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15.襲撃

 それは、大きな爆発音だった。

 例えるなら、ガス爆発のような音。ビリビリと建物全体が振動までしている。 

 なんだ?何があったんだ?


「…ワシが見てくる。フランシーヌはここを頼む、アキはスターリィを起こしてこい」


 一瞬のうちに白いライオン姿に変身したゾルバルが、それだけ宣言すると素早く扉から外へと出て行った。

 残された俺は、言われた通りにスターリィが休んでいる『客間』へと走っていく。





 トントン。

 客間のドアをノックすると、扉の向こうで何かが動く気配がした。


「…だ、だれ?」

「スターリィ。私だよ、アキ」


 俺の声を聞いて安心したのか、少しの間をおいてゆっくりと扉が開かれる。

 …出てきたのは、寝間着姿のスターリィ。

 うは!この子ったらネグリジェタイプのパジャマかよ!

 こんな状況だってのに、あまりにも可愛らしい寝間着姿のスターリィについつい見惚れちまうぜ!


「アキ、なにがあったんですの?」

「…ぅぇっ!?あ、あのね、よくわからないんだけど、何かあったみたい。今はゾルバルが様子を見に行っている」


 いかんいかん、見惚れてる場合じゃないや。

 と思ったら…少しだけホッとした表情を浮かべたスターリィが、俺の手を引いて部屋の中に引き込んだ。

 おいおい!年頃の子が、こんな夜更けに男の子を招き入れて良いのかよ?

 …って、俺いま女の子だったわ。

 いいかげん慣れないとな、この状態。


 だが、試練はそれで終わりじゃなかった。

 今度は目の前でスターリィがネグリジェを脱ぎだしたのだ。


「ちょ、ちょっとスターリィ!?」

「非常事態ですわ、あたしもすぐにでも出れるよう準備しますから」


 あぁ、着替えるのね。

 勘違いしてすいません。






 着替え終わったスターリィを連れて居間の方に戻ると、既に人間の姿に戻ったゾルバルが帰ってきていた。

 その足元には、見たことのない男性が膝をついて荒い呼吸をしている。


「おかえり、ゾルバル。その人は…?」

「あっ…プッチーニさんですの?」


 問いかけに対する答えは、意外にもスターリィの口からもたらされた。

 どうやら彼女の顔見知りのようだ。


「あぁ、お嬢さま。ご無事でよかった…」

「プッチーニさん、いったいどうしましたの?なぜあなたがここに?」

「そ、それが…急遽お嬢様を迎えに行くようにと」

「そもそもあたしの迎えは明日の朝のはずでは?それがどうして…」

「魔獣に追われておったところをワシが助けたのだ。だが…どうやら罠だったようだな。こやつや魔獣に『濃い魔力』の残滓を感じた。お前は、おとりにされたのだ」


 スターリィに介抱されるプッチーニさんを横目に、ゾルバルが苦々しげな表情を浮かべた。

 罠?おとり?どういう意味だ?


「ワシのこの棲家を見つけるために、こやつはおとりにされたのだ。おそらく”カノープス”たちがそう遠くないうちにここにやってくるだろう。…『新訳レーヴ魔王召喚アポカリプス』を奪いにな。…それにしても、まさかカノープスなんぞに出し抜かれるとはなぁ」


 なるほど、お互いアジトを探り合っていたのか。

 明日にでも仕掛ける予定だったと言ってたけど、どうやら敵に先を越されちゃったみたいだ。


 今の現状を把握してか、葉巻を口にしながら悔しそうな表情を浮かべて頭をボリボリと掻くゾルバル。

 意を決したかのように紫煙を吐き出すと、俺に近寄ってきて…おもむろに言い放った。


「アキ。予定が早まったが…これでお別れだ。お前はスターリィと一緒に今すぐここから出発するがいい」

「なっ…!?」

「…これは餞別だ。くれてやる」


 絶句している俺に投げ渡してきたのは、何と…例の古びたリュック。

 その中に入っているのは…もちろん『新訳レーヴ魔王召喚アポカリプス』だ。


「こ、これは…」

「いいか、これを持っていることは誰にも言うな?これは、お前がこの世界に来たときに使われたもの。つまり…元の世界に帰る手段もしくはそのヒントにつながる可能性があるものだ。だから、これはお前に託す」


 そっと俺に耳打ちしてくるゾルバル。

 あぁ…ゾルバルがこんな危険なものを燃やさずに持ち続けてくれていたのは、俺のためだったんだ。

 様々なリスクがあるなかで、よくそんな判断をしてくれたものだ。


「もし必要なくなったら、そのときは…お前が処分しろ。いいな、頼んだぞ?」

「ゾルバル…ありがとう」


 チラッとフランシーヌを見ると、ニッコリと微笑んでいた。

 どうやら彼女も了承しているようだ。

 …たぶん、ゾルバルの考えなんてお見通しなんだろう。

 本当に素敵な二人だ。


「スターリィ、あとは頼んだ。気をつけて村に戻るんだぞ」

「はい。アキのことは…あたしが責任を持って連れて行きますわ」


 胸を張って答えるスターリィ。

 俺の保護者かよっ!

 プッチーニのほうは、ぺこぺこ頭を下げていた。



 と、そのとき。


 どぉぉぉおぉぉぉぉん!


 さっきと同じ大きな音が、今度はこの場所の近くで聞こえてきた。

 ゾルバルを先頭に、急いで外に出る。





 そこにあったのは、異様な光景だった。


 棲家の周りを取り囲むように集まった、数々の魔獣。

 動物の魔獣だけじゃないな。空を飛んでるのまでいる。あれは…翼竜ワイバーンか?

 たぶん…数十体はいるんじゃないだろうか。



 そんな魔獣群の中心に、ひとりの人物が…禍々しい魔力を放ちながら立っていた。




 その男が放つ…黒く強大な魔力に、俺は思わず後ずさった

 横にいるスターリィも同様だ。相手を見て…少し震えている。

 ーーこいつ、かなり強そうだ。

 ーーまさかこれが…話に出てた”カノープス”かっ!?



「くくく…ついに見つけたぞ。こんなとこに居たのだな」


 背中に”黒い翼”を生やしたその男が、嬉しそうにそう問いかけてきた。

 年齢は…40代くらいに見える。痩せこけた…まるで枯れ木のような男だった。

 目だけが、夜の闇の中でも爛々としていて、すごく不気味だった。

 …それにしても、黒い翼なんて初めて見たぞ。

 こんな強そうなやつ相手に、ゾルバルは戦えるのか?




「…誰だキサマは?」

「俺か?俺は…『次世代魔王ネオ・カオス』カノープスさまの新・7魔将軍が一人、『戦闘鞭スクライパー』の…」



 ズドンッ。



 響き渡る、鈍い音。





「えっ?」


 俺は、驚きのあまり思わず声を出してしまった。





 それは、あっと言う間の出来事。


 相手の言葉を待たずに、俺の横にいたはずのゾルバルが消えた。

 だが、次の瞬間には…ゾルバルは相手の目の前に移動していて、その胸の中心を左腕で貫いていたのだ。



「がっ…」

「…バカか。キサマの名前なぞどうでも良いわ、ザコめ」


 相手は手を震わせながらゾルバルの肩を掴んで…パタリと手を落とし、そのまま絶命した。


 それを確認したゾルバルは「…ふんっ」と不愉快そうに呟くと、絶命したその男を無造作に投げ捨てた。




 ーーたった、一撃。

 ーーまさに、瞬殺。




 かろうじて俺の目には見えていたが、ゾルバルは…瞬時に『魔纏演武まとうえんぶ』を発動させ、目にも留まらぬ速さで相手に一撃を加えていた。

 それは、まるで雷光。

 相手に、反撃どころか反応すらさせないほどの、圧倒的なスピード。

 その結果は、一撃必殺。


 ーー強い。

 ーー強すぎる。

 ーーこれが、七大守護天使『断罪者テトラグラマトン・ラビリンス』ゾルバルの本当の実力なのか。


 もちろん、ゾルバルがかなり強いであろうことは薄々わかっていた。

 トレーニングや模擬戦闘訓練をしてても、強さの底が知れなかった。

 でも…まさかここまで強いとは、正直思っていなかった。


 たぶん、今の相手だって『魔力覚醒者』だ。

 俺やスターリィでは太刀打ちできないくらい強いだろう。

 それを、瞬殺だ。

 名乗らせる暇すら与えなかった。


 とてつもない…強さだと思う。

 まったく、俺なんかぎ心配するなんておこがましいにもほどがある。

 これだけ強ければたとえ俺が手伝おうとしても、本当にただの『足手まとい』にしかならないだろう。



 不機嫌そうな表情を浮かべたまま、懐から取り出した葉巻に火をつけたゾルバルが、ゆっくりとこちらに戻ってきた。


「アキ、スターリィ。これで分かっただろう?わかったら…さっさと行くんだ。このアジトはこのまま放棄するし、ワシらはこの勢いのまま”カノープス”を仕留めにいく」

「ふたりとも、気をつけてね。ここの魔獣たちは、ゾルバル様が掃除していくから心配しないで」


 二人は笑顔のまま、そう口にした。

 それは、俺たちに別れの時が来たことを意味していた。


 ーーあぁ…これでお別れなのか。


 俺は、胸の奥から込み上げてくるものを、抑えることができなかった。

 両方の眼から零れ落ちた涙が頬を伝って落ちていく。


「…ありがとう、ゾルバル、フランシーヌ。この恩は…絶対に忘れない」

「ふん、そんなことどうでも良いわ。それより…お前はお前の目的をきっちりと達成するのだ。それが、ワシらの望みだ」



 そう言いながら微笑むゾルバルが、俺には『最高にカッコいい男』に見えたんだ。





 そうこうしている間に、周りに控えていた魔獣たちがジリジリと近寄ってきた。

 前に狩りで仕留めたのと同じイノシシの魔獣もいる。それだけではない。熊の魔獣、シカの魔獣…それに、あれは翼竜ワイバーンまでいる。

 ただ、あのときの狩りと今回で大きく異なっているのは、取り囲んでいる魔獣たちの眼に『理性』の光が見えなかったことだ。


 野生の獣は、魔獣だろうがノーマルだほうが、変わらず命に敏感だ。

 敵わないと思ったら、すぐに逃げる。


 だけど、目の前であれだけゾルバルの強さを見せつけられたっていうのに、逃げもせずに囲っている。

 さすがにこれは、ちょっとおかしい。



 ーーたぶん、操られてるんだろうな。

 ーーそうであれば、この魔獣たちとの戦いは避けられないだろう。


 どうやらゾルバルも、魔獣が何者かに操られていることを察しているようだ。

 鬱陶しそうに舌打ちしながら、狂った魔獣たちを”蹂躙”していった。

 そうしながら、チラリとこちらに視線を投げてくる。

 どうやら、早く行けと言いたいのだろう。


 ーーこれで、彼らとは本当にお別れだ。

 ーー本当にありがとう、ゾルバル。フランシーヌ。


 ゾルバルが気合とともに魔獣どもを弾き飛ばして、俺たちのための”道”を作ってくれた。

 俺は涙を拭きながら頷くと、スターリィと…彼女の知り合いであるプッチーニとともに、この場を後にしたのだった。







 ーーーーーーーーーーー







「アキは行ってしまったか?」

「ええ。行ったわ」


 フランシーヌの返事に、ゾルバルは紫煙を吐き出しながら、満足そうに頷いた。

 目の前にあるのは、魔獣たちの肉片の山。

 この場にはもう、2人を除いて他に動いているものはいない。


「ごめんなさいね、わたしが手伝うことができなくて」

「ふんっ、お前には”自衛以外の攻撃はできない”制約があるんだろう?そんなことは始めから分かっとる、気にするな。そもそも女に戦わせるのはしょうに合わんしな。それよりも…この魔獣どもが気になる」

「そうね、目の前で”主”であるはずの『悪魔』を倒されても、あなたに襲いかかってきましたもんね」


 それは、ゾルバルの常識では考えられないことだった。

 魔獣とて、生物。敵わないと思った相手には、決して戦いを挑むことはない。


「普通に考えたら操られていたのでしょうけど、ゾルバル様が倒したやつが『操って』いたわけではなさそうね」

「うむ。ということは、”操者”が別にいるってことだな。それに…”カノープス”自身がこっちに来てなかった事も気になる」

「デインやクリスが追いかけ回しているのかしら?でも、それだったらこっちに仕掛ける余裕なんて無いはずよねぇ…」


 ーーどうも、なにかが変だ。


 ゾルバルは、嫌なものを感じていた。

 それは、戦士としての”カン”。


 ゾルバルは頭をボリボリとかくと、しかめっつらを浮かべたまま、葉巻をプッと吹き出した。

 葉巻はゆっくりと放物線を描きながら、ここしばらくを過ごした”棲家”へと落下する。


 次の瞬間、葉巻が大きな炎となって、”棲家”を包み込んだ。



「フランシーヌ、ワシは少し思うところがあるから、ここからは別行動にしよう。お前はデインやクリスのほうに状況を伝えに行って欲しい」

「ゾルバル様、あなたはどうするの?」

「ワシは…」


 ゆっくりと燃え落ちる”棲家”を眺めながら、ゾルバルは頭を掻く。



「アキたちを追う。嫌な予感がするのだ」


 その言葉に、頷くフランシーヌ。

 彼女にも異論は無かった。


「わかったわ。気をつけてくださいね、ゾルバル様」

「ああ、おまえもな。フランシーヌ」



 そう口にすると、二人は…”棲家”が焼け落ちる様子を背に、それぞれ別の方向へと駆け出して行ったのだった。









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