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25.旅立ち




 

 夜明けの野道を歩くのは、なんだか不思議な気分だった。

 一応”街道”のように整備された道。

 たまに大きな荷台をつけた馬車とすれ違う。


 …へぇ、カメラや冷蔵庫があるくらい発展してる割には、自動車とかは無いんだな。

 ほんっと、ちぐはぐな文明レベルだよな。



 俺の少し前を歩くのは、貴公子然としたカノープス。

 きっちりとしたワイシャツに、短パン姿。

 その堂々たる居住まいは、なかなかサマになってる。

 というか、美少年だったらどんな格好をしていても似合うものだ。

 その分、目立つったらありゃしない。


 対して俺の方は…何の特徴もない無地のシャツにズボン、その上にフードつきのパーカーを羽織っていた。

 ちなみにパーカーはスターリィの私物を借りたものだ。勝手に借りてごめんね、スターリィ。

 ついでにフードを目深にかぶってみた。うん、すごく地味で目立たない。

 たぶん…どこかの貴族の坊ちゃまとその付き人とか、そんな風に思われてるんだろうな。

 ま。それでもぜんぜんかまわないんだけどね。






「ところでアキ。これからどこに向かうの?」


 カノープスの問いかけに、俺はとっさに答えられなかった。

 なぜなら…俺自身、どこに向かって良いのかわからなかったから。


 とにかくノーザンダンス村から脱出したかった。

 …いや、正直に言うと、一刻も早くスターリィから逃げ出したかったんだ。


「先に言っとくけど、ぼくもこの世界エクスターニヤのことはあんまり知らないからね?」

「わかってるよ。とりあえず近くの大きな街まで出よう」


 我ながらなんとも心もとない回答だけど、カノープスはそれで満足したようだ。

 俺の荷物は、腰に下げた『退魔剣ゾルティアーク』と、背負ったボロいリュックに入った『新訳レーヴ魔王召喚アポカリプス』、それに少しの雑貨のみ。

 カノープスのほうも小さなリュックひとつだけだ。

 まぁ俺たちは似たような生い立ち?だから、荷物なんてほとんど無いんだけどな。


 こうして…金も装備もろくな持ち物も持たない俺たちの旅はスタートした。





 それにしてもカノープスはよく俺についてきたと思う。

 ふつう『魔王』時代の記憶が残っていたのなら、あんなに惨い目に遭わせた『化け物おれ』には近寄りたくもないと思うんだけどなぁ。


 カノープスの話によると、彼の『狂った部分』を喰った際に、『魂の一部』まで喰ってしまったらしい。

 その結果、俺が死ぬとカノープスの魂にも大きな損傷を与えてしまうことになったのだそうだ。場合によっては死んでしまうくらいに。


「…だから、私にへばりついてくるの?自分の命を守るために?」

「それは違うよ、アキ」


 てっきりそんな理由だと思ったんだが、カノープスはきっぱりと否定してきた。


「何度も言う通り、ぼくはきみが好きだからついていくんだよ。魂の欠片の件は、正直オマケだね。そんなもん無くたって、ぼくはきみを守るよ」


 おうおう、よくもまぁそんなキザったらしい台詞が吐けること。

 もっとも、いくら言われても俺の心には何一つ響かないけどな。

 それに…守るも何も、そもそも俺の方が強いし。


「まぁそうなんだけどね。…でもさ、もしアキが『魔王』になりたいって言うなら、今度はぼくが第一の部下として協力するよ?」

「いやいや、そんなことありえんから」


 …もうさ、魔王とかそういうの勘弁してくれよ。






 それにしても、こいつは本当に俺の(あるいはスカニヤーの外見の)どこが良いんだかねぇ。

 こう言ってはスカニヤーに申し訳ないんだけど、この身体スカニヤー容姿ルックスは平凡だと思う。

 垂れ目で根暗な感じだし、たぶん同じクラスに居ても特に注目されないようなタイプだ。

 よっぽどスターリィのほうが美少女と言える。

 カノープスとスターリィが並ぶと、なんだかファッション誌のモデルを見てるみたいだし。


「…アキはね、自分の魅力に気づいてないだけだよ」


 そんなことを言ってたら、逆に妙な説教されてしまった。

 でもさ、いきなりそんなこと言われたって困る。

 こちとらこれまでの人生で、散々凡人扱いされてきたんだからな。実際、前の世界ではサトシの金魚のフン扱いだったし。


「魅力って、外見のこと?そもそもこの外見は”スカニヤー”のもんだし、ボウイなんかにはブス呼ばわりされてるんだけど?」

「ボウイはまだ子供だから分かってないんだよ。あのね、ぼくはきみの魂に惹かれたんだ」


 魂、ねぇ。

 漠然としてよくわかんない表現だよな。

 あぁでも、フランシーヌがゾルバルに対して似たようなこと言ってたな。


「だから、ぼくにとってはきみが男だとか女だとかいうのは関係ないんだよ」

「へぇ、さようでございますか」

「ちょ、ちょっと!もうすこし反応してくれてもいいのにさ。…って。あ、待ってよ!」


 まったく心に響かないカノープスの口説き文句を聞き流しながら、さっさと街道を突き進んでいった。







 街道をただ歩くだけの旅。それを旅と呼べるのかは分からない。

 それでも、途中、貞操の危機を感じながらのカノープスとの旅は、なんだかんだで気楽なものだった。


 腹が減ったら野原の草や果物を食べる。

 喉が渇いたら近くの小川の水を飲む。

 お風呂に入りたかったら川で水浴びをする。(もちろん、カノープスには見られないように)

 眠くなったら、木陰で寝る。


 迷うことなく、ただ突き進むだけの旅。

 そこに余計なことを考える余裕はない。

 それが…俺の心にとって救いとなっていた。



 一緒に旅するパートナーがカノープスだっていうのも、結果的には良かった。

 はっきり言って、俺はこいつに一切遠慮していない。

 発言もそうだし、態度もそう。

 極論を言ってしまえば、こいつがいつ死んでもかまわないとさえ思っていた。

 でも…たぶんそれが、今の俺のパートナーとしてはちょうど良かったんだ。




「ほら、アキ。こんなに綺麗な花が咲いてるよ?」


 時々、ガキのように騒ぐカノープス。

 それにしても、こいつは一体なんなんだろうか。

 前にゾルバルが言っていた『カノープスも、ワシの被害者なのだ』という言葉が脳裏に蘇る。


 そうか、そうだよな。

 こいつも俺と同じく、無理やりこの世界に飛ばされたんだよな。

 そう考えると、ちょっと可哀想なやつなのかもしれないな。

 …もう少しくらい優しくしてやろうかな?


「どうしたの?アキ」

「ふわぁぁ!?」


 なーんてこと考えてたら、こいついきなり後ろから抱きついて来やがった!

 条件反射で『魔纏演武まとうえんぶ』を発動させ、残像だけ残してしゃがみこむと、みぞおちに強烈な肘打ちをかましてやった。


「ぐっぽぁ!」

「死んどけ、ばぁーか!」

「い、いきなりひどいよアキ…」

「それはこっちのセリフだ!次やったら消すからな?」


 崩れ落ちて悶絶しているカノープスにトドメの蹴りを入れると、そのまま放置して歩き出した。


 あー、こんなやつに同情した俺がバカだったよ。







 そんな感じで歩いたり走ったりすること丸3日。

 俺たちはようやく『街』と呼べる場所に着いた。


「おおー、街だ!なんか嬉しいな!」

「あははっ、アキがそんなに喜ぶなんて珍しいね」


 そりゃあんた、街と言えば食堂に宿屋よ!

 久しぶりの炭水化物アーンド味付きの飯!あったかい風呂!柔らかい布団だよ!

 こんな気持ち悪い男と、ろくに味の付いてない野草食ったり、水浴びしたり、地面にゴロ寝するのはもうこりごりだった。


「…でもさ、お金どうするの?」

「…あっ」


 忘れてた。

 俺たちお金持ってないんだった。

 あぁー、ここまで来てまた野宿かよ。


「…実はね、ぼくお金持ってるんだ」


 なんですと?

 カノープス、なぜおまえは…そんな大事なことを今まで黙ってたんだ!?


「ふふっ、アキのことを驚かそうと思ってね」

「そっかそっか。それなら十分驚いたよ!よし、じゃあさっさと街に入ろうか」

「待ってよ!このまま街に入ったら怪しまれちゃうよ?」


 そう言われてカノープスが指差す方を見ると、そこには門番らしき兵士の姿があった。

 たしかに…俺たちがそのまま入ろうとしても、彼処で止められてしまうだろう。

 さて、どうしたものか…


「…そこでね、ぼくに一つ良いアイディアがあるんだ」


 ほほぅ、良いアイディアね。

 嫌な予感しかしないけど、とりあえず聞いてみるか。


「えっとね。ぼくたち『新婚の夫婦』ってことにするんだよ。それで、山奥から買い出しに来たって設定でどうかな?」

「どうかも何も、んなもん却下に決まってるだろ!」


 おいおい、こいつ何言い出すんだよ!

 なんで俺がおまえなんかと夫婦にならなきゃなんねーんだよ!

 気持ち悪いッたらありゃしない。


「…だったら兄妹って設定でもいいんじゃないか?」

「それはさすがに無理があるよ。だってぼくたち似てないし」


 むむ、たしかに一理ある。

 美少年のカノープスと、申し訳ないが平凡な顔の自分スカニヤーじゃあ、さすがに兄妹じゃ通じないだろう。

 それに、カノープスのやつもこんなときに限って『夫婦』案を頑なに譲ろうとしない。

 いかん、このままでは…こいつと『夫婦』にされてしまう。


「で、でも…他に手はないのか?」

「アキ。言いたくないけど、お金を出すのはぼくなんだよ?これくらいの条件は飲んでもらわないとねぇ?」


 ぐぐっ。

 ここで金の話を出してくるかよ。

 こいつぜったい、こんな状況を想定してお金の話を黙ってやがったな。

 あームカつく、ニヤニヤしやがって。


 だが、ここまで来て炭水化物に風呂にベッドの誘惑を断ち切ることは難しい。

 それに…よく考えてみたら、『夫婦』って設定をガマンすればいいだけなんだ。

 そう、別に変なことをするわけじゃないしな。

 別に…かまわないよな?な?


「…分かったよ。おまえの条件を飲むよ」

「やったー!交渉成立だねっ!それじゃあさっそく門番の人たちに話してくるよ!」



 大喜びしながら門番の人たちのほうに向かっていくカノープス。

 おいおい、あいつスキップとかしてやがるぜ。


 その後ろ姿を見ながら、俺はもしかして自分が致命的なミスを犯したんじゃないかって気がしてきた。

 だけど、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。

 向こうで門番と話しながら手招きしているカノープスに向かって、俺はしぶしぶ歩き出したんだ。












「ふふっ、さっきは上手くいったね」


 無邪気な笑顔で俺に話しかけてくるカノープス。

 このやろう、門番との交渉のとき調子に乗って俺の肩に手を回してきやがったんだ。

 ぶん殴ってやろうかと思ったんだけど、門番への芝居が台無しになるのでぐっと耐えた。

 そしたら調子に乗って、こいつ俺のほっぺにチューしてきやがったんだ!


 おかげでなんとか門番を突破することに成功したんだけど、俺はなにか大事なものを失ってしまった気がする。

 …くそっ、完全にこいつの手玉に取られてるよ。



 まぁでも、なんとかこの『街道の町ヘイロー』に入ることができた。

 街の中に入ったからにはこっちのもんだ。

 炭水化物!味付きご飯!風呂!ベッド!

 最高の楽しみが、俺を待っている!




 とりあえず門番に教えてもらったオススメの宿屋に向かう。

 宿の名前は『ルートイン・ヘイロー』。

 …なんかデジャヴを感じる名前だな。

 見た目は少し古臭いけど、サービスは折り紙つきだそうだ。


「はーい、いらっしゃいませ。あら、あなたたちは兄妹かしら?」


 受付のおばさんにそう聞かれて、速攻で頷こうとする俺を遮るように、カノープスが前に出る。


「いいえ、ぼくたちこう見えて夫婦なんです」

「ちょっ!?おまっ!?」


 慌てて否定しようとする俺の脇を軽くつねるカノープス。

 一瞬ひるんだ俺の耳元に、優しい声で囁いた。


「だめだよ、アキ。どこで情報が漏れるかわからないからさ、夫婦のふりを続けなきゃ」

「うっ…」


 ま、まぁたしかに一理ある。

 あるけど…本当にそうなのか?

 なんか俺、洗脳されてないかな?


 押し黙った俺を差し置いて、カノープスは受付のおばさんに口から出まかせでベラベラと自己紹介をしていた。

 なんでもうちらは山奥で生まれ育った幼馴染で、親同士が仲良かったことから、小さい頃から一緒に過ごしてきたんだそうだ。

 それで、つい最近ようやく正式に結婚して、今回初めて夫婦で買い出しに出てきているとのこと。

 俺はもう口を挟む気力も失せていたので、カノープスが喋るのに任せていた。

 しっかし、よくもまぁこんなデタラメ考えつくよな。




「はい、これが部屋の鍵よ。それじゃあ、夫婦仲良くね?最近この街も物騒で、女の人が行方不明になったりしてるから、奥さんのことはあなたがしっかり守ってあげるのよ?」

「ええ、わかりました。ありがとうマダム」


 カノープスの言葉に頬を染める受付のおばさん。

 カノープスの努力?の甲斐もあり、少し料金をまけてもらってなんとか部屋を確保できた。

 色々と言いたいことはあるが、まぁ結果オーライってことにしとこう。

 …そう考えないと、俺の精神が持たない。




「えーっと、208号室っていったら、ここだよな?」


 渡された鍵を使ってドアを開けると、そこは少し狭いユニットバスつきワンルーム。

 おぉー、かろうじて風呂付だ。


 ただ、一つ致命的な問題があった。

 それは…ベッドが一つしかないことだ。


「…おい、カノープス。こいつはどういうことなんだ?」

「あー、たぶんおねーさんが気を使ってくれたんだろうね?よかったね、あははっ」


 イライラが限界に達したので、俺は全力でこいつの頬を鷲掴みにしてやった。


「むぐぐっ!?」

「おいテメェ、これ確信犯だろ!?」

「ち、ちがうよっ!冤罪だよっ!」

「じゃあ今すぐ部屋を変えてもらえっ!」

「それはダメだよ!そんなことしたは、せっかくの芝居が全部ばれちゃうよ」


 むぅ…確かにそうだな。

 くそぅ。だがこの野郎とこの状況で同じベッドで一晩過ごすなんてありえない。


「カノープス、おまえは床で寝な?」

「ええっ?そんなのひどいよ、ぼくがお金を出すのに…」

「あぁん?文句あんの?」

「……ないよ!ないから手に魔力集中させるのはやめてー!」


 そんなわけで、なんとか最悪の貞操の危機は回避することに成功した。


 …それにしても、昔サトシに借りた恋愛シミュレーションゲームでこんな状況シチュエーションあったような気がするな。

 だが、実際に女になってみて分かる。

 …そんな設定、クソだってことが。



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