【アナザーサイト】スターリィの願い
私の名前はスターリィ=スターシーカー。
七大守護天使『聖道』パラデインと、『聖女』クリステラの娘です。
そして、今をときめく新進気鋭の冒険者集団『明日への道程』のリーダーである【勇者】レイダーの妹でもあります。
この肩書きは、あたしが生まれた時からずっと付いてきました。
ある人はあたしのことを「英雄の娘」と呼び、またある人は「レイダーの妹」と言うのです。
そこに、”スターリィ”という個はどこにもありませんでした。
あるのは、”娘”や”妹”といった、誰かの付属物であるという評価だけ。
そのことが、あたし自身を苦しめていたということに気づいたのは、ずっとあとになってからのことでした。
あたしは小さい頃から、期待される『肩書き』通りに生きることを求められていました。
もちろん、面と向かっては誰もそう言いません。
ただ…そういう雰囲気であることは、幼いあたしにも分かっていました。
だからあたしは、その期待に応えるように一生懸命がんばりました。
厳しい訓練も、たくさんの勉強も苦ではありませんでした。
だけど…気がつくと、あたしは同級生たち…いいえ、歳の近い子どもたちすべてと、もはや取り返しのつかないくらい距離が離れてしまっていました。
さらに、兄であるレイダーの活躍が、事態に拍車をかけました。
お兄ちゃんは、英雄である両親に輪をかけてすごい人でした。
昔から飄々としていて、でもとっても優しくて、才気あふれる人ではありましたけど、幼い頃からその実力の片鱗を見せていたそうです。
実際、冒険者になってからは、数多くの偉業を成し遂げました。その結果、お兄ちゃんの評価はうなぎのぼり。
いつの間にかお兄ちゃんは、『英雄の息子』ではなく、『勇者』レイダーと呼ばれるようになっていました。
お兄ちゃんは、いち早く”自分”を確立していたのです。
だけど…あたしは14歳になっても、ずっと『英雄の娘』のままでした。
もうすぐ15歳。
そして翌年には…『ロジスティコス魔法学校』に入学する予定です。
魔法学校に行けば、当然あたしは『英雄の娘』、『勇者の妹』として見られるでしょう。
そんなあたしの魔法や格闘術の実力が、平凡であっていいはずはありません。
それは、周囲が期待するあたしの姿では無いから…
でも、あたしはずっと伸び悩んでいました。
周りの人たちは『スターリィは十分すごいよ』って言ってくれますけど、本当のことは…あたしが一番良く分かっています。
あたしは、両親やお兄ちゃんには、遠く及ばない実力しか持っていません。
このままでは、両親やお兄ちゃんの顔に泥を塗ってしまいます。
そうすると、あたしの存在が…誰にも認められなくなってしまう。
そのことに気付いて、すごく焦りました。
だから、死ぬ気でいっぱい努力しました。
それでも伸びなくて、思い悩んで…
そんなときでした。
「なぁスターリィ。ちょっと面白いやつがいるから会いに行かないか?」
そう言って、”大魔樹海”行きを提案してくれたのは、パラデインでした。
ベルトランド王国にある”大魔樹海”は、あたしたちが住む『ノーザンダンス村』から徒歩で数日の距離にある、とても大きな森です。
人の手が入っていない危険な森で、数多くの魔獣が生息していると習いました。
そんな森に…あたしと同じ歳の女の子が暮らしていると言うのです。
最初にその話を聞いたとき、にわかには信じられませんでした。
でも、クリステラも「とっても面白い娘だから、ぜひ会ってみなさい」と言ったので、興味をそそられたこともあり、訪問してみることになりました。
こうして出会ったアキですけど…本当に変わった娘でした。
だって、初対面のとき、すっ裸で湖を泳いでいたんですよ?
最初、溺れてるかと思って慌てて助けに行ったのに、逆にあたしが溺れてしまいましたわ。
でも、おかげですぐに打ち解けることができましたわ。
思い切って目の前であたしも服を脱いでみたのが良かったんですかね?
やっぱり、裸の付き合いって大事ですわね。
アキは、すごく痩せててなんだか大人しい印象の子でした。
でも、話してみるとすごく印象が変化しました。
だって、すごくよくしゃべるし、なにより活発なんですもの。
あと、なによりアキは……あたしに普通に接してくれました。
同年代であたしにそう接してくれる人は、これまで一人もいませんでした。
怖がるか、距離を置くか、下手に出る。そんな人ばかりだったから、アキの反応がすごく新鮮でした。
その日から一週間、あたしはゾル様の家に下宿することになりました。
両親はすごく忙しかったみたいで、そのせいでの下宿生活をになったんですけど、ずっと伸び悩んでいたあたしにとって、ゾル様やフランシーヌ様から教わる機会を頂けるっていうのはすごい幸運でした。
アキは、これまで知り合った同年代の子たちと比べても、すごく優秀な子でした。
フランシーヌ様が教えてくれたところによると、アキは特別な事情があってゾル様がお弟子さんにしているとのことです。
あまり深くは語りませんでしたが、ご両親も亡くなられたのではないかと推測されました。
…そんな事情でしたら、あたしがアキのことを守ってあげないといけないわ。
そのとき初めて、そう思ったのでした。
一緒に勉強してみると、アキは驚くほど優秀でした。
あたしが知らない知識をたくさん持っていて、知らないこともまるで渇いた地面が水を吸い込むように吸収していきます。
さすがは七大守護天使『断罪者』ゾル様のお弟子さんです。
そういえば、お兄ちゃんの冒険者チーム『明日への道程』の一員のガウェインさんも、ゾル様のお弟子さんだったかしら?
でも、不思議とアキには嫉妬などは浮かんできませんでした。
格闘術ではあたしの方に1日の長があったから?
アキが魔法は苦手だったから?
いいえ、違います。
たぶんそれは、アキの人柄が理由だったと思うんです。
アキは本当に、あたしに普通に接してくれました。
平等…とでも言うのでしょうか。
生まれや育ちは関係ありません。
普通にあたしと競い合って、負ければ悔しがるし、勝てば喜ぶ。
シンプルに、ただそれだけのこと。
そこに、嫉妬や劣等感はありません。
そんな当たり前の…普通のことが、あたしにはすごく新鮮でした。
だから、アキと一緒に居るのが本当に心地よくて…
あたしはこの森で、ずっと求めていたものを初めて見つけた気がしました。
そして、いよいよあたしが帰る日。
二人だけで行った狩り。
狩り経験のないあたしを誘導しようと張り切ってリーダーシップを取るアキは、本当にウキウキしてて楽しそうでした。
そんなアキと一緒に狩りをしているのは楽しくて…ずっとこんな時間が続けばいいのになって、思いました。
狩りの最中、アキが不思議な魔法や『魔纏演武』を使ったときはすごく驚きました。
でも、たしか『魔纏演武』は魔族にしか使えない技と聞いたことがあります。
…ということは、アキは魔族なのでしょうか。
それであれば納得できるところはたくさんあります。
同年代なのに、いいえ、あたしより幼く見えるくらいなのに、少し大人っぽいところ。
ずっと英才教育を受けてきたあたしに匹敵するくらいの知識を持ってたこと。
そして…ゾル様やフランシーヌ様が素性を明かさずに面倒を見ていたこと、など。
でもあたしは、アキが魔獣だろうと魔族だろうと気にしません。
だって…アキはアキなんですもの。
そう思って、あたしからそのことを切り出してみたら…アキはものすごく驚いていました。
自分は魔族ではないと言い、それどころか…ゾル様の素性もご存知無かったみたいなのです。
アキはいったい、どんな場所で育ったのでしょうか?
それからアキは、怖い顔をしてゾル様に詰め寄っていました。
あんなに怖い顔のアキを、あたしは見たことがありません。
もしかして、あたしは言ってはいけないことを言ってしまったのでしょうか。
「違うわよ、スターリィ。あなたは問題ないわ」
ひどく落ち込んでいたあたしに優しく声をかけてくれたのは、フランシーヌ様でした。
フランシーヌ様に仮住まいの部屋に連れられたあたしは、いろいろな話を聞かされました。
アキは、魔界とも異なる異世界から来たこと。
行方不明の友達を探すために、この世界の知識を手に入れてようとしていること。
そして…アキにはこの世界で頼れる人が一人も居ないこと。
驚くような話の連続で呆然とするあたしに、フランシーヌ様はお願いされました。
「ねぇスターリィ。わたしとゾルバル様はこれから厳しい戦いに身を委ねることになるの。そうすると、アキは一人になってしまうわ。だから、あなたにお願いがあるの。あなたにしかお願いできないことよ?…明日帰るときに、アキを一緒に連れていってもらえないかしら」
フランシーヌ様が語られるには、アキはたくさんの知識と出会いを必要としているそうなのです。
そのためには、まず里に下りて…次の次の春には『魔法学校』に行くべきだとおっしゃいました。
そのとき、あたしに力になって欲しいと。
あたしは、二つ返事で快諾しました。
アキと一緒に里に帰れる事は嬉しかったし、なにより…気が重かった魔法学校への生活に希望が持てたからです。
アキと一緒の学校生活は、きっとすごく楽しいでしょうね。
今日は早く寝るように諭されて、フランシーヌ様はアキを説得するために戻っていきました。
そのあとも、あたしはずっと、これからの生活のことを考えていました。
…どれくらい時間が経ったときでしょうか。
突然、外で大きな音がしました。
慌てて飛び起きると、すぐにドアをノックする音が聞こえます。
…アキでした。
ホッとして招き入れると、素早く着替ます。
目の前で着替え出したあたしを見て、アキはなぜか顔を赤くしていました。
…女の子同士だし、裸だって見せ合ったっていうのに、なんで照れるんですかね?
二人で居間に行くと、そこにはなぜかプッチーニさんが居ました。
彼は、以前からあたしの家にいる家令です。
昔は冒険者をしていたそうですが、今はスターシーカー家のことに専念してくれています。
--- そんな彼が、どうして此処に?
--- 本来なら『ノーザンダンス村』の屋敷に居るはずなのに…
プッチーニさんに詳しく事情を聞く前に、また外で大きな爆発音がしました。
外に出ると、そこに居たのはたくさんの魔獣、それと…『悪魔』。
悪魔…それは、忌むべき存在。闇に堕ちた天使の成れの果て。強大な魔力を持つ、世界の敵。
見つけ次第、排除。それが、この世界の不文律です。
そんな相手を、ゾル様は瞬殺なさいました。
…さすがは七大守護天使『断罪者』ゾル様です。
ゾル様の指示に従って、あたしとアキはプッチーニさんを連れて『ノーザンダンス村』への帰路に着きました。
だけど…その道中に、大きな危機が待ち受けていたのです。
最初に異変に気付いたのはアキでした。
突然、プッチーニさんの様子がおかしいことを指摘したのです。
アキの指摘で動揺して、さらにはアキの額飾りを見ておかしくなったプッチーニさんは、そのまま泡を吹いて倒れてしまいました。
そして出現した"悪魔"『化け猫』ヴァイロン。
そう、プッチーニさんは悪魔に操られていたのでした。
悪魔は強大な魔力を持っています。
未だに天使に目覚めていないあたしには、すごく荷が重い相手でした。
しかも、この悪魔はかなり強大な力を持っていることが分かりました。
魔力を感じるだけで、体が震えます。
…そんなあたしを鼓舞してくれたのも、アキでした。
アキは、なぜか悪魔ヴァイロンから「スカニヤー」と呼ばれていました。
なぜなのでしょうか?もしかしてそれが、アキの本当の名前?
悪魔にゾル様のことをバカにされて、強い怒りを発するアキ。
その誇り高い魂に感化されるように…あたしの心も沸き立ってきました。
---- 自分より強い相手が現れたからって、怖がっていてどうするの?
---- あたしは…『英雄の娘』なんですわよ!
この瞬間、あたしの中にあった血統に対する"劣等感"は、"誇り"へと進化を遂げました。
そのあとの戦いのことは、正直よく覚えていません。
必死だったのもあります。
瞬間の閃きにしたがって、行動していたというのもあります。
その結果、あたしは悪魔ヴァイロンを巻き込んで自爆しました。
--- あとのことを、全てアキに託して。
--- アキなら、きっとやってくれると信じて。
意識を取り戻したとき、あたしは『ノーザンダンス村』の自室のベッドで横になっていました。
一瞬、これまでの出来事がすべて夢だったのではないかと錯覚しましたが、右腕の鈍い痛みが…あの戦いは現実であったということを教えてくれました。
目が覚めてすぐに、クリステラが薬を持って部屋に入ってきました。
どうやらあのあと駆けつけてくれて、あたしたちを救出したあと、治癒魔法を施してくれたみたいです。
…この時点になって、ようやくあたしは自分が命拾いしたことを実感したのでした。
お母さんの話によると、あたしが戦線離脱したあと…本当に過酷な戦いがあったそうです。
悪魔ヴァイロンはアキが無事倒したのですが、その直後に"魔王"が出現したのだそうです。
そして、遅れて現れたゾル様と激しい戦闘になり…結果的にゾル様と魔王は相討ちなされたとのことでした。
ゾル様ほどの使い手が亡くなられたのは、本当に胸が痛みます。
でも…魔王と相討ちなされたのであれば、それは本当に素晴らしい…名誉なことだと思います。
願わくば、偉大なる戦士の魂が安らかに眠らんことを。
心配だったのは、アキのことです。
アキは、パラデインが助けたときからずっと意識を失っていました。
全身に…それこそ死ぬ寸前のひどい大怪我を負っていたそうで、お母さんの治療の甲斐もあって、かろうじて命は取り留めた状態でした。
ただ、お母さんは『身体よりも心の傷が深い』と言っていました。
理由を聞いても詳しくは話してくれません。「あなたがアキの支えになってあげてね」と言うだけでした。
…あたしがアキのこと、慰められると良いな。
「わたしは、ゾルバル様との”契り”を果たすためにもう旅立つわ。だから、スターリィ。アキのことは…あなたにお願いするわね」
ゾル様が亡くなられて、目に見えて憔悴していたフランシーヌ様からも、アキのことを託されました。
アキが目覚める前に旅立っていったフランシーヌ様。
その理由について、「アキのことは何一つ恨んだりしていないわ。でも、あの人の魂をアキから感じてしまうのが辛いから」と悲しげな表情を浮かべて話していたのが、すごく印象的でした。
でも、一つだけ素敵な話を聞いたので、いつかアキが元気になったらお話してあげたいですわ。
アキ……はやく目を覚まして。
それから一週間ほどして、アキが目を覚ましました。
でも…目を覚ましてからのアキは、完全に生気を失っていて、まるで別人のようになっていました。
あたしがいくら慰めても、ふさぎ込んで…ご飯もろくに食べようとしません。
無理に食べさせようとすると吐いたりします。
そんなアキのことが…とっても心配です。
アキは決して口を割らないのですが、たぶん…すごく辛い思いをしたのではないかと思っています。
ついさっきも、半狂乱になったり、壁に頭を打ち付けたりしているアキを一生懸命制止したばかりです。
挙句、「俺は…本当は男なんだ」なんてことを真面目な顔で言ってきたものだから、勢い余って「あたしはアキが男でも女でもどっちでもかまいませんわ!」って言い放ちながらギューッと抱きしめたら、なんだか大人しくなりました。
--- この対応で良かったんですかね?
--- もっとも、あたしは本当にアキが男でも女でもどっちでも良いと思っていますから、問題ないんですけどね?
--- あぁ、でももしアキが本当に男だったら、きっとあたしは…
って、あたしってば何てことを考えてるんでしょう。
いけないいけない。アキが胸に押しつぶされて窒息してしまいそうでしたわ。
そんな…傷付いたアキを救えるのは、あたししかいません。
あの事件から一カ月ほと経って、ようやく最近アキの顔にも生気が戻ってきました。
食事も取り始めて、少しずつ体力も戻ってきています。
--- よしよし、これはきっと大事な一歩なのですわ。
--- この調子で、明日もまた顔を出しましょう。
--- あたしがきっと…アキの笑顔を取り戻してみせますわ。
最後に。
そういえば、お父さんとお母さんが、魔王に攫われていた男の子を一人、救出したそうです。
その子は、いまは全身に大けがを負っていて治療中なのですが、たぶんすぐに元気になるだろうとお母さんが言っていました。
その子とも…仲良くなれると良いなって、思っています。