27.作戦会議
俺の目の前に立つのは、栗色の髪をポニーテールにした美少女。
整った顔立ちに、意志の強そうな大きな瞳。
その瞳にいま、真っ赤な炎がともっている。
…怒りという名の、炎が。
「こ、こんにちわ、スターリィ。どうしてこんなところに?」
「……どうしてこんなところに、ですってぇ?」
うひゃあ、すっげぇ怒ってるよ。
知らず知らずのうちに、背筋に冷たいものが流れ落ちる。
スターリィが怒りの炎を目に湛えたまま、ずいっと近寄ってきた。
それはもう、息が触れ合うほどの距離。
えーっと、スターリィさん?
顔がめっちゃ近いんですけど?
「…あたしには一言も言わずに、村を飛び出していったのは、どこのだれですの?」
「そ、それは…」
やべぇ、完全に目が座ってるよ。
これは…下手な答えをするとまずいかも。
「スターリィ様、ちょっと落ち着いて…」
「ボウイ!うるさいですわ!」
「は、はいっ!」
くそっ。ボウイのやつ、ぜんっぜん頼りにならねぇな。ただのスターリィの言いなりじゃねーか。
お前の大好きなスターリィが"鬼"になってんだから、もうちょいなんとかしてくれよなー。
俺がタジタジになっていると、思わぬところから助け船が出てきた。
「あれ、スターリィ。それにボウイも。こんなところまでわざわざ追いかけてきたんだ?きみたちもヒマだねぇ」
遅れてやってきたカノープスが、空気を一切読まずに呑気にあいさつをかましやがった。スターリィの怒気もおかまいなしだ。
こいつすげぇな、マジ大物かただのアホだな。
でもおかげで、怒りの矛先が俺から逸れたぞ。ナイスフォローだカノープス。
「カノープス、あなたは…」
「なにを息巻いてるんだい?スターリィ。少し落ち着きなよ。こんな大通りで騒いで、きみは恥ずかしくないのかい?」
「だまらっしゃい!カノープス、あなたですわねっ!?アキをたぶらかしたのはっ!」
いやいや、俺は別にたぶらかされてなんかないし。
それはさておき、このまま放っておくと掴み合いのケンカになりそうだ。
仕方ない、仲裁に入ろう。
「ちょっと待ってスターリィ。なにか誤解してるみたいだけど…」
「ふふっ、ぼくとアキは"一心同体"みたいなものですからね」
「なっ!?」
「おいコラてめぇなにウソついてやがんだよっ!」
このアホ、なに火に油注いでんだよ!
頭に来たのでカノープスの頭を殴ってやる。
「カノープス、あなたがアキを…」
「スターリィ、誤解だからね?私はなにもしてないし、されてもないからね?」
だが怒り狂ってるスターリィの耳には全く届いていないようだ。
おいおい、頼むから人の話を聞いてくれよ。
それにしてもスターリィのやつ、完全にぶち切れモードだな。
怒りをカノープスに向けていて、まるっきり"敵"を見る目になっちゃってるよ。
放置しておくのもよろしくないので、とりあえずあたふたしているボウイを蹴っ飛ばして、一緒にスターリィを押さえつけることにした。
焚きつけた張本人のカノープスは、我関せずって感じで飄々としてやがる。
くそっ。こいつ火薬庫に火種を投げこむようなマネをしやがったくせに、他人ごとみたいに飄々としてやがる。
やっぱあんとき喰っといたほうが世界平和に貢献してたかな?
なにはともあれ、必死の説得の甲斐もあって、スターリィはなんとか暴走モードを一時停止してくれたようだ。
ホッとして、思わず大きなため息をつく。
…そのときになって、ようやく周りの視線に気づいた。
あれ?なんか周りの様子が変だな。
なんだかみんな、こっちを見ながらヒソヒソ話してないか?
しかも、目があったらサッと視線を逸らされちまうし。
…んー、ちょっと待てよ。
冷静に、今の状況を分析してみる。
――― 怒り心頭の美少女。
――― のらりくらりと逃げ回る美少年。
――― それを必死に止めに入る男女二人。
んん?もしかして、これって…
はたから見たら、ぜったいに『痴話げんか』にしか見えないよな?
何も事情を知らない人たちは、いまのうちらの状況を見て、きっとこう思ったことだろう。
『美少年と美少女のカップル。だがそれをどこの馬の骨とも判らない平凡な女がたぶらかした。美少年と平凡な女は、そのまま愛の逃避行。それを従者を引き連れた彼女が連れ戻しに来た』
あるいは…こんな構図だろうか。
『そのへんの女の子をひっかけて遊んでいた彼氏を見つけて、怒り心頭の彼女。怒り狂う彼女を必死で止めに入る友人』とか?
こりゃいかん、周りでいろいろと誤解や妄想が膨らんでそうだな。
…まぁ実態として、あながち間違ってない部分もあるってのが最高に嫌なところなんだけどさ。
とりあえず、こんな場所で言い争いしてるのは良くないな。
ひとまずこの場から退散するとしよう。
好奇心旺盛な大衆の目から逃れるようにやってきたのは、我らが定宿『ルートイン・ヘイロー』。
ちなみに帰りの道すがら、唯一まともっぽい精神状態のボウイに事情を聞いてみると…
「アキが居なくなったあと、スターリィ様が取り乱して大変だったんだぜ?なんとかパラデイン様を説得してアキたちを探す旅に出れたんだけど…ずっとあんな感じで道中ハラハラしてたよ」とのこと。
爆弾小僧みたいなこいつがこれだけグッタリ参ってるんだから、ほんとうに大変だったんだろうなぁ。
でも憧れのスターリィと一緒に旅が出来て良かったんじゃないか?それがこいつの慰めになってれば良いんだけどな。
受付に着くと、いつものおばさんが開口一番「あらあら?もしかして…浮気がばれちゃったの?」と盛大な勘違い発言をかましてくれやがった。
おいおいこの人、まさかお客に対していっつもこんなこと遠慮なしに聞いてるのか?
でも…おばさんのこの余計な一言のおかげで、それまで暴走モードだったスターリィがハッと我に返った。
自分の行動が周りに誤解を振りまきまくっていたということに、ようやく気付いたのだ。
やっとこさ冷静になって状況を認識したスターリィは、顔を真っ赤にしてそのまま押し黙ってしまった。
ふぃぃ、これで一安心だぜ。
ところがほっとしたのもつかの間、遠慮という言葉を完全にどこかにやってしまったおばさんが、さらなる追加爆撃をかましてくれた。
「あら、もしかして違ったのかしら?変なこと聞いてごめんなさいねぇ。そしたら新しく来た二人も『ご夫婦』なのかしら?あなたたちも一部屋で一緒に過ごすの?」
この一言が、一度は消火したはずのスターリィの導火線に再び火を灯してしてしまった。
「違いますわ!あたしはアキと一緒に泊まります!」
ムキになったスターリィが鍵をひったくってそう宣言すると、とうとう俺の腕をつかんでそのまま上の階に上がってしまったのだった。
あとに残されたおばさんは、なんだか不思議そうな顔をしてたのが印象的だった。
…まいっか。そのおかげで、カノープスと一緒の部屋で過ごさなくてよくなったしな。
それだけはほんっとに良かったよ。
カノープスとボウイが微妙な顔をしているけど、いい気味だぜ。けけけっ。
「それで、どういうことか事情を説明してもらえますの?」
新たに借りた部屋に入って開口一番、スターリィが問い詰めてきた。
俺の腕をガッチリと掴んだままだ。もはや逃すつもりは無いらしい。
参ったな、今はちょっと『悪魔』への対応を優先させたいだけどな。
…とりあえず素直に言ってみるか。
「スターリィ。ちょっとその話は置いておいて、先に私の相談に乗ってもらえないかな?」
「えっ?アキの相談?」
お、食いついてきた。
ダメ元でもストレートに言ってみるもんだな。案ずるより産むがやすし。
なんでか、ちょっとだけ嬉しそうなのが謎だが…
「実は…」
俺はスターリィと、遅れて部屋に入ってきたボウイに、これまでの事情を簡単に説明した。
この街に、『魔王』の部下の生き残りだった『悪魔』が2体存在していること。
その『悪魔』が、どうやらこの街の女性を攫っていること。
自分とカノープスが偶然それを見かけてしまったこと。
なんとか女性の救出と、可能であれば悪魔退治をしたいのだけど、自分たちには悪魔の居場所を探るすべがないので、途方に暮れていたこと。
…などを一気に説明する。
俺の話を聞いたスターリィの表情が、徐々に真剣なものに変わっていった。
ちなみに悪魔2体のことをなぜ知ってるかについては、カノープスが『魔王』に攫われてる時期に偶然その悪魔たちを目撃したということにしといた。
…まぁ半分は本当のことだしね。
「『悪魔』は絶対に許しちゃいけないんだ!すぐに討伐しようぜ!」
一通りの説明を聞いて、ボウイが真っ先に宣言した。
おいおいボウイ君。血気盛んなのは良いけど、お前さんの実力じゃあちょっと悪魔には太刀打ちできないぞ?
「それにしても…『毒』に『罠』ですか」
逆にスターリィは、額に手を当てて考え込んでいた。
おそらく冷静に状況や相手の戦力、対策を分析しているのだろう。
ちなみにカノープスの説明によると、双子の兄『毒蛙』カストルのほうが"毒"に特化した固有能力を、弟の『蟻地獄』ポルックスのほうが"罠"に特化した固有能力を持っているのだそうだ。
だいたい"罠"の能力ってなんだよって思ってカノープスに聞いてみたら、「その辺にあるものを、何でも罠にしちゃう能力だよ」とのこと。
…なんか嫌らしい能力だな。
まぁ毒にしろ罠にしろ、どっちも搦め手系だから、一撃必殺の俺の固有能力とは相性が悪い。
「それじゃあ今回の目的は、第一に攫われた女の人の救出。あと…可能であれば悪魔二体の討伐で良いのですね?」
スターリィの問いかけに頷く。
今回は無理に悪魔を倒す必要はない。
戦力的には俺とカノープスがいればなんとかなるだろうが、油断は大敵だ。
「へぇー、アキは悪魔討伐を第一優先にするかと思ってたんだけど、違うんだね」
「…おいおいカノープス、私はべつに戦闘狂じゃないよ?」
それに俺は、可能であればみんなを危険に晒すようなことはしたくないんだ。
まったく、失礼なやつめ。
「いつもぼくのこと蹴ったり殴ったりしてるから、てっきり殴り合いが好きなのかと思ってた…って、いたっ!言ってるそばからなぐらないでよ!」
殴るくらいで許してやってるんだから、感謝して欲しいもんだな。
俺がカノープスをタコ殴りにしている間に、どうやらスターリィの戦術が決まったみたいだ。
それまでじっと下を向いて考えていたのを中断して、ふっと顔を上げる。
「…作戦が決まりましたわ。この作戦を実行するには、皆さんの協力が必要です」
そう宣言するスターリィは、凛々しくて本当にカッコよかった。
スターリィ、良い顔するようになったな。
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スターリィの立案した今回の作戦は、なかなか興味深いものだった。
その中でも特に重要なポジションにいるのが、スターリィとボウイだ。
「良いですか?まずあたしが『魔力探知』の魔法で悪魔の魔力の残滓を追いますわ。これで悪魔のアジトがどこにあるのか探れるでしょう」
「ヒュー、すごいね。『魔力探知』って上級魔法じゃないか。スターリィはそんな魔法が使えるんだね」
「カノープス、びびったか?スターリィ様はすごいんだぞ?この魔法でスターリィ様はアキのことをここまで追っかけて来たんだからな!」
ほほぅ、そうやってスターリィはこの街まで俺を追って来たのか。
これで一つ疑問が解消されたよ。
それにしても、なんかちょっと怖い魔法だな。
ストーカーに覚えさせたくない魔法ナンバーワンだよ。
…いや別に、スターリィのことをストーカーとは思ってないけどさ。
「次に、悪魔対策ですが…"罠"関係についてはあたしがなんとかしますわ。魔法による"罠"なら、たぶんあたしの魔法で感知できると思いますので」
なるほど、スターリィは魔力探知系が得意らしい。
カノープスが驚くのもわかる、かなり便利で使い勝手がよさそうだ。
「それで…探索中にもし『"毒"使いの悪魔』に出会ったら、そのときはボウイの出番です」
ここでスターリィから指名を受けて、得意げに胸を張るボウイ。
でも、なんでまたボウイなんだ?
「実はな、俺は"風魔法"が得意なんだよ!へへっ、すげーだろ?」
「へぇ…意外だね。きみみたいな猪突猛進タイプは"炎系"の魔法が得意そうなんだけどね」
「カノープス、それって"炎系"の魔法が得意なあたしに対してのあてつけですの?」
そう言ってカノープスを睨みつけるスターリィには申し訳ないんだけど、内心俺もカノープスと似たり寄ったりのイメージを持っていた。
なんとなく"炎系"は猪突猛進タイプで、"風系"は知的なタイプ、"土系"は脳筋タイプとかってイメージがあるんだよねぇ。
それでいけばスターリィなんて"水系"って感じなんだけどな。あるいは"氷系"?
でも、そう言われて思い返してみると…
スターリィは"悪魔ヴァイロン"との戦闘のときには"炎系"の魔法を連発してたな。
それにボウイも、俺との模擬戦で"空気弾"とか使ってたし。
「…オホン、まぁそういうわけで、ボウイの風魔法を使えばアキが見たという"毒霧"を吹き飛ばすことが出来ますわ。あとは…必要に応じてアキとあたしで戦闘ですわね」
「えーっと、ぼくの出番は?」
それまでご指名の無かったカノープスが手を挙げる。
「あなたは…魔王に攫われてたくらいだから、弱いんでしょう?だったら素直にここで待っていてくださいます?」
「えー、やだよ。ぼくはアキの側にいたいな」
ビキッ。
スターリィの額に血管が浮き出るのが見えた。
カノープスめ、こいつわざとスターリィを挑発してやがるな!
それにしても、スターリィもスターリィで沸点低いよな。
ってか、こいつら仲悪すぎだろう。
「ストップ、ストップ!スターリィ。その作戦でいこう。あとカノープスはこう見えて自分の身は守れるくらいは強いんだ。だからとりあえず連れて行こうよ!」
「…う、うぅ。アキがそう言うなら仕方ありませんわ」
「まぁたぶん、戦闘になったらぼくのほうがきみより強いだろうけどね」
ビキビキッ。
スターリィの額にさらに血管が浮き出る。
ちょっとちょっと、こいつらなんでこんなに血気盛んなわけ?
ってか、味方同士なんだからもうちょっと仲良くしようぜ?
「と、とにかく!スターリィの作戦通り実行しよう!みんな、いいね?」
「はい!」
「いいよー」
「よっしゃー!」
こうして、チームワークもくそもない俺達4人の作戦は、決行されることになった。
話し合いが終わった直後、俺はスターリィにぐいっと服の袖を引っ張られた。
「…アキ、この件が片付いたら全部話してもらいますからね?」
「は、はぁい」
あちゃー、こりゃもう逃げきれそうにないな。
覚悟を決めるしかないなぁ…
作戦が終わったあとのほうが気が重いよ。
あー、参った参った。