21.いただきます
なんだって…?
ゾルバルの口から発された言葉。
その意味を理解して…俺は完全に言葉を失った。
『相手の魂を喰らうことで、その力を手に入れる能力』だと?
もし、それが本当なら…
そうであるとしたら……
あぁあぁあぁ。
俺は…
俺は……
--- この身体の主である、スカニヤー。
--- 俺がこの世界に来たとき、目の前で斃れていた、シャリアール。
そのふたりの魂を…俺は"喰らって"いたのかっ!!
全身がガタガタ震える。
震えが…止まらない。
でも、そう言われれば納得できることはある。
俺がこの世界に来た日、目の前に…七大守護天使『星砕き』シャリアールの変わり果てた姿があった。
彼を殺したのはだれなのか、ずっと不明だった。
ゾルバルは、自分ではないといった。
でも、カノープスは『ゾルバルが殺った』と言っていた。
…くくく、なんのことはない。
彼を…シャリアールを殺したのは、この俺だったんだ。
しかも、ただ殺したのではない。
『魂』を喰らって…その力ごと手に入れていたんだ。
シャリアールだけじゃない。
俺は、スカニヤーの身体を奪うことで、彼女の命を奪ったと思っていた。
でも、その詳しい方法が…ずっと不明だった。ゾルバルもはっきりと言わなかった。
身体を奪う?とんだ勘違いだ。そんな生易しいもんじゃなかった。
真実は、それよりはるかにたちが悪かったんだ。
なぜなら俺は…彼女を……喰っていたのだから。
あぁ、これですべての謎が解けたよ。
ゾルバルが本当に隠したかったことは…
俺の"真の能力"のことだったんだ。
俺は…最悪の"人喰い"だったんだ。
「…本当は、お前には言わないつもりだった。知らないほうが幸せなのではないかと思っていた。だが…そうも言えない状況になってしまった」
ゾルバルは優しい。
たぶん、フランシーヌの『龍の英知』で、俺の"真の能力"のことを知っていたのだろう。
知ったうえで、黙っていたのだ。
たぶん…俺が傷つくと思って。
その考えは当たっている。
傷つくなんてもんじゃない。
こんなおぞましい能力、いらねーよ!!
なんでだよ!!
なんで俺が…こんな惨い能力を持ってなきゃいけないんだよっ!!!
「…なぁアキ。ワシはもうすぐ死ぬ。だが…カノープスを止めることは出来なかった。できれば…あいつもなんとか救ってやりたかったのだがな」
動揺する俺を諭すように、優しい口調でゾルバルが語りだした。
たしかに…向こうで悶絶しているカノープスは、まだ生きている。
苦しんでいるが…死んだわけではないのだ。
「このままでは、お前もあいつに殺されてしまうだろう。それであれば…お前が生き残るには、もうこれしか方法はないのだ。ワシの力を…手に入れるのだ」
そんなのいやだよ!
何言ってるか分からねぇよ!
なんで俺が…ゾルバルを"喰わなきゃ"ならないんだよ!!
「くそぉ…ゾルディアークゥゥウゥ!やってくれたなぁ…!」
怨念のこもったカノープスの唸り声が聞こえてきた。
這うように…ゆっくりと立ち上がる。
口から血を吐き、フラフラしながらも…まだ魔王カノープスは健在だった。
だけど…俺は魔王に意識を向けることができなかった。
それよりも、ゾルバルの言葉が衝撃的過ぎたから。
「アキ、もう時間が無い。ワシの命はもう…尽きてしまう」
「いやだ!私は…ゾルバルを"喰いたく"なんかない!!」
そんな俺を…ゾルバルがギュッと抱きしめた。
優しく、それでいて力強く…
「そんなに泣くな、アキ。こっちまで哀しくなっちまうじゃないか」
「ううう…ゾルバルぅ……いやだよぉ…死なないでくれよぉ…」
「…そうだろうな、おまえならそう言うだろうと思っていたよ。アキは…優しい子だ」
肘から上だけになってしまった左腕で、優しく俺の頭を撫でてくれるゾルバル。
その優しさが…胸に痛い。
「だがな、このままではワシだけでなく、お前も死んでしまうのだ。そうすると…お前の望みは叶えられないのではないか?」
俺の…望み。
それは…サトシを探すこと。
でも、ゾルバルの『魂』を"喰って"まで、やりたいとは思わない。
「ちがうのだ、アキ。ワシは…もともとお前にこうするつもりだったのだ」
「…えっ?」
「さっきも言った通り…ワシの固有能力『夢旅人』は、異世界間を渡ることができる。もしかすると、この能力でお前だけは元の世界に戻れるかもしれない。だからもし…お前に渡した『新約・魔王召喚』でも元の世界に戻れなかった時には、最後の手段として、この能力ごとおまえに渡すつもりだったのだ」
そんな…なにをバカなことを!
ゾルバルは、最初から…俺に"喰われる"つもりだったって言うのか?
「あぁ、そうだ。もっとも…フランシーヌに言ったら怒られたがな」
「そりゃそうだろう!私だって…怒るよ!」
「…すまんかったな。だが…ワシはもう生き過ぎた。ワシのような過去の遺物はな、もう必要ないのだ」
そんな訳はない!
世界はきっと、ゾルバルを必要としている。
だって…ゾルバルは…七大守護天使じゃないか!
この世界の、英雄じゃないか!
だけど…ゾルバルはそっと首を横に振った。
「ワシはな、グィネヴィアを失ってから、生きていくのが辛かった。魔本狩りなどしていたが、そんなものは何の慰めにもならんかった」
そう語るのは、感傷?
ゾルバルはふいに空を見上げた。
そこに見ているのは…俺とは違う世界なのか。
「だがな、おまえと出会ってからのこの3か月、本当に…楽しかった。久しぶりに、生きている実感が湧いたのだ」
それは…俺も同じだよ、ゾルバル。
俺にとって、あなたは…父親も同然だ。
「そう言ってくれるか。ははは、嬉しいものだな。ワシの人生…もはや思い残すことは無い」
ぐいっと俺の頭を抱きしめるゾルバル。
だが…ふいに少しだけ、抱きしめる力が緩んだ。
「…いや、一つだけあった。アキ、最期に一つ、頼まれてくれんか?お前の額に埋め込まれてしまった『グィネヴィアの額飾り』、相応しい持ち主が現れるまで…預かっててくれんか?」
「うぅぅ…ゾルバルゥ……」
「お前にしか頼めんことだ。頼んだぞ…ワシの、たった一つの未練なんだ」
俺は、涙でぐしゃぐしゃになりながら頷いた。
それを感じてか、満足そうな笑みをたたえながら何度も頷くゾルバル。
そして…全て語り終えたとでもいうようにそっと体を離すと、俺の魂に響き渡る声で吠えた。
「さぁ…これでもう話すべきことは全て話した。これ以上は時間の無駄だ。早く…ワシを喰え。ワシの命が尽きる前に…ぐうぅ」
口から大量に吐血する。
がくっ。ゾルバルの膝が落ちた。
もはや…彼の命は尽きる寸前だ。
俺は…
それでも俺は…
ゾルバルを"喰う"ことなんて、できなかった。
「そんなこと…できないよ…」
「ダメだ!やるのだ!!さぁ…頼む。これは…ワシの願いなんだ!」
「いやだ!いやだよ、そんなの…」
「喰えっ!!」
ゾルバルの一喝。
その瞬間、俺の中の何かにスイッチが入った。
心のずっと奥…魂の存在する場所から湧き上がってくるようなもの。
それは…おそらく俺の固有能力。
あぁ、これがそうなのか。
これが、俺の固有能力…『新世界の謝肉祭』。
発動したそれは…今の俺ならはっきりとわかった。
この能力は…常に飢えている。
相手を喰おうと、牙を研いで、様子をうかがっている。
能力は…まるで俺に語りかけてくるかのように、俺の脳裏に己の詳細情報を飛び込ませてきた。
俺の固有能力…『新世界の謝肉祭』が取り込める『魂』は、全部で7つ。
そのうち、既に…取り込んだ魂は…4つ。
…4つだと?
はっきりとわかるのは、『目』と『右腕』をつかさどる部分。
『目』が…おそらくスカニヤー。
そして『右腕』が…シャリアール。
あぁ、あとの2つは『頭』と『心臓』だ。
『心臓』のほうは…おそらくは俺の魂だ。
『頭』のほうはわからない。
俺の知らないうちに…さらに別の誰かを喰らってしまっていたのだろうか。
7つの魂を喰らうことで、完成する俺の能力。
…最高に酷え能力だ。
こんなの…呪われているとしか言いようがないじゃないか。
「…どうやらちゃんと"発動"したようだな。それが、お前の”真の能力”だ…」
「……なんだよこれ。こんな…能力……いらねぇよ」
「今までお前が使っていた『流星』は、シャリアールの固有能力だ。『新世界の謝肉祭』によってその能力を手に入れたお前は、それを無意識に使っていたにすぎん」
あと…スカニヤーの"魔眼"もそうなんだろうな。
何もしていないときは…おそらくスカニヤーの能力を発動させていたのだ。
「さぁ、もういいだろう。本当に時間がない。…ワシを喰え!」
「あ…あぁ……」
ゾルバルから発される、猛烈な闘気。
必死に抗おうとするものの、俺の意思に反して…勝手に能力が発動していく。
それはまるで、ゾルバルの闘気に当てられたかのよう。
うわあぁあぁぁあぁ。
やめろ、やめてくれ!!
『新世界の謝肉祭』:個別能力
【全てを喰らうもの】…準備完了。
もう、俺の意思で止まらない。
何かが…俺の身体から出ていくのを感じた。
それは…ゆっくりとゾルバルを包み込んでいった。
「さらばだ…アキ。お前は…生きろよ。生きて…目的を……果たすんだ」
最期に見たゾルバルは、俺を見て…微笑んでいた気がした。
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自分の身を包んでいく”なにか”。
それが自分の身体を少しずつ浸食していくのを感じながら、ゾルバルは一つ息を吐いた。
「すまなかったな、フランシーヌ。ワシは先に…逝く」
そっと呟く言葉は、彼の最期の言葉。
身体が喰われるというのは、不思議な感覚だな。
そんなことを思っていた彼の目の前に、ふいになにかが現れた。
見えなくなってしまった両方の瞳に映ったもの。
それは…無表情のまま佇む、一人の美少女だった。
「おお、グィネヴィアか。ワシを…迎えに来たのか?」
ゾルバルは毎日、同じ夢を見ていた。
出てくるのは、彼の最愛の娘であるグィネヴィア。
夢の中の娘は、いつも涙を流して泣いていた。
いつも慰めようと、近づこうとしても、触れることは出来なかった。
目覚めたときに胸を締め付ける、悔恨の念。
「お前は…ワシのことを怨んでいるだろうな」
無念。
その想いだけが、彼を生に縛り付けていた。
後悔…ワシが死ぬ時でさえ、くるしめようというのか。
だが…ゾルバルの最期に現れた幻は、今までの夢とは違っていた。
苦しみに顔を歪めるゾルバルの顔をそっと撫でると、穏やかな表情を浮かべたのだ。
そして…両手を広げると、にっこりと微笑んだのだった。
「あぁ、グィネヴィア。お前は…ワシを許してくれるのか…」
その言葉に、微笑みをうかべたまま頷く”幻の少女”。
その笑顔を見た瞬間、ゾルバルの心は救われた気がした。
あぁ、もうワシは満足だ。
グィネヴィア、お前と同じ場所に…ワシも逝こう。
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あぁ、そして俺は……
ばぐん。
あぁ…ゾルバルを……
『新世界の謝肉祭』:個別能力
【全てを喰らうもの】…発動完了。