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5.新世界と呼ばれる地

 

 結局、ゾルバルたちに洗いざらい全てを話した。


 だってそうだろう?

 あんなおっかない人に殺気を放ちながら睨まれたら、誰だって黙ってられないって。

 だから…問答無用に全部話した。

 …自分が"違う世界"から来た、ということを。



 1ヶ月前に行方不明になった"親友"を探していたこと。

 原因を探ってパソコンを調べていたら、突然プログラムが走り、精神が"激流"の中に放り込まれたこと。

 (ちなみに、パソコンやプログラムについては理解してもらえなかった…魔道具や魔法の一種と考えるそうだ)

 激流の中で必死にもがいて、気がついたらあの森に倒れていたこと。

 しかも、なぜか"女の子"の身体になっていたこと。

 どうしようかと周囲を観察していたら、すぐ近くに"変死体"を発見したこと。

 "それ"を調査してたら、"白いライオン"姿のゾルバルが現れたこと。

 『殺されるっ!?』と思ったら、右手から変なビームが出て、気絶してしまったこと。



 ちなみに、俺が実は19歳で…しかも男だと言ったら、二人は困ったような表情を浮かべた。

 そりゃ誰だって、いきなりこんなこと言われたらびっくりするだろう。ところが二人は…俺が男だってことに驚いたわけではなかった。


「ほぅ…やはりお前は、外見と中身が伴っていなかったか」

「…ゾルバル様の予想通りね。私には普通の14歳の(・・・)女の子(・・・)にしか見えなかったんだけどねぇ」


 なんと、ゾルバルは気付いていたらしい。

 さすがは自称"一流の戦士"。気配とかで察したのか?

 そんなことを思っていたら、あっさりとゾルバルが種明かしをしてくれた。


「だってお前、自分のことを『俺』って言ってただろうが?」


 なーんだ、そんな理由だったのか。

 幽霊の 正体見たり 枯れ尾花。


 ってか、今の自分の外見は"14歳"くらいに見えるのね。

 身体つきから中学生くらいだと思っていたけど、そう外れていなかったわけだ。


「…ふっ。ワシらから見たら14歳も19歳も変わらぬガキだがな」


 まぁそうでしょうねぇ。でもこっちにとっては5歳差は大きい。

 もっとも、それ以上に性別が変わったことのほうが問題なんだが…


 改めて自分の手や顔を触ってみる。柔らかでみずみずしい手触りだ。

 うーむ、なんかものすごく若返った気がする。

 というか、俺…いま女の子の身体をナデナデしてるんだぜ?うへへっ。


 そんな気持ちを察してか…あるいは勘違いしてか、フランシーヌが手鏡を渡してくれた。

 そういえば、今の自分の顔を見るのはこれが初めてだった。

 いったい、今の俺はどんな顔をしてるんだろうか?

 …ゴクリ。思わず唾を飲み込む。

これだけ身体が変化しているんだ。ちょっと確認するのが怖い。

 だが、これは避けて通れない道…

 少しだけ逡巡したあと、勇気を出して鏡を覗き込んだ。


 すると…そこには、茶色い髪の毛を肩くらいで切りそろえた、少し垂れ目に太い眉毛の…冴えない表情を浮かべた女の子の顔があった。

 『平凡』…そう表現するのが適切な顔だった。

 もちろん、見覚えなどまったくない。


 どうやら一番恐れていた…"元の顔のまま女の子の身体になってしまっている"という、最悪の事態は避けられたようだ。心の底から安堵する。


 それにしても…どうせ別人のような顔になるなら、もうちょっと美少女にしてくれれば良かったのにな。

 あーでも…それはそれで、男どもが近寄ってきたりして大変そうだな。男に惚れられたりしたら耐えられそうにないし。


「へぇ……いまの俺はこんな顔になっていたのか」

「ふぅん。アキ、貴女はその顔に見覚えは無いの?」


 フランシーヌの問いかけに、首を横に振るしかなかった。

 記憶の隅々まで探ってみてたり、色々な角度から鏡を覗いて見ても、やっぱり思い当たらない。

 初めて見る…見ず知らずの他人の顔だった。


 ただ、一つだけ心当たりのあるものがあった。

 それは…前髪の隙間から見える、額に縫い付けられるように固定された"額飾りサークレット"。

 どういうわけか、こいつが完全に肉体と一体化していた。爪を立てて取ろうとするも、びくともしない。ってか、無理に取ろうとするとちょっと痛いし。

 で、この"額飾りサークレット"の中心にある、薄暗い色をした赤い宝石に見覚えがあった。

…そいつが、"宝物"だった"指輪"についていたイミテーションの宝石にそっくりだったのだ。


 "宝物こいつ"については、異世界に飛ばされる際の"激流"の中で、無くしてしまったと思っていた。

 ただ、今になって思い返すと…最後のほうで不意に額が熱くなったような気がする。

 もしかして、あのときに…"額飾りこいつ"に変化したのか?

 だとすると…俺のことを護ってくれたのか?


 そんなことを思いながら"額飾りサークレット"に触れていると、またまた誤解したフランシーヌが、優しく頭を撫でてくれた。


「…落ち混んでるようね。残念ながら、それは…貴女の額に完全に"癒着"しているようなの。肉体的に、だけじゃなく、魂的にも…ね。だから、わたしたちにはどうにも手の出しようがないのよ。無理やり取ろうとすると、貴女の命にかかわりそうだし…」

「そ、そうなんですか…?」

「ええ、そうよ。でも、別にそいつのせいで貴女の命に影響を与えているわけではないの。じゃあこれから処置をするわね?少し鬱陶しいけど、我慢できる?」


 魂に癒着してるだって…?

なんだか思ったよりひどい状況のようだが、命に別状ないなら…仕方ないかな。とりあえず頷くしかなかった。

 それに…"宝物"が常に自分の身に張り付いている、と思えば、なんだか有難い気もする。

 …いや、無理やりそう思えば、だよ?

 まぁでも、これくらいは許容範囲だ。他に突っ込みどころがいっぱいあるし。







 色々な話が一息つくと、フランシーヌが新しい飲み物を用意してくれた。

 どうやらこれで、彼らの尋問は終わりのようだった。こっそりと安どのため息を漏らす。

 すると、それを見たフランシーヌが、横に座ってやさしく背中を撫でてくれた。


「アキ、すこしは落ち着いた?」

「…はい、ありがとうございます」


 …ホンットこの人、優しいよなぁ。

 ツノさえ生えてなきゃストライクゾーンなんだけどなぁ。胸もでかいし。

 あーでも…いまの俺、女の子の身体になってるんだった。

 とほほ…元に戻れるのかな?戻れなかったらどうしようかな。


 そんなことを考えながら、コップを両手で抱えるようにして飲んでると、それまでほぼ無言状態だったゾルバルが「うーむ」と唸りながら、頭をボリボリかいた。

 彼の顔に浮かんでいた表情は、"困惑"だった。


「…ったく、なんなんだお前はよ。こんな説明信じろって言うのか?…おいフランシーヌ、お前どう思う?」

「どう思うも何も…この子はウソはついてないわ。全て真実よ」

「そうか。そりゃそうだよな。あんだけ"脅し"たんだ。ウソつけるわけねぇよなぁ」


 やっぱりあの威圧は"脅し"だったのか。めっちゃくちゃ怖かったし。

 おかげでウソつく気すら浮かばなかったわ。


 …それにしても、フランシーヌはどうやって俺が話した内容の真偽を確認したんだ?

 彼女の言い方には、明らかに"確信"があった。なぜなら、『ウソをついていないと思う』ではなく、『ウソをついていない』と断言したから。

 それだけではない。彼女の言葉を、ゾルバルは無条件かつ全面的に信用していた。

 このことから、フランシーヌにはなんらかの"相手の発言の真偽を確認するすべ"があり、その術をゾルバルは全面的に信頼していることが伺えた。

 どうやって判別しているのかはわからない。ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。

 …しみじみ、ウソつかなくてよかったよ。


 …まぁいいや。今はそのことは置いておこう。

 とりあえず自分のことは全部話した。次は…こっちが質問する番だ。




 俺は、この世界のことを何も知らない。

 サトシのこともある。だが、今後どうするのかを判断するためには、情報が足りな過ぎた。

 だから…聞かなければならない。この世界のことを。


「あの…俺には今の状況がさっぱり分からなくて。よかったらこの世界のことを俺に教えてもらえませんか?」

「…その質問に答える前に、お前に一つ確認しなきゃならんことがある」


 あっさりと教えてもらえると思っていたのに、返ってきたのは予想外に鋭い声だった。

 真剣な目で見つめてくるゾルバル。そこには、先ほどのような"脅す"威圧感はもうない。

 ただ、大事な質問であることはだけはハッキリとわかった。

 …これは、心して答えなきゃな。


「アキ。…お前はこれからどうしたいんだ?」


 シンプルな質問。

 …その質問の答えははっきりしていた。偽る必要もない。


 前の世界で、俺は…居ても居なくても問題の無い存在だった。

 だけど…あいつは違う。

 サトシは…俺とは違うのだ。


「俺は…この世界であいつを…サトシを探したい。見つけて、できれば元の世界に連れ帰りたい。あいつには…待っている人たちがたくさんいるから」



 ゾルバルは黙ったまま、懐に手を入れた。

 そこから取り出したのは…葉巻だろうか。先をちぎってその部分に手を添えると、一瞬で発火する。

 葉巻の煙を思いっきり吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。

 なんというか、ものすごくサマになっていた。


「…お前の友人とやらが、この世界にやってきている保証はないぞ?少なくとも…ワシらはお前のようなやつの存在を、これまで聞いたことがない」


 その可能性は考えないでもなかった。

 だけど…俺はこの世界に来た。だったらこの世界のどこかにヒントくらいはあるかもしれない。


「…それに、仮に来ていたとしても、とっくに死んでるかもしれんぞ?この世界は、お前が考えるよりもずっと過酷だ。もしそうだったら、お前は…どうする?」

「それは…正直わかりません。もし生きていたら元の世界に連れて帰りたいし、この世界に居ないのであれば…いるであろう世界に探しに行きたい。もしあいつが死んでいるのなら…少なくともその事実を、この目でちゃんと確認したい。いずれにしろ、白黒ハッキリしたい。それが俺の…考えです」

「…お前にとって、その友人はなんなのだ?そこまでして、探し求める理由は何だ?」


 彼の疑問はごもっともだ。

 俺だって、単にサトシが失踪しただけなら、ここまで考えなかったかもしれない。


 だけど…サトシは本当に"異世界"への移動手段を発見していやがった。そう、あいつはやり遂げたのだ。

 それであれば…今度は俺が"約束"を守る番だ。

 …それは、遠い昔に交わした、あいつとの"約束"。


 だから、俺は…あいつのことを探す。


「…俺にとってサトシは…"命の恩人"なんです。だから…」

「……そうか」


 そう言うとゾルバルは、葉巻を吸いながら目を瞑って黙り込んでしまった。

 …って、あれ?反応なし?

 このままではらちが明かないので、今度はフランシーヌをチラ見しながらお願いしてみた。


「改めてお二人にお願いがあります。俺に…この世界のことを教えてもらえませんか?俺はこの世界のことを何も知らない。あいつを探すためにも…この世界のことを知る必要があるんです」

「…アキ。貴女の考えは分かったわ。でも…今ここで情報を聞いたとして、そのあとはどうするつもりなの?今の貴女は、ただの14歳の…なにもできない小娘にしか過ぎないよ?」


 情け容赦ないフランシーヌの言葉に、思わず「うっ」と詰まってしまう。

 そうなのだ。確かにそれが問題なのだ。

 たとえこの世界のことを知ったとして、本当にサトシを見つけられるのか。

 それ以前に、俺がこの世界で生きていくことが出来るのか。

 …明確な答えを、俺は持ち合わせていなかった。



 …たぶん俺は、相当まじめな表情で悩んでいたのだろう。

 その様子を黙って眺めていたフランシーヌが、ふっと表情を緩めた。


「ねぇアキ?あなたがわたしたちに望むのは、教えてもらうことだけなの?たとえば…わたしたちに助けて欲しくないの?」


 そりゃ助けて欲しい。助けて欲しいに決まってる。

 こんな身体になってしまって、明日をどう生きていけるかもわからないわけだし。


 …だけどさ、いきなり今日初めて会った人に、そこまで望むのはあまりにも不躾じゃないか?

 なにより、これは俺の問題だ。

 俺はどうなってもいいが、それに巻き込むのは気が引けるし…

 だから…素直に『助けてほしい』とは言えなかった。


「もちろん助けてほしいです。だけど…そんな迷惑かけれません。そもそも、行き倒れてた見ず知らずの俺を助けていただいただけでもありがたいのに」


 すると、フランシーヌはなぜか下を向いてしまった。

 …あれ?どうしたんだ?なんかまずいこと言ったかな?

 首を傾げながら顔を覗き込もうとすると、ガバッと抱きしめられた。

 はちきれんばかりの豊満な胸の谷間に、いきなり顔を埋められる。


「まぁ…!アキってば、ホントに奥ゆかしくて可愛らしい子ね!んー、気に入ったわ!」

「んぷぷぷ」

「あ、ごめんなさいね。息出来なかったわね」


 必死にもがいてると、ようやく胸から解放してくれた。

 ぷはーっ!生き返った!

 あぶねー!危うく昇天するところだったぜ。








 なんとか呼吸を整えている間、二人の間でなにか会話があったようだ。


「……ねぇ、ゾルバル様?」

「…あぁ、わかったよ」


 フランシーヌの問いかけに、頷くゾルバル。

 苦虫をつぶしたかのような表情を浮かべて、吸いかけの葉巻を灰皿にぐいっと押し付けた。


「おいアキ。お前の友人…サトシだったか?ワシらがそれを探す協力をしてやろう」

「…えっ?」

「もっとも、ワシらは諸事情でここをあまり動けんから、知り合いに頼んで情報を収集してもらう形になるがな」


 思ってもいない言葉に、思わず声が漏れる。

 …今、彼はなんと言ったか。

 サトシを探す…協力をしてくれる?

 願ってもないことだが、あまりの急展開に頭が付いていかない。


「その間、ワシらがお前を教育してやる。知識もそうだが…このまま放り出したら、お前はすぐに死ぬだろうからな」


 それって…どういう意味だろう?

 首をひねっていると、親切にもゾルバルが教えてくれた。


「さっき言っただろう?ここは、"ベルトランド王国"の最奧。"大魔樹海"にある一軒家。1歩外に出れば、そこは…猛獣や魔獣どもがひしめく"死の森"だ。お前みたいなのを放り出したらすぐ死んでしまうだけだ」


 どうやらここはひどい場所に在るらしい。

 それこそ、一人で生き延びていくことさえも困難な…


「なーに、ワシらには待ち時間が腐るほどある。その間、たっぷり鍛えてやるよ。それこそ、この世界でも…ある程度生き延びれるくらいにはな」


 不敵に笑うゾルバル。もしかして、特訓コースですか?

 なんか肉食獣みたいで怖いんですけど…


「もちろん、その間の生活の面倒も見てやる。そのかわり…ワシが認めるまで、この地から離れることは許さん。それが条件だ」


 この条件は納得できた。たぶん…俺を守るための条件なのだろう。


 ゾルバルの提案。はっきり言って、願ってもない破格の条件だった。

 安心して独り立ちできるレベルまで、教育も含め面倒を見てくれるという。

 しかも、その間に情報収集までしてくれるのだ。


 だけど、なんで見ず知らずの俺にそこまでやってくれるのだろうか…

 今の俺には、なにも返せるものはないし…


「ふんっ。お前に礼なぞ期待しておらんよ。長い待ち時間で退屈しとったから、良い暇つぶしが見つかった程度の話だ。…それに、拾ってきちまった責任もあるしな」


 拾ってきたって…俺は犬か猫かよっ!?

 睨むように彼の顔を見ると、サッと顔を逸らした。あ…もしかして、照れ隠し?

 ゾルバルってば、顔はメッチャ怖いけど、実はとっても優しい人だったりする?



「きゃー!よかったわね!今日から貴女はうちで生活よ!とりあえず…知識はわたしが教えてあげるわね」

「あ、ありがと…うわっ!?」


 それまで黙ってやりとりを見ていたフランシーヌが、満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。

 うれしいけど…うぷぷ、また巨乳の海におぼれてしまううぅぅ。


 必死にもがいて、フランシーヌの肉玉からなんとか抜け出す事に成功した。

 こいつはまじで凶器だ…やばすぎるぜ。

 荒い息を整えながら、呆れた表情を浮かべているゾルバルに一つ尋ねた。


「と、ところで…この世界に何か呼び名はあるの?」

「ん?この世界の呼び名か?ワシはこの世界のことを…新世界【エクスターニヤ】と呼んでいる」


 新世界…エクスターニヤ。

 それが…俺が初めて知る、この"異世界"の名前だった。






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