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【アナザーサイト】ゾルバルの想い




 


 グッタリと倒れこんだアキをベッドに運んだあと、部屋を出たワシは葉巻に火をつけた。

 フランシーヌの"特化龍力スペシャリテ"である【龍の英知(メロウブライド)】を味わったのだ。

 1〜2時間は起きてこないだろう。


 …アキは、この年頃の娘にしては軽い。

 その軽さは…今は亡き娘のことを思い出させる。

 最後に娘を…グィネヴィアを抱き上げたのは、はたしていつのことだったか。


 グィネヴィア。ワシの…最愛の娘。

 アキと同じように、優しかったあの子。

 誰よりも、人が傷つくことを恐れていた。

 それがどうして…あんな最期を迎えることになってしまったのだろうか。



 いかんな、ワシとしたことが感傷に浸っているのか。

 脳裏に浮かんだそれらの記憶を、紫煙とともに口から吐き出した。



 残っているのは、救えなかったことへの後悔?

 それとも、何の力にもなれなかったことへの贖罪?

 そんなものに、何の意味もないのに。

 ならば…同じ過ちは繰り返してはいけない。

 それが、ワシが今もまだ生き長らえている理由でもあるのだから。



 とりあえず今は、フランシーヌの話を聞くのが先だ。

 さっき青い顔をしていたが…大丈夫だろうか。






 部屋に戻ると、フランシーヌは下を向いたままうなだれていた。

 心なしか、さっきよりさらに顔色が悪くなっているような気がする。


「…大丈夫か?すまなかったな。【龍の英知(メロウブライド)】で、かなりの精神的負荷がかかったのではないか?」

「あっ…ゾルバル様。わたしは大丈夫ですわ。ただ…」


 フランシーヌは少しだけ言いよどんだあと、まるでなにかを振り切るように再び口を開く。


「…ただ、アキの持っている能力が、あまりにもおぞましいものだったので、気分が悪くなってしまって…」


 フランシーヌは1000年以上の時を生きてきた【古龍エルダードレイク】だ。

 それを、ここまで動揺させるとは…

 アキの能力とは、いったいどれ程のものなのか。


 真っ青な顔をしたままの彼女が耳打ちしてきた内容。

 その内容を聞いて、ワシは絶句した。


 …それは、想像以上に酷いものだった。



 しかし、皮肉にもそのおかげで、全ての謎は解けた。

 あのとき、シャリアールと…彼の娘であるスカニヤーの身に、なにが起こったのかと思っていたのだが。


 シャリアールよ。やはりきさまは…間違っていたのだ。

 こんな結末、誰も望んでいなかったはずだ。

 きさまは…子供たちを、不幸にしただけなんだ。


 アキやスカニヤーだけでない、グィネヴィアだってそうだ。

 天はなぜ、こうも過酷な運命を…無垢な子たちに強いるのか。



「なんという…胸糞の悪くなる能力だ。まるで悪意しか感じんぞ」

「ええ。アキは…優しいあの子は、この現実に耐えられるのでしょうか」


 アキ…あやつは優しい。

 これまで人を殺したことどころか、人の死ともろくに向き合ったことが無いと言っていた。

 あいつを見ていれば、それが真実であることは分かる。


 …いつからだろうか、あいつを鍛えることに、楽しさを覚えたのは。

 灰色だった日々が、また色付いて見えるようになってきたのは。

 そんなアキが、傷付き苦しむ姿など、もう見たくなかった。


「アキには、なんて説明しましょうかね?」

「そうだな…とりあえずは『相手の能力をコピーすることができる能力』とでも伝えておくか。実際、【流星(シューティングスター)】はシャリアールの"天使の歌"だし、ワシの【魔纏演武まとうえんぶ】も使えるようになったみたいだしな」


 その一言に、フランシーヌの目が驚きで見開かれる。

 そうだろうな、ワシもまさかあやつが使えるようになるとは思ってなかったのだから。


「あらまあ、アキは【魔纏演武まとうえんぶ】を使えるようになっちゃったのね。あれは魔族以外は使えないんではなくて?あ、でもゾルバル様の前のお弟子さんは使えたんでしたっけ」

「ガウェインのことか?あいつは…人間の中の突然変異だ。だから参考にならん。まぁしかし、アキが【魔纏演武まとうえんぶ】を使えたということは…本質は"魔族"に近いのかもしれんな」



 そういう意味では、アキは完全に"規格外"だ。


 最初は『無知なくせに、やたら強力な武器を持っている』だけの存在だった。

 それが今や,『天使の歌』を自分流にアレンジまでしていた。

 あれは…並みのセンスではできないことだ。


「【星銃デネブ】や【散弾星アルタイル】、それに【星砲ヴェガ】…だったか。あそこまで自分のものにするとは、大したものだな」

「ええ。わたしの鱗を溶かすくらいですもの、ゾルバル様も苦労したのではなくて?」


 苦労したなんてものではない。

 特にあの…【星砲ヴェガ】はとんでもなかった。

 来るのが分かっていたから、指先に魔力を集中することでかろうじて弾くことができたが、不意打ちで喰らっていたらワシでも危なかっただろう。

 たった3ヶ月で…それだけの威力のものを、あれだけの精度で使うことができるのだ。

 それに【魔纏演武まとうえんぶ】もある。

 それだけあれば、もう十分だ。あれらはきっと、アキの唯一無二の武器となるだろう。




「そういえば、外の状況はどうなってるの?デインたちと調べて回ってたのでしょう?」

「あぁ。森がざわついている。おそらく5年前の"魔獣群の襲来"と同じようなことが起ころうとしている」

「5年前の…クリスの息子のレイたちが撃退したっていう、あの事件ね。あのときは確か、魔獣を操る能力を持った特殊な魔獣が生まれて、大暴れしたんでしたっけ?レイがその特殊魔獣イレギュラーを成敗して、落ち着いたって聞いてるけど…今回もそれと似たような感じなのかしら?」

「あぁ、おそらくそうだろう」

「それで敵は…どっちなの?【解放者エクソダス】?それとも…自称【魔王】のほう?」

「後者のほうだ。どうやらそういった能力を持ったやつを仲間に引き入れたらしい。今はデインとクリスが追っている」

「そう…それはやっかいね。彼はゾルバル様のこと、目の敵にしていたものね」


 くだらん。

 心の底からそう思った。


 ワシなど…なんの価値もない存在だ。

 時代遅れの…ただの老兵。そんなものを目の敵にしたところで何の意味もないというのに。

 まったく、シャリアールもめんどくさいものを"召喚"してくれたものだ。


「アキにはどこまで話すの?」

「…必要最低限の範囲までだな」


 まぁそれで十分だろう。

 アキはすべてを知りたがっているようだが…世の中には知らないほうが良いこともある。

 そもそもアキは『サトシ』という友人を探して連れ戻すことが目的なのだ。

 その目的に、ワシがかかわっていることは…基本的には関係ない。


 これは、ワシら過去の世代の者たちの"後始末"だ。

 アキやレイ、スターリィのような『未来を生きるもの』には関係のないことなのだ。

 だから…アキを巻き込むつもりは毛頭ない。

 アキとは…ここでお別れだ。



「そういえば、スターリィはどうしてる?」

「客室でもう休んでもらっているわ。残念ながら送別会はできなさそうね」

「そうか…例の話はもうしてもらってるか?」

「ええ。スターリィは快く承知してくれたわ。『自分が責任を持って連れて行きます』ってね」


 スターリィは良くできた子だと思う。

 さすがにデインとクリスの娘だ。息子のレイも大したものだったが…


「スターリィの迎えはいつだ?」

「…明日の朝には来るそうよ」

「明日の朝か。そしたら…そのときに一緒にアキを連れて行ってもらおう」


 アキにはもう、最低限必要なことは教え終わった。道筋は作った。

 これ以上は時間の無駄だし、あとは自分でどうにかしていくことだ。

 その点は、アキであれば大丈夫だろう。


 これからアキは…本来の目的を果たすために、自分の足で歩き出すことになる。

 ワシの役目は、もう終わりなのだ。



「そういえば、デインとクリスがアキに感謝してましたよ。『アキのおかげでスターリィが変わった』ってね」


 クスクス微笑みながらフランシーヌが言うには、なんでもデインとクリスは、スターリィが最近気負いすぎていることを気に病んでいたらしい。

 それが、この1週間アキと触れ合うことで、昔の快活さを取り戻したのだそうだ。


 …正直、ワシにはそういうところは分からないがな。

 まぁ歳が近い友達が居るほうが絶対に良いだろう。


 アキの、あの無垢な笑顔。

 あれは、あれだけはもう、絶対に失いたくない。





 それにしても、思うのはアキの"真の能力"。

 あやつは、真実を知った時…あれを抱えきれるのだろうか。


 そう考えたとき、一つの考えが閃いた。

 それはただの思い付きかもしれない。

 だが、もし。そうなるのであれば…



 ワシはその考えをフランシーヌに伝えた。

 すると彼女は…めずらしく頬を膨らませた。


「そんなこと…絶対に受け入れられない。いくらあなたでも、言って良いことと悪いことがあるのよ?」


 …怒られてしまった。

 まぁ、そんな事態は起こり得ないだろうがな。

 さすがに粋狂が過ぎたかな。素直に頭を下げる。


「んもう。ゾルバル様ったら、アキにばっかり夢中で…わたしという存在を忘れてません?」

「そんなことはないぞ、フランシーヌ。ワシは…」

「だったら…わたしがアキと口付けを交わしたことに、嫉妬とかはしないの?」


 なぜかワシのようなものに好意を寄せてくれるフランシーヌ。

 だが、今のワシは…燃え尽きかけた蝋燭の最後の灯。

 最後に激しく燃えて…そのまま消えるだけの存在だ。

 そんなものに尽くしても、何の意味もないと思う。

 なのに、これだけワシに尽くしてくれた。


 それに応えるのも、意味はあるのかもしれないな。


「……フランシーヌ。おぬしが…ワシとの子を望んでいることは分かっておる。だが、"魔族"と"古龍"では、子なぞ成せんぞ?それでも…望むのか?」

「…えっ?ゾルバル様?」


 たとえ、望みをかなえることができなかったとしても。

 そのための行為までも無意味にしなくても良いのかもしれないな。


「…ワシにとっての家族は、グィネヴィアだった。それが亡き今となっては、ワシはただの抜け殻にすぎん。それでも…良いのか?」

「ええ!もちろんですとも!きっと子を成してみせますわ!あなたさまは…ご自分で何と思われようと、史上最高の戦士ですから」


 史上最高の戦士か。

 なんというつまらない称号だ。

 かつてはそれを求めていた。

 そんな肩書に、意味がないことに気づいたのはいつ頃だったか…

 本当に大切なものは、もっと近くにあったことに、失ったあとに気づくとはな。


 …まぁいい。

 過去を振り返ることに意味がないことは、ワシが一番よく判っている。

 今は…目の前の女性のことだけを考えよう。


 迷うことなくフランシーヌの唇を奪うと、そのまま…部屋の明かりを消した。

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