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2.女の子になっちゃった!?

 意識が、身体から…文字通りぶっ飛ばされた。

 とたんに、猛烈な勢いに襲われる。

 それは激流に流されている感覚に似ていた。

 問題は…それが水ではなく、正体不明のエネルギーの奔流だったことだ。


 溺れる!


 水に溺れるのではない。

 この…正体不明のエネルギーに溺れてしまう。

 直感的に、それがヤバイことだと思った。

 意識や存在が…かき消えてしまう。そんな直感。


 しかも、何も見えない。

 何も聞こえない。

 …いや、正確には耳鳴りのような音がずっと頭の中に響き渡っている。心が破壊されそうな、猛烈に耳障りな音だ。

 はっきりと感じられるのは、自分が流されていること。

 それも、全身がバラバラになりそうなほど激しい勢いで。



 必死になってもがいた。あがいた。


 死。

 それが明確に自分の意識の中に芽生えてきた。


 いや…もしかしたら、もうすでに死んでいるのかもしれない。

 だけど…こんな訳のわからないまま、流されて消えてしまうなんてありえない。

 こんなつまらない終わり方なんて、ありえない!


 魂が必死に抵抗している。

 そうだ…こんなところで終わるわけにはいかないんだ。


 だから、とにかくもがいた。

 何かに必死になってすがろうとした。


 そんな…今にも壊れてしまいそうな心を支えていたのは、右手にある"なにかの感覚"だった。


 この右手で握りしめていたもの。

 それは…まちがいなく、"宝物"である"おもちゃの指輪"だった。



 手の中にある"おもちゃの指輪"の感覚。

 それだけが…己がここに存在していることを証明してくれていた。

 手に持っているということは、手があるということ。

 その感覚だけを頼りに、かろうじて意識を…いや、自分という存在を保っていた。



 どれくらい、そんな時間を過ごしたのだろう。

 己を鼓舞し、励まし、怒り、叫び、抗う。

 だが、激流から逃れることはできない。


 やがて精神も疲れ切り、擦り切れ…意識が虚ろになってきていた。



 そんな状態が永遠に続くかと思えた頃。

 突然、それまでの激流の感覚が和らいだ。



『……アキ』


 誰かに呼ばれたような気がした。

 誰だ…俺の名前を呼ぶのは……



『…アキ…』



 右手にある、"おもちゃの指輪"の感覚が消えた。

 同時に、猛烈に頭が熱くなる感覚に襲われる。


 額が熱い。

 とてつもなく熱い。


 思わず大声をあげそうになった。

 だけど、声は出ない。自分の身体が自分のものでないようだった。


 不意に、まるで中空に放り出されるような感覚に襲われた。

 浮遊感、それから…落下。


 あぁ、落ちてるな…


 そんなことを最後に考えながら、完全に意識を失った。








 ーーーーーーーーーー







 ざー。


 ざー。



 あぁ、なにか音が聞こえる。

 これは、とても懐かしい音…

 なんとなく、心が安らぐ音。

 これは…雨の音か?


 そういえば、自分の全身が冷たく濡れているような感覚がある。


 徐々に感覚を取り戻していくとともに、別の感覚も俺の中に生まれてきた。

 それは、猛烈な…喉の奥の違和感。


 胸の奥の方から、なにかが込み上げてくる。

 我慢できずに、大きく咳き込みながら吐き出した。


「げほっ!げほごほっ!!…おえっ」


 おもわず何かを戻した。

 すっぱ!これは…胃液か?

 薄暗いからよくわからんが、たぶん血ではないだろう。


 そういや最後に何食べたかな?胃液を吐くってことは、胃の中にはなにもないってないってことだったよな。

 ってことは…どれだけ時間が経ってんだ?


 とにかく状況を確認しなければ。まだ多少気持ちが悪いけど、仕方がない。

 ゆっくりと上半身を起こすと、薄暗い周りの景色を確認した。





 どうやら雨が降っているようだ。

 身体をしとしとと濡らす程度の雨。それでも全身はしっとりと濡れていた。

 …それなりの時間、この場所に倒れていたらしいな。真夏だってのに、身震いするほどの寒気までする。


 それにしても…確かサトシの家にいたはずなのに、なんで外で寝てたんだ?



 そんな疑問は、周りの景色を見てすぐに解けた。



 緑を蓄えた、大きな木が周りに乱立していた。

 そんな…森の中の少し開けた場所に倒れていたのだ。


 は?

 なんで外?

 だって、さっきまでサトシの実家にいたんだぜ?

 なのに、なんで今、森の中にいるんだ?


 しかも、この風景。

 少なくともこの景色は、住み慣れた田舎町では見たことがない。

 それだけは、確信を持って言える。


 この状況が意味すること。

 それは…いつの間にか俺が、この見知らぬ森の中に移動していたってことだ。


 次に、なんでこんなことになったのかを考えて見る。

 現状思いつくこととしては、まず第一に、タケシの家から出たあとの記憶を失ってる可能性。

 第二に、あの時の衝撃でどこかに飛ばされてしまった可能性。

 第三に……あぁ、頭が冷静に考えられねぇや。


「…クソッ、まいったな」


 おもわず声を出しながら、いつものくせで自分の髪をかき上げた。






 そのとき、強烈な違和感に襲われた。



 おかしい。

 なにかが、とてつもなくおかしい。



 自分の感じた違和感の正体を、ひとつひとつゆっくりと確認した。



 まず、自分の身体。

 …うん。明らかに小さい。


 もともとは中肉中背。19歳の男性にしてはたぶん平均的な体型だったと思う。

 だが、今の身体は…明らかに小さかった。

 それも、一回りどころじゃないレベルで、だ。


 次に、かき上げたときに感じた自分の髪の毛。

 明らかに…長い。これまでずっと短髪だったってのに、だ。

 大した理由ではないが、長い髪が面倒くさかったからな。

 なのに、今の髪の毛は…自分の指に長くかかるほど長いのだ。


 極め付けなのは、声。

 …一言で言うと、甲高い。

 これまで19年間付き合ってきた自分自身の…さほど男らしくない平凡な声に比べて、はるかに高いのだ。


「…あー。ああー」


 確認してみてもわかる。

 声が…高い。高すぎるのだ。

 この声は…例えるならばそう、『少女』の声。


 そうやって気づいてみれば、自分の服装は…まるで少女が着るような服装だった。

 なんの柄もなく、質素な布ではある。でも男はスカートなぞ履かないだろう?


 それだけの客観的な事実を突きつけられても、簡単に認められなかった。

 自分の中にある常識が、『そんなわけがない!』って必死になって抵抗していた。

 だから…決定的な"何か"を確認する必要があった。


 ごくり。

 唾を飲み込む。


 まずは…自分の胸に手を当ててみた。

 …うん、柔らかい。

 確かにこいつは膨らんでるよ。


 …いや、まだだ。これでは足りない。

 ただ単に、太ってるだけかもしれん。


 思い切って…決定的な部分に手を伸ばした。

 そう、自分の股間へ。


 スカッ。

 空振りする、俺の手。


 …ない。

 やっぱりない!

 あるべきものが存在していない!!


 残酷な現実が突きつけられる。

 …19年間慣れ親しんできた、男の性を象徴する存在シンボルが…無くなっていたのだ。


「…マジかよ」


 思わず声に出して呟いていた。

 さっきと同じような、幼い少女の声が自分の喉から発される。


「ウソだろう…?」


 ウソでないことは、自分の声が証明していた。なにせ、自分の思った通りの言葉が声として出るのだから。

 つまり、この体は…間違いなく今の自分の体だった。


 あぁ、もうこれは…間違いない。

 これだけ証拠を見せつけられては、認めるしかない。



 はっきりと認識した。

 どういう理由かはわからない。だが、俺の身体は…女性の身体になっていた。

 しかも…どうやら"女の子"と呼ぶにふさわしい年齢の身体つきのようだ。感覚的には19歳よりずっと幼いだろう。



 あぁわかったよ。受け入れるよ。受け入れりゃいいんだろう!

 ただその前に、一言、言わせて欲しい。


「なんじゃこりゃー!!!」


 とりあえず思いっきり大声でそう叫んだ。


 叫んだ後に気づいた。叫んだところで何の意味もないことに。

 なんてこったい…

 それ以外の言葉が思い浮かばず、とりあえず俺は…頭を抱え込んだ。



 でも…待てよ。

 いまの自分は、女の子の身体だ。ということは、やりたいことができちゃうわけで…

 そしたら、もしお風呂にはいったりしたら…この身体を見放題ってことじゃないか!?


 うっほーーい!まじかよ!?

 それってすごくないか?!

 やばい、興奮してきた…むふふっ。


 そうやってしばらく妄想していたところで、ハッと我に返った。

 いかんいかん、そんなこと考えている場合じゃなかった。あまりの非常識な状況に、頭がテンパってたぜ。

 冷静に…状況を把握しなきゃ。



 落ち着いたところで、とりあえず今の状況を整理してみようか。

 …というか、そうしないと頭の中が爆発してしまいそうだ。

 さっきの暴走は、いろいろあって頭が混乱したせいだ。…うん、そうに違いない。

 そんなわけで、分析を開始しよう。ごほんごほん。



 まず、いまの自分の置かれている状況。

 サトシの家でパソコンをいじってたら、変なプログラムを見つけて…

 そいつを動かしたら、俺の身体が…おそらくどこかに飛ばされた。

 そのあと…感覚的にはすごく長い時間、"激流"のようなものに流されていたと思う。感覚的なものだから、実際はどれくらいの時間だったかはわからないが。


 正直、"宝物ゆびわ"が無かったら、俺は正気を保てていなかったかもしれない。…そういえば"指輪"はどこに行ったんだ?一連の騒動の中で無くしちまったのかな?

 まぁいいや。それで…しばらく流されていたら"激流"が緩んだよな。あぁ、そのときかな。"宝物ゆびわ"の感覚が消えたのは。


 …続けて額が焼けるように熱くなる感覚に襲われた。

 そして、なんだかわからないうちに、俺は"激流"から放り出されたんだ。

 完全に意識を失って…気付いたらこの場所に倒れていた。


 …うーん、なにがなにやら。


 おまけに、女の子の体になってしまっていた。

 …そうだな、たぶん中学生くらいの年齢の身体ではないだろうか。

 え?どうしてそう思うかって?それは触った感触で……ゴホンゴホン、その辺の詳細は置いておくとして…




 あ、あともうひとつあった。

 さっき頭を抱えた時にわかったのだが、自分の頭…正確には額に、なにかの装飾品"額飾りサークレット"がついていたんだ。

 手で触って、なにかが付いていることはわかったんだけど、取り外すこともできないからどんなものが付いているのかわからない。

 …例の"激流"に流されているときに感じた熱いものの正体は、この"額飾りサークレット"かもしれないな。

 ただ、たとえ正体がそうだったとしても、今の俺には何の意味もなかった。



 さて、これが今わかることのすべてだ。


 どこかわからない場所。

 なぜか女の子の身体になってしまった自分。


 …なにがなんだか、さっぱりわからない。

 くそっ、いったいどうしたらいいんだよ…


 あぁ、こういうのを『途方に暮れる』って言うんだな。

 そんなくだらないことが頭の中を駆け抜けていった。







「…くしゅん」


 思わずくしゃみが出ちまった。

 可愛らしい…女の子の声のくしゃみだ。

 これが自分の声だと思うと、なんだかげんなりとしてしまう。


 …このまま雨に濡れていたら風邪を引いちまうかもしれないな。

 どこかで雨宿りでもするかな。


 ほかに良いアイディアも浮かばなかったので、とりあえず雨宿りする場所を探そうかと立ち上がった。

 やっぱり木の下に入るのがベストか。それにしても、この薄暗い森の中を探し回るのはちょっと怖いな。


 そんなことを考えながら周りに視線を向けたとき。



 …視界の中に、"それ(・・)"が飛び込んできた。




 初めはそれを、捨てられたぼろきれか何かかと思った。

 だが、よく見てみると…その物体から棒状のものが2本伸びていた。

 あれは…もしかして、"人間の足"か?

 ってことは、あっちに見えるのは…"手"?


 そこまで確認して、ようやくそれが人間(・・)であることを理解した。

 でもこれは…ただの"倒れている人間"じゃない。


 なぜなら…その物体を人間と呼ぶには、大切なものが欠けていた。

 …人間が生きていくのに肝心な部分。

 …"上半身"が。


 あぁ、これは…


 初見は間違ってなかった。

 最初にそれのことを『物体』と感じたのは、正しかったんだ。


 それは、人間の…



 "上半身の欠けた、残りの部分"だった。





「うっ…うわぁぁぁぁあぁぁぁあ!!」



 事実に気づいて、無意識のうちに…本当に可愛らしい女の子の声で、絶叫していた。

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