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【番外編】夢 〜ティーナの場合〜

 


 その日の昼、俺は食堂で一人で昼飯を食べたあと、なんとなく学園の庭を散歩していた。


 魔神になってしまって以降、どうにも俺は悪目立ちしちまって困っている。なにせ、白と黒のストライプの髪の色に、左右の目の色が違うのだ。しかもある日を境にそうなってしまったのだから、目立つことこの上ない。


 今日はみんな忙しそうだったので、珍しく一人でのんびりした時間を過ごしていたんだけど…なんとまぁ居心地の悪いこと。学食でもジロジロ見られて視線が気になったので、そそくさと飯を食って出てきた。

 なにか他のことををやろうにも、やることがない。日課になってた霊山ウララヌスの探索も終わっちゃったしね。俺は久しぶりに暇を持て余してたんだ。






 そんなわけで俺は、一人寂しく学園の庭を散歩をしてたんだけど…



「やぁアキ。こんなところで何をしてるんだい?」


 声をかけてきたのは、俺と同様…いや俺以上に悪目立ちする存在の筆頭格、仮面をつけたティーナだった。


 相変わらず学園の中では仮面は付けっ放しなんだな。こんだけ怪しい格好をしているのに気にしてないのは、ティーナの神経が太いのか、はたまた変人なだけなのか…



「いや、良い天気だから散歩してたんだ。ティーナこそ珍しいね、外に出るなんて」

「ああ、実は…キミを探してたんだ」

「私を?」



 俺は思わず自分を指差してしまった。どうしたんだろう、ティーナが俺を探すなんて珍しいな。



「良かったら少し話をしないか?」

「あー、いいよ。そしたらあっちのベンチに座ろうか。コーヒー買ってくるから待ってて」


 俺はティーナにそう声をかけると、ティーナは頷いてベンチに向かって歩き始めたんだ。






 ---







 俺とティーナは仲良く?ベンチに座り、紙コップに入ったコーヒーをすする。


 白黒ストライプの髪の女と仮面をつけた女が仲良く並んでベンチでコーヒーを飲んでる様子なんて、はたから見たら不気味な光景でしかないと思う。実際他の生徒は誰も近寄ることなく、遠目に見ては逃げるように立ち去っていったしな。



 話があると言いながら、ティーナはなかなか話を切り出してこなかった。どうやらよっぽど話しにくいことのようだ。



「コーヒーも悪くないけど、やっぱりエリスの紅茶が一番だよなぁ」

「…あぁ、そうだね」


 俺の世間話に頷くと、ティーナはようやく意を決したようだ。ウェーブがかった長い髪をバサッとかきあげると、形の良い唇を開けて…ゆっくりと話し始めた。



「アキ、聞いてほしい話というのは…ボクが見た夢の話なんだ」

「夢?」


 へぇ、ティーナが見た夢ねぇ。でも…自分が見た夢の話をしてくるなんて、現実主義者リアリストのティーナらしくないな。



「うん、なんだがとても奇妙な夢を見たんだよ。その夢の内容について、キミに聞いてもらいたくてね。

 もちろんボクが見た夢の中の話だ、くだらないと笑い飛ばしてもらって構わない。だけど…やっぱりキミにだけは伝えておいたほうが良いと思ったんだ」



 そうして話し出したティーナの夢の内容は…夢として笑い飛ばすにはあまりにも無視できないものだった。








「実は…ボクの夢にアンクロフィクサが出てきたんだ」

「アンクロフィクサが?」


 アンクロフィクサといえば、20年以上前の魔戦争の首謀者だ。

 もっともその情報が必ずしも正しい情報ではないことが、実際に本人に会って判明している。


 だが、そんなことよりも重大な事実がある。

 それは…



「アンクロフィクサはね、まずはじめに『こんばんわ、急に現れてすまないね』って詫びてきた。なにがこんばんわだよ、すっとぼけてるよね。

 それでボクが『どうしてボクの夢に現れるんだい?』って聞いてみたら、アンクロフィクサは『それは君が私の娘みたいなものだからだよ』って言ったんだ」


 そう口にするティーナの顔は、困ったような表情を浮かべていた。






 ティーナは、アンクロフィクサの遺伝子をもとに生まれた存在だ。その事実が発覚したのはつい最近のこと。恐らく…ティーナにとってはいろんな意味でショッキングな事実だったんじゃないかと思う。


 それにしてもアンクロフィクサのやつ、のんきに夢の中に出てきたもんだな。しかも夢に現れただけじゃ飽き足らず、『娘のようなもの』などとティーナにのたまうとはねぇ…



「そんな顔しないでくれよ。ボクだって妙な気分なんだから」


 苦笑いを浮かべるティーナが説明するには、どうにも奇妙なやりとりがアンクロフィクサとの間にあったらしい。



 急にそんなこと言われても困るとティーナが言えば、アンクロフィクサは「私も急に知ったんだけど…知ってしまってはいてもたっても居られなくてね」などと言いながら、「やっぱり私みたいな犯罪者が父親だと嫌かい?」って聞かれたのだそうだ。

 そういうことを気にしないティーナが首を横に振ると、アンクロフィクサは「ありがとう…勝手ながら私は、君に幸せになってほしいと願ってるよ」と言ってティーナの幸せを祈ってくれたのだとか。


 なんとも…聞いてるだけでもどかしくなるくらい不器用な父娘のやりとりだな。



「…それで、アンクロフィクサが続けてこう言ったんだ。『ティーナ、君からアキに伝えてほしいことがあるんだ』って」

「へっ?私に?」

「うん。それじゃあ伝えるよ。『サトシやアキのような存在がこの世界に現れることは、たぶんもう二度とないだろう』だってさ」

「えっ!?」



 俺は一瞬その言葉の意味が理解できずに、驚きの声を上げてしまった。




 実は俺には一つ、大きな気がかりになっていることがあった。それは”異世界召喚”というものが俺とサトシ以外にも起こるのではないか、という危惧だ。


 俺とサトシは魔本『魔族召喚』という手法によってこの世界エクスターニヤにやってきた。であれば、たとえ魔本が失われたとしても、いつか別の手段で俺たちのような被害者が生まれたとしてもおかしくないのではないか?そう危惧してたんだ。



 だけど、そんなことは起こらないとティーナの夢に現れたアンクロフィクサは断言した。いったいどういう意味なのか?


 俺の疑問に答えるように、ティーナが理由を説明してくれた。



「続けて良いかな?彼はこう言ってた。

 …なんでも『サトシがこの世界に来たのは、アンクロフィクサというこの世界の特異点と、サトシというそっちの世界の特異点とが、奇跡的かつ偶然に結びついた結果』なんだとか。それで『同じ時代に同じような力を持った特異点が生まれること自体が奇跡のような確率であって、今後そのような”不幸な奇跡”が起こる確率は天文学的な数字』なんだってさ。

 ちなみにアキについては…怒らないでくれよ?『単に巻き込まれただけの…異物イレギュラーな存在』なんだとさ。だから、『サトシとアキのような不幸な旅人はもう生まれないだろう』って」




 そうか、そうだったのか。

 俺は夢の中のアンクロフィクサの説明に納得した。


 もともとアンクロフィクサとサトシは…異世界に繋がることができる特別な力を持った特殊な存在だった。だけど、片方が存在しただけでは異世界召喚は起こり得ない。それほどに…この世界と元の世界は遠くかけ離れているのだろう。


 アンクロフィクサという天才と、サトシという天賦の才が揃ってこそ成し得た奇跡。俺はそこに巻き込まれただけの存在だったんだ。



「…正直ボクにはアンクロフィクサの言ったことの意味がちゃんと分かってるわけじゃないんだけど…どうだい?アキは理解できたかい?」

「……」


 俺はすぐにはティーナの問いかけに返事することが出来なかった。気がついたら、手に持ったコーヒーの紙コップを握りつぶしていたんだ。


「…アキ、もしかして傷付いた?しょせんボクの夢の話だから、あまり気にしないでも…」

「…いや、大丈夫だ。ちょっと驚いただけで…傷ついたりはしてないよ。それよりも、ものすごく貴重な情報をありがとう」


 俺は素直にティーナに感謝した。

 これでもう…俺たち以外にこの世界にやってくるような不幸な存在は現れないってことになるな。


 同時に、ティーナの夢に現れたアンクロフィクサが、おそらくは…本物・・であったのだと確信する。本物でなければ知り得ない情報を持っていたからだ。


 きっと彼は…死後も俺のことを心配して、ティーナを介して俺に思い残しを伝えたんだな。



「…おかげで、気がかりが一つ減ったよ。清々しい気分だ」


 俺は晴れ晴れとした気分でティーナに改めて礼を言った。

 ティーナも俺の様子にホッとしたようで、最近徐々に見せるようになった穏やかな微笑みをその顔に浮かべる。



「それで…アンクロフィクサが残した伝言メッセージはそれだけなのか?」

「ん?あ、あぁ…他にもあるんだけど…」


 なぜか妙に言いにくそうにするティーナ。改めて促すと、渋々といった感じで口を割った。


「『こんな父親なんて嫌かもしれないけど、勝手ながら私は君のことを自分の娘だと思って逝くよ。最後に…友達は大切にしなさい』だってさ」

「…そっか」



 俺は不器用な言い方をするアンクロフィクサに微笑ましい気持ちを抱いた。ティーナといい彼といい、素直じゃなくて不器用なところはそっくりだなって思った。





「さ、て。話はこれで全部だよ。引き止めて悪かったね」


 どうやらこれで話は終わりのようだ。語り終えたティーナがベンチから腰をあげる。

 そんな彼女を俺は慌てて引き止めた。


「ちょっと待ってティーナ、ところで私の方も相談があるんだけど…」

「なんだい?」

「実はね、勇者戦隊オーブマ…」

「断る」



 しゅ、瞬殺ですかい。








 ---







 その日の夜、俺は夢を見た。


 俺は見たこともないようなだだっ広い草原に、白いワンピースを着て立っていた。

 辺り一面をうっすらと霧が覆っていて、穏やかな風が優しく吹き抜けてゆく。なんとも幻想的な光景にしばらく浸っていると、向こうの方から黄金色の髪を揺らしながら一人の男の人がこちらに向かって歩いてきた。


 …間違いない、アンクロフィクサだ。




「やぁ、アキ。我が愛しの娘に託したメッセージは聞いてくれたかい?」


 金髪の超絶美青年に問いかけられ、俺は無言で頷く。アンクロフィクサは、世界中の女性が蕩けそうなほど魅力的な笑顔を浮かべた。



「よかった。これで…心おきなく旅立てるよ。私の放浪ワンダーは、これで終わりだ」

「…一人で旅立つのか?」


 俺の問いに、アンクロフィクサは首を横に振った。


「いいや、一人じゃないよ。ほらここに…」



 アンクロフィクサの言葉に合わせるかのように、彼の周りにふいに…三人の美女?美少女?の姿が現れた。

 な、なんだこいつらは?

 驚く俺を尻目に、三人の美女たちはそれぞれ勝手にアンクロフィクサに絡み出した。



「ちょっとー!アンクロフィクサが最初に召喚したのはあたいのことなんだからねっ!だからあたいがアンクロフィクサと一緒に行くの!生前おかしかったのは、超文明の呪いで狂わされたせいなんだからねっ!」


 幼児体型だけど不思議な魅力を放つ美少女が、そう言いながらアンクロフィクサの右腕にしがみつく。



「なにいってるの!アンクロフィクサは最期に私を選んだんですよ!フランフラン、また私に殺されたいの!?」


 そう言ってアンクロフィクサの左腕に取り付く綺麗な女の人のは…若返ってるけど、もしかしてミクローシア?ってことは、右腕にしがみついてるのは、フランフランなのか!!


 だが、そんな二人を挑発するかのように、さらに別の美女がアンクロフィクサの後ろから抱きつく。


「ふふふ、二人が何を言っても無駄よ。アンクロフィクサは私と行くのよ。なにせ私はアンクロフィクサとの間に子供がいるんですからね」

「げっ!グィネヴィア!」

「ムカッ!!魔王は魔王らしく孤高に行きなさいよっ!!」


 おいおい、グィネヴィアかよ!しかもグィネヴィアのやつ、思いっきり二人のこと挑発してるし!そしてフランフランとミクローシアも応戦してるし!!



 そんな三人の美女にまとわりつかれながら、アンクロフィクサは幸せそうな笑みを浮かべて俺に勝ち誇るかのように口を開いた。


「ハハッ、アキ!それじゃあ私たちは旅立つよ!ティーナのことはよろしく頼むな!あ、うちの娘に手を出すんじゃないよ?祟るからね?」

「…」



 なんだろう。さっきまでの感謝の気持ちは遠い彼方に飛んでいき、俺は無性にこの男のことを殴りたいと思った。


 モテモテのイケメンほど、この世でムカつくものはない。



「…それじゃあアディオス、アキ。来世でまた会おう。そのときには私を…君の戦隊に入れてもらえないかな?私はオーブシルバーで…」

「断る!」




 俺が大声で拒絶すると、アンクロフィクサ、フランフラン、ミクローシア、そしてグィネヴィアの四人はにこやかに手を振りながら消えていったんだ。



 そして俺は…目を覚ました。












「…なんだ、今の夢は?」



 目を覚ましたとき、俺は全身に汗をびっしょりかいていた。それくらい…精神的に打撃を受ける夢だった。


 …うん、この夢のことをティーナに話すのはやめよう。きっと幻滅するだろうから。

 というより、多分あれは夢なんだ。夢であってほしい。でないと俺は…なんか色々後悔しそうだから。









「くそっ…イケメンなんて滅びればいいんだ」

「何か言いました、アキ?なんだか疲れてますの?」


 無理やり起きてテーブルに着くと、ぐったりしながら独り言を言う。そんな俺を心配してスターリィが声をかけてきた。


「あぁ、スターリィ…ちょっと夢見が悪かったんだ」


 スターリィにそう言うと、彼女は苦笑いを浮かべながら俺にコーヒーを出してくれた。


「夢なんて、振り回されて疲れるだけですわ。そんな夢なんて忘れて、今日のことを考えましょう?」


 俺は妙に説得力のあるスターリィの言葉に頷きながら、彼女が注いでくれたコーヒーに口をつけた。

 じんわりとした苦さと熱さが俺の口の中に広がって、ウンザリするような夢の残滓を優しく振り払ってくれたんだ。



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