17.共闘
「戦うって…どうやりますの?」
俺の問いかけに、少しだけ生気を取り戻したスターリィ。
もしかして、俺の怒気に当てられた?
いずれにせよ、彼女が冷静になることは大切なことだ。
正直俺は、戦闘にはさほど詳しくない。
だけど、スターリィは違う。
彼女は『英雄の娘』。これまでも様々な英才教育を受けてきたのだから。
「いいか、スターリィ。たぶんあのヴァイロンとかいう『悪魔』は凄い魔力を持っている。だから簡単に魔法障壁は破れないだろう」
「そうですわね。でしたら…格闘術で攻めます?」
「それもアリだが、一発だけならあいつの魔法障壁を破れる可能性がある技がある」
その一言に、ピンときたようだ。
スターリィの目つきが変わる。
「狩りの時に使ったあの技ですわね。そういえばアキには『魔纏演武』もありましたものね」
そう口にすると、スターリィは急に真顔になって考え事を始めた。
たぶん、作戦を組み立てているのだろう。
さすがはエリート、頼りになるな。
「それじゃあアキ、こうしましょう…」
スターリィが瞬時に立案した作戦は、正直すぐに同意できるようなものではなかった。
でも…時間がない。
それに、それ以上の最善策が浮かばないのも事実だった。
くそっ…偉そうに言いながら、自分の不甲斐なさばかり感じてしまう。
だが今は、迷ってる暇は無かった。
「そろそろ良いかしラ?もう待つのに疲れちゃったワ」
黒い魔力を全身にたゆたえながら、『化け猫』ヴァイロンがゆっくりと近づいてきた。
脇にさしていた小剣を引き抜きながら、スターリィが口を開く。
「あれは、『物理障壁』の魔法ですわ。あれだけの魔力で練られたら、あたしたちの格闘術では防御を抜けないかも…」
「それじゃあスターリィは…」
「だからこそ、作戦通りですわ。よろしいですわね?」
悔しさに歯ぎしりしながら、俺は頷いて一歩後ろに引いた。
ここはプライドよりも実利を優先だ。
さっきまでの怒りと合わせて…あとでまとめてぶち込んでやる。
代わりに前に出たのはスターリィ。
魔法効果のついた小剣を、悪魔に向かって突き出した。
「悪魔ヴァイロン!あたしたちは…あなたのような存在に、容易く屈しませんわ!『英雄の娘』であるこのスターリィ=スターシーカーが、天に代わってあなたを成敗しますっ!」
栗色の髪をなびかせ、凛々しい声で高らかにそう宣言するスターリィは、本当にカッコよかった。
まるでネットや本で見た、英雄の姿みたいだな。
…だけど、俺は知っている。
本当は、彼女の足が震えていることを。
いくら”英雄”に英才教育をされたからって、いくら強力な魔法武器を持ってるからって、相手との圧倒的なまでの魔力差を埋めることはできない。
ゲームでだって、最強の装備を揃えたとしても、レベル10くらいじゃラスボスにろくなダメージも与えられないんだ。
ましてやこれは現実。
それでも、スターリィは前を向いて立ち向かおうとしている。
…やっぱカッコいいよ、スターリィ。
だから…俺が絶対に、あいつを仕留めてみせる!
「ほぉぉ、『英雄の娘』がミーの相手をしてくれるのネ?せいぜい楽しませてもらえるかしら?ふふふっ」
悪魔ヴァイロンが、その手にムチのような武器を取り出す。
それを合図に、スターリィが一気に飛びかかった。
小剣から放たれたのは、鋭い突き。一発目を交わされても、二発、三発と続けて斬撃が放たれる。
スターリィとの模擬戦で、俺がさんざん苦しめられた彼女得意の剣術だ。見えてるんだけど、これが躱せないんだよなぁ。
だが悪魔は、一発目、二発目を余裕をもって軽くかわすと、三発目をムチの柄で跳ね上げた。
あの野郎、体が細いから大したことなさそうに見えて、案外やりやがる。
危うく小剣を取り落としそうになったスターリィが、慌てて剣を握り直した。
続けて、懐に手を入れて…何かを取り出した。
あれは、何かの触媒か?
「…この手に火の鳥をっ!『火炎鳥』!」
左手に持った発火材を触媒にして、スターリィの魔法が放たれた。
悪魔は自分に迫り来る火の鳥を嬉しそうに眺めながら、ムチの一閃であっさりと打ち消した。
だが、それは目くらまし。
ムチを振るった一瞬の隙に死角に入り込んだスターリィが、再度鋭い突きを放とうとする。
「アナタ、”非覚醒者”にしてはやるワねぇ。でも…ミーには無駄ヨ!」
バチィ!!
嫌な音がして、スターリィが吹き飛ばされた。
突如動きを変えて戻ってきたムチに弾かれたのだ。
両者の間に距離が空き、少し呼吸を整える。
息つく暇もないほどの卓越した技の応酬。
すげぇ…なんちゅう攻防だよ。
ゾルバルほどの派手さはないけど、スターリィもかなりのモンだ。
問題は…それをもろともしない悪魔。魔力だけでなく、格闘術も身につけてやがる。
こいつ、やっぱり…強い。
一撃食らったスターリィの左肩の服が裂け、そこから血が滲み出ているのが確認できた。
あ、ついでにちょっと下着が見えてるぞ…って、何見てんだ俺。
「ふふふ、さすがは『英雄の娘』ネ。悪く無い動きだけど…残念ながらミーの『物理障壁』にすら届いてないワ?それにしても…」
ギロリ。
糸のような目を開けて、悪魔ヴァイロンが俺の方に視線を向けてきた。
そこに浮かんでいるのは…軽蔑。
「スカニヤー。アナタのほうは最初こそ威勢は良かったけど、結局は震えて見てるだけなのかしラ?…だとしたら、とんだクズよねぇ?少しはスターリィを見習ったら?」
ギリッ。
奥歯が軋む音が聞こえる。
…だけど、ここは我慢だ。
そうしないと、スターリィの頑張りを全部無に帰してしまう。
俺は精一杯ヴァイロンを睨みつけながら…ガタガタと震える体で怯えるふりをしていた。
たぶん、チャンスは一度くらいしかない。
相手に俺の能力がバレてないうちしか、この作戦は成功しないだろう。
だから、今は無能者を偽るしかない。
スターリィが必ずスキを作るだろう。
そのときを…絶対に逃がさない。
傷付いた肩を抑えていたスターリィが、再び小剣を構えた。
その眼に浮かぶのは、闘志。
戦いの中で、英雄の血に火がついたのだろうか。
強い眼差しで悪魔を睨みつけるスターリィは、ただただ美しかった。
「まだですわ。これからが…本番です」
ゆっくりと懐に手を入れて、スターリィが取り出したのは…小さな袋。
来た…!あれは、取り決めていた合図だ。
これからスターリィは隠し球を出す。
その後こそ、俺の出番だ。
「ふふふ、それじゃあアナタの本気を打ち破って、絶望させてから操りましょうネ」
嬉しそうに舌舐めずりするヴァイロン。
語り出すのは、悪魔の勝手な自己主張。
「ミーはね、アナタみたいな気が強い娘が大っ嫌いなの。昔ミーをバカにした女を思い出すのよネ。でもね、ミーは力を手に入れた。天使?悪魔?そんなの関係ないワ。あるのは…ミーの自己満足だけヨ。だから…アナタをめいっぱいコケにしたあとで、ミーの固有魔法である"悪魔の歌"…『猫耳冥途』で操ってあげル。ミーをコケにしたあの女と同じように…ネ!」
吐き気を催すような宣言。
だがこれで…ヤツはスターリィの挑発に完全に食いついた。
ヴァイロンは意識をスターリィに向け、両手に魔力を集中させている。
予定通りとはいえ、焦りが全身を貫く。
だが…まだだ。まだ早いんだ。
悪魔の宣言を完全無視したスターリィが、手に持っていた袋を開けて、中身を前面にぶち撒けた。
ーー 黒い粉?なんだあれは?
ーー もしや…火薬かっ!?
「…燃え尽きろっ!『爆炎嵐』!」
スターリィの手から解き放たれる魔力。それが黒い粉に吸い込まれた瞬間、強烈な閃光が走った。
続けて鳴り響く、猛烈な爆音。
す、すげぇ…
目の前には、高熱を発する炎の嵐を前に、俺はつい見入ってしまった。
スターリィってば、火薬に魔力を注ぎ込んで、大爆発を起こしちゃったよ。
とんでもないことするな、あの子。
…って、いかんいかん!目を離しちゃダメだ!
慌てて視線を戻すと、スターリィが小剣片手に、炎の嵐の中に突撃していた。
おいおい、これでも悪魔は無事だというのか?
…いた!
炎の嵐の中心にいやがった!
しかも…笑ってやがるよ。
あれだけの爆炎に包まれても無傷か…とんでもないな。
果敢にも炎の嵐の中心に飛び込んでいくスターリィ。
小剣と、悪魔のムチが激突した。
「バカな子ねぇ。そんな攻撃ぜんっぜん無意味ヨ!」
ヴァイロンが笑いながら、手に持つムチを軽く持ち上げる。するとムチは鋭い音を立てながら…まるで蛇のようにのたうち、スターリィの全身に絡み付いた。
ダメだ…失敗か!?
スターリィがヴァイロンによって完全に捕縛されちまった。
…ごく至近距離で。
ん?至近距離?
まさか…スターリィ!?
嫌な予感がしてスターリィを見た。
目の前で嘲笑っている悪魔に、ゆっくりと右手を突き出す。
まるでヴァイロンに見せびらかすかのように、右掌を広げた。悪魔も小首を傾げながら、その掌に視線を落とす。
そこにあるのは…黒い塊。まさか、火薬の塊かっ!?
「…なっ!?」
絶句するヴァイロン。
そのとき、スターリィが微笑んだような気がした。
「…喰らいなさい、『爆炎弾』!」
ドゴォオォオォォォォオ!!
閃光。爆音。
スターリィとヴァイロンが、爆音のもとそれぞれ反対側に吹き飛んだ。
チラリとスターリィを確認すると、完全に意識を失ったまま吹き飛ばされていた。右手は煙を吹き出しながら酷いことになっているものの、なんとか繋がっているようだ。
ーースターリィ、生きてるよな…?
ーー バカヤロウ!無茶しやがって…!
だがこれは…スターリィが命がけで作り出したチャンスだ。
絶対に、逃すわけにはいかない。
俺は瞬時に『魔纏演武』を発動させ、吹き飛んでいる悪魔の背後に…ヤツが飛んでくる場所に先回りした。
同時に、右手に魔力を集中させ、天使の翼を具現化させる。
「クッソォォォ!このクソガキがぁあぁ!やりやがったなァアぁぁ!!」
弾き飛ばされながら、ヴァイロンは絶叫していた。
全身から煙を噴き出しながら飛ばされているが、目立った怪我は見られない。至近距離で喰らいながら、なんて防御だよ!
だが、おかげでヤツの『物理防御』は砕け散っていた。
しかもヤツは…怒り狂ってる。
その証拠に、ヴァイロンの見開かれた赤い瞳が睨みつけているのは、反対側に弾き飛んでいるスターリィだ。
スターリィ、君は本当に凄いやつだ。
身体を張って、悪魔の防御を砕き、スキを作ってくれた。
本人はいつも、『あたしは劣る存在だ』と言って劣等感に苛まれていたけど、とんでもない。
この行動の全てが、俺にとっては『英雄』そのものだ。
だから…スターリィが作ったこのチャンス、必ずモノにしてみせる!
だがその前に…こいつのことは殴らないと、気が済まない!
「スターリィ!キサマだけはぜったい……んっ!?」
そのときになって、ようやく悪魔が俺の魔力に気付いた。
慌てた様子でこちらを振り向く。
だが…遅い!!
「キサマッ!なぜそこに…」
「これは…傷付いたスターリィの分ッ!」
ゴッ!!
「がはぁっ!」
”魔纏演武”で強化された俺の拳が、悪魔の土手っ腹にカウンター気味にめり込んだ。
この拳は…スターリィが物理防御を壊さなければ届かなかったものだ。
美味いだろう?ヴァイロン。
「これは…侮辱されたゾルバルの分!」
ゴッ!
「ぐぷぅっ!」
今度は左の拳が、やつの左脇に突き刺さり口から血を吐き出す。
だが、これで終わりじゃないっ!
「そしてこれは…貴様に貶められたスカニヤーの分だぁぁぁ!」
ガツッッ!!
「ぶふぁあっ!」
俺の右拳が悪魔の顔面にめり込んだ。
ピキンッと、何かが砕ける感覚が伝わってくる。
さぁ、トドメだ。
血を流しながらふらつくヴァイロンに近づくと、魔力が限界まで圧縮された右拳を、ヤツに向かって突き出した。
割れたアゴを必死で押さえながら悪魔が狼狽える。
「な、なんだぞればっ!?まざが…”天使の歌”!?」
「終わりだ、ヴァイロン」
右腕に、魔力が集中していくのがわかる。
右手首を左手でガッシリと握り、反動に備えた。
いくぞ、『流星』。ギリギリまで魔力を注ぎ込んでやる。
シューティングスター:『星砲』
3…2…1……break out!!
ぎゅいいぃぃん!!
俺が右手を握りこぶしにして突き出すと、集まっていた魔力が、青い輝きを放つレーザーと化した。
それは、”貫く”ことに特化した、魔力の塊。
俺の怒りを、想いを、魂を込めて放たれたそれは、光の速さで飛び出していった。
「ぬわぁぁぁぁ!!」
目をひん剥く悪魔。
慌てて魔法障壁を貼ろうとしている。
だが…そんなもん、ぶち抜いてやる!
「うぉぉぉぉぉ!!」
俺の気合とともに放たれたレーザーは、悪魔の魔法障壁などまるで意に解することなく…ヤツの胸の中心吸い込まれていく。
「いっけぇぇぇえ!!」
そしてそのまま…
ヤツの背中から突き抜けていった。