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30.ケモミミ



 冒険者。

 この世界はそう呼ばれる人たちが存在している。


 彼らは時に人々を苦しめる獣を狩り、荷物を運び、新しい世界を開拓していた。

 その生業の多くは、日雇労働者といったところだろう。

 なかには魔獣を倒し、喝采を浴びるものもいたが、それはごく限られた存在。

 冒険者の大半は、日々の糧を得るのに苦労しているような有様だった。



 ベルトランド王国の一角にある『街道の町ヘイロー』。

 そこに…冒険者たちの仕事を取りまとめる一軒の飲食雑貨店があった。

 店の名は『明日の夢亭』。


 そこには冒険者を夢見たり、有名な冒険者を追いかけるミーハーのような人たちも同時に集まっていた。

 そんな…冒険者フリークともいえる彼らの中で、今話題を集めているのは…出来てまだ半年ほどの、とある冒険者パーティだった。




「なぁ、お前知ってるか?最近有名になってきた…」

「あーあれだろう?『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』!」


 ヴァルハラ・コンパス、その名が聞こえた途端、周りにいた別の人たちも騒ぎ出した。


「…ヴァルハラ・コンパス、素敵な響きよねぇ」

「なにより、パーティメンバーがすごいよな!」


 片手にビールを持ったお兄さんが、ついに大きな声でその名を口にする。


「そうだよ、なにせリーダーはあの…『英雄の娘』『勇者の妹』、そして今では『戦乙女ヴァルキューレ』と呼ばれるスターリィ=スターシーカーだもんな」


 その声に、周りから一気に賛同の声が上がる。

「そうそう、スターリィ様は…お美しくて凛々しくて…私なんてこの前隠し撮りした写真買っちゃったわ」

「えーうそー!?それ見せて見せて!」

「何言ってるのよ!スターリィ様もいいけど、やっぱり"黒髪の王子様"でしょ?」

「あー、『黒曜騎士ブラックナイト』カノープス様ね!ほんっとにスターリィ様とお似合いよねぇ」

「うんうん、美男美女のカップルっていうか…」

「何言ってるの!?カノープス様はあたしのものよっ!」

「そういえば、ボウイ様もなかなか良くない?なんかこう、やんちゃって感じで」

「あー、『疾風怒濤シュトルム』ボウイか、彼もなかなか強いらしいね」


 そんなとき、一人の男性が思い出したかのようにぼそっと呟いた。

「あともう一人…いたじゃないか。俺、あの子のことが気になるな」


 その一言に、周りが少しだけざわつく。


「もう一人…あー、あの子ね。おとなしい感じのメガネっ子よね?」

「そうそう、メガネかけて目立たない感じの…いつもスターリィ様が気にかけている…」

「アキだよ、アキ!『天秤少女リーブラ』のアキ!いっつもあのパーティの調整役をやってるんだぜ?」

「へーそうなんだ。スターリィ様と仲良しというのは知ってたけど…」

「ああ見えて、カノープス様もすごく気にかけてるんだぜ。アキ様が言えばなんでも言うことを聞くらしい」

「へぇー、なかなかすごいんだな、パーティのバランスを取ってんだなぁ…きっとサポート役のいい子なんだろうな」




 このように、冒険者フリークたちの話題をかっさらっていた『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』であるが、参加する四人のメンバーについては、おおよそ次のように認識されていた。


 リーダーであり、前衛後衛可能な魔法使いの『戦乙女ヴァルキューレ』スターリィ。

 後衛で、時には前に出る魔法剣士『黒曜騎士ブラックナイト』カノープス。

 前衛の攻撃手アタッカーである『疾風怒濤シュトルム』ボウイ。

 そして後衛で…全体の補助を行っていると信じられている・・・・・・・メガネっ子、『天秤少女リーブラ』のアキ。



 もちろん彼らは知らない。

 これらの認識が、大きく間違っていることを。












 場面は変わって、ここは『ノーザンダンス村』。

 森の中を開拓して出来た”開拓村”であるこの村の中心にある広場で、一人の男の子と一人の女の子が向かい合っていた。

 二人の間に漂う、ただならぬ空気。

 もっとも、その空気の大半は男の子のほうから放出されていた。


 その周りを取り囲むのは…大勢の村人。

 この二人の対決は、いつしかノーザンダンス村の名物となっていた。



「アキ!今日こそは一本取ってやるぜ!!」

 息を巻いているのは、短く切った金髪をツンツンに立たせている少年…ボウイ。

 半年前からは身長も少し高くなり、身体つきもぐっと大人っぽくなっていた。

 手には木刀を持ち、油断ない構えで腰を落としている。


「へぇ…やれるかなぁ?」

 対峙するのは、長袖のワンピースに身を包んだ、メガネをかけた小柄な少女。

 少し長い茶色の髪をツインテールにして、頭にはカチューシャをつけている姿は、木陰で本でも読んでいる姿が似つかわしい様に思える。

 驚くべきことは、その少女…アキが、無手であることだ。

 腰には、不釣り合いな豪華な剣を差しているものの、それを抜こうとする気配すらない。

 しかも、片手を後ろに回している。

 どうやらボウイを無手+片手で相手をするようだ。



「いいぞー!アキー!またやっちゃえー」

「可愛いよー、アキー!今日もいいところ見せてね!」

「ボウイもいいかげん諦めたらどうだ?えーっと、勝てたらアキと付き合うんだっけ?」

「ちげーよっ!!」


 観衆の声援に、真っ赤な顔で否定するボウイ。


「…別に勝てたら付き合ってもいいよ?…勝てたらね、ふふっ」

「っざけんなよ!誰がてめーなんかみてーなブスと!?」


 そんなボウイの暴言に、周りから一気に非難の声が上がる。


「おいおい、いくらなんでもそりゃないだろう」

「そうよ、アキちゃん最近グッと可愛くなったじゃない?」

「んだんだ、なんちゅーか色気も出てきたっちゅーか…」

「あーもう、うるせぇよ!」


 周りからの意見にカッカしているボウイに対して、アキは片目を瞑ると唇をにゅっと突き出した。


「私に触れられたら、ほっぺにチューくらいしてあげるよ?」

「アキ、てめぇ…ふざけてんのか?」

「ほらほら、特別に片目も瞑ってあげるからさぁ?」

「目まで瞑りやがって…もう許さん、いくぞ!!」


 怒りのボルテージを最大まで上げながら、ボウイは全身の魔力を最大化させた。

 いよいよ、二人の模擬戦闘の開始だった。












 ーーーーーー






 さんざん挑発したことだし、そろそろこっちも準備を整えるかな。

 ボウイも最近メキメキ力をつけてきたし、能力発動なしのノーマル状態だと、さすがに余裕は見せれない。



 ーー

 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

左腕レフトハンド】…『ゾルディアーク』発動。

 ーー



 静かに能力を発動させると、左腕が変化していくのを感じる。

 使わないふりをして後ろに回しているうえ、上着を覆ってるから、他の人は変化…というか”獣化”に気づかないだろう。

 それにしても、最近だいぶん発動がスムーズになってきたな。



 俺の目の前に立つボウイが、ゆっくりと魔力を両手に込めた。

 ふーん、前より動きが鋭くなってるなぁ。

 クイっとメガネを上げて見てしまう。



「『空気箱エアボックス』!」

 ボウイが使ったのは、空気の足場を作る魔法だ。

 それを俺の周囲に複数配置する。


「『追風エアブロウ』!」

 立て続けに風魔法を自身にかけ、動きを加速させる。


 これで準備できたかな?

 ボウイが準備できるまで待っててやったんだ。

 せいぜい期待してるよ。

 もし触れることができたら、本当にキスしてやってもいいぜ。

 …触れられたら、な。


 疾風を纏ったボウイが、俺に突入してきた。

 俺の周りを飛び回りながら、時々『空気箱エアボックス』で作った土台に足を置いて不規則な動きをしてくる。

 最初見たときは、なかなか感動した彼の技術だが…何度も見てしまうとマンネリだ。

 まーたいつも通りか?懲りないヤツだな。


「『蜃気楼ミラージュ』!」


 そう思ってたら、予想外に新しい魔法を使ってきやがった。

 ボウイの身体が二重三重にブレる。


 …なかなか良い手だよ、ボウイ。

 だけど…『魔眼』持ちに、それは悪手だなぁ。


「喰らえぇ!アキィィイィ!」


 複数に分裂したように見えるボウイが、四方八方から俺に襲いかかってきた。

 だけど、その中から本体を見極めてアッサリと躱すと…ヒョイと足を引っ掛けてやった。


「うわぁ!?」


 バランスを崩すボウイの懐に一気に入り込むと、その手を取って…一本背負いのような要領で投げ飛ばした。


 ズゥゥン!

 鈍い音とともに、ボウイの身体が地面に叩きつけられる。


「うぐぅ…」

 うめくボウイの胸元を、俺は足でふんずけた。

 これで…勝負ありだ。




「残念だったね、ボウイ。キスはお預けだね?ふふっ」

「いてて…くそっ、てめぇのキスなんていらねーよ!それよりおまえ、そんな格好で踏んでやがったらパンツ見えるぞっ!?」


 真っ赤な顔をしながら必死の抵抗を試みるボウイ。

 あーらあら、なんとも可愛らしい言い訳だことで。

 でも、一皮剥けた俺にはもうそういうのは通用しないぜ?


「ん?ボウイおまえは私のパンツが見たいのか?ほーれほーれ」

「や、やめ…!こらてめぇ、自分でスカートたくし上げてんじゃねーよ!」


 俺がスカートを少しだけたくし上げてやると、顔を真っ赤にして逸らした。

 ふんっ、所詮はガキだな。ウブなやつめ。

 ほーれほーれ。


 チラチラとスカートを持ち上げてると、観衆の中の男どもがやんややんやと歓声を上げてきた。

 そんな男どもにウインクを飛ばしながら両手を振って声援に応える。




「こーら、アキ!なにやってるんですの?」


 調子に乗っていたら、騒ぎを聞きつけてやってきたスターリィに怒られちまった。



 半年前より髪が伸びて、美少女っぷりも胸のデカさもさらに増したスターリィ。

 もはやトレードマークとなった栗色のポニーテールが、彼女の感情に呼応してピョコピョコ揺れている。

 凛々しさを秘めた瞳に、かつての気弱さを感じることはもはや無い。



「そうだよアキ、そんなことをするならぼくと二人だけのときに…」

「やなこったい!」


 あいかわらずウザいカノープスが、気持ち悪いことを口走りながら近寄ってきた。

 こいつは魔族だからか…そんなに変化してないものの、以前より美少年っぷりが増していて、髪をかきあげる仕草なんか気持ち悪さの極致にある。頼むからあんまり近寄らないで欲しい。

 とりあえず、寝転がってるボウイを蹴飛ばしてやった。

 …慌てて避けてやがる。ふふん、男同士で楽しんでな。




「ところでアキ…これは何ですの?」

「ん?なに?」


 不思議そうな表情を浮かべながら、俺に近づいてくるスターリィ。

 ゆっくりと手を伸ばしてくると…俺の頭の上にある”なにか”にそっと触れた。


 もふもふ。

 あれ?なんかある?

 しかも、くすぐったいんだけど…


「アキ、あなた…なんで”獣の耳”を頭に生やしてるんですの?」

「はぁぁあ?」


 そう言われて、あわてて頭に手を回してみる。

 するとそこには、ふたつのもふもふした三角形の形のものが…なんだこりゃ。


 スターリィが懐からコンパクトを取り出して見せてくれた。

 そこに映っていたのは…真っ白でもふもふした”獣耳”たった。










「のぅわぁぁあぁぁあ!?」


 俺は思わず絶叫しながらサッと耳を両手で隠すと、ダッシュで観衆たちがいる広場から逃げ出した。

 人気のないところまでたどり着くと、荒い呼吸を整えながら頭を再度触ってみる。


 …あれ?消えてる。

 もうさっきの獣耳は無くなっていた。




 そのとき…俺は嫌なことに気付いてしまった。


 もしや、さっきの獣耳は…

 一応、試してみるか。



 ーー

 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

  【左腕レフトハンド】…『ゾルディアーク』発動。

 ーー



 ぶわっ。

 左腕が、白い獣のそれに変化する。

 同時に、頭に手を当ててみた。


 …ある。

 やっぱりある。

 そこにあるのは、獣耳。



 あぁ、これで確信した。

 どうやら俺は、能力ゾルディアークを発動すると…獣耳ケモミミになっちまうようだ。

 そんなのイヤだ、イヤすぎる。


「あぁぁぁぁあぁぁあ…」


 たしかに、女の子らしくすることについては受け入れた。

 だけどさぁ…コスプレまでは受け入れてないんだよぉ。

 大きな力にはリスクが伴うっていうけど、こりゃないぜ。



 いたたまれない気持ちになって頭を抱えていると、追いかけてきてくれた三人が近寄ってきた。

 正直、今の俺を見ないで欲しい。


「ふふふっ。アキってば、能力との一体化が進んだせいで、”獣化”が耳にまで現れるようになったんだね」

 カノープスが、心の底から嬉しそうに…俺の姿を上から下まで舐めるように見ていた。

 頼むから、そんな目で見ないでおくれよ。


「アキ!すっごく可愛いですわよ!」

 頬を赤く染めたスターリィが、手をわしゃわしゃしながら近づいてくる。

 あー、きみは確かもふもふ大好きだったよね。でも触らせないからね?


「おまえ…なんか必死だな。そこまでしてみんなの注目を集めたいのか?」

 冷めた目のボウイの一言が、一番心を打ちのめした。

 ざけんなよ、俺はもっと大人しく生きていたいんだよ!

 そう叫びたいけと、さっきさんざんボウイのことを煽ってたから今更説得力も無い。


「ぼくはどんなアキでも受け入れるから、安心してね」

 キザな台詞を口にしながら俺の頭を撫でようとするカノープスを、腹立ち紛れに投げ飛ばしてやった。




 あぁ、それにしても参ったな。

 明日から俺たちの冒険者チーム『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』の遠征だっていうのに、これじゃあ『格闘術ゾルディアーク』が使い物にならないじゃないか。

 しばらくは『流星シューティングスター』の方をメインで行こうかな。




 能力発動を止めてある程度の時間が経過すると、ようやく俺の獣耳ケモミミが引っ込んだので、村の方に戻ることにした。

 いいかげん遠征の作戦会議もしなきゃいけないしな。




 そういえば…この四人でチームを組んでからもう半年になるなぁ。

 思い返すとあっという間だった気がする。

 季節は冬を通り過ぎて、いまや春だ。



 そして気がつけば…俺たち全員15歳になっていたんだ。


大きな力には、それなりのリスクが伴うのです(≧∇≦)


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