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20.贖罪

 

 かつて…ルナティックムーンと呼ばれている地に、一人の男が居た。

 その男の名は…ゾルディアーク=バルバトス。


 あまりの強さから【闘神】と呼ばれた彼は、最強の戦士としてその名を広め…やがて王となった。

 ルナティックムーン…すなわち魔界の王、『魔王』に。


 やがて彼は、魔界で一番美しいと言われた女性と結婚し、ひとりの女の子を授かった。

 女の子の名は、グィネヴィア。

 産後の肥立ちの悪さから母親をすぐに失ったものの、母親から受け継いだその美貌は幼いころから知れ渡っていた。


 そんな娘と、幸せな生活を送っていた『魔王』ゾルディアーク。


 だが、彼の幸せは、長くは続かなかった。



 異世界…エクスターニヤからの"強制召喚"。

 抗うことのできない強大な魔力を用いた"召喚"により、最愛の娘グィネヴィアが攫われてしまう。


 目の前で最愛の娘を"召喚"され、焦ったゾルディアークは、自らの固有能力アビリティに覚醒する。

 そして…娘を取り返すために、異世界エクスターニヤへと旅立った。


 そこで彼が目にしたもの。

 それは……"最愛の娘"の、変わり果てた姿だった。






 たしかに、彼の娘は生きていた。


 世界を滅ぼそうとする最凶の魔王…”グイン=バルバトス”として。









 ------------------------








「なぁゾルディアーク?疼くんだろう?自分の娘にもぎ取られた右眼と右腕がさぁ!!」

「……」


 悪意に満ち溢れたカノープスの言葉を、無言で聞き流すゾルバル。


「ねぇ、どんな気分だったの?自分の娘に襲われて…ギッタギタにやられるってのはさぁ!!」

「……」


 調子に乗ったのか、勢いよく言葉を紡ぎだすカノープス。

 でも、なぜだろうか…

 そんなカノープスのほうが、ちっぽけで矮小な存在に見えたんだ。


「強かったんだろう?オマエの娘はさぁ!だって14枚も翼を持ってたんだよね?そんなの敵うわけないよね?」

「……それが、どうした?」

「…あぁん?」

「それが、どうしたというのだ?お前はそうやって吠えないと、相手に噛み付くこともできないような弱虫なのか?」


 カノープスの顔面が、一気に蒼白になった。

 ただでさえ真っ白だった肌の色が、まるで氷のように変色する。


「…もういい。オマエなんかの相手は飽きた。今度こそ…終わりだよ」


 魔王の静かな怒りに呼応するように、彼の固有魔法アビリティ…『消滅空間デーレーティオーニス』が、ゆっくりと形を変えていった。

 現れたのは…暗黒の剣。

 まるで新月の夜の闇を溶け込ましたかのような、漆黒の刃。


「この技を喰らって死ぬがいい。このボクの…『次世代魔王ネオ・カオス』の奥義でね!」


 今までとは明らかに違う、魔力の形。

 これは…ヤバい。こんなものを一太刀振られたら…今のゾルバルでは防ぎようがない!


 慌てて前に出ようとしたけど、またもやゾルバルから無言で押しのけられた。

 まだ…ゾルバルには反撃の手段が残っているというの!?


 直立不動のゾルバルを見て、ニヤリと笑ったカノープスが、手に持つ暗黒の刃を天に掲げた。


「さよなら、かつての魔王。キサマの魂で、ボクは…更に上のステージに上がるよ。……滅しろ!奥義『消滅空間デーレーティオーニス暗黒剣ブラッディソード』」


 大きく振りかぶられた暗黒の刃が、ゆっくりと振り下ろされる。

 全てを消滅させる、魔王の剣。

 その軌道上にはゾルバル、俺、スターリィがいた。

 避けることは、ほかの誰かの死を意味している。

 だから…避けることは、できない。


 徐々に近づいてくる破滅の刃。

 思わず俺は、目を瞑ってしまった。






 ズンっと、胸の奥に響くような鋭い斬撃音が聞こえた。





「ぎゃあぁぁぁぁあ!?」


 だが、続けて聞こえてきたのは、魔王カノープスの悲鳴。


 なんだ?いったい何が起こったんだ?

 驚いて目を開けてみる。



 すると、目の前にあった光景に…俺は言葉を失った。






 魔王の暗黒剣ブラッディソードによって、左の肩口から胸元まで切り下ろされたゾルバル。

 その胸元に…暗黒剣ブラッディソードが刺さったままで止まっていた。

 対する魔王カノープスは…

 ゾルバルの正体不明の攻撃を受けて、血を吐きながらのたうち回っていた。



「…バルバトス格闘術、奥義…『獅子咆哮ライオンハート』。全身の筋肉が破断され、苦しかろうて?…ぐふぅっ」


 ごぼっ。

 胸から剣を生やしたまま…それでも姿勢を崩さないゾルバルが、口から血の塊を吐き出した。


「ゾルバル!?」

「…だが、やつを仕留めるまでには至らなかったようだな。アキ…すまなかったな」


 ゾルバルに突き立てられた魔王の剣は、おそらくはゾルバルの心臓に届いているだろう。

 だけど彼は、そんなこと気にも留めていなかった。

 まるで剣など無いかのような態度で、俺に謝罪をしてきたんだ。


 ---- ちょっとまてよ!それは…下手したら致命傷だろう?

 ---- なのに、なんでだよ!

 ---- なんで…謝ってるんだよ!!


 ゾルバルは苦笑いを浮かべながら、その理由を俺に語ってくれた。


「全部…ワシのせいなのだ。ワシのくだらん感傷が、カノープスやアキをこの世界に呼び寄せてしまったんだ」


 ゆっくりと消滅していく、魔王の黒い剣。

 代わって、傷口から溢れ出す深紅の血。

 ゾルバルは胸の傷を…半分失われた腕で抑えた。


「本当は、お前に知られたくなかったのだがな…。だが、こうなってしまっては仕方がない。今こそお前に教えよう、ワシが隠してきた真実を…」


 そして…ゾルバルは、語り出した。

 己の過去を。

 己の罪を。








「今から20年ほど前、ワシの娘…グィネヴィアが、魔界ルナティックムーンからこの世界エクスターニヤに強制召喚された。犯人…いや、召喚したのは『原罪者オリジナル・シン』アンクロフィクサだ」


 それは、知られざる魔戦争の舞台裏。

 歴史に埋もれてしまっていた、過去の遺物。


「ワシはグィネヴィアを追った。幸いにもワシは、『夢旅人ルナティックドライヴ』という固有能力アビリティを持っていた。この魔法を使ってこの世界にやってきたワシが見たのは……完全に狂ってしまった娘の姿だった」


 ぎりり…歯を食いしばる音が聞こえる。

 ゾルバルの目から零れ落ちるのは、血?それとも…涙?


「グィネヴィアに、もはやまともな理性は残っていなかった。娘は『魔王』グイン=バルバトスと名乗り、7人の部下を従え、最凶の存在として人類に戦争を仕掛けていたのだ。にわかには信じられなかったワシは、グィネヴィアに真正面から会いに行った。そして…この右眼と右腕を失った」


 ゾルバルが…

 最強の戦士とフランシーヌに言わしめたゾルバルが、右眼と右腕を奪われるような存在。

 隻腕隻眼の状態でさえ、あれだけ強かったゾルバル。

 両目を失って、かつ両腕まで失った状態でも、魔王カノープスを圧倒した。


 そんな彼が…無傷の状態で打ち負かされる存在。

 それが…『最凶の魔王』グイン=バルバトス。


「グィネヴィアは…いや、もうあれ・・はそう呼んでいい存在ではなかったな。ワシのことすらわからないほどに、完全に狂っていたのだから。『魔王』グイン=バルバトスは、圧倒的な存在だった。14枚の"悪魔の翼"を背にはためかせる姿は、このワシですら世界の終わりを覚悟したほどだ。単純計算でワシらの7倍…いやそれ以上の魔力を持っていたのだからな」


 ゾルバルの顔に浮かぶのは、悲しみ。

 自分の最愛の娘の変わり果てた姿を、彼はどんな思いで見ていたのだろうか。


「その後ワシは、ほかの6人と手を組んで、アンクロフィクサたちと戦った。その際ワシは、そこにいるカノープスの兄であるスケルティーニを斃したのだが……まぁそれは余談だな」


 兄の敵?…そうか。

 もしかしたらそれも、カノープスがゾルバルにこだわっていた理由の一つだったのかな?


「結果的に、ワシらは『大魔王』グイン=バルバトスを斃すことができた。もっとも正直最期は自滅に近かったような気がするがな。だが…それでこの世界エクスターニヤは救われたとしても、ワシの心は何一つ救われなかった」


 そう…だろうな。

 大切な一人娘を失ってしまったのだから。

 しかも、本当に悲劇的な形で。


「アキ、お前はもう聞いておるのだろう?魔族は死ぬと『天使の器オーブ』になると。ワシは、娘が遺した『グィネヴィアの額飾りサークレット』と、アンクロフィクサが遺した『新約レーヴ魔王召喚アポカリプス』を譲り受けた。前者は…娘の弔いのために、後者は…なぜこんなことが起こってしまったのか、調べるためにな」


 ゾルバルは語る。

 なぜ、あれほど優しかった娘が、あのように狂ってしまったのか。


 実は、彼には忘れられない出来事があったのだそうだ。

 彼の娘との最後の戦いのとき、一瞬だけグィネヴィアが正気に戻ったのだという。


「そのとき…あいつはこう言ったのだ。『お父さん、ごめんなさい』…とな」


 その言葉が…

 ゾルバルを、この世界にとどめたのだろう。


 最後の最後に一瞬だけ戻った、娘の理性。

 それを感じたゾルバルは、どう思ったのか…


「だがな、結果的にその判断が間違いだった。ワシは…素直に娘のことを弔って、この世界エクスターニヤを去ればよかったのだ。だが…そんなことをすることもできず、ただ無意味にこの世界にしがみついた。その結果…保管していた『新約レーヴ魔王召喚アポカリプス』をシャリアールに奪われてしまったのだ」


 げほっ。

 ゾルバルが血を吐き出す。

 やばい…どう考えても、早く治療をしなきゃいけない。いや、治療したとしても…助かるのか?

 俺がぼろぼろ泣きながら手を差し伸べようとするのを、ひじから先がなくなってしまった左腕でそっと止めた。


「だからな、アキ。おまえがこの世界に来てしまったのは…ワシが原因なのだ。本当に…すまなかった」


 それが…

 それが、ゾルバルが俺のことを助けてくれた本当の理由なのか。

 …そんなの、そんなの何も関係ないじゃないか!

 ゾルバルは、何一つ悪くないじゃないか!


 だけどゾルバルは、優しげに微笑むと、ゆっくりと首を横に振った。


「いいや、ワシが悪いのだ。ワシが…素直に『新約レーヴ魔王召喚アポカリプス』を燃やしていれば、カノープスが召喚されることもなかったし、アキがこの世界に来ることもなかった。お前の友人…サトシだったか?そいつのことは分からんが、少なくともお前たちをこんな状況に巻き込んでしまうことは無かったのだ」


 ちがう!

 ゾルバルはなにも悪くない!

 俺はそう言いたかった。

 だけど…涙があふれ、言葉にできない。


「ワシはおそらく助からんだろう。さっきの剣は…ワシの心臓を傷付けておる。だがな…そういう理由だから、ワシはカノープスのことを何一つ恨んでおらんのだ。たとえこの傷で死んだとしても、な」


 そうか、だからゾルバルは…カノープスを何度も止めようとしていたのか。

 何回も話しかけることで、正気を取り戻そうとしていた。

 それはおそらく、最後の最後に理性を取り戻した娘のことを思い出して。


「なぜなら…これは、ワシの罪。その罪に対してワシは償いを…贖罪をしなければいけないからだ。カノープスにとって、ワシを殺すことが望みだというのなら、甘んじて受け入れよう。だが、そのことに…アキ、お前を巻き込むつもりはなかった」


 もはや何の光もともっていない両目で、俺のほうを見るゾルバル。


「アキ。ワシは…もうすぐ死ぬだろう。だがその前に…贖罪の意味も込めて、ワシからおまえに渡したいものがある」

「な、なにをバカなことをっ!それに、渡したい…もの?」


 ゾルバルの、俺に対する贖罪。

 彼はこの3ヶ月、俺にたくさんのものを与えてくれた。

 それだけでも…いや、こんな俺に愛情を注いで育ててくれただけでも十分だというのに…

 さらに、何を与えてくれるというのか。


 小首を傾げる俺に、穏やかに微笑みかけると、ゾルバルはゆっくりと…自分の胸に手を当てた。


「それはな…このワシの…"力"だ」





 ゾルバルの…力?

 それを、俺に、渡す?

 それはいったい、どういう意味だ?



「アキ、お前の"真の能力"を使えば、お前はワシの力を手に入れることができるだろう」


 俺の、真の…能力?

 ゾルバルはいったい、なにを言ってるんだ?

 だいたい俺の”真の能力”って、なんだよ?

 俺の能力って、『劣化コピー』じゃなかったのかよ?



「いいや、違う。そうではない。それも…ウソなのだ」


 ウソ?

 なんでウソなんてつくんだよ?

 どこにウソをつく必要があったんだよ?

 俺の真の能力って…いったいなんなんだよ!?


 心臓が高鳴る。

 ゾルバルが隠していたことは、これまでもだいたい俺にとって良くない情報ことばかりだった。

 だから今回も、悪い予感しかしない。




「アキ、心して聞け。おまえの"真の能力"だがな、その名前は…『エクス・カニヴァル』という」




 エクス…カニヴァル?


 それが…俺の”真の能力”の名前?


 それはいったい、どんな能力を秘めているんだ?



「お前の本当の固有能力アビリティ…『新世界の謝肉祭(エクス・カニヴァル)』はな………相手の『魂』を"喰らう"ことで、その力を手に入れることができる、という能力だ」


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