38.選ばれしもの
パシュミナさんが旅立ちの準備を整える間、『明日への道程』のメンバーがここ『グイン=バルバトスの魔迷宮』に滞在することになった。
なんでも【図書館】が無人になってしまうため、その閉鎖処理に時間を要するのだとか。
その間、現役最強と言われている『明日への道程』のメンバーたちと交流する機会を得ることができたんだ。
「よーし。それじゃあ待ってる間、お前がどれくらい強くなったか確認してやろうか」
「…お兄ちゃん、あたしは昔のあたしじゃありませんわよ?覚悟なさって」
そんな感じでバチバチと火花を交わしているのは、レイダーさんとスターリィの兄妹。さっそくトレーニングルームで模擬戦闘をすることになったようだ。
そのことを知って大喜びしたのがボウイ。そういやこいつはレイダーのことをスターリィ以上に崇拝してたからな。『レイダーさんは俺の最終目標だっ!』とか普段から宣言してたし。
たぶんこいつからしたら、レイダーVSスターリィとか夢の共演なんじゃないかな?
意外なことにカノープスも見学するみたいだった。「現役最強がどんなもんか、ぼくも見てみたいんだ」というのがこいつの言い分。別に素直に見たいって言えば良いのにな。
あとはベルベットさんも見学組だ。ずっとレイダーさんのあとをついていったりしてるし、やっぱり恋人とかなのかな?その割にはレイダーが素っ気ないんだけど…
…ということで、俺も二人の模擬戦を見学しようかと思ってたら、不意に声をかけられた。
「よう、嬢ちゃん。ちょっと俺と話をしないか?」
声をかけてきたのはガウェインさん。俺の兄弟子に当たる人だ。いや、ナンパはお断りなんですが…という冗談はちょっと通じそうにない。人相が肉食獣そのものだし。
その横にはウェーバーさん。どうやら彼もここに残るみたいだ。…なんでだ?
その結果、必然的にこの場には…俺とガウェインさんとウェーバーさんの3人が取り残されることになったんだ。
わーい、逆ハーだぜ!なーんて浮かれるほど、俺の脳みそはスイーツではない。正直嫌な予感しかしなかったんだ。
「ほほぅ、おまえさんがゾル師匠の最後の弟子ねぇ」
俺のことを上から下まで舐めるように観察しながら、牙をむき出しにしてニヤリと笑うのはガウェインさん。悲しいかな、そこに好色の毛はなく、あくまで闘えるかどうかだけを無機的に観察していた。その姿は、まさに野獣そのもの。
なんでもちまたでは『野獣』という二つ名をいただいているそうで…なるほど、ナイスなネーミングだと思う。
「ちょっとガウェイン。そんな怖い顔で声をかけてたら、いくら可愛い妹弟子だからって困っちゃいますよ?」
「んあぁ?」
ガウェインさんの凶悪な面にビビりまくっていた俺をフォローしてくれたのは、『氷竜』の異名を持つ魔導師ウェーバーさん。
優男のような顔立ちに、世にも珍しい水色の長髪を備えたかなりの美男子だ。
どう返事したものか悩んだ結果、とりあえずは頷くことでゾルバルの弟子であることは認めたものの…そこから先何をどう話せば良いのか分からなくなってしまった。
…なぜなら俺は、ガウェインさんの師匠でもあるゾルバルの直接死因に関わっているのだから。
そんな心配をよそに、ガウェインさんが肉食獣みたいな表情を少しだけ緩めたあと、ポンッと俺の肩に手を置いてきた。
「そう緊張するなよ。事情は全部聞いてる。
別に俺は、お前が悪いとはこれっぽっちも思っちゃいねえよ。師匠はやるべきことをやって逝ったんだからな。だから…気にするな」
あぁ、この人はこれを俺に言いたかったんだな。見かけによらず根は優しい人みたいだ。
「ったく、おまえが女じゃなきゃあ一戦交えてみたかったんだけどなぁ。俺はレイダーと違って女を殴る趣味は無ぇからよぉ…残念だぜ」
…前言撤回、やっぱりただの脳筋さんでした。
「こらこら。こんなに可愛らしいお嬢さんを捕まえて、そんな野蛮なことを言うもんじゃありませんよ」
ウェーバーさんが笑いながらさらっとガウェインさんから引き離してくれた。
いやー、助かったよ。あのまま居たらガウェインが我慢できなくなって、いきなり襲いかかってきそうだったしな。いや、変な意味じゃなくてね。
…でもさ、ウェーバーさんはなんでわざわざ俺の腰に手をまわしてるの?
「おっと失礼。きみがあんまりにも可憐なレディだったので、つい」
歯の浮くようなセリフで誤魔化してくるウェーバーさん。なーにがつい、だよ。こいつもなんとなくあぶない感じだな、ガウェインさんとは別の意味で。思わず殴りそうになったよ。
そのとき。なにを思ったのか…ウェーバーさんが俺の耳のすぐそばでクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
ちょ、なにしてんですか!
「…あぁすまない。なんだかきみから懐かしい匂いがしている気がしてね」
「おいおいテメェ、どこの変態だよ」
ナイスつっこみ、ガウェインさん!この変態さんをどうにかしちゃってください!
「いやいや、ちょっと誤解しないでくれよ。アキ、きみ…もしかしてフランシーヌの知り合いかい?」
ウェーバーさんの口から出てきたのは予想外の名前。俺は驚きを隠せなかった。まさか…ここで彼の口からフランシーヌの名前が出てくるとは夢にも思わなかった。
「やっぱりそうなんだね。いや、実は私とフランシーヌは古い知人でさ。きみはフランシーヌの正体は知ってるんだろう?」
「ええ、フランシーヌは…私の一般教養の先生だったんです」
「へぇー。フランが君の先生?あはは、変われば変わるもんだねぇ」
大笑いするウェーバーさん。
なんでだろう?疑問に思って聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。
「フランシーヌはね、昔はとっても気性の荒かったんだよ。いろいろあって大人しくなったって聞いたんだけど…」
色々については残念なことに詳しくは教えてくれなかったんだけど、俺の知るフランシーヌとはかけ離れたイメージに戸惑いを隠せなかった。
あのフランシーヌが、荒れていた、ねぇ…。まぁ人にはいろいろな過去があるんだろうから気にしないんだけどさ。
それにしても…フランシーヌの『昔からの知人』って、どれくらい昔の話なんだろう。
「いや実はね。私もフランシーヌと同じ【古龍】なんだよ。【水龍】って種類なんだけどね」
爽やかな笑顔から発せられた、驚きの告白。
まじかよ…たしかにスターリィから『人間ではない』とは聞いていたけど、まさかフランシーヌと同じ【古龍】だったとは。
「それで、彼女はいまどうしてるんだい?」
「……」
胸の奥に疼く、鈍い痛み。
フランシーヌは…愛するゾルバルが亡くなったのを機に、行方が分からなくなってしまっていた。
俺の…せいだ。俺がゾルバルの命を奪うことになったから…
「…なんだか気まずいことを聞いちゃったみたいだね。ごめんね」
「あ、いえ。かまわないんです。ただ、私もフランシーヌがどこに居るのか知らなくて…」
「そっか、まぁ彼女のことだ。そのうちふらっと現れるだろうさ」
だったら良いな。フランシーヌ、また会いたいよ…
「…大丈夫、きみは必ずまたフランシーヌに会えるよ」
「えっ?」
「だって…きみはフランシーヌに”祝福”されてるから」
フランシーヌが…俺のことを祝福?
意味がわからない。どうしてだ?彼女は俺のことを恨んでるんじゃないのか?
「”龍の祝福”はね、【古龍】が大切に想う存在に、遠方から加護を加えるものだよ。つまりきみは…フランシーヌから今でも大切に想われてるってことさ」
フランシーヌが…俺のことを大切に想ってくれてる?
今でも…変わらずに?
その事実に、俺は思ってた以上に衝撃を受けた。だって…あんなことがあったんだ。恨まれて当たり前だと思ってたんだから。
それが…本当は”加護”をくれてたなんて…
熱いものが、頬をゆっくりと伝って落ちていく。気がついたら…俺は泣いていたんだ。
「おやおや、泣かせてしまったみたいだね。ごめんよ」
「あーあー、俺は湿っぽいのはニガテなんだよ!」
そう言いながらも、二人は優しく…号泣する俺の肩や背中を撫でてくれたんだ。
一通り泣いてしまって落ち着いたところを見計らって、ガウェインさんが頼みごとをしてきた。
「ところでよ。おまえさんゾル師匠の形見の剣を持ってるんだって?俺に見せてくれないか」
そうだよな、ガウェインさんもゾルバルの弟子だったんだ。彼が化身した剣を一目見たいことだろう。
俺はその申し出を快諾すると、自室に置いていた『退魔剣ゾルディアーク』を取りに戻った。
「これが…師匠の…」
手渡された剣を感慨深げに眺めていたガウェインさん。突然懐から何かを取り出した。あれは…瓶?
気合いとともに片手で瓶の蓋を開けると、中に入っていた液体をドバドバとかけだした。
ちょっ…な、何を!?
瞬時に広がるアルコール臭。どうやらガウェインさんはお酒を振りかけてるみたいだった。
「…こいつはなぁ、師匠が大好きだった『魔獣殺し』って酒なんだ。師匠、あの世で喜んでるかな?」
少しだけ寂しそうにそう口にするガウェインさんの姿に、胸を打たれて目頭が熱くなった。
ああ、こうして彼もゾルバルのことを弔ってくれてるんだな。ゾルバル…兄弟子のガウェインさんは、とっても素敵な人だったよ。
「おー、そんなとこで何やってるんだ?って、酒くさっ!」
俺たちにがセンチメンタルな気分に浸っていると、向こうからやってきた人物に声をかけられた。スターリィと模擬戦をやっているはずのレイダーさんだ。後ろからはベルベットさんがヒョコヒョコと付いてきている。
…ってあれ?スターリィたちは?
「あれ?レイダー、お前スターリィちゃんと模擬戦やってたんじゃないのか?」
「ん?あぁ、もう終わったよ。あっちでぶっ倒れてるけど、慌てて戻ってきたパシュミナが治療してくれてるから、すぐにこっちに戻ってくると思う」
「ふふっ…レイダーは実の妹にも容赦ないですね」
あちゃー、どうやらスターリィはコテンパンにやられちゃったみたいだ。それにしても魔力覚醒して”天使”になったスターリィを相手にして、もう終わったのかよ。
しかも汗ひとつかいてないレイダーさん。その姿に、なんとも複雑な気分になる。どんだけ強いんだ?この人。
そんなことを考えてたら、向こうからパシュミナさんに抱えられるようにしてスターリィと、ついでに男二人も一緒に戻ってきた。
よかった、大した怪我もしていないみたいだ。それにしても、妹に対してもまったく容赦ないんだなぁこの人は。
「んで、何してたんだ?ガウェインがアキみたいな普通の女の子と話してる様子を見ると、なんか違和感しか感じないんだけど」
「あー、ちょっと師匠の”形見”を見せてもらってたんだよ。ほれ」
ガウェインさんが『退魔剣ゾルディアーク』をポイッと放り投げた。酒の匂いに顔をしかめながら、片手で剣を受け取る。
何気ない、レイダーさんの動作。
だが…その瞬間、この場の空気が激変した。
音域ギリギリをつくような鋭い音が、耳の奥を突き抜けていった。
同時に、凄まじい量のオーラが爆散する。まるで…この場所全てが、まったく異質な世界に変質してしまったかのよう。
それほど劇的に…場の雰囲気が変わったのだ。
その原因は…レイダーさんにあった。
いや、正確には…レイダーさんと、その手にある『退魔剣ゾルディアーク』に、だ。
ああ、この空気…つい最近、似たようなものを感じたことがある。
それは…スターリィが【フレイアの指輪】に出会ったとき。
そう、これは…出会うべきものが出会ってしまったときにだけ奏でられる、運命を告げる神の調べ。
だから、俺は…気づいてしまった。いや、気付かされたんだ。
『退魔剣ゾルディアーク』の真の持ち主が、今ここに現れたのだということを。
それは…他でもない、レイダーさんだった。
ゾルバルが死んで『退魔剣ゾルディアーク』に変化した時から、ずっと考えてきた。
もし…この剣の真の持ち主となるべきひとが現れたとき、俺はどうするのか。
選ぶのはゾルバルだ。正確には『退魔剣ゾルディアーク』だが、俺からするとそれは同じものだ。
ゾルバルが選んだ相手だったら、俺が口を挟む余地なんてない。喜んで剣を渡そう。ずっとそう思ってた。
その代わり、関係ないものには決して剣を使わせなかった。それには俺自身も含んでいた。
なぜなら…真に選ばれたもの以外の人にこの剣を使わせることは、ゾルバルに対する侮辱のように思えたからだ。
だけど、ついに真の持ち主が現れた。
しかもそれは…他の誰でもない、『勇者』レイダーだ。
七大守護天使のパラデインとクリステラを両親に持ち、世界最強と名高い冒険者チーム『明日への道程』のリーダー。
これ以上、ゾルバルの剣の持ち主として相応しい相手はいないだろう。
俺は、歓喜に震えるべきだった。
ゾルバルとの約束をひとつ、果たすことが出来たのだから。
しかも、その相手がこれ以上ないほど相応しい相手なのだから…
「…完全にこの『天使の器』はレイダーと共鳴してますね。まさか3つ目のオーブに選ばれるとは…」
ウェーバーさんが驚きのあまり目を見開いている。その瞳はトカゲのように縦長となっていて、フランシーヌを彷彿とさせた。
「くそっ、まさかお前が師匠のオーブに選ばれるとはな。まーた差がついちまうじゃねぇか」
悔しそうにしながらも、どこか嬉しそうにガウェインが吼える。
そんな二人にニヤリと笑み返すと、レイダーさんは俺の方に向き直った。
「なぁ、アキ。どうやら俺はこの『退魔剣ゾルディアーク』に選ばれたらしい。よかったら…こいつを俺に譲ってもらえないか?」
「うっわー、すげぇな!レイダーさんの力になるんだろう?だったらその剣も冥利につきるよな!」
ボウイの無邪気な言葉が心に刺さる。
冥利に尽きる。
たぶん…そうなのだろう。
頭では分かってる。分かってるんだけど…
「アキ…どうしたんですの?」
スターリィが心配そうにそばに寄って来た。今の俺は…心配されるような、深刻な顔をしているのか?
そういえば、昔やっていたテレビゲームのことをふと思い出す。
そのゲームの中に、主人公たちに大事なアイテムを渡すのが役目のキャラクターがいた。そいつは主人公に出会うとこう言うんだ。
「勇者よ、あなたのような方をお待ちしておりました。あなたにこのアイテムをお渡しします」ってな。
そんなシーンを見るたびにいっつも思ってた。
あー、なんでこいつはアッサリと重要なアイテムを見ず知らずの主人公に渡すんだろうか。もうちょっと勿体ぶっても良いんじゃないかって。
そして、ふと気づく。…今の俺の立場は、そのゲームに出てきた『主人公に大切なアイテムを渡すキャラ』そのものじゃないか。
主人公はもちろん、レイダーさん。世界を救うだけの実力を持つ、本物の勇者。
さぁ、勇者が現れた。
重要なアイテムを、彼に渡そう。
そうすべきなんだ。誰が見ても…それが正しいはずなのだから。
だけど。
俺にはその”正しいこと”が、どうしても受け入れられなかった。
いや、レイダーさんがすごい実力を持っているのは分かる。実績だって相当なものだ。いくつもの偉業は俺の耳にも届いている。なにより…大切なスターリィの兄貴だ。
でもそれはすべて、他人から聞いたり本人の実力には関係の無い話だ。
俺はなに一つ見てないし、確認もしていない。
そんな伝聞だけで、大切な…ゾルバルの形見を渡すわけにはいかない。
なぜなら俺は…ゾルバルからこの剣を託されたのだから。
…そうだ。俺が預かった以上、この剣を渡すべき相手かどうかは、この目で確かめさせてもらう。
伝聞や血筋なんて関係ない。この俺が…俺自身が、この目で、この身体で、魂で、確認するんだ。
「もし、この剣が欲しかったら…」
「…?」
「この剣が欲しければ、私と戦って…勝ち取ってください」
俺は、主人公に無条件でアイテムを渡すだけのつまらないモブなんかじゃない。
分かるか?
俺が預かっているのはなぁ…誰よりも誇り高い、最高の戦士の”魂”なんだよ!
勇者?主人公?そんなもんは関係ない。
俺が認めるやつ以外、ぜったいに…ゾルバルの魂は渡さない!