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(番外編)初めてのお化粧

「さぁーて、アキ。気合い入れて頑張りましょうね!」


 俺の目の前には、瞳を爛々と輝かせているスターリィ。

 その手にあるのは、大量の化粧品や服。

 さらには後ろにいるプッチーニさんまで女性ものの服を抱えていた。


 まじか…

 これを全部、試さなきゃいけないのか?


 自分から『化粧を教えてくれ』と言った手前、ここでスターリィに断りを入れるのはさすがに気がひける。

 だけどさ、世の中には”限度”ってもんがあるよな?

 目の前にあるこれらの服や化粧品は、さすがに限度を超えちゃあいないかい?スターリィさんよ。


「あーら、そんなことありませんわ。さぁ、さっそく…まずは下着から着替えてきて下さいね」


 スターリィはニッコニコに微笑みながら、俺に…たくさんの下着を押し付けてきたのだった。





 さて、なんでこんなことになったのかと言うと…

 理由は簡単。俺が彼女に『化粧を教えて欲しい』って頼んだからだ。

 あのときは、そうすることが…この体の主人であるスカニヤーへの弔いになると思ってた。

 これからはもっと女の子らしくしようと…そう考えたんだ。


 そのときはスターリィの態度も普通だった。

「わかりましたわ」

 と言ったきり、特に何かをするでも無かった。


 だけど、俺たちが再び『ノーザンダンス村』に戻ってきて、スターシーカー家の屋敷に帰り着いて一息ついたあと…


「アキ。それでは早速このあとから始めましょうね?」

「あのこと…?」

「ええ、アキが女の子らしくなるトレーニングですわ」


 溢れんばかりの笑顔のスターリィからそう切り出されたんだ。

 そして、今のこの状況である。






 俺の後ろには、監視するかのようにじーっと見つめるスターリィ。

 ねぇ…もしかしてスターリィの目の前で着替えなきゃいけないのかな?


「いやー、参ったなぁ」


 俺は、手に持っている下着…しかも女性もののそれを、ため息とともに眺めていた。


 ブラジャーは分かる。これはたぶん必要だろう。

 以前なにかの本で、『女性はブラをつけてないと型崩れする』と読んだことがある。

 むしろ今までつけてなくてゴメンって感じだ。


 だけど…下はいけない。

 この、逆三角形のヒラヒラは、ちょっと履くには…自分の中の大切ななにかを捨てる必要がありそうだ。

 これまでは、フランシーヌに頼み込んで用意してもらったトランクスタイプのパンツを履いて逃れてきたんだけど…スターリィはそれを許してくれる気は無さそうだ。


 しかしこれらの下着って、誰のだろう?

 もしかして…スターリィのかな?


「違いますわ。さっきアキの体を見繕って仕入れた新品ですので、安心して着て下さいね」


 ちぇっ。スターリィの使用済みじゃなかったのか。

 残念な気持ちが表面に出ていたのか、スターリィが俺のことをジトーッと不審者でも見るような目で見つめてくる。

 やめて。ただでさえ心が折れそうなのに、そんな目で見ないでぇ。





 ウジウジしててもこのままじゃらちが明かないので、覚悟を決めてひとつずつ着替えていくことにする。


「…ねぇスターリィ」

「なんですの?アキ」

「その…見られてると、着替えにくいんですけど…」

「あたしたちはもうお互いの裸を見てるでしょう?」

「そ、そうだけど…私もほら、中身は男だしさ」

「その男に、裸を見られてしまったあたしの立場はどうなりますの?」


 うっ。

 ここでそのカードを出してきますか。

 それを言われると、こっちは何も言い返せないじゃないか。


「…わかりました、着替えますよ…」

「わかればよろしいですわ。あ、それはそうとアキ…」

「ん?」

「あたしの裸を見た責任、いつか取ってもらいますからね?」


 げほごほっ。

 俺はスターリィから顔をそらすと、あわてて服を脱ぎ始めた。






 とりあえず…一つずつ順番に着替えることにする。

 まずはパンツは、さすがにタオルを巻かせてもらって着替えた。

 それにしてもこれ、なんというか…張り付きすぎだろう?

 なんかぜんっぜん股間が落ち着かないぞ。

 こんなのに慣れる日が来るのか?

 ってか、そんな日は来てほしくないんだけどな。



 そして、次は…上か。


「えいっ!」


 覚悟を決めて、上着を脱ぐ。

 そして、乳バンド(あえてそう呼ばせてくれよ、ブラって口にしたくないんだよ)を装着…ってあれ?これどうやってつけるんだ?


「アキ、後ろを向いてください」


 見かねたスターリィにホックを留めてもらった。

 うわー、なんだこれ。胸が苦しい…


「こんなきっついの、女の人は毎日しているの?」

「そうですわ。これからはちゃんと毎日してくださいね?男の子の目もあるんですから」

「は、はぁーい」


 まいったな。ブラ…もとい、乳バンドはかなり精神的にクるわ。

 俺もうお婿に行けないかも…


 不思議なもので、女性ものの下着を付けたら、なんとなく羞恥心みたいなものが芽生えてきた。

 なんだろうこれ、もしかしてそういうたぐいの魔道具だったりするんだろうか。





「さぁ、それじゃあ次はお洋服ね。いろいろ着てみましょうか」


 そう言いながらスターリィが次に出してきたのは、おおぅ…スカートじゃないか。

 しかも、結構短いのだったり、ワンピースだったり、いろいろございますねぇ。


「こ、これはもしかしてスターリィのお古?」

「そうですわ。とりあえず着てみてアキに合いそうなものがあれば、改めてサイズが合うのを買いましょうね」


 へー、スターリィってこんなミニスカートとかも着たりするんだ。

 意外だなぁ…


「なんですの?アキ」

「いや、なんでもないです」

「あー、そのスカートはお兄ちゃんの友達のウェーバーさんが買ってくれたやつですわ。あたしの趣味じゃなかったんですけど…よかったらアキ、着てみましょうか?」

「えっ?」


 こうして俺は…ついにミニスカデビューしてしまいました。

 あー、なんかスース―するぅ…


「アキって足がものすごく細いから、ミニスカートが似合ってますわね?」

「あーそうですかー」


 そんなこと言われてもぜんっぜん嬉しくないし。


「あぁ、アキはあたしとタイプが違っているから、ものすごーく飾り甲斐がありますわ」

「いや、そんなに気合を入れなくても…」

「何を言ってますの?きれいになりたいんでしょう?」


 いや、俺はあくまで『化粧を教えてくれ』って言っただけで、別にきれいになりたいとは言ってないんだけど…

 あかん、こいつもう聞く耳もってないわ。


「それじゃあ、こんどはこっちの上着を…」

「はいはい…」


 もはや抵抗する気力もなくして、俺は黙々とスターリィの提示してくる服を着るのとにしたんだ。



 それにしても…この服、胸のところがブカブカだな。

 さすが胸でっかいスターリィの服だな。ってか今の俺、どんだけ胸がないんだよ。(スカニヤー、ごめんね)


 俺がおもむろに服の胸の部分を引っ張ったりしてたら、スターリィにぽかっと殴られた。

 な、なんで!?






 なんだかんだで着せ替えが終わったら、ようやく最後は化粧だ。

 そういえばスターリィってあんまりお化粧してないよな?


「一応あたしも、簡単なナチュラルメイクはできるときはしていますわよ?もちろんお食事会とかパーティに参加するときはちゃんとお化粧しますけど…」


 へー、ナチュラルメイクとかしてたんだ。

 ただでさえ美少女なのに、努力を怠らないなんてすごいな、スターリィは。





 そんなわけで、いま俺は鏡の前に座らされている。

 お化粧をするために、タオルを鉢巻みたいにして髪を留められた。

 おでこまでの素顔と…額にある赤い宝石の額飾りが姿を現している。

 スターリィにはこの額飾りのことは話しているので納得済みだ。


 それにしても…マジで特徴のない、のっぺりとした顔だよなぁ。

 たれ目で痩せこけてて元気がなく見える。一言でいうと平凡。…特徴がないんだ。(ほんっとにごめんね、スカニヤー) 

 すぐ横で化粧道具を…まるで武器のように構えているスターリィがかなりの美少女だから、よけいこの顔の平凡さが目立つ。

 化粧とか覚えても無意味かもしれないなぁ。



「じゃあ始めますわね…まずは下地を塗ってから…ファンデーションですわね」


 ぬりぬり、なにかクリームを塗られたあと、今度はぐいぐいなにかを押し込まれる。

 ぐうぅ、なんか色がついてきたぞ?


「じゃあ、次はアイ回りですわね」


 今度は違う道具を取り出してきて、まつげや目の周りになにかをしはじめた。

 とりあえず目をつむっていたので、何をされているのかはイマイチよくわからない。


「アキもこれを覚えるんですわよ?」

「う、うん…」


 なにやらまつげカール的なやつをしながらそう言うスターリィに、俺はとりあえずうなずいたものの…自分にできるとは到底思えなかった。






 ぷちっ。

「いてっ」

「…がまんですわ」


 眉毛をスターリィに抜かれながら、俺は間近にあるスターリィの顔を観察してみる。

 …こうやって近くで観察してみると、たしかにうっすらと化粧をしているようだ。

 頬に少しだけ紅を差しているし、唇はぷるんっぷるん。

 うわー、眼もおっきいなぁ。あ、眉毛は描いているのかな?


「…アキ、どこを見てるんですの?」

「え?いやー、スターリィって可愛いなぁって思ってさ」

「っ!?」


 ぶちちっ!!

「あいたーっ!」


 いきなりスターリィに眉毛を一気に抜かれてしまった。

 思わず片目から涙が出てくる。


「いてて、急に何するんだよ」

「だ、だってアキが急に変なことを言うから…」

「変なこと?」

「な、なんでもありませんわ!それより続きをしますわよ」


 スターリィは少し怒りながら、残りの眉毛をぶちぶち抜いていった。

 …へんなの。




 そのあとも、眉を描いたりチークをつけたり唇にリップをしたりして…

 最後にドライヤーを使いながら、スターリィが髪型を整えてくれた。

 それだけやって…やっとこさ完成だ。


 ここまでかかった時間、なんと3時間!!

 もっとも、洋服選びだけで2時間近く使ってたから、まぁ仕方ないにしろ…恐ろしいぜ、女子は。


「さぁ、できましたわ…。思っていた通り、アキは素材がよかったですわね」

「ほぅ…どれどれ」


 最後のほうは鏡を見るのを禁止されていたので、ようやく許可を頂いてここで初めて自分の姿を確認することにした。

 近くにある姿見に向かって自分の姿を映し出してみる。

 鏡に映っていたのは…俺が見たこともない、かわいらしい少女の姿だった。


「……これが、私?」

「そうよ。あたし、がんばりましたでしょう?」

「あ…あぁ……す、すごいね」



 そこに居たのは、いままで見慣れていた…背が低くてやせっぽちで何の特徴もない、暗い顔の女の子ではなかった。


 髪の毛三つ編みにされ、顔全体が見えるようになっていた。それだけでも、今までの暗い印象が一変していた。

 初めて知ったよ…自分ってすごく小顔だったんだな。

 さらには明るい緑色のミニスカートに、薄手の白いシャツが、細身の体にすごくマッチしていた。

 自分でも気づかなかったけど…この身体スカニヤーは思ってたよりもスタイルが良いみたいだ。


 そして、一番の驚きは顔。

 今まで暗くてたれ目で痩せこけて平凡だと思っていたその顔は……見たこともない表情に一変していた。


 明るくぱっちりとした二重の瞳。

 整えられた細い眉毛。

 白い肌に…映えるように薄く桃色に染まった頬。

 スターリィと同じように、ぷるっぷるになった口唇。

 スターリィほどではないけれど、なかなかに可愛らしい女の子へと…変貌を遂げていたんだ。


「アキはね、もともと素材がよかったからやりやすかったですわ」

「素材が…よかった?」

「ええ、なんというか…どうにでも変えやすいというか、イメージに染まりやすいというか」


 それって、平凡ってことを言いたいのかね?

 まぁべつにいいんだけどさ。


「それにしても…化粧ってすごいね、こんなにも印象が変わるんだね」

「そうですわね。正直あたしもこんなにアキが可愛らしくなるとは思いませんでしたわ。さっそくみんなに見せに行きましょう!」

「え?ちょ、ちょっと待ってよ!」


 いくらなんでも、さすがにすぐにこの姿を周りに見せるのは気が引ける。

 第一…ミニスカですぜ?

 こんなもん、晒し者以外のなにものでもないだろう?


「待てませんわ!さぁ、すぐに行きましょう!」

「い、いや…スターリィさすがに…」

「裸…(ぼそっ)」

「…わかりました…」


 その言葉を出されたら、俺に逆らうすべはなし。

 こうして俺は、非常に無念なことに…ノーザンダンス村で晒し者になることになってしまったのだった。






「うっわ、なんだよそれ!?気持ち悪っ!!」

 俺を見た瞬間、とんでもない暴言を吐きやがったボウイ。

 くそぅ、ミニスカじゃなかったら魔纏演武まとうえんぶ】で瞬殺してやったのに。

 この格好だとどうにも動きにくいぜ…


「わー、すごく綺麗になったね。さすがは僕の未来の花嫁だ」

 カノープスの野郎が目を輝かせながら俺の手を握ってきやがった。

 スターリィがその手をぱちんとはじいてくれたので、大事には至らずに済んだものの、こいつはマジで別の意味で危険だな…


「まぁまぁ!アキちゃんってば、お人形さんみたいねー」

 たまたま帰ってきてたクリスさんにえらい褒められた。

 やっぱ同性に褒められたほうが嬉しいよな。

 …同性??



 その他、村の人たちにもさんざんもてはやされて、まるで借りてきた猫みたいになっちまった俺。

 それにしても…女の子として褒められたり見られたりするのって、なんだか複雑な気分だった。


 あー、これから毎回こんなの頑張らなきゃいけないのかぁ。

 しまったなー。失敗したかなー。


 そう思いながらも、自分を見て驚いたり褒めてくれた人たちの顔が浮かんでくる。


 あーでも…ちょっとだけクセになりそうかも?

 もう少し、頑張ってみようかな。



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