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29.親友

 

 結局そのあとは、現れたデインさんの独断場だった。


 どうやらもう一体の悪魔ポルックスもデインさんが滅ぼしてくれたらしい。

「もうここは安全だ。もうすぐ衛兵も来るよ」と言ってボウイを安心させていた。

 ということは、さっき感じた大きな魔力は、悪魔を成敗したときのものだったのかな。


 デインさんは、呆然としているスターリィの頭をぽんっと軽く撫でると、テキパキと指示して…倒れた悪魔を縛り付けたり、倒れている女の人たちを介抱したりした。

 あの…自由奔放なカノープスでさえ、デインさんの言いなりだった。

 行方不明になってる間になんかあったのかな?


 幸いにも、女の人たちは全員無事だった。

 自分たちを救出してくれたのが”七大守護天使”の『聖道テスタメント』パラデインだと知って感激の涙を流していたくらいだ。

 ったく、助かったことよりもそっちのほうが嬉しそうだってのは、なんとなく助け甲斐が無いよな。


 しばらくして街の衛兵たちが現れたんだけど、その人たちに対してもデインさんがテキパキと指示を出して、その場を収めてくれた。

 さすが七大守護天使の肩書きは伊達ではなく、衛兵たちもデインさんの言うことはよく聞いたので、ずいぶんとスムーズに進んでいった。

 縄で縛られた悪魔カストルも、衛兵たちに連れて行かれていた。どうなるのかは知らないけど、おそらく彼も…滅ぼされるのだろうか。


 そのドサクサの中で、デインさんは手に持っていた青い魔本…【魔族召喚アポカリプス】を焼き払っていた。

 たぶんデインさんは、あの本の意味を知ってるんだろうな。

 だけど俺は、そのことを問いただすことはできなかったんだ。




 こうして、双子の悪魔による女性誘拐事件は無事に解決した。


 そして俺は…そのあとに待ち構えている”本当の戦い”に身を投じることになる。











 ここは『街道の町ヘイロー』の外れにある、小高い丘の上。

 時は夕暮れ。

 周りには誰もいない。

 …俺とスターリィを除いて。



 遠く離れたところからボウイとカノープス、それにデインさんまでが、俺たちのことを見守ってくれていた。

 あれはたぶん『いざというときのための備え』のためなんだろう。

 だって…下手な答え方をしたら、目の前に立っているお方に俺が成敗されちゃうかもしれないんだもん。


 そう思わせるほどの怒気を発しながら、俺の目の前に立つ少女。夕焼けに身を赤く染めた美少女スターリィ。

 ポニーテールを風に踊らせる様は本当に可愛らしい。

 なのに、その顔に浮かんでいるのは…能面のような表情。


 くうぅ、まじで怖いぜ。

 しかもさっきから俺たちは一言も発していない。

 たまんないぞぉ、能面みたいな顔で無言でずーっと見られてるのは。


 しばらくそうすることでスターリィの気が済んだのか…彼女の口からようやく言葉が紡ぎ出された。




「…ねぇアキ。あのときなんで、あたしを置いて出て行ったんですの?」

「えーっと、それは…」


 うほっ、いきなりど直球で来やがったな。

 さて、どう答えようか……頭の中で回答を必死に整理する。

 そうして出てきた答えは…やっぱりいつもの俺らしい、とても卑怯なものだった。


「スターリィを、巻き込みたくなかったんだ」

「あたしを…巻き込む?何にですの?」

「私の…運命に」


 漠然とした言い方。逃げの回答。

 だがそれを許してくれるほど、スターリィは甘くなかった。


「運命?アキの運命ってなんなんですの?それは、あたしには力になれないことなんですの?」

「そうじゃない。そうじゃないんだけど…」

「だったらなんで、カノープスは一緒に居ることが許されてるんですの?」

「それは…あいつが、私の同志だからであって」

「どうして…?アキにとって、あたしは同士じゃないんですの?こんなに…アキのことを心配してるのに…」

「だ、だからだよっ!」


 思わず出てしまった、大きな声。

 しまった、余計なことを言っちまった。


 だがそれにも動じることなく、まっすぐな視線を俺に向けくるスターリィ。

 その視線に促されるように、俺は言葉を続けた。


「私のことを心配してくれるスターリィだから……」

「……だから?」

「そんなスターリィだから、スターリィだけは失いたくなかったんだよっ!」


 こぼれ落ちたのは、本音。

 これまで決してスターリィに直接伝えようとしなかった、本当の気持ち。


「どうして…あたしがアキのそばにいたら、失われてしまいますの?」

「そ、それは…」


 真摯な瞳で俺の心の中を見つめてくるスターリィ。

 俺は…その視線に耐えきれず、サッと目を逸らした。



 だけど、ダメだ。

 嘘や誤魔化しじゃ、スターリィには伝わらない。

 今この場を逃げたって、たぶん今回と同じことが起こるだけだろう。



 だったら、そうなるくらいなら…

 俺は彼女に、真実を話そう。


 どんな結果になっても構わない。

 だけど、こんなにも真摯な気持ちを向けてくる彼女を、もうこれ以上裏切ることはできない。



 覚悟を決めた俺は、ようやく…重い口を開いた。


「スターリィ。私は…いや、俺は……ゾルバルを殺したんだ」


 ハッとスターリィが息を飲むのがわかった。




 さすがに全部話したら嫌われちゃうかな。


 そう思った瞬間、俺は理解した。

 あぁ俺は…スターリィに本当のことを知られて、嫌われるのが怖かったんだ。


 本当の俺を知られて嫌われるのは、ウソついてワザと嫌われるのの何十倍も堪える。

 だから俺は…それからずっと逃げてたんだ。

 スターリィにだけは、”本当の俺”を嫌われたくないって。


 だけどその中途半端な気持ちが、逆にスターリィを傷付けてしまった。

 そのことに今回、気付かされた。


 そして俺は覚悟を決めた。



 もう…嫌われたって構わない。

 彼女に全てを話そう。

 その上で…もしスターリィが受け入れられなければ、そのときな彼女の前から完全に消えてしまえば良いんだ。

 ずいぶんと回り道をしたけど、やっと…腹を括った。



 そうして俺は、これまでの出来事を包み隠さずスターリィに話したんだ。






 俺が本当は男で、親友のサトシを追って日本という世界から来たこと。

 七大守護天使だった『星砕きスターダスト』シャリアールから【魔王召喚の儀式】で喚び出されたこと。

 そのとき、『新世界エクスの謝肉祭・カニヴァル』という最低最悪の固有能力アビリティを得てしまったこと。

 その結果、無意識のうちに…喚び出したシャリアールと、生贄になっていた娘のスカニヤーを喰ってしまったことを。



 さらには…スターリィと一緒に戦ったあとの出来事も正直に話した。


 突如『魔王』が現れ、殺されかけたこと。

 そのとき、ギリギリのところでゾルバルが助けに入ってくれたこと。

 俺たちを庇うためにゾルバルが致命傷を負ってしまったこと。

 そして…ゾルバルの遺志に従って、ゾルバルを『喰った』ことを。


 一応、『魔王』の正体がカノープスだってことだけは黙っていた。

 さすがにそれは余計な話だと思ったし、あいつももう『魔王』時代みたいな邪悪さは無さそうだからね。






 長い長い話の間、スターリィは一言も言葉を挟まなかった。

 すべてを話し終えたあと、俺はふぅと大きく息をついた。


「…スターリィ、これで分かっただろう?俺は…最低最悪な『人喰いの怪物』なんだ。俺のそばにいたら、きっと…きみは不幸になる」


 俺は、前の世界でもこの世界エクスターニヤでも、たくさんの人たちに助けられてこれまで生きてきた。

 だがそのために…俺は無関係なスカニヤーという少女の命を奪ってしまった。

 しかも俺は、生き残るためとはいえ、ゾルバルという一流の戦士の高貴な魂まで喰っちまったんだ。


 そんな俺の近くにいたら…きっとスターリィは不幸になってしまうだろう。



「いや、それだけならまだいい。俺は…俺はさぁ…」


 そこまで言って、ぐっと胸が苦しくなった。

 溢れ出る気持ちを抑えきれなくなる。

 ボロボロと、目から涙が零れおちた。


 だめだ。

 ここは堪えるんだ。

 これだけは…ちゃんと言わなきゃ。


 ぐっと唇を噛み締めて、血と一緒に胸の痛みを飲み込む。

 一度大きく深呼吸すると、俺は…決定的な一言を口にした。

 ……俺が本当に、他の何よりも一番”恐れていること”を。




「俺はな…スターリィまで喰っちまうかもしれないんだよっ!」




 そう、それが…俺がスターリィから離れようと思った本当の理由。


 俺は…もう嫌だったんだ。

 大切な人が失われるのが。

 なによりも…その人を『喰って』しまうことが。


 あんな想い、もう…耐えられないんだよ。


「俺はもう…あんな辛い思いをするのは、たくさんなんだ。二度と味わいたくない。だから…だから…」







 そのとき。





 ふわり。





 俺の頭が、何か優しいもので包まれた。






 なんだ?

 溢れ出る涙のせいで視界が不自由になっててよく見えない。

 だけど、なんだか暖かい…



 ようやく気付いた。

 あぁ、俺は今、スターリィに抱きしめられてるんだな。




「アキ…ありがとう…」


 俺以上に号泣しながら、スターリィはそう口にした。

 それにしてもなぜ、ありがとうなんだ?


「本当に言いにくいことまで含めて全部、あたしに話してくれて。なにより…」


 ぎゅううっと、さらに強い力で抱きしめられる。


「あたしのことを、そこまで想ってくれて」



 あぁ…

 伝わったんだな。


 そう思うと、なんだか肩の力が抜けた。

 そして…二人で抱き合いながら、一生分くらいの涙を流したんだ。









 ---------------------







 遠くから二人の様子を観察していたパラデイン、ボウイ、カノープスの三人は、抱き合う二人の様子に三者三様の態度を示した。


「はっはっは、これで一件落着かな」

 嬉しそうに笑うパラデイン。


「やっぱりスターリィ様は女同士のほうが良かったのかなぁ?」

 ポリポリと頭を掻くボウイ。


「ちぇっ、つまんないの」

 不貞腐れて顔をそらすカノープス。



「さぁ、これ以上は俺たちもお邪魔虫だ。さっさと宿に帰ろう。お前たちはどこの宿に泊まってるんだ?」

「あ、パラデイン様、それがですね、良い宿に泊まってるんですよ!」

「…だったら、パラデインとボウイで同じ部屋に泊まったら?ぼくは別に宿を取るから…」


 三人はなんやかんやと話しながら、その場をあとにしたのだった。








 ---------------------







 しばらく抱き合って号泣したあと、俺たちはゆっくりと離れた。

 なんとなく…お互い恥ずかしくなっちまったんだ。


 とりあえず本当のことを話したものの、問題は何一つ解決していない。


「なぁスターリィ。分かっただろう?そんな訳だから、俺はスターリィから離れようと…」

「イヤですわ」


 えっ?即答?

 この子ったら、あっさりとダメ出ししやがったよ。


「ねぇスターリィ、俺の話を聞いてた?俺は…『人喰いの化け物』なんだよ?」

「いいえ、違いますわ」


 俺の言葉をキッパリと否定しながら、スターリィが胸を張った。


「あなたは、アキです。嘘つきで意地っ張りで…だけど誰よりも優しくて傷付きやすい……あたしの親友ですわ」


 その言葉に、俺は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 ここまでしても…彼女は俺のことをそう言ってくれるのか。


「でも俺は…また誰かを…なによりスターリィを、喰ってしまうかもしれない。そんなの…」

「そんなこと、あたしがさせませんわ!」


 今度はスターリィがドンッと胸に手をついた。

 驚いている俺に向かって大きな声で宣言する。

 その姿は、まるで…地上に降り立った女神のように輝いていた。


「なにより…あたしは死にませんっ!いいですか、今ここに誓いましょう。あたしは…アキのためにもぜったいに生き続けると!」


 なっ…

 なんてことを、この娘は宣言するんだよ。

 俺は目頭が熱くなるのを必死でこらえながら言葉を続けた。


「でも…それでも危ないときは…」

「そのときはアキ、あなたがあたしを護ってくださいね」


 無邪気な笑顔で、そう口にするスターリィ。

 その姿に、俺は心から打たれてしまった。



 あぁ、もう俺の負けだ。

 完敗だよ。

 ここまでやられたら、もう俺には打つ手はない。

 心の底から、笑いの衝動が浮き上がってくる。


「ふふっ、ふふふっ」

「ちょっとアキ!なんで笑ってますの?」

「いや、スターリィはさ、俺が本当は”男”だって分かってる?」

「えっ!?あっ!いや、その…」


 あはははっ。

 困っているスターリィの顔に、改めて笑いがこみ上げてくる。


 あーもう、分かったよ。

 俺は…一つ新しい道を見つけた。

 いや、スターリィが俺に道を示してくれたんだ。

 だったら、俺はそれを受け入れよう。


 それに、スターリィの言う通りだ。

 奪われたくないなら、護ればいい。

 ただそれだけだったんだ。


「スターリィ?」

「なんですの?アキ」

「わかったよ。俺は…ここに誓う。スターリィの命を絶対に守ることを」


 交わされたのは、ただの口約束。

 だけど…俺たちにとってそれは、他の何ものにも侵略することが出来ない神聖な誓いだった。


 ねぇ、ゾルバル。

 そらの上から見てくれてるかい?


 俺は…この世界で、新しい『大切なもの』を見つけたよ。











 気がつけばだいぶ薄暗くなってきたので、俺たちは宿への帰路に着いた。

 その帰り道の道中で、思い切って新しい話題を切り出してみることにした。

 それは…俺がここのところずっと悩んでいた、あるテーマについての相談だった。


「なぁスターリィ。俺は…たくさんの人たちに助けられて、文字通り命を貰って生きてきた。だけど…それじゃあいけないと思うんだ。これから俺はどうすれば良いと思う?」


 俺は、意図しているかどうかは別として、三人もの人間の魂を喰らった。

 シャリアール、スカニヤー、そして…ゾルバル。

 そのおかげで、俺は今もこの世界で生きている。

 だけど、そんなことまでして生き残った俺に、果たしてどれほどの価値があるのか。

 奪ってきた命に報いることなど、俺にできるのだろうか。

 ずっと…そのことを考えていた。


 だから今回、思い切ってスターリィの意見を聞いてみることにしたんだ。

 するとスターリィは、迷うことなくこう答えた。


「アキは、アキの目的を達成するために邁進すべきですわ」


 俺の目的…

 やはり、サトシを探し出すことか。


 確かゾルバルも最期の時に同じことを言っていたな。

 彼の遺志を尊重する意味でも、俺はこれからもサトシのことを探し続けようと思う。

 だけど…それ以外の人たちにはどうすれば良いんだろうか。


「そうですわね…。だったら、アキがその人たちのためにできることを考えてみるのはいかがですの?」


 これまたノータイムで答えてくれるスターリィ。

 やっぱりそうか。

 実は、俺も同じことを考えていた。


 たとえばゾルバルは、これ以上俺たちのような不幸な人たちを生まないようにするために戦っていた。

 今回、俺が悪魔と戦ったのも、そういったゾルバルの思い…遺志を受け継ぎたいという想いがあるが故だった。


 志半ばで散っていった魂たち。

 そんな彼らに、俺ができること。

 俺が喰ってきた命への贖罪。


 ふいに、脳裏に一つのアイディアが閃いた。

 それは、ここ最近ずっと考えていたこと。



 何も知らずに、俺に身を捧げたスカニヤー。そんな彼女に、俺ができることを。


「なぁスターリィ、ひとつお願いがあるんだ」

「ええ、なんですの?」

「俺…いや、私に…”お化粧”を教えてくれないかな?」



 スターリィが、目をまん丸にして驚いていた。






 なぁ、スカニヤー。

 俺は君のことを何も知らない。

 君と話したこともないし、どんな想いで散っていったのかも分からない。


 だから、せめて俺が…

 君の身体を奪ってしまった俺が…

 君が見ることのできなかった景色を、見せてあげよう。


 そのとき、君が本来なるべきだった姿に…俺がなってみせるからさ。



 だから、ゆっくりと眠りについて欲しい。

 それが、俺がスカニヤーにできる…せめてもの贖罪だから。






これにて第4章は終了です。

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