28.ミッション・イズ・ポッシブル
デコボコ4人組での、今回の作戦。
正直どうなることかと心配だったんだけど…
これが、予想外にうまくいったんだ。
というか、まずスターリィがすごすぎた。
「ここが…アキが女の人が攫われるのを目撃した場所ですわね?」
昨日俺たちが目撃した裏路地に案内すると、スターリィが何やら小道具を取り出した。
それは、鎖の先に水晶が取り付けられたもの。
…なんか以前テレビで見たことあるぞ?
「スターリィ、それは?」
「これは『振り子』という魔道具ですわ。これを用いて"悪魔"の魔力の残滓を追跡します。『魔力追跡』」
右手に『振り子』を持ったスターリィが、魔力を集中させて探知の魔法を発動させた。
すると、水晶がゆらゆら揺れて…特定の方向へと強く揺れ出したではないか!
「…よし。悪魔の魔力を捉えたましたわ」
おおぅ、もう捉えたのか。
早いな、さすがスターリィだ。
俺の感嘆に、へへんっと得意げな表情を浮かべているところが、また可愛らしい。
「魔力の残りカスで相手を探知するなんて…ふふっ、まるで犬みたいだね」
「…なんですって?」
あー、またカノープスがスターリィに喧嘩売ってるよ。
今度はボウイまで「きさまっ!スターリィ様をバカにすんなっ!」とか言って切れかかってるし。
もう…いいかげんにしてほしいな。
スターリィの『振り子』に従って進んでいくと、少し離れた場所にある古びた倉庫のような建物の前で、振り子の動きが大きく変化した。
「…ここですわね」
捜索開始からわずか1時間弱。
あっという間に悪魔のアジトを発見してしまった。
「…マジかよ」
思わず心の声が出てしまう。
「なんだよアキ。おまえスターリィ様の魔法を疑ってんのか?」
いや、疑ってないよ?
ただ、あまりに早く見つけちゃったから驚いただけだ。
やっぱり…この手の『補助系魔法』って便利だよなぁ。あるのとないのとで雲泥の差だわ。
こういった補助系魔法を使いこなすスターリィの凄さを、今回改めて思い知らされたよ。
俺たちの目の前にある古びた倉庫には、しっかりとした南京錠のようなものがかかっていた。
んー。これだと力ずくで開錠しようとすると、どうしても目立っちまうなぁ。
「ボウイ、とりあえず風魔法で中の気配を探れます?」
「おっけー、スターリィ様。任してくれ!…『風の便り』」
スターリィの指示に従ってボウイが魔法を使うと、彼の周りを柔らかな風が包み込んだ。
生まれたばかりの風は、ボウイの指示に従い建物の隙間に入り込んでいく。
…しばらくすると、柔らかな風が倉庫の中から染み出すように出てきて、ボウイの体にまとわりついた。
「…中に7人居る気配があるぜ。たぶん、男二人に女5人だな。全員生きてる。そのうち男二人が”悪魔”だと思う。なんか腐臭みたいな臭いがするんだ」
「ありがとう、ボウイ。どうやらここで当たりみたいですわね」
二人のやりとりを、俺は呆気にとられながら聞いていた。
いや、すげーよこいつら。
ボウイにしても、こんな便利な魔法を使えるとは知らなかったよ。
「そうかぁ?こんなチマチマした魔法は、なんかイマイチ使う気になれなくてさぁ。もっとこう、ガツーンと相手にダメージ与えるような魔法のほうが、俺は好みなんだけどな」
ボウイのやつ、なに贅沢なこと言ってんだか。
やっぱこいつには、補助系魔法は才能の持ち腐れだな。もうちょっと自分の才能に自覚を持てば良いのに。
それにしても…5人も攫われていたとは思わなかった。
一人二人だったらなんとかなってたかもしれないんだけど、さすがに悪魔にバレずに救出するのは難しいかもしれないな。
いや、それ以前に目の前のカギをどうにかしなきゃいけないんだけどさ。
「さて、どうしたもんかねぇ…」
思わず口から漏れてしまった俺の呟きに、今度はカノープスが反応した。
「…それじゃあ、今度はぼくの出番だね。…いくよ、『消滅空間』」
カノープスが魔法を発動させるのと同時に、彼の背にふわっと”天使の翼”が具現化した。
その姿は、まるで絵画に描かれた本物の天使のよう。
…こいつ美少年だから、背中に白い翼とか生えるとマジで見栄え良いな。
目の前で突如『天使化』したカノープスの姿に、あっけにとられているスターリィとボウイ。
そりゃそうだよな、事前に何も説明してなかったからな。
カノープスはそんな二人に冷ややかな笑みを贈ると、右手に発生した『消滅空間』で、入り口のカギをそっと撫でた。
ぼうんっ、という静かな音とともに、扉についていた南京錠が消滅し、入り口の扉がゆっくりと開いていく。
…見事、無音での開錠成功だ。
得意げな表情でウインクしてくるカノープス。
逆になにも事情を知らないスターリィは、最後まで驚きの表情を浮かべていた。
「カ、カノープス。あなた…『天使』でしたの?」
「ううん、違うよ。ぼくは『魔族』さ。きみには言ってなかったっけ?」
「そんなのぜんっぜん聞いてませんわ!」
相変わらずのカノープスの挑発に、まーたビキビキ血管を浮き出させているスターリィ。
慌ててスターリィの口を手で塞いで、大声を出さないように窘めたんだ。
ってか…なんか俺、こんな役回りばっかりじゃね?
そんな理不尽な思いを抱きつつ、とりあえず口を塞がれてムガムガ言っているスターリィの耳元に、小声でそっと囁いた。
「ごめんスターリィ。言ってなかったかもしれないけど、こいつ魔族なんだ。いまは詳しく事情を話せないけど、こいつが戦力になるのは間違いないよ」
言い終えたあと、口を塞いでいた手をゆっくりと離すと、スターリィはぷはーっと大きく息をはいた。
「…わ、分かりましたわ。今は追及するような状況ではないので後回しにします。そのかわり…アキ、あとであたしにはちゃんと説明してくださいね?」
「うん、分かったよ。ほんっとごめん」
ふぃー、なんとか誤魔化すことに成功したぜ。
すると今度は、なんとか気を取り直したスターリィが、カノープスをキッと睨みつけながら問いかけた。
「…それではカノープス、あなたの使える能力を教えて頂けますか?」
「ぼくが使えるのはさっきの『消滅』魔法だけだよ。ちなみにこの魔法は、ぼくが触った部分を消滅させることができるんだ」
「…なるほど、それはなかなか良い能力ですわね。実は…”魔法の罠”について、あたしは探知することはできるんですけど、それ以上の対応ができなかったんです。ですが、あなたの『消滅魔法』があれば、その問題も解決できます。これで作戦の幅が広がりますわ」
柔軟に事態を受け入れて、冷静にそう分析するスターリィを、俺は感心しながら眺めていた。
いくらいがみ合ってても、必要とあらば相手の長所を受け入れることができるスターリィって、本当にたいしたもんだよな。
こうして俺たちは…いよいよ悪魔のアジトへと進入していくことになったんだ。
悪魔のアジトである古びた倉庫は、地上3階地下1階という構成だった。
ボウイの探知結果によると、攫われた女性と悪魔のうち一体は地下に、もう一体の悪魔は3階に居るらしい。
「警戒すべきは、挟み撃ちかな?」
「そうですわね、そうなる前に決着をつけるのがベストです。そのためにも、地下の方に電撃戦を仕掛けます」
「そうすると、上の悪魔は放置?」
「…下の階で暴れてしまうと、もしかしたら3階の悪魔は異変を察知して逃げるかもしれません。その場合は取り逃がしてしまいますわね。でも…今回の作戦は攫われた女性の救出が優先なので、仕方ありませんわ」
スターリィの戦術に、俺は頷いて同意を示す。
こういった冷静な状況判断は、緊迫した状況では非常に重要な能力だと思う。
味方の能力を把握した上での的確な戦術立案と、沈着冷静な状況判断。
それこそが、スターリィの真価だと思うんだ。
俺の…借り物の戦闘能力とは大違いだな。
建物の至る所に設置された『警報』や『爆発』といった”罠”。
それらをスターリィが一つ残らず感知し、カノープスが地道に『消滅』させていく。いがみあってるとは思えないほど見事なコンビネーションだ。
並行して、ボウイが風魔法で消音と周囲の警戒に当たっていた。
…って、あれれ?
もしかして俺って、必要無くね?
…完全に存在が空気になっちまってるよなぁ。
「アキはそこに居るだけで安心感を与えてくれるから、それでいいんだよ?」
慰めてんのか貶してんだか分かんないカノープスの言葉がマジでウザい。
「アキはいざというときの戦闘要員ですから、いつでもいけるように準備しててくださいね?」
「ああ、分かったよ」
んー、俺のことを気遣ったスターリィの発言がありがたい。
彼女にそう言ってもらえると、俺のちっぽけな自尊心も満たされるってなもんだ。
これがリーダーの才能ってやつなんだろうなぁ。
でも俺もいつか補助系魔法とか使えるようになりたいな。
数々の罠を回避して地下に降りた俺たちは、ついに地下にある…鍵のついた大きな扉の前にまでやってきた。
ボウイの見立てによると、この扉の先が広間のようになっていて、そこに悪魔と囚われた人たちがいるらしい。
「…上のやつが動き出した。空気の流れが変わった。たぶんバレたみたいだから、急ごうぜ」
ボウイの言葉に、一同に緊張が走る。
スターリィが目で合図を送ってきた。
いよいよ、事前の段取り通りに『突入開始』だ。
スターリィが扉の横に控えて指でカウントダウンする。
3…2…1…ミッションスタート!
「『消滅空間』」
カノープスの固有魔法で、目の前の扉が綺麗さっぱり消滅した。
真っ先に俺が突入する。
「なっ!?」
音もなく扉が消え、突如俺たちが現れたことに驚いたのか、中にいた小太りの男が慌てふためく。
…間違いない、あのとき裏路地で見かけた不審者だ。
床には…ロープで縛られてグッタリした女の人が5人、寝転がっていた。
そのうちの一人は、あのとき攫われた水商売風の女の人だ。間違いない。
俺の『魔眼』の見立てによると、たぶん麻痺毒を喰らって動けないみたいだ。
「ビンゴだ!予定通り決行する!」
「なんだ!?きさまらはぁ!?俺のことを『毒蛙』カストルと知ってのことかっ!?」
俺の掛け声を合図に一気に散開して、怒鳴り散らす”悪魔”カストルを包囲する。
「悪魔とか知るかっ!この『未来の勇者』ボウイ=バトルフィールドが来たからには、おまえなんかに明日は無いぜっ!」
「…なんだ、このクソガキめっ!」
なんだかかっこいいセリフを吐いて、ボウイが悪魔を挑発した。
その横に控えたスターリィが、右手に火薬の触媒を持ち、いつでも魔法を放てるよう魔力を集中させている。
一気に悪魔の注意がボウイとスターリィに向いた。
…よし、これで主導権はこっちのもんだ。
「ガキの遊びに付き合ってる暇は無いんだよ!死ねっ!『猛毒の霧笛』!」
悪魔カストルが手に持っていた”壺”の蓋を開けると、そこから黒い霧が湧き出した。
あれは…あのとき使った毒霧の魔法だなっ!?
だが、これも完全にスターリィの読み通りだ。
「バカな悪魔めっ!魔法には相性ってのがあるんだってことを、この俺が教えてやるよ!」
目の前でもくもくと発生する”危険な毒霧”にも慌てることなく、ボウイが剣を悪魔にかざした。魔力がゆっくりと、彼が手に持った剣へと伝わっていく。
すると…剣を中心に軽い竜巻のようなものが発生した。
「斬り裂けっ!『風刃』!」
ボウイが絶叫とともに、竜巻を纏った剣を振るった。
剣筋が一陣の風となって、空気を切り裂く。
その先には…悪魔が放った”毒霧”があった。
「なっ!?」
予想外の展開に、慌てふためく悪魔。
それをあざ笑うかのように、ボウイの放った風の刃は…見事に毒霧をまっ二つに切り裂いた。
勢い余って悪魔にまで風の刃が到達したけど、さすがに悪魔の『魔法障壁』を打ち破るまでには至らなかった。
虹色の残光を残して、ボウイの風魔法がかき消えてゆく。
だが…それで十分だ。
”悪魔”までの道は、開けた!
待たせたな、悪魔。やっと…俺の出番だ。
一瞬で決めてやるぜっ!
個別能力:『新世界の謝肉祭』
【左腕】…『ゾルディアーク』発動。
固有能力発動と同時に、ビキビキと音を立てながら爪が鋭く伸びた。
加えて左腕全体に白い獣毛が生えてきて…白い獣のそれへと変化を遂げる。
「”ゾルティアーク格闘術”……『瞬身』」
能力起動を確認した俺は、瞬時に『魔纏演武』で全身の筋肉に魔力を行き渡らせる。
魔力で増強された俺の全身は、まるで極限まで絞りこまれたバネのよう。
それを…一気に解き放って、ボウイが創った”風の道”の真ん中を突っ切った。
それはまさに、『瞬間移動』。
あまりの速さに、悪魔はまったく俺の動きについてこれていなかった。
たぶん、悪魔には俺の体の残像しか捉えられなかっただろう。
懐まで一気に潜り込むと、スピードに乗って威力の増した打撃を、悪魔の身体に撃ち込んでやる。
まずはやつの左腕に強化された左エルボーを叩き込んであっさりと破壊したあと、次に左足を蹴り上げて右膝を踏み砕く。
それだけでも十分だったんだが、トドメとばかりに…目にも留まらぬ速さでアゴを掌底で打ち抜いてやった。
「がっ…」
なにをされたのかもわからないまま、悪魔カストルの身体が宙に浮く。
そのまま地面に崩れ落ちるまでの間に、俺は『新世界の謝肉祭』を解除した。
どさっ。悪魔が一言も発することなく、地面に這いつくばった。
そのときにはもう、俺は通常モードに戻っていた。
「うっし!一機撃墜」
ピクリとも動かない悪魔を確認して、俺は勢いよく勝利の雄叫びをあげた。
…一応、固有能力のことがバレないように発動時間を最小限に止めたんだけど、大丈夫だったかな?
特にスターリィには、この『左腕』を見られたくないしな。
とりあえずは誤魔化すために…右腕を上に掲げ、カッコよくポーズを決めてみた。
それとも、女の子なんだからもう少し可愛いらしいポーズのほうが良かったかな?
誤魔化しついでほっぺに両人差し指を立ててみる。
んー、我ながら気持ち悪い。
そんな俺のことを、スターリィとボウイが呆気に取られた表情で見ていた。
…もしかしてやり過ぎた?それとも…バレた?
「アキ、おまえ…本当はメチャクチャ強かったんだな?」
あぁなんだ、そっちのことか。
そりゃボウイと模擬戦してるときは手を抜いてたからなぁ。
どうやらバレてなかったみたいで、ホッと胸を撫で下ろす。
「そ、それよりボウイ。すぐに排気していただけます?毒の霧がこの部屋に蔓延したら危険ですので」
「あ、そうだった」
すぐに気を取り直したボウイが、風魔法で部屋の排気を行った。
その間にスターリィが攫われていた女性5人の状況を確認していた。
…うん、命に別状は無さそうだな。
よしっ。とりあえずこれで、最低限のミッションは成功だ。
思ったよりあっさりと一匹目が片付いたから、次は…こっちに向かってきてるはずの悪魔の迎撃だな。
スターリィとボウイは手が回らなそうだから、今度はカノープスと連携して撃退するとするか。
そう思って周りを見渡してみると…
あれ、カノープスがいない?
その時になってようやく俺は、この場にいるはずのメンバーが一人欠けてることに気づいた。
ったく、あの野郎。
肝心なときにまたどこに行きやがったんだ?
呆れ果てた俺が、仕方なく一人で迎撃の準備を整えようかと思った、そのとき。
ずずずん…
という鈍い音とともに、建物全体が揺れるのを感じた。
なんだこれは!?
まさか、地震!?
前の世界の記憶から慌てて身構えたとき、今度は建物の上の階で…急に何者かの”魔力”が発生するのを感じた。
次の瞬間、俺の全身に…忘れかけていた”本能”が突き抜ける。
それは…”生物としての格の違い”。
これまで感じたことの無いほど強大な魔力。
圧倒的なまでの力の差。
な、なんだこのとてつもない魔力量は!?
俺やカノープスどころじゃない!
下手すりゃ…ゾルバルより上かも!?
だが、慌てふためく俺の横で、スターリィがふっと気の抜けた笑顔を見せた。
「…この魔力。なんだかんだで、あたしたちは見守られていたみたいですわね」
見守られていた?どういう意味だ?
それにその言い方…スターリィはこの魔力反応が誰なのか知ってるのか?
そうしている間にも、強大な魔力反応がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
カツン、カツン。
聞こえてくる足音。はっきりと分かる濃厚な魔力の気配。
ごくり、思わず唾を飲み込んだ。
そして、この部屋に現れた人物。
それは…
最初に現れたのは、バツの悪そうな表情を浮かべたカノープスだった。
ん?なんでカノープスが?
そう思った時、彼の後ろから…右手に青い色をした本を持った壮年の男性が現れた。
その人物は、背に白色に輝く大きな”天使の翼”を携えている。
あぁ、そうか…
この人の魔力だったのか。
「…お父さん、来てたんですわね」
そう、そこに立っていたのは、スターリィの父親…パラデインその人だったのだ。
”天使の翼”を具現化させ、圧倒的な量の魔力を放出している、七大守護天使『聖道』パラデイン。
しかし、なぜデインさんがここに?
しかも…なんでそれを持ってるんだ?
彼が右手に抱えていた”青い本”は、俺にとっては見間違いようのないものだった。
色は違うけど、間違いない。
あれは…魔本『魔族召喚』だ。