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24.心の傷痕

 

 そこは、薄暗く何もない空間。

 とても寂しくて、空腹で…

 --- 俺は、迷子になったんだろうか?


 不意に、目の前に何かが現れた。

 白い髪の毛を風に靡かせ、凛々しい姿で立つゾルバル。

 しかも…失われていたはずの右手や右目もある。

 --- ゾルバル?!

 --- 生きてたのかっ!?


 そのとき、俺の中から得体の知れない何かが…ゆっくりと分離した。

 それは、巨大な鬼の顔。

 口が大きく、そこには無数の牙が見える。

 --- まさかこれが、『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル』の姿なのか!?


 巨大な鬼は、身動きすらしないゾルバルへとゆっくりと襲いかかる。

 まずは右腕に噛みつき、あっさりと食い千切った。次は右目。続けて…左目、左腕、左足……


 --- やめろ!もうやめてくれっ!


 だが情け容赦なく、鬼はたったの一口で…ゾルバルを喰らった。



 --- うそだろう、またかよ…



 さらに鬼の口は止まらない。


 次に現れた、今の俺と同じ顔の女の子…スカニヤーも、フランシーヌも、デインさんやクリスさんも一口で喰らう。


 --- もう、やめてくれ。

 --- それ以上、喰わないでくれ…



 最後に現れたのは、笑顔のスターリィ。

 鬼は、彼女に対しても大きな口を開け…


 --- だめだっ!

 --- それだけは、やめてくれ!


 だが、鬼に声は届かない。

 ゆっくりと、スターリィの頭を丸呑みして…





 ばくん。






 ---------------------







「うわあっ!?」


 飛び起きると、そこは…スターシーカー家で俺にあてがわれた部屋のベッドの上だった。


 夢だった…のか。

 まったく、なんちゅう酷い夢だよ。


 全身に汗をびっしょりかいていた。

 布団に人の形が残るくらい。こりゃひでぇ。

 …いくら夏だからって、この汗の量は尋常じゃないだろ。

 突然、うっと胃の中のものがこみ上げてくる。必死で我慢して飲み込んだ。

 そういえば最近、まともに飯が食えていないな。

 食べると、戻してしまうからな。

 そのことは、スターリィたちには秘密にしてる。

 だって…これ以上心配させても仕方ないからな。


 俺はもう、大丈夫。

 毎日こんな夢を見せられたって、問題ない。

 だって俺は…そんな罰を受けて当然のことをしたんだから。






 近くにあったタオルを手に取ると、着替えを持って立ち上がった。

 枕元に置いていた『退魔剣ゾルディアーク』を手に取り、腰に差すとそのまま外に出る。


 屋敷の外はまだ薄暗かった。

 日が昇るまではもう少し時間があるだろう。

 とりあえず、いつもの泉に向かうか。


 誰もいない村の中を、剣を腰に差してトボトボと歩く俺は、たぶん幽鬼かなにかに見えたことだろう。




 目指す泉は、村から5分ほど離れたところにあった。

 ゾルバルの隠れ家の近くにある湖ほどは大きくないが、こんな時間には誰もこないから人目を避けて水浴びできた。

 村の近くにある泉に身を沈めると、全身の汗がすっと落ちていくのを感じた。

 --- あぁ、気持ちいい。

 --- この瞬間だけは、生きていることを実感するな。

 --- しかし、今は良いけどもう少し寒くなったらどうするかな…



 池から上がって体を拭くと、肋骨が浮き出た細い身体が目に入る。

 …自分の裸で興奮してたのも今や昔。今ではもう、罪悪感しか感じない。

 すぐに目を逸らして、着替えを身に纏った。



 ひと汗流したところで、誰もいない泉を見ながら、俺はこれからのことを考えていた。




 正直俺は、この村を去ろうと思っていた。

 たぶん、俺に関われば迷惑をかけてしまうだろう。

 ゾルバルやフランシーヌみたいに、俺に親切にしてくれる人ほど不幸なっていく。

 そんな姿…もう見たくなかった。


 でも、仮にここを出たとして、俺に何ができるのか。

 ゾルバルは贖罪に殉じた。

 じゃあ、俺にとっての贖罪って…なんなんだ?

 サトシを探すこと?

 情報の欠片も見つからないのに?

 そもそも生きているのかも…この世界にいるのかもわからない。


 それよりも、俺が命を奪ったひとたちのことが頭によぎった。

 ゾルバル。

 スカニヤー。

 それに…シャリアール。


 彼らに対する贖罪とは…何なのだろうか。




 特にスカニヤーのことが俺の心をいつも締め付けていた。

 何も知らないまま、おれに魂を喰われたスカニヤー。

 俺が彼女の立場だったら、どう思うだろうか。

 俺みたいな『怪物』に、身体を乗っ取られて…

 おそらくそれは、地獄以上の苦しみではなかろうか。

 俺だったら…たぶん耐えられない。



 彼女に対しての贖罪。

 それは、俺が一刻も早くこの身体から出ていくことではないだろうか。

 つまり…俺が死ぬこと。



 腰にある『退魔剣ゾルディアーク』をゆっくりと引き抜いた。

 星の光にも鈍く輝く刀身に目が吸い込まれる。


 --- これを…すっと自分の喉に入れれば、全てが終わるかな?

 --- そしたら、楽になるかな?

 --- サトシやゾルバルには申し訳ないけど、せめてスカニヤーくらいには殉じられるかな?

 --- こういう形でしか贖罪できないけど…俺はもう、取り繕うのも疲れたよ。



 ふと、死のうと思ったのが二度目であることに気づく。

 あのときの俺を救ってくれたのはサトシだったな。

 だけどお前はもうそばにいない。

 どこにいるんだよ…サトシ。

 俺はもう、限界だよ。



 そう思いながら、『退魔剣ゾルディアーク』の刀身を指でなぞっていた…そのとき。




「なにを、してるんですの?」


 鋭い声が、俺の耳に飛び込んできた。








 そこに立っていたのは、スターリィだった。

 栗色の髪の毛が、ゆらゆらと風に舞っている。

 本当に、絵になるような子だよな。雰囲気があるよ。

 俺をじっと見つめる強い意志を秘めた瞳、そこに浮かんでいるのは…怒り?


「…あれ、スターリィか。どうしたの?こんな時間にこんなところで」

「それはこっちのセリフですわ!アキ、あなたいま何をしようとしていたんですの?」

「別に…刀身の傷とかないかと確認してたんだけど?」


 もちろんウソだ。

 だけど、本当のことなんて言えるわけないだろう?

 スターリィが突然現れたのはビックリしたけど、仕方ない。今日は出直しかな。


 俺は剣をしまって立ち上がると、そのままスターリィの横を通り抜けて村に戻ろうとして…


 がしっと手を掴まれた。



「待ちなさい、アキ」

「えっ?」

「まだ話は終わっていませんわ」


 別に、話すことなんてない。

 俺はそっとスターリィに手を重ねて、離そうとした。

 だけどこいつ…しっかり掴んで離さない。


「アキ、あたしはあなたが毎日この時間に起きてるのを知ってますの」

「……」

「昼間のあなたの笑顔が本当のものでない…作り笑いであることも、知ってますわ」

「……」

「アキ。あなたは何に苦しんでいますの?何を抱えていますの?それを…あたしには教えてもらえませんの?」


 教えない。

 教えられるわけがない。

 俺は…ただの『怪物』。


 今ならゾルバルの気持ちが少しわかる。

 人は…知らなくても良いことがあるんだ。

 知らない方が、幸せになれることもあるんだ。


「…別に、なにもないよ」

「アキ!」


 ぐっと歯をくいしばるスターリィ。

 目には涙をためて、堪えてるのがわかる。

 本当に良い子だ。

 だからこそ…話さない。教えない。

 スターリィには、堂々と…光の当たる表の道を歩いてほしいから。


「…どうしても、あたしには何も話さない気ですの?」

「……」

「あたしは、あなたのことを親友だと思っていましたけど、それはあたしの一方的な思いでしたの?」


 親友。その言葉がぐっと胸に突き刺さる。

 俺は…最初からずっとスターリィを騙していた。

 そんなやつが、こんなにも光輝く娘の親友になるなんて、おこがましいにも程がある。


 このとき、俺はようやく決意した。

 この村を…離れよう。

 スターリィと一緒にいてはいけない。

 嫌われても良い。それでスターリィが幸せになるなら。



 覚悟を決めると、俺は残酷な台詞を口にした。


「親友?私は別に…スターリィのことを親友とは思ってないんだけど?」

「っ!?」


 あぁ、ひどいことを言ってしまった。

 ひどく悲しそうな顔で俺を見るスターリィ。

 そんな顔をするなよ…

 俺みたいな『怪物』のことは、すぐにでも忘れてくれよ。


 俺は心を鬼にして、トドメの言葉を言い放った。


「あなたが勝手にそう思ったものを、私に押し付けないでもらえるかな?」

「っ!!」



 スパーン!

 鋭い音。同時に俺の頬に痛みが走る。



 あーあ、とうとう叩かれちゃった。

 口をへの字にして、ボロボロ涙を零しているスターリィの姿には、本当に心が抉られる。

 だけど…そんな心の痛み、ゾルバルの時に比べたら大したことない。

 だって、永遠に別れるわけじゃないんだから…

 そんなの、いくらだって耐えられるさ。


 俺は、立ったままボロボロと涙を流しているスターリィの横を抜けて、ノーザンダンス村へと戻っていった。









「…損な役回りだね。アキ」


 ぐっと涙を拭ったとき、不意に声をかけられた。

 そこに居たのは、カノープス。すでに松葉杖も取れて、自由に動き回っていた。

 くそっ、それにしても嫌なやつに見られたな。


「…どこから見てたの?」

「んー、最初から全部」

「最初?」

「うん、アキが泉で泳いでるとこから」


 おいおい、ノゾキかよ!

 いくら俺の中身が男だからって、そいつはまずいんじゃないか?


 だがこのイケメンは、そんなこと気にした様子もなく「アキはもうちょっと食べたほうがいいよ。今の身体だと子供と変わらないからね」などと言い放ちやがった。

 ったく、余計なお世話だっちゅうの。

 こいつ、あんとき喰ったほうが良かったかな?


「それで、アキ。きみはこの村を出ていく気なんだろう?」

「えっ?なんでそれを…」

「ふふっ、ぼくはアキのことはなんでもお見通しだからね」


 こんなやつに見透かされるたぁ、俺もまだまだだな。

 それにしても、口説き文句みたいな発言は本当の女の子に対して言ってほしいもんだな。

 俺に言われても、ぶっちゃけ気持ち悪いだけだし。


「…だとしたら、どうする?村の人にチクるのか?」

「そんなことしないよ。ただ…ぼくも一緒に着いて行くだけだしさ」


 げっ、マジかよ。

 こんなイケメン美少年と二人旅なんてやってられないぞ。

 そもそもこいつと一緒の旅とか、貞操の危機すら感じる。マジで勘弁してほしい。


 まいったな…どうやってこいつを置いていこうか。


「置いていこうなんて考えないでね?そしたらすぐに村の人にチクるからね?」


 ぐっ。先手を打たれた。

 なんだよこいつ、本当に心が読めるのか?


 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込むカノープスを見て、大きくため息をついた。

 …だめだな、こいつは絶対ついてくるだろう。

 それに、元魔王だったこいつを置いていくのも色々まずそうだしな。あまり信用もできないし。

 …仕方ない。こいつを連れて行くしかないか。


「…わかったよ、カノープス。だがその前に一つ教えて欲しい」



 連れて行くと決めたからには、一つハッキリさせておきたいことがある。

 俺はずっと思ってた疑念をカノープスにぶつけることにした。


「いいよ。ぼくに答えられることなら」

「カノープス。お前はなんで、私にそんなにもつきまとう?」


 質問にクスッと笑うカノープス。

 あぁ、イケメンのキラキラスマイル、なんかイラっとするな!

 マジで殴ってやりたい。


「なぜって?決まってるじゃないか。ぼくはきみのことが好きなんだよ」

「はぁ?」


 思わず声が出ちまった。

 こいつ…バカか?


「そんな顔しなくたっていいだろう?仮にも好きって言われたんだから、もうちょっと嬉しそうな顔をしてくれても…」

「バカ言え。どこの誰がこんなガリガリの子を好きになるってんだよ?ボウイなんかブス呼ばわりしてるのにさ。さ、冗談はいいから本当のことを言いな」

「冗談なんかじゃないのになぁ…本当に可愛いと思ってるんだけどなぁ」


 あーもう。

 なんか調子狂うなぁ。

 このままじゃ埒があかないから、こっちから切り出してやるか。


「…なぁカノープス。本当はお前、『魔王』のときの記憶失ってないんだろう?」


 その言葉に、カノープスはニコッと笑った。

 知らない人が見たら、邪悪さの欠片もないような無邪気な笑顔で。

 だがこの表情は…質問に対する肯定を意味していた。


「…へぇ、分かってたんだ。いつから?」

「たぶん最初からだな。あまりにも私になれなれすぎだ」

「そっかー、最初からバレてたんだ。さすがアキだね、惚れ直したよ」


 頼むから、歯の浮くようなセリフをキラキラ輝く笑顔で言うのはやめてくれ。

 こいつ、やっぱいかんわ。

 マジで消滅させてやろうかな。

 俺が本気で右手に魔力を集中させようとするのを見て、慌ててカノープスが両手を振った。


「やめてやめて!記憶があるのは事実だけど、全てを完璧に覚えてるってわけじゃないんだ。それにもうぼくは人間に危害を加えるつもりはないよ?」


 こいつが、この世界の人間と争うつもりがないことは、なんとなく分かっていた。

 なぜなら、『魔王』時代のカノープスから感じられていた”悪意”のようなものが今は一掃されていたから。

 ついでにこいつは、『魔王』時代の記憶があることを俺に悟らせるように行動していたようにも思える。不自然なまでの親密さがその証拠だ。


 もしこいつに本当に邪気があったなら、たぶん記憶喪失のフリをしていただろう。

 そうしなかったということは、やはりこいつは以前の『魔王』とは別物なんだろうな。


 …まぁ、最低限は信用してやっても良いかな。

 そう判断した俺は、ようやく右手に集約させていた魔力を発散させた。



「だったらなんで…私にまとわりつくの?お前は…私の正体を知ってるんでしょ?」

「君の正体?もちろん知ってるよ、『人喰いの怪物』だってね」


 うぐっ。

 こいつ、ど真ん中ストレートで人のハートえぐってくるなぁ。

 しかも、苦々しい表情の俺を見て、なんだか嬉しそうだし。

 あぁ、こいつたぶんどSだな。美形のサディストって、どんだけテンプレだよ。


「私のこと『怪物』って言うんなら、なんでその『怪物』についてこようとする?」

「だからさっきから言ってるじゃん?君が好きになったってさ」

「あのねぇ…この際だからハッキリ言っとくけどさぁ、私は『男』だよ?」

「うん、それも知ってるよ」



 …はぁ?知ってたぁ!?

 最終兵器を出したつもりだったのに、こいつ知ってやがったのかよ!


 俺の反応を見て、最高に満足そうな笑顔を浮かべて笑っているカノープス。

 こいつ、マジでむかつくわぁ。


「し、知ってたなら話は早いな。だったら…」

「ぼくはアキが男でも女でも関係ないよ?」

「…げっ」


 おいおい、ステキな笑顔でさらっと爆弾発言とか勘弁してくれよ。

 ってか、俺ノーマルだし。

 男になんか興味ないしっ!


「大丈夫、きみの気持ちがこっちに向くまで、ぼくはゆっくり待つからさ」

「いや、待たなくていーよ。そんなことありえねーから」

「そしていつかは、ぼくのお嫁さんになって欲しいと思ってるけどね」

「おまえ、人の話聞けよっ!」


 くそっ、こいつと話してるとなんかイライラするわ。

 こいつ、まじで消そうかな。

 …いかんいかん、思考がどんどん邪悪化してるわ。




 それにしても、こいつはなんで『俺が男』だってことを知ってるんだ?


「だってさ、ぼくはその体の元スカニヤーのことを元々知ってるんだよ?」

「あぁ、そうか。でも…」

「それにね、きみの魔法…『我儘な偏食家パーシヴァル』だっけ?あれに喰われた時…ぼくときみの魂が少しだけ触れ合ったんだ。そのとき、君の情報がぼくの魂に飛び込んで来たんだよね」


 な、なんですと?

 魂が…触れ合った?

 情報が、飛び込んできた、だぁ?


「あれ?その様子だと…知らなそうだね」

「な、何をだ?」


 たぶん俺は、ひどく間抜けな表情をしていたんだろう。だらだらと冷や汗を流す俺に、カノープスが同情めいた視線を向けながら、トドメの情報を出してきた。



「ぼくの魂の一部がね、きみに喰われてるんだよ。だから、ぼくたちは…ある意味一心同体なんだ。あははっ」




 はぁぁぁあぁぁ!?



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― 新着の感想 ―
自殺ってよっぽどの理由が無いとしない選択だと思う。だから沢山心の中を知ることが出来て好きな描写だ。
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