【番外編】夢 〜プリムラの場合〜
アキたちの活躍によって、新世界エクスターニヤに新たな平和が訪れていた。
だが、今だに報われることなく、叶わぬ願いや夢を持ちつづけるものもいた。
そのうちの一人に…黒髪の魔族の女性がいた。
彼女の名前はプリムラ。
祖先は闘神の血脈に繋がる魔界ルナティックムーンでも屈指の名門の出であり、自身も”忍”として一流の技術を持つ存在であった。
プリムラには、ある夢があった。
それは…アキに魔族の神、すなわち魔神となってもらい、混迷を極める魔界を救ってもらうというものだった。
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プリムラが”魔族召喚”という秘術によって新世界エクスターニヤに召喚される前、彼女の生まれ故郷である魔界ルナティックムーンは大いに乱れていた。
かつての大戦…”魔戦争”により、力を持つほとんどの魔族が召喚され命を落とした。その結果、強大な力を持つ存在がいなくなってしまい、魔界は群雄割拠の大混乱時代へと突入していたのだ。
悪魔の手によって無理やり新世界に召喚されてしまったものの、そんな時代の中で育ったプリムラにとって、故郷である魔界に戻り、平和を取り戻すことは悲願であった。
彼女の悲願を達成するために必要なことは、ふたつ。
一つは…強大な力を持つ存在を”魔王”もしくは”魔神”として擁立すること。
そしてもう一つは…その存在を魔界へと連れ帰ることだった。
一つ目の課題については、プリムラには心当たりがあった。
最初は自身の姉であるパシュミナが相応しいのではないかと考えていた。元々血筋的には問題ないし、能力も突出してる。
だが姉のパシュミナは、魔王になる気はさらさら無かった。そもそも彼女は魔界に帰る気がないらしい。
途方に暮れかけたプリムラの前に彗星のように現れたのが…アキだった。
もともとアキは先々代魔王であったゾルディアークの最後の弟子であり、その魂を継ぐ存在であった。だがアキは人間、魔族ではない。
ところがそのアキが…”魔神”アンゴルモアに認められたことにより事態は急変する。
アキによって解放された魔神アンゴルモア。既にかの存在は消え去っていたが、かの者の能力を一度は受け継いだアキこそが次世代の魔界の神に相応しいとプリムラは考えた。
そこでプリムラは、彼女を新たな”魔王”…いや”魔神”として擁立しようと画策したのだ。
だが当の本人にその気は全くなく、いつも適当にはぐらかされては逃げられていた。
今日こそはアキに魔神になってもらい、迷える魔族たちを導く存在として魔界に帰還してもらおう。そう決心を固めたプリムラは、今日も学園の庭にあるベンチで一人ぼーっとしているアキの元へと向かうのだった。
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「うーむ、今日もダメだった。アキ様に断られた」
ため息まじりにそう吐き出すプリムラ。愚痴られたカノープスは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「だろう?だから無駄だって言ったじゃないか」
「でもカノープスだって『アキ様が魔神として君臨されるのが一番だ』って言ってたよね?」
「そりゃそうだけど、アキが頑ななのは付き合いが長いぼくが一番よく知ってるからね」
同じ想いを抱く同士だと思っていたカノープスの投げやりな態度に、プリムラは苛立ちを募らせる。
「そんな他人事みたいに言わないで!次は一緒に説得に行くよ?」
「えー、やだよそんなの。どうせ無駄なんだしさ」
「うるさい、黙れ。刻むぞ?」
「…はいはい、付き合えばいいんだろう?まったく、昔からプリムラは強引だよね」
愚痴りながらも結局いつもプリムラに付き合うカノープスだった。
鼻息荒くアキを探し回るプリムラ。そんな彼女に引きずられるようにして一緒に歩くカノープス。
しばらく探し回ったところ、学園内にある薬草園に広がった草原でのんびりと寝転がっているアキを発見した。
「アキ様ーっ!」
歓声とともにアキに駆け寄っていくプリムラ。寝っ転がっていたアキは、しぶしぶといった感じで上半身を起こす。
「…なんだ、またプリムラか。しかも今度はカノープスまでいるし」
「ふふっ。まぁぼくのほうにもいろいろ事情があってね」
「カノープスが来ようがなんだろうが、答えは変わらないよ。私は魔神なんかにはならない」
あいかわらずアキの対応はそっけない。だがプリムラも負けてはいない、必死に食い下がった。
「アキ様、そうおっしゃらずに!拙者の夢なのです!とりあえずは…象徴というだけで良いんです。魔界のみなが心の支えとなるような存在にさえなっていただければ…」
「私はそんな大層な存在じゃないよ。ただの…自己中心的な人間さ」
「いえいえ!そんなことありませんって!現にあなた様はすでに6つの『天使の器』に選ばれているではありませんか!」
熱心に語るプリムラは徐々にヒートアップしていく。カノープスがなだめようとするものの、プリムラの勢いはなかなか止まらない。
魔界の窮状から始まって、しまいには話題が魔界の未来に及ぶにあたり、同席していたカノープスですらうんざりし始めていた。
「あーもう、しつこいなぁ…あ、良いことを思いついた」
そのとき、アキがなにか思いついたかのように手を打った。その顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
アキの笑顔を見たとき、カノープスは背筋にゾッと冷たいものが走るのを感じた。
やばい…アキはなにか良くないことを考えているに違いない。カノープスはものすごく嫌な予感がしたものの、止める間もなくアキは口を開いた。
「分かった、こうしよう!…なぁプリムラ、君は私に魔神になって欲しいんだよね?だったら条件がある」
「じょ、条件ですか?」
「これだけ一生懸命なプリムラだ。もちろんどんな条件だって呑むよな?」
「ええ、もちろんです。どんなご要求であろうと、拙者の命に代えても実現してみせます」
「今の言葉に二言はないね?じゃあ条件を言おう。それは…カノープスを魔王とすることだ」
「はぁ?なんでぼくが?」
突然アキの口から発表された条件に、すかさずカノープスが突っ込んだ。だがアキはカノープスを完全無視して話を進める。
「そして魔王を支えるには当然相応しい伴侶が必要だよな?ってなわけでプリムラ、君はカノープスと結婚するんだ。カノープスと結婚し、彼を今代の魔王として据えること。これが…私の出す条件だよ」
「そんな条件でよろしいのですか?」
「ちょいちょいちょい!当のぼくを無視してなに勝手に話を進めてんのさっ!」
意外にも低いハードルに拍子抜けしたプリムラに対し、カノープスが血相を変えて激しく抵抗した。
「ぼくが魔王?しかもプリムラと結婚!?それはさすがにちょっと色々おかしいんじゃないかな?ほんっとどうかしてるよ!」
「なんでだよ?だってカノープスは元々魔王になりたがってたじゃんか?」
「アキ!それは狂ってたときの話であって…今はそんな気さらさら無いし!」
「だったら魔王にならなきゃ良いんだよ。何の問題もない。もっともそんときは私も魔神にはならないけどね」
アキは無慈悲にそう宣言すると、大笑いしながら「んじゃ、そういうことで!」と言い放ってさっさとこの場から立ち去っていったのだった。
「ば、ばかな…」
あとには、ガックリと膝をついて崩れ落ちるカノープスと、肉食獣のような目をしてカノープスを見つめるプリムラが残されたのだった。
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結局このあとプリムラは、カノープスに結婚を迫ったものの速攻で断られた挙句、死にものぐるいで遁走した彼を取り逃がしてしまった。
一人残されたプリムラは、仕方なくまだ学園に留まっていた姉のパシュミナの元を訪れ、今回の出来事を相談することにした。
「…へぇ、そんなことがあったんだ」
プリムラの話を聞いて、パシュミナは思わず笑ってしまった。同時にアキの策略を理解して感嘆する。
今回アキが出した条件は非常に効果的なものだった。結果としてアキは自分へ向かっていた矛先を、見事カノープスにすり替えることに成功したのだ。
事実、いま妹はカノープスと結婚することだけに頭が向いている。無茶振りされたカノープスのほうはたまったものではないだろうが。
「…なかなかやるわね、アキ」
「ん?姉上、何か言った?」
「ううん、なんでもないわ。それより…カノープスとどうやったら結婚できるかって相談だったわね」
パシュミナは妹の相談を聞いて微笑ましいなと思った。
これまでずっと自分のことよりも家のことを大切にしてきた妹のプリムラ。そのせいで彼女は、自分の幸せは二の次になっていた。
そんな妹には絶対に幸せになって欲しい。そう思う気持ちは人一倍強かった。特に相手がカノープスであれば申し分ないと思ってもいた。
仕方ない、ここはアキの作戦に乗るかな。
だけどね、アキ。あなたの思い通りなんかにはさせないわよ。
パシュミナはニヤリと笑うと、改めて妹に向き直った。
「分かったわ、プリムラ。それじゃあ私が一緒に作戦を考えてあげましょう」
「姉上、本当か!?」
「ええ、もちろん。じゃあまずはプリムラ、あなたは自分の呼び方を『拙者』から『私』…もしくは『あたし』に変えなさい。次にあなた…お化粧の仕方は知ってるかしら?」
こうして、魔族の姉と妹による新たな戦い…プリムラの夢を叶えるための挑戦が始まったのだった。
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これより4年後、プリムラとカノープスはついに結婚することになる。
ずっと抵抗を続けていたカノープスだったが、先々代魔王ゾルディアークの娘ゲミンガを次期魔王候補筆頭の『姫』とすることで、最終的にはようやく今代の魔王となることを受け入れたのだった。
そして…さらにそれから2年後、プリムラとカノープスはアキや『魔姫』ゲミンガとともに魔界の地に降り立つこととなる。