36.魔力覚醒
カツーン、カツーン。
足音が、狭い地下通路に木霊する。
先に歩いているのはスターリィだ。手に持った杖に【照明】の魔法を灯して道を照らしてくれている。
俺は残念ながら魔法が使えないから、スターリィの後ろを歩いていた。
…今日のスターリィは、珍しく短いスカートを履いてた。ポニーテールを揺らしながら歩く姿は、本当に可愛らしい。思わず後ろからガバッと抱きしめたくなる。
そんなに動き回ってるとパンツ見えそうになるんだけどなぁ。いいのかな?あれ。
ちなみにスターリィはスタイルも良い。背は今の身体の俺よりも少し高いくらいだけど、なんというかモノが違う。
まぁ、パンチラ見えたところで反応するものは無いんだけどさ。でも…見えたら嬉しいよ?
「どうしたんですの?さっきからなんだか視線を感じるんですけど…」
「いや、今日のスターリィのお洋服が素敵だなぁって思ってさ」
「…本当ですの?」
じとーっとした目で俺のことを疑り深そうに見てくるスターリィだけど、その表情はとっても嬉しそうだ。
というか、今日はめっちゃ機嫌がいい。どうしてかな?なんか良いことあったのかな?
「ねぇアキ。思い出しませんか?」
「へ?なにを?」
「んもう!…こうして二人っきりで冒険するのも久しぶりなんですわよ?」
「…あぁ、そうだね。ゾルバルの山でのイノシシ狩り以来かな?なんだか随分前のことのように感じるよ」
「ふふっ、あのときはビックリしましたわ。だっていきなり目の前ですごい魔法を使い始めるんですもの」
こうやって二人だけの思い出話をするのもすごく楽しいなぁ。久しぶりのスターリィとのお出かけに浮かれてたのは、実は俺の方だったりして。
なんと今日は、スターリィと二人っきりで魔迷宮の7階を探索していたんだ。
これまでは4人一組で探索していたんだけど、実際にはほとんど危険もないことから、時間短縮のためにもパーティを二つに分けて探索することになったのだ。
パーティ編成については苛烈な意見のぶつかり合いの結果、俺とスターリィの女子組と、ボウイとカノープスの男子組に分かれることになった。
カノープスとボウイは猛烈に抵抗したんだけど、こればっかりは譲れない。
だってさ、そんなのスターリィと一緒がいいに決まってるじゃないか。少なくともカノープスと二人っきりだけは絶対にイヤだ。
結局はスターリィが俺の腕を掴んで離さなかったので、ボウイが折れてこの構成に決まったんだけど、正直心の中でガッツポーズしたもんだね。
ちなみに、なぜ俺たちがこの『グイン=バルバトスの魔迷宮』を探索しているのかというと…
ここ魔迷宮には数多くの”隠し部屋”が存在している。その”隠し部屋”の中に、たまに…それこそ本当にたまに、”魔道具”が置かれているのだ。
そういった隠れた魔道具を探すために、俺たちはこの魔迷宮を探索しているのだ。
この魔迷宮は、地下10階まで存在している。俺たちが主に生活を送っているのは地下4階だけど、その広さは広大で、一週間使っても1フロアですら探索できないほどの広さがあったんだ。
どうやってこんな場所を作ったのかずっと不思議だったんだけど、あるときパシュミナさんが「そういえば…魔界に”迷宮を作る固有能力”を持った魔族がいたんですよね」という話を口にしたことがあった。おそらくその魔族がこの世界に召喚されて作ったのだろう。
…もちろんその魔族の人は、今は生きていないと思っているけどね。
そんな…かつて『魔王』の住処だったこの魔迷宮なんだけど、決戦の際には大して探索されることもなく、その後もずっと手付かずで放置されていたらしい。
だけど…以前スターリィのお兄さんであるレイダーがこの迷宮の探索を行い、その際いくつかの隠し部屋を見つけたのだそうだ。
その中のひとつに…【天使の器】が置いてあって、それを使ってレイダーは”天使”になったのだという。
なんちゅうか、物語になりそうなくらい劇的な展開だよな。
そんな話もあったので、俺たちもレイダーさんにあやかろうと、この魔迷宮で時間を見つけては隠し部屋を探していたんだ。
この広い魔迷宮のどこかに、スターリィやボウイ、あるいは俺が魔力覚醒するための【天使の器】が、出逢える時を夢見て待ってくれてるんじゃないかって思ってね。
実際これまで隠し部屋が3つほど見つかったんだけど、そこには残念ながら【天使の器】は無かった。
その代わりと言ってはなんだけど、その部屋には”魔法道具”が隠されていたんだ。
これがなかなか価値のあるもので、それはそれで嬉しかったんだけどね。
ちなみにこれは俺の推測なんだけど、この魔迷宮に存在してる【天使の器】は、かつての魔戦争の折にこの世界に召喚されたまま行方不明になった魔族の人たちの成れの果てなんじゃないかと思っている。
『魔王』に逆らって殺されたのか、おかしくなって死んでしまったのか…それは分からない。
いずれにせよ、魔戦争の時にその名前すら上がることがなかった不幸な魔族たち…しかもそのすべてが上級魔族である彼らを、俺たちは一人でも多く見つけてあげたいという気持ちもあったんだ。
まぁ、見つかれば、だけどね。
魔迷宮は、フロアごとにその特色が変わっている。今いる七階層は、本当に洞窟のような姿形をしていた。他には宮殿みたいなフロアや、ブロックで固められた人工的な通路のフロアもある。
俺たちがこのフロアを探索しているのは、スターリィの探査魔法が有効なフロアだからだ。この魔迷宮は、探知魔法を持ってないと色々苦労しそうだなぁ。
…そういえば、スターリィのお兄さんであるレイダーもこの魔迷宮を探索したんだよな。
たしか『明日への道程』って名前の冒険者チームのリーダーだったと思う。
どんなチームなんだろうか…せっかくだからスターリィに詳しく聞いてみよう。
「ねぇスターリィ。君のお兄さん…レイダーさんって、ここに一人で来たの?あ、でもあの”門の試練”があるから一人じゃ無理か」
「お兄ちゃんがここに来たのは5人だったらしいですよ。お父さんとお母さんと、あとはお兄ちゃんの冒険者チーム『明日への道程』のメンバー二人です。魔術師のウェーバーさんと、戦士のガウェインさんですわね」
おぉ、ガウェインという名前は聞いたことあるぞ。たしか俺がゾルバルの弟子になる前に弟子だった人…つまり兄弟子に当たる人だ。
なんでもゾルバルの【魔纏演武】を使える、唯一の人間らしい。
でも、ここの入り口は4人の”天使”級の人が必要なはずだったよな。レイダーさんはここに来て目覚めたって聞いてるし、どうやって解決したんだろう。一人は…そのウェーバーって人なのかな?
「ええ、そうですわ。ウェーバーさんと…もう一人は臨時でデイズおばあさんに入るときだけお願いしたそうです。
ウェーバーさんとはあたしたちが小さい頃からの知り合いなんですけど、あの方はとても優秀な魔導師でして…いまはお兄ちゃんの力を見込んで、一緒に旅をしているんですよ」
へーそうなんだ。
ということは、けっこう年上の魔導師なのかな?おじいさんとかだったりして。
「いいえ、その…ウェーバーさんは人間ではないので、見た目はとってもお若いです。あたしが小さい頃からまったく外見が変わっていませんから」
まじかよ。フランシーヌみたいな感じなのかな。
でもさ、それだけ強い人が一緒にいるっていうのは凄いよなぁ。兄弟子だってゾルバルが認めたくらいだから相当強いだろうし。
その中でリーダーを張っているってんだから、それだけでもたいしたものだよな。
「実は最近、もう一人パーティメンバーが増えたそうです。女の人だって聞いているんですけど、まだ名前とかは知らなくて…」
「へぇー、じゃあもしかして恋人とかだったりするのかな?」
「こ、恋人!?お兄ちゃんに!?」
なんか急にスターリィが動揺しだして、動きが怪しくなってきおった。むふふ、スターリィってばもしかしてブラコンなのか?
そう聞いてみたら、顔を真っ赤にして否定してきたよ。なんだよ、別にいいじゃんブラコンでも。
…それにしてもさ、お兄さんだってたしか20代だろう?そりゃ恋人の一人くらい居てもおかしくないと思うけどなぁ。
「うーん、そうなんですかね。まぁ…驚きはしますけど、お兄ちゃんが選んだ人だったら受け入れますけどね」
「大丈夫、スターリィには私がついてるから」
「そうですわね。って、言いましたわね?あたし信じますわよ?」
おっと、だいぶ話が逸れてしまった。
それにしても…スターリィの兄であるレイダーさんって、どれくらい強いんだろうか。
彼がリーダーを務める『明日への道程』は、すでに”歴代最強の冒険者チーム”という名声を受けていると聞いている。
もしかして、ゾルバルや、パシュミナよりも強かったりするのかな?
「そう…ですね。すごく強いと思います。はっきりとは言えませんが…勝つ可能性は十分あるくらいにはあるのではないかと」
まじかよ、そんなに強いのか。
正直簡単には信じられない。だってゾルバルなんて魔界最強の【闘神】なんて言われていたくらいだぜ?
「お兄ちゃんは…規格外なんですよ。なにせ…本来は一つしか使いこなせないはずの【天使の器】を二つも使えていますから」
それは…規格外だなぁ。
だって、一つ使えるだけでもとんでもない”天使の歌”を二つも使えることになるんだろう?そんなの反則じゃんか。
…あ、俺も複数使えたわ。
「しかも、使える固有能力がまた桁外れで…それが『絶対物理防御』と『絶対魔法防御』なんです。だから…お兄ちゃんには『物理』および『魔法』によるいかなる攻撃も通用しません」
…なんだそりゃ。
思わず絶句しちまったよ。
そんなやつ、規格外にも程があるだろう?勝てる勝てない以前に、傷つけることすらできないじゃないか。
いやー、少なくともスターリィのお兄さんが敵じゃなくてよかったよ。しみじみ。
そんな話をしている間に、迷路の行き止まりについてしまった。
スターリィがしゃがみこんで隠し扉なんかを調べてるんだけど…若い子がミニスカでしゃがんだりしたらあきまへんがな。
あ、今ちょっと見えちゃった。
「…ところでアキ」
「はへっ?」
い、いかん。パンチラ凝視してたのがバレたか?…と思ったけれど、そういうわけではなかったみたいだ。ほっと胸を撫で下ろす。
しかし…我ながら、女の子になってそこそこ経つけどまったく煩悩が消えないなぁ。
「最近、こんなにゆっくりと二人で話す時間もあまりありませんでしたね」
「あ、うん。そうだね…」
確かに、最近は空いている時間があれば本を調べてばかりだったからな。
あれから少しだけだけど、分かったこともあるし。着実に調査は進歩していた。
そのせいで…スターリィとゆっくりと話をしていなかったのは事実だ。
「ごめんね、スターリィ」
「ううん、いいんですの。アキには目的があるんですものね。ただ…」
ただ…なんだろうか。『これからはもう少しお話ししたい』とか『あたしと話す時間をもう少し取ってほしい』とか言われるのかな?
「ただ…なんでカノープスとは、最近仲良くしてますの?」
「へっ?」
まったくの想定外の方向からの一撃に、思わず変な声を漏らしてしまった。
俺が、カノープスと仲良く?どういうことだ?
「だって…この前、二人で顔を寄せ合って話していたでしょう?」
げっ!
スターリィめ、あのとき…見てやがったのかよ!
たぶんスターリィが言っているのは、例の『カノープスにキスされかけ未遂事件』のときだ。
あのときは何事もなかったかのように獣耳もふもふされただけだったから、見ていなかったと思ってたんだけど…まさか見られていたとは。
「いや、あれはなんというか…事故というか、なんというかその…」
「…本当ですの?」
壁に寄っ掛かりながら不審な目を向けてくるスターリィ。
くそっ、なんて目で見てきやがる。まるで心の奥底を見透かすような目だ。
こうなったら…俺と同じ目に遭わせてやろうかな。都合が良いことに、壁に寄りかかっているし。
やるなら…今しかない。
「口で言っても分からないなら、態度で教えてあげるよ」
俺はスターリィにすっと近づくと、壁に寄っ掛かっている彼女の顔の横にドンっと手をついた。オマケに顔をずいっと近づける。
超至近距離で見つめ合う、二つの瞳。
どうだ!
…やっべぇ、なんかこっちがドキドキしてきたよ。
「…これで、わかった?」
「…何がですの?」
「いや、だからその…」
こうやって至近距離で見るスターリィは、ほんっとに可愛い。
少し勝ち気な瞳に、整った鼻に、厚い唇。今日はナチュラルメイクしてるのかな?
少し見上げるような感じになってるのがちょっぴり情けないんだけど、まぁ仕方ない。それよりも、今にも触れてしまいそうな距離にあることが問題なのだ。
じーっと、俺の目を見つめてくるスターリィ。決して逸らそうとしない。
いかん、あのときとまったく逆の状況になっちまったぞ。
こうなると、不思議と目を先に逸らしたほうが負けな気がしてくるんだよなぁ。なんでだろうか。
でも、結局俺の方が耐えられなくなって、先に視線をそらしてしまった。我ながらヘタレだこと。
少し凹んでしまって俯いたら、ふふっとスターリィが微笑んだ気がした。
「バッカみたい、ですわ」
そう言うと、スターリィが…ゆっくりとその瞳を閉じたんだ。
へっ?
目の前には、目を閉じたスターリィ。もちろん、完全無防備だ。
これは…俺にどうしろというんだ?
いや、本当は分かってる。
これは…キスを待ってるんだ!
いやいや、ちょっと待てよ。そんなわけあるかい!
だって今の俺は”女の子”だよ?
それなのに…キス待ちなんてするわけないじゃないか。
いやでも、スターリィにはこれまでさんざん自分のことは男だと思えって言ってきた。
ってことは…まさか…
ゴクリ。
生唾を飲み込む。
いけ。いくんだ、アキ。
こんなチャンス、二度とないぞ?
俺は覚悟を決めると、スターリィの両肩をそっと手で掴んだ。
ピクッとスターリィの身体が揺れるけど、それ以上は変わらない。
そして…ゆっくりと顔を近づけていった…そのとき。
変化が突然訪れた。
きゅぴぃぃぃぃぃん。
鋭い音が鳴り響いたかと思うと、スターリィが寄りかかっていた壁に、光の線が走り出した。
それはまるで、意志を持った生き物のよう。幾何学模様のように複雑な線を描いていった。
「なっ!?」
慌ててスターリィを抱き寄せると、壁と距離を取って上で、最新の注意を払いながら状況を観察する。
最初は慌てていたスターリィも、すぐに状況の変化に気づいて、杖を前に突き出しながら警戒態勢に入った。
壁には、複数の光の線が縦横無尽に走っていた。最初はランダムに走っていた光も、やがて光の線が一定の向きに動き始め…次第に長方形に形どっていった。
その形は…まるで扉のよう。
「これは…扉?」
「みたいですわね。入ってみましょうか?」
いつもなら警戒心でいっぱいのはずのスターリィのほうが積極的に誘ってくるなんて珍しいな。どうしたんだろう?大丈夫なのか?
「ええ、たぶん大丈夫ですわ。中で…あたしのことを呼んでいるものがある気がするんですの」
なんだよ、その危ない話は。
でもスターリィは、俺が制止するのも聞かずにそのままスッと光の扉に入ってしまった。
慌ててその手を掴むと…俺も一緒にその光の扉の中に吸い込まれていった。
気がつくと、俺たち二人は小さな部屋の中にいた。
その中心に、まるで部屋の主のように鎮座しているのは…等身大の女神像。突き出すように前に出された右手の指には、光り輝く金属の指輪がはまっている。
「ここは…もしかして隠し部屋か?」
「…そのようですわね」
ん?なんかスターリィの返事が鈍いなぁ…と思って振り向くと、彼女は女神像の指にはまっている指輪を凝視していた。
おやおや、お宝に目を奪われてたんかい。なんだかんだ言ってもスターリィは冒険者なんだなぁ。
それにしても、この指輪はなにかの魔道具なのかな?
使える道具だったら良いんだけど…って、マジでスターリィの様子がおかしいぞ?
なんだかボーとした感じで指輪を見つめ続けてるし…どうしたんだ?
「アキ。あたし…見つけましたわ」
「ん?なにを?」
「あたしの…【天使の器】を、ですわ」
陶然とした表情のスターリィの口から飛び出してきたのは、とんでもない一言だった。
えええっ!?マジで?
じゃあこの指輪が、スターリィの【天使の器】だってこと?
スターリィは指輪を凝視したまま頷くと、女神像の指輪に手を伸ばした。
像から慎重に取り外すと、ゆっくりと自らの指にはめる。
次の瞬間。
すさまじい変化が巻き起こった。
スターリィから爆発的なまでの波動が飛び出してきた。
それは、溢れ出る魔力の流出。すざましい量の魔力が、スターリィの全身から吹き出しはじめたのだ。
「あぁぁぁ…」
スターリィが、なんだか悩ましい声を上げる。それは、身体の芯から大きなものが湧き上がってくる感覚に耐えているかのよう。
その後の変化は急激だった。スターリィの全身を包む魔力が白色に輝き、背中へと移動していく。
そして…巨大な”天使の翼”が、スターリィの背に具現化した。
この瞬間、彼女は【魔力覚醒】し、”天使”となった。
それは、彼女が人類の限界を突破した存在の仲間入りを果たしたことを意味していた。
背中に天使の翼を生やし、白銀色に輝く”天使”へと姿を変えたスターリィは、神々しいまでに美しかったんだ。
「スターリィ、やったんだね」
「ええ…あたし、やってしまいましたわ」
魔力の噴出も終わり、ようやく落ち着いたところで部屋を出た俺たちは、喜びを爆発させた。
スターリィを思いっきり引き寄せると、力いっぱいギューって抱きしめた。
だって…ついにスターリィが【魔力覚醒】したんだぜ!こんなに嬉しいことは無いよ。
スターリィも少し泣き笑いしながら、俺の薄い胸にギューっと頭をスリスリしてくる。んー、スターリィの胸が押し付けられる感触が堪りませんぜ。
「…本当にありがとう、アキ。あなたのお陰ですわ。あなたが…あたしに勇気をくれたから」
「いやいや、私は何もやってないよ。これは全部スターリィの実力さ」
「ううん、そんなことありません。あぁ…でも嬉しい!本当に天使になれるなんて、夢みたい!!」
指輪をはめた手で俺の手を握りしめたまま、俺の周りをクルクル回るスターリィは、まるで欲しかったオモチャを与えられた子供のよう。
本当に嬉しかったんだな。良かったよ。
…きっと神様は、スターリィのがんばりをずって見てくれてたんだな。
「きゃっ!」
バランスを崩したスターリィが、俺の方に倒れこんできたので、あわてて彼女を支える。思わずお姫様だっこみたいな感じで抱き抱えてしまった。
「だ、大丈夫?って…」
うわっ、顔近っ!またもや至近距離で目と目が遭ってしまったよ。
思わず動きが止まってしまう二人。
うぅ、どうしよう…でも、ヘタレな俺に出来ることなんて何も無くて。
アタフタした挙句、スターリィから視線を逸らした…そのとき。
「バッカみたい、ですわ」
ふわり。
なんということでしょう。
スターリィの顔が…俺の顔に覆いかぶさったんだ。
えっ?
唇に触れる、柔らかい感触。
だけどそれは、ほんの短い時間で…
柔らかい感触は、すぐに離れていった。
うそっ?
ほんと?
あれれ?
もしかしていま…スターリィにキスされた?
誤魔化すように、サッと顔を逸らすスターリィ。
だけど俺は、未だに脳内が混乱の真っ只中にあったんだ。
ど、どういうこと?
完全に思考停止してしまった俺。
その正面には、俯いてしまって表情も見えないスターリィ。
と思ったら、ドーンと思いっきり突き飛ばされてしまった。
ぐはぁ。勘弁してくれよ。
「えーっと。スターリィ、いまのは…」
「…さぁ?知りませんわ」
「ええっ?!でも…」
「アキ。ちゃーんと、責任取ってくださいね?」
それだけを言うと、そのままスターリィはスタスタと去って行ってしまった。
ルンルン、鼻歌交じりにスキップまでしてる。
えっ?ええっ?
取り残された俺は、たった一人でその場に立ち尽くしていたのだった。
唇に、ほんのりと暖かい感触だけを残して。