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22.ごちそうさま




 

 俺の固有能力アビリティ…『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル』の発動が終わった。


 あぁ、わかる。

 ゾルバルの魂は…俺の【左腕】に宿った。

 世界で一番暖かくて、優しくて、力強い魂。

 その力が…俺の【左腕】に宿ったのだ。


 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

左腕レフトハンド】…『ゾルディアーク』発動。


 俺の左腕から、ぶわっと”白い毛”が生えてきた。

 指が太くなり、爪も伸びてきて…まるで獣の前脚のよう。

 あぁ、見覚えがある。この美しい毛並みは…間違いなくゾルバルが”白いライオン”になったときのものだ。

 なんだが、左腕だけゾルバルになったみたいだな。


 同時に、心の底から湧き上がってくる、凄まじいまでのエネルギー。

 空っぽだった身体が、一瞬で満たされていくのが分かる。

 それは、まるで砂漠に降った雨のよう。


 あぁ、さすがゾルバルだ。

 すごい、すごすぎるよ。




 だけど、そこに、なんの喜びもない。

 あるのは…”虚しさ”だけ。


 満ち溢れるような魔力も、湧き上がってくる力も、今の俺には何の慰めにもならなかった。



 なぜならば、たった一つの事実が、俺を打ちのめしていたから。




 そう、俺は…



 ゾルバルを、”喰った”のだ。






「スカニヤー。きみは…いま、何をした?!」


 呆然と立ち尽くす俺に、ガタガタ震えながら問いかけてくるカノープス。

 …正直、うっとおしい。

 黙っていてくれないかな。


「いや、きみは…スカニヤーではないね?誰だよ?…誰なんだよぉ!?」

「…俺か?」


 ギロリ。

 気がつくと、俺はカノープスのことを睨みつけていた。

 こんな…つまらない存在が、ゾルバルを苦しめた。

 こんなやつのために…ゾルバルは、最終手段を取らなくちゃならなくなっちまった。


「俺は…アキ。ゾルバルの…最後の弟子だ」

「な、なんだって…?なにを…」


 ドゴッ。

「うぎゃっ」


 あんまり煩いので、黙らせようと思って蹴り上げたら…そのまま木をへし折りながら吹っ飛んていってしまった。

 さすがゾルバルの力だ。驚くほどの戦闘能力。

 …これだと手加減しないと、すぐ壊してしまいそうだ。



 でも、それだけ強かったゾルバルが…こんなつまらないやつを相手して、こんな寂しい場所で命を落とす羽目になった。

 これも全部……俺のせいだ。


 そう、俺だ。

 俺さえ居なければ、こんなことにはならなかったのだ。


「ううう…」


 全身を突き抜ける、激しい心の痛み。

 取り返しのつかないことへの、止むことのない後悔。



「くぅ…き、きみは、アキと言ったな?『次世代魔王ネオ・カオス』であるボクをこんなにコケにして、タダで済むと思っているのか?」

「…あぁん?」


 本当に五月蝿い。

 ゾルバルは、こんなガキを…律儀にも真正面からかまってやっていたのだ。

 さっさと片付けてしまいたかっただろうに。


「ボ、ボクは、魔王だぞ!?『次世代魔王ネオ・カオス』カノープスだぞっ!?それを…」

「ほんっとに五月蝿いよなぁ。だったらグタグタ言わずにかかってこいよ?俺が…ゾルバルに代わってギタギタにしてやるからさ」

「っざけんなぁ!!」


 カノープスの腕に、黒い魔力が満ちてくる。

 魔王の固有魔法アビリティ…『消滅空間デーレーティオーニス』だ。


 だけど…それがどうした?

 もう、対処法は分かっている。

 戦闘の天才ゾルバルが、目の前で…実践で見せてくれたのだから。


 まず、『魔纏演武まとうえんぶ』を発動させて、全身の動きを滑らかにする。

 次に、右手の一点に魔力を集中させた。

 そうすれば、たとえ魔王の『空間消滅能力』であっても、弾くことができる。


 カノープスから振り下ろされる黒い魔力を、そっと優しく”いなす”。

 …正直、止まって見えるくらいノンビリした動きだったから、その対応は容易かった。


「なっ!?」


 驚きの表情を浮かべるカノープス。

 でも、驚くには値しないぞ?

 だって、そもそもお前の動き自体が鈍くなってるからな。


 おそらく、さっきのゾルバルの奥義で、かなりのダメージを受けていたのだろう。

 そんな身体で放たれた攻撃など、簡単に防ぐことができた。


「…大言を吐いてるわりには、その程度なのか?」


 体制を崩したカノープスに、一気に攻撃を仕掛けた。

 拳を握り、左腕を殴りつける。

 ベキッ。

 鈍い音とともに、骨が折れる感触が伝わってきた。


 続けて、左足の蹴りをカノープスの鳩尾に入れた。

 ゴッ。ビキキッ。

 魔王の身体が、くの字に折れる。

 たぶん…肋骨が何本か折れたんじゃないだろうか。


「かっはぁ……」


 崩れ落ちるカノープスの姿を見ても、何も感じない。

 これが…ゾルバルの見ていた風景なのだろうか。

 なんという、虚しさ。


「げはっ、ごほっ。な、なんなんだキサマは…さっきまでとまるで別人じゃないか。一体…何をしたのさ?」

「……」

「そ、それに、ゾルディアークは…どこに消えた?まさか…きみが…」

「…黙れよ」


 気がつけば俺は、”獣の左腕”を上に掲げながら、魔王のことを冷徹に見下ろしていた。

 ビクッと体を動かすカノープス。

 もしやこいつ…怯えてる?


「くそっ、ば、化け物めっ!こんなやつに出し惜しみなんてしてられない…発動しろっ!奥義『消滅空間デーレーティオーニス暗黒剣ブラッディソード』!」


 カノープスの手に、再び”破壊”を司る暗黒の剣が具現化した。

 だけど…今の俺には、黒く輝く魔王の剣すら、ただの棒切れと同じにしか見えない。


「これでも食らって…真っ二つになれ!」


 振り下ろされる斬撃を、軽く手の平で横に弾く。それだけで、あっさりと軌道が変わった。

 俺の横を通り過ぎた斬撃が、大地を真っ二つに切り裂いた。

 そのまま返す刀でカノープスの頬を叩くと、またしても魔王は弾き飛んでいった。



 もろい、脆すぎる。

 そんなんじゃダメだ。

 もっと…俺を傷付けてくれよ。

 ゾルバルの感じた痛みの一部でも良い。

 俺に…与えてくれよ。


「うぐぅ…なんなんだよお前は…」

「だから言っただろう?俺はアキ。ゾルバルの最後の弟子だって。分かったらもう、消えてくれよ」


 --- もう相手するのも飽きた。

 --- そろそろ…終わりにしよう。


 俺は目を閉じると、魂の奥に声をかけ、眠っている固有能力アビリティを発動させた。

 呼応するかのように、俺の意識の表面上に現れる『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル』。

 空腹を抱えた己の中のケダモノが、ゆっくりと目を覚ました。


「な、なにを…する気だ?」


 俺の全身から漂う異様な魔力を感じて、とたんにカノープスが怯え出した。

 おいおい、お前は魔王なんだろう?

 この程度でびびらないでくれよ。


「…もういいよ、お前。俺が……喰ってやるよ」



 体を一気に加速させ、魔王に肉薄する。

 驚愕の表情を浮かべるカノープスを、力の溢れる拳で殴りつけた。

 一発、二発、三発。


 カノープスの骨が、折れる音がする。

 同時に俺の身体も悲鳴を上げているのが分かった。

 あまりの負荷に耐えきれなかったのか…拳が砕け、腕の骨にヒビが入り、血管が破れ血が噴き出している。


 だが…そんなのはどうでもいい。

 ゾルバルが感じた痛みからしたら、こんなの蚊に刺されたようなもんだ。


 徹底的に痛みつけたあと、もはやほとんど意識を失ってしまったカノープスの胸ぐらを掴んだ。

 壊れたオモチャみたいに、だらりと脱力しているカノープス。

 …なんだよこれ。これが魔王だってのか?


「…最初は跡形も残らないような形で喰ってやろうと思ってたんだけどな。ゾルバルは、お前の命だけは奪いたくないと言っていたからなぁ…どうしようかなぁ。でも…やっぱり喰っちまおうかな」


 俺の言葉が耳に入ったのか、ピクリとカノープスが動いた。

 でも…そんなのどうでもいい。


「やっぱヤメた。お前なんか喰っても、大した能力も持ってなさそうだし。とりあえず…死ね」


 顔面が恐怖で引き攣ったカノープスを、そのまま宙に放り投げた。

 全身の骨を砕かれて、高く舞い上がった魔王は、まるで糸が切れた操り人形マリオネットみたいだった。


 …さぁ、全てを終わらせてやろう。

 俺は、右手に意識を集中した。

 瞬時に、別の能力に切り替わる。



 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

右腕ライトハンド】…『シャリアール』起動



 きぃぃぃいん。

 右腕に魔力が集まり、天使の翼が具現化する。



 あぁ、すげぇ魔力だ。

 これまでと…ケタ違いだ。


 右手に具現化した天使の翼も、魔力量に比例してか、前はスズメの羽くらいだったのに、今は白鳥くらいの大きさになっている。


 これなら…カノープスを跡形もなく葬れるな。



 ゆっくりと落ちてくるカノープスに、俺は標準を合わせた。

 魔王はすでに、避けるだけの気力も体力も持ち合わせていないようだった。


 --- 動かない的ほど、つまんないものはないな。

 --- まぁいいや、もう全部…終わらせよう。




 シューティングスター:『星砲ヴェガ

 3…2…1……





 今にも魔法を発射しようとした、そのとき。




 ふわり。




 俺の頬を、風が撫でたような気がした。








「…えっ?」



 …なんだ、いまの風は?




 慌てて周囲を確認しようと視線を逸らす。



 そして俺は……あるはずのない幻を見た。







 視線の先に立っていたのは、もうこの世に居ないはずの存在。

 白髪を風になびかせる、最強で最高の男。

 そう。俺の目に前に……半透明のゾルバルの幻が現れたのだ。



「なっ!?ゾルバルッ!?」




 その幻は…優しい笑みを浮かべていた。

 そして、ゆっくりと俺のそばに寄ってきたかと思うと、そのまま…俺の右腕に、そっと手を添えたんだ。




 あぁ、ゾルバルは…


 もう止めろというんだな?


 俺に、カノープスを…殺して欲しくないんだな。





 分かったよ。

 ゾルバルがそう言うなら…もう止めるよ。



 幻のゾルバルは、そのとき…満足そうに頷いたような気がした。


 同時に、俺の魂の奥の方で、何かが騒つくのを感じた。

 これは、まさか……











 ハッと気を取り戻したとき、俺の右腕の『星砲ヴェガ』は発射寸前の状態だった。

 既にゾルバルの幻は消えている。

 慌てて照準をカノープスから逸らした。



 次の瞬間、右腕から放たれたレーザービームは、一筋の流星となって夜の空へと消えていった。









 ドサリ。

 空に放り投げていたカノープスが、そのまま地面に落ちてきた。

 同時に、俺は全身の激痛に耐えられずに、その場に膝をついてしまった。


 でも、まだだ、まだ…終わってない。

 まだ倒れるわけにはいかない。


 歯を食いしばって、もう一度立ち上がる。

 そして、たったいま目覚めたばかりの『新しい能力スキル』を発動させる準備を整えた。


 そう。ゾルバルは俺に…さらに別の、新しい能力プレゼントを遺してくれていたのだ。


「あぁ…ゾルバル…」


 ゾルバルが幻とともに授けてくれた新しい能力スキル

 それは…『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル』の能力を呪ってばかりいた俺に、ゾルバルが授けてくれた…新しい希望。




 心の赴くままに、能力を発動する。





新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル』:個別能力ワンスキル


我儘な偏食家パーシヴァル】…覚醒アライブ




 なんということだろう。


 この能力は…



 これが、ゾルバルが俺に与えてくれた能力なのか。




 俺は、発動した能力を、地に伏して虫の息のカノープスに向けた。


 俺の身体から湧き出た何かが、魔王カノープスの全身を包み込む。






 ばくん。






新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル』:個別能力ワンスキル


我儘な偏食家パーシヴァル】…発動完了アジャスト










 俺の能力が発動終わっても、カノープスは消えていなかった。

 完全に意識を失ってるが、胸は上下している。

 大丈夫、生きてるみたいだ。


 俺の固有能力アビリティ新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル』が新たに目覚めた能力スキル、【我儘な偏食家パーシヴァル】。

 そいつが、今回喰ったもの。

 それは…カノープスを狂わせていた”心の奥の闇”。


 そう、【我儘な偏食家パーシヴァル】という能力は…『俺が指定したものだけを喰う』というものだったのだ。

 だから俺は、彼がこの世界に喚び出されたときに狂ってしまった部分だけを、たったいま喰らい尽くした。


 これでもう…カノープスは”魔王”ではなくなるのだろう。

 全て…終わったのだ。



「ゾルバル、全て…終わったよ。あなたの希望通り、カノープスを生かしたよ?たぶん、狂ってたのも元に戻ると思う。これで…良かったんだろう?」



 誰一人動くもののないこの場で、誰も聞いていないのに口にした言葉。

 それは…遠い空の向こうへと往ってしまった恩人への、感謝の気持ち。





 すると…

 まるで俺の声に応えるかのように、この場に大きな変化が起こり始めた。


 ゾルバルが存在していたはずの場所が、突然輝きだしたのだ。



 --- な、なんだ!?

 --- 何が起ころうとしてる!?


 慌てて身構える俺の前で、変化は続いていく。

 まるで太陽が落ちてきたかのような、大きな光。

 やがてその光は収束していき…


 完全に収まったとき。

 そこには、一本の剣が突き立っていた。




 あぁ…これは…まさか。



 俺はぼろぼろの身体を必死に引きずりながら、なんとかその剣の元までたどり着く。


 そこに在ったのは、まるで鏡のように研ぎ澄まされた一本の剣。

 決して揺らぐことのない圧倒的な存在感で、大地に突き立っている。

 あまりにも美しいその姿は…不動の様で鎮座する、誇り高い戦士の姿を彷彿とさせた。



 震える手で、恐る恐る剣を手に取ってみると、ひんやりとした感触。

 柄の部分には、白い獣の毛が意匠されている。


 間違いない、これは…この剣は…



 視線を落とすと、柄の部分に…この剣の銘が刻まれていた。

 そこに刻まれていた文字は…

 その銘は…




『退魔剣ゾルディアーク』






「あぁ…、あぁぁぁ…」





 魔族は、死んだとき『天使の器オーブ』となる。

 そう、ゾルバルは…いまここで、新たな『天使の器オーブ』となったのだ。





 ゾルバルは、確かに死んだ。

 だけど…化身して、今ここにある。


 これは、ゾルバルの…本当の形見なんだ。




「うわぁぁぁあぁぁぁあ!!」



 俺は、剣を抱きしめて泣いた。

 もはや…溢れ出る気持ちを、止めることができなかった。




 この瞬間、俺は。

 この世界に来て初めて手に入れた温もりを…

 この世界に来て最も大切なものを…

 永遠に失ってしまったことを実感させられたんだ。





「ふわぁぁぁあぁぁぁぁあ!!」




 止まらない、涙。

 胸をえぐる、苦痛。

 耐え難い喪失感。




 その全てが…俺の全身を貫いていった。







  〜 第一部 完 〜











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