、今回は…把握されているだけでも7人も天使がいるんですの」
あぁ、ボーッとしてたら話が終わっちゃったみたいだ。ごめんスターリィ、あんま聞いてなかったよ。
それにしても…7人も天使が居るんだな、そりゃすげぇわ。
で、7人の天使って誰だっけ?確かレドリック王子に、『ハインツの太陽と月』に、『西の麒麟児』でしょ?
あとは…スターリィと、他は誰だろう?
「何言ってるんですの。アキとカノープスのことに決まってますわ」
「ええっ?だって私、まだ”天使”に覚醒してないよ?」
「…お兄ちゃんとあれだけ戦っといて、今更何をおっしゃるんですの?」
そっか。スターリィは俺のことをそう見てるんだな。
カノープスのことは分かる。あいつは魔族だし、そもそも『天使の器』がなくても固有能力が使えるんだから。
でも…まだ魔力覚醒すらしてない俺のこともカウントしてるってのは意外だった。
他人からそう見られてるってことは、意識しとかなきゃいけないな。あんまり目立つつもりはないから、気をつけておかないと。
「おーい、スターリィ様ぁ!アキー!」
そうこうしてると、今度は向こうから男子用の制服に身を包んだボウイとカノープスがやってきた。
ボウイのほうは、制服の上のボタンを外したりしてちょっとオシャレな感じに着こなしている。なんというか、ボウイらしい格好だな。
一方、カノープスのほうは…逆に上から下までピッチリと制服を着ていた。ついでに頭も七三にしてメガネまでかけてやがる。…なんだこいつ、バカなんじゃないか?
「どう、アキ?マジメそうに見える?」
見えるも何も、気持ち悪いんだよ!頼むから猫かぶるのはやめて欲しい。
「だってさ、ぼくは魔族だよ?学園なんかで目立つわけにはいかないじゃないか」
「んまぁ…それは分かるけどさ、さすがにそれは無いんじゃないか?」
「それにほら、アキとこれでメガネっ子同士お揃いじゃない?ふふっ、なんか良いよね」
あーもう、キラキラした笑顔でそんなこと言わないで欲しい。気持ち悪いだけだし。
「そういえばスターリィ様、もう答辞の準備は出来てるの?」
「ボウイまであたしにプレッシャーかけるのはやめてください…」
あらら、スターリィがまた顔が青くなっちゃったよ。相変わらずメンタル弱いなぁ、いざって時は凄いんだけどな。
それにしても、このメンバーで魔法学園に行くことになるんだな。見慣れた奴らの制服姿を見て、改めてそんな気持ちが沸き起こる。
いよいよ待ち望んでた学園生活のスタートか。久しぶりだなぁ…どんな感じなんだろう。
そのとき。俺たちの上を、突然大きな影が通り過ぎた。見上げると上空には…大っきな翼をはためかせた巨大な竜が飛んでいた。
あれは…たしか『天空竜』のエリザベートだったかな?
「あっ!エリザー!」
スターリィが嬉しそうに手を振ると、空中で旋回したエリザベートがこちらに向かって降下してきた。その背に見えるのは…デインさんとクリスさんかな?
どうやって『ユニヴァース魔法学園』まで移動するのかと思ってたけど、どうやら彼らが俺たちを送ってくれるみたいだ。天空竜に乗って行くなんて、ドン引きされなきゃ良いんだけどな。
「さぁ…それじゃあ旅立ちましょうか!あたしたちの次の舞台、『ユニヴァース魔法学園』へ!」
天空竜の羽ばたきに、髪やスカートを揺らしなら、スターリィが声高らかに宣言した。
そうだな。いよいよ俺たちは…新しい場所に向かって船出、じゃないな、空出をする。
ここから…俺たちの新しい物語が始まるんだ。
サトシ、待ってろよ。
どこに居てもぜったいに…俺が見つけてやるからな!
------ 第2部 完 ------