32.新たな旅立ち
ここは、街道の町ヘイローにある食堂兼居酒屋の《明日の夢亭》。
この店は冒険者の多くが利用しており、自然と情報が集まる場所となっていた。
そのため、駆け出しからベテランの冒険者だけでなく、彼らのおっかけをするファンなどの一般人も多く集まっていた。
店内の一角に人だかりができている。
その中心にいるのは…片手に骨付き肉を持ったまま大演説をしているボウイだった。
「そこでスターリィ様が凛々しいお姿でビシッと言ったわけさ!『人々を苦しめる山賊どもめ。このあたし【戦乙女】スターリィがリーダーを務める冒険者チーム【星覇の羅針盤】が、あなたたちを成敗します!』ってな!」
「おおー!」「さすがスターリィ様!」「すてきー!」
ボウイの話に、周りにいる人たちが歓声を上げる。
調子に乗ったボウイが、得意げな表情を浮かべながらさらにら話を続けた。
「そんで、俺がこの大剣を…あ、肉だった。まあいっか。大剣を振り回して、山賊どもを一人、二人とぶっ飛ばしてやったわけよ!」
「すげぇ!」「ボウイ、やるじゃん!」「かっこいいー!」
そんな彼の姿を、少し離れたところから覚めた表情で眺めているのはカノープス。
彼の周りには、若い女の子がたくさん集まっていた。
「ボウイってばウソばっかり!」「活躍したのはカノープス様ですよねぇ?」「そうだわ!だってこんなに素敵なんですもの」
彼女たちに適当に相槌を打って愛想を振りまきながら、手にしたコーヒーに口をつける。
その仕草があまりに上品なので、周りの女の子たちはうっとりとしながらその姿を眺めていた。
「カノープス様、あなたは…もしかしてスターリィ様のことがお好きだったりしますか?」
ふいに一人の女の子から投げかけられた質問。
カノープスは微笑みかけながら首を横に振った。
「ううん。ぼくは彼女にそんな感情は抱いてないよ。それに…そもそもぼくは心に決めた人が居るからね」
きゃー!
その言葉に周りの女の子たちが一気に湧いた。
「誰です?誰ですか?」「まさか…私?きゃー」「そんなわけないでしょ!」「あの…アキとかって子じゃないですよね?」
そんな問いかけに一切応じることなく、カノープスは手に持ったコーヒーカップを口に傾けた。
やがて冒険譚を語り終わったのか、ボウイが他の客たちに手を振りながらカノープスの側に戻ってきた。
カノープスの周りにいた女の子たちも、気を利かせて離れていく。
二人きりになったところで、ボウイがカノープスに真面目な顔で語りかけた。
「なぁカノープス、アキのことなんだけどさ。なんか…ずいぶん変わったと思わないか?」
「アキが?そう?」
突然のボウイの問いかけに、カノープスが首をかしげる。
続きを促すと、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべながら、その理由を話し始めた。
「俺さ、トレーニングのためにアキと模擬戦してるだろ?まあぜんぜん勝てないんだけどさ。
それが最近…なんちゅうか、あいつと戦りにくいんだよ。なんとなく、アキが女っぽくなったっていうか…」
「ふふっ、素直にアキが可愛くなったって認めなよ。本当はアキのことが気になって仕方ないんだろう?」
「なっ!?だ、誰があんなブス!」
「…アキのことを侮辱するのは、このぼくが許さないよ?」
カノープスは一瞬だけ鋭い視線を向けたものの、すぐに元の無表情に戻った。
ただ、付き合いの長いものにだけ分かる…少しだけ優しい眼差しを浮かべて。
「…なんてね、わかってるよ。きみがあのころ…落ち込んでたアキを気遣って、わざと突っかかってたってことくらいね」
「べ、べつにそんなんじゃねえよ!ただ、あいつが…世界の終わりみたいな表情を浮かべてたから、気にしてただけだ!」
「ははっ、まぁそういうことでも良いよ。でも、アキはあげないけどね」
相変わらずのカノープスの態度に、ボウイは思わず苦笑を浮かべる。
「お前って本当にアキ一筋なんだなぁ。
なぁカノープス。お前なんでそんなにアキのこと贔屓にするんだ?
お前だったらどんな女の子だって選びたい放題だろう?なのに…」
何事にもストレートなボウイの疑問。
ゆえに、カノープスも…なんの衒いもなく答えを口にした。
「ぼくはね、アキに…大きな借りがあるんだ。いやアキだけじゃない…アキに関係する人たちにね」
「へぇ…よく分かんないけど、アキに助けられたのか?あいつ強いもんなぁ」
「そうだね。だからぼくは、アキをずっと見守るつもりさ。その借りを返すまでは…ね。
もちろん、そのあとはアキをぼくの花嫁にするつもりだよ?」
「ははっ、がんばれ。応援してるよ」
どこまで本気で受け取ったのかは分からないが、ボウイは気軽にそう答えたのだった。
そんな話をしながら、ボウイとカノープスが語り合って《明日の夢亭》でのひとときを過ごしていると…
カランカラン。
扉が開く音がして、誰かが店内に入ってきた。
店中の客が入り口を確認して、そこに立っているのが二人の少女だと気付くと……
とたんに、周りから黄色い悲鳴が上がった。
まず入ってきたのは、栗色の髪にポニーテールがトレードマークの『戦乙女』スターリィだ。
今日はラフにTシャツにフレアスカートを履いているだけだったが、それでも周りが明るくなったかのようだ。
彼女はその凛々しい佇まいや立ち居振る舞いから、男性だけでなく同年代の女の子にも絶大な人気があった。
おっかけのような女の子たちに軽く手を上げて挨拶をしている。
「スターリィ様ぁ!おかえりなさい!」
「いつ見てもステキですね!」
「スターリィ…あれが現役最強の冒険者チーム『明日への道程』のリーダー、『勇者』レイダーの妹か」
「そうそう。兄妹揃ってすごい逸材だよな」
その後ろからゆっくりと入ってきたのは、三つ編みにメガネの地味な少女…アキだ。
ロングのワンピースにパーカーを羽織って、いかにも大人しそうな印象を与える。
あまり目立ってはいなかったが、実はアキにも固定ファンがいた。
個性派だらけの『星覇の羅針盤』の中で、いざこざがあると調整役に回っている姿をたびたび目撃され、その点が高く評価されているからだ。
また、スターリィの親友というのもポイントが高かった。
あの…カリスマ性があって近寄りがたい雰囲気さえ漂う『英雄の娘』と、いつでもどんなときでも平然と渡り合っていたのだから。
ときおりスターリィが、アキにだけ向ける優しい眼差しは、多くの人の羨望の的になっていた。
もちろん、彼らは知らない。
この…一見地味な少女アキが、新進気鋭のこの冒険者パーティにおける"最大戦力"であることを。
それどころか、この世界でも屈指の戦闘力を誇る存在であることを。
ーーーーーーーーーー
冒険者たちが集う食堂《明日の夢亭》に入った途端、ワアッと歓声が湧いた。
そのほとんどは、俺の隣にいる美少女…スターリィに向けられたものだ。
…いや、分かるよ。だってスターリィ可愛いんだもん。
だけどさ、俺だって本気を出したら…って、何考えてるんだ?
目立たないようにって、いつも地味めな感じにして、わざわざメガネまでかけてるってのに…そんなことを考えるなんて。
俺、なんかおかしくなっちまったかなぁ?
そんなジレンマに襲われながら、先に着いて談笑していたカノープスとボウイに合流する。
…こいつら、ほんと仲良くなったな。
思うのは、ボウイの凄さだ。こいつ、偏見とかそういうの無いのかな?
まっすぐで、誰にでも全力。スターリィと比較されてかわいそうだけど、こいつも十分冒険者として大成する素質はあると思うんだけどな。
「二人とも、お待たせしましたわ」
「スターリィ様。衛兵へのご報告、お疲れ様でした!」
直立不動でスターリィを歓迎するボウイ。
ほんっと、わかりやすい奴だ。
それにしても、二人で何を話してたんだ?
「ふふっ、アキはぼくたちのことが気になるのかい?」
いや、なんねーし。
別におまえたちが付き合ってたっておれは構わないよ。
「男同士の秘密の話だよ!なー?」
ボウイに強引に肩を組まれて、少し迷惑そうなカノープスの表情を見て少しだけ溜飲が下がった。
「ところで来て早々なんですけど…二人にお話ししとかなきゃいけないことがありまして。実は、まもなくここにあたしの両し…」
と、そのとき。
カランカラン。
ふたたび店の入り口の扉が開く音が鳴り響いて、追加の来客が訪れた。
ここは店だから、来客自体は珍しいことではない。
だけど…入ってきた二人の姿を目にした客たちが、一斉にシーンと静まり返った。
入ってきたのは、オールバックに無精ひげを生やした壮年の男性と、ゆったりとしたワンピースに身を包んだ女性。
…スターリィの両親である、デインさんとクリスさんだ。
俺たちはけっこう見慣れてるんだけど、やっぱりここの人たちからすると、文字通り"伝説の英雄"だ。
突然の"生きた英雄"の出現に、ざわざわとざわめいているのが分かる。
それどころか、ときには悲鳴に近い歓声まで上がっていた。
「うわぁ…本物の"七大守護天使"、『聖道』と『聖女』だぞ」
「あれがパラデインにクリステラか…初めて見たよ」
「あれがレイダーやスターリィの両親か、凄い存在感だな」
「レイダーって、あれだよな?『明日への道程』の『勇者』レイダーだろ?その両親ってこのふたりだったんだ」
そんな周りの喧騒を気にするふうもなく、二人はスタスタとこちらに近寄ってくると…気軽に片手を挙げた。
「よっ、待たせたな」
「アキちゃん、まーた可愛くなったわねぇ!」
いきなりクリスさんにぎゅーぎゅーと抱きしめられた。
うへぇ、胸に押し付けられると呼吸がっ…
カチコチに緊張してるボウイや、プイッと顔を背けてしまったカノープス。そんな中、一人だけ正常なスターリィが引っ張って救出してくれた。
ありがとう、危うく溺れるところだったよ。
「それにしてもお父さん、お母さん。突然あたしたちに会いに来るなんて…どうしましたの?」
「いやな、ちょっとお前たちに用があってな。マスター!奥のふた部屋借りれるか?」
デインさんの申し出に店長は何度も頷きながら、店の奥にある個室を指差してくれた。
案内された部屋に入ったものの、なぜかカノープスだけが別室に呼び出された。
デインさんに肩をがっしりと掴まれてドナドナされていくカノープス。
…あいつ、なんか悪いことしたのかな?
残された俺たち3人は、なんとなく落ち着かない。
「…向こうでなにを話しているのでしょうね?」
スターリィも少し心配そうにしている。
まぁ、あいつももう改心してるんだし、成敗されるようなことはないっしょ。
しばらくして、少し拍子抜けした表情のカノープスが部屋から出てきた。
「アキ、次はきみをお呼びだよ?」
「えっ?私?」
なんだろう?個別面談かな?
カノープスの表情を見る限りでは、変なことではなさそうなんだけど…
とりあえずカノープスと入れ替わりに部屋に入ると、にこやかな笑みを浮かべたデインさんとクリスさんが座っていた。
「アキ、ここに座ってくれ」
促されて二人の前に座ると、デインさんが口火を切って話し始めた。
「なぁアキ。君は…今後なにをやりたい?」
なるほど、そういう話か。
確かに今は"冒険者"の真似事みたいなことをしているけど、それは他にやるべきことが見つからなかったから。
ボウイに強引に誘われたのもあって、一時的にパーティを組んでるだけだ。
ずっとこんなことをしているつもりはない。
俺自身今後どうしようかと考えていたのでちょうど良かった。
「私は…以前にも話したように、友人のサトシを探したいです。まだ手がかりも見つかってないけど…」
「そうだな。俺たちも行く先々で色々聞いてるんだが…アキみたいな存在の話はまったく聞かないな」
この半年、サトシ捜索についてはなんの進展もなかった。
ただ、最近ではサトシのことだけが目的ではなくなってきているのも事実だった。
「あと…機会があれば、【魔族召喚】を探し出して、この世から消し去りたいと思ってます。私やカノープス、スカニヤーみたいな犠牲者を…もう出したくないんだ」
「そのために、力が欲しい?」
まるで核心をつくかのような、クリスさんの一言。
だけど俺は、その質問の答えを用意していた。
ゆっくりと、首を横に振る。
「私は…力だけが全てだとは思ってません。だから最強になりたいとも思わないし、力を求めてもいません。ただ…」
ただ、大切なものを護る力は欲しい。
俺はもう、大切な人たちを失いたくないから。
その言葉は、二人にどう響いたのかは判らない。
だけど、デインさんは満足そうに頷くと、俺の肩に手を置いた。
その仕草は、スターリィにそっくりだった。
「アキ、君の気持ちは分かったよ。それじゃあ…みんなのところに戻ろう。今後のことについて話したいことがある」
あれ?これで終わり?
みんなのところに戻るんだ。
それじゃあ、たったいまやった面接は何だったんだ?
疑問に対する答えが出されないまま、俺たち三人はスターリィたちが待っている部屋に戻った。
「あ、アキ…」
心配そうにしていたスターリィがすぐに駆け寄ってきた。
いや、別に変なことされてないから大丈夫だよ?
そんな俺たちの様子に構うことなく、デインさんがみんなに向かって語りかけてきた。
「アキ、カノープス、ボウイ、それに…スターリィ。
君たちは、この半年で冒険者としても多少なりとも経験を積んだと思う。このまま続けていても、それなりの冒険者にはなれるだろう。
だけど、君たちにはそんな器に収まって欲しくない。もっと世界を知ってもらいたいんだ」
そこでいったん言葉を切り、一人一人の目を覗いていく。
俺たちの心に言葉が浸透するのを待ったうえで、デインさんは続きを話し出した。
「そこで…君たちには、来年の春から『ロジスティコス魔法学校』に行ってもらおうと思っている。四人のことはロジスティコス学園長に推薦しておいた」
魔法学校への入学。そのキーワードに俺を除く三人は激しく反応した。
スターリィは、顔の表情をグッと引き締めた。
ボウイは、喜びを一気に爆発させた。
そしてカノープスは…驚きの表情を浮かべていた。
俺としては…まぁ必要なことなのかなと思ってる。元々ゾルバルにもそう言われてたしね。
「な、なんでぼくが魔法学校なんかに…それにぼくは魔族だよ?」
「そんなことは問題ない。学園長…ロスじいには話してある」
へぇ…魔族でも学校に通えるんだ。ずいぶんと理解がある学園長だな。
それにしても、ロスじい?
それってまさか…ゾルバルの棲家に出入りしてた、あのおっぱい星人のじじいじゃないよな?
「あぁ、そういえばアキは会っていたな。魔法学校の学園長は、そのロスじいだ」
まじかよ!?あのじいさん、そんなエロい…いや、偉い人だったのかよ!
確かになんか『いかにも魔法使いです!』って感じの格好をしてるじいさんだなぁとは思ったけど、まさか学園長だったとは…
「ねぇアキ、もしかして気づいてないかもしれないけど、学園長は…七大守護天使の一人『賢者』ロジスティコスですわよ?」
どっひゃー!?
しかもあのスケベじいさん、"七大守護天使"だったのかよ!
あ、いや、スターリィさん。そんなに呆れた顔をしないで…ほんとに気づかなかったんだよぉ。
ってか、これで"七大守護天使"のうちの5人となんらかの接点を持ってるってことになるんだなぁ。
ゾルバル、デインさん、クリスさん、シャリアール、ロスじいさん…
まぁシャリアールには会ったことは無いけどさ。
七大守護天使って、こんなに身近にいるもんなんか?案外この世界って狭いのかな?
「さて、きみたちが魔法学校に通い始めるのはおよそ1年後になるわけだが…それまでの間、きみたちに相応しい"講師"をつけて色々と学んでもらおうと思ってるんだ」
「"講師"ですか…その方はどなたですの?」
スターリィのもっともな問いかけだけど、デインさんはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるだけで何も教えてくれなかった。
…なんだよ、まさかゾルバルよりおっかない講師なんじゃないだろうな?
まさか、ほかの七大守護天使とか?
…んなわけないか、残りの二人は国王と公妃だったしな。
「それでだな。今回その"講師"の居る場所まで、俺たちが案内しようと思う」
「…行き先はどこなんですの?まさかそれも秘密?」
さすがに可哀そうだと思ってくれたのか、行先だけはクリスさんが教えてくれた。
「これから向かうのはね…『グイン=バルバトスの魔迷宮』よ」