【番外編】夢 〜スターリィの場合〜
夢にまつわるオムニバス、第一弾です(≧∇≦)
「ねぇ、スターリィ」
少し落ち着いた、しかし明らかに女性と分かる甘い声であたしに語りかけてくるのは…あたしがとても大切に想っている人。
「なんですの?アキ」
あたしの返事に、アキは…女の子っぽい自然な仕草で小首を傾げました。だけどその瞳に宿るのは、強い意志を秘めた力強い光。
強い引力を放つその瞳に、あたしはいつしか恋をしていました。
いつからでしょう、彼を”異性”として強く意識し始めたのは。
いつからでしょう…”彼”のことを、好きになったのは。
…あたしは、小さい頃から『神童』『英雄の娘』『勇者の妹』として育ってきました。
そのことに疑問を抱いたことはありません。だけど…遠巻きにあたしのことを眺める同年代の子たちを見て、あたしは少し寂しい想いをしていました。
そんなあたしの前に、まるで彗星のように強い輝きを放ちながら現れたのが…アキでした。
最初はただの同性の友達ができた、くらいに思っていました。
それが、いつからでしょうか…あたしはアキのことを”異性”として強く意識するようになっていました。
どこからどう見ても女の子。なのにらしくない言動や態度を取るから?いいえ違います、やはり…アキから真実を聞かされたときからだと思います。
あの日、14歳のあたしたちは、初めてお互いのことを嘘偽りなく語り合いました。普通だったらそれからあたしたちは”親友”としての道を歩んでも良かったのかもしれません。
でもあたしは…そのとき聞いた言葉を、今も忘れません。
あたしたちの中を、決定的に変えた一言を。
「わかったよ。俺は…ここに誓う。スターリィの命を絶対に守ることを」
たぶん、あたしはあのときから…彼に恋していたんだと思います。
「どうしたの?スターリィ。顔が赤いよ?」
アキがすっとぼけた表情を浮かべながら、あたしの顔を覗き込んできました。
こういう鈍感なところが、いつも腹立たしいのです。もう少しこちらの気持ちを分かってくれても良いと思うのに…
「分かってるよ、スターリィ」
「えっ?」
突然、あたしの心を呼んだかのようにアキがそう口にして、思わず動揺してしまいました。そんなあたしをあざ笑うかのように、アキはそっと肩に手を置いてきます。
「ちょっと…?アキ?」
「スターリィ、愛してる」
「ふえっ!?」
完全なる不意打ち。
突然の愛の告白に、あたしは我を失うほど動転してしまいました。そんなあたしに畳み掛けるように、アキはあごにそっと手を添えてきました。
強引に、顔をアキの方に向けさせられます。
…近づいてくる、アキの顔。
あたしは…そんな強引なアキに逆らえるわけがなくて…
そっと、目を閉じました。
だけど、いつまで経ってもアキはそれ以上なにもしてきませんでした。
あまりにも長く続く空白の時間に、不安になったあたしが目を開けると…苦悩の表情を浮かべたアキがそこにいました。
「…アキ?どうしましたの?」
あたしの問いかけに、少しだけ逡巡したアキだったけども…意を決したかのように顔をあげて、あたしにこう言いました。
「スターリィ、実は…きみに大事な話があるんだ」
「大事な話…?」
戸惑うあたしに、アキは言葉を続けました。
「うん、実はね…俺、元の世界に帰ることにしたんだ」
「えっ!?」
元の世界。
それは、アキと…親友だったサトシさんが生まれ育ったという世界。
詳しくは教えてくれませんでしたが、あたしたちが生きるこの世界とはかなり異なる世界だったみたいです。
その世界に帰るということは…
「その…元の世界に帰る方法が見つかりましたの?」
「うん。そうなんだ」
「じゃあ、そこに…アキ一人で行きますの?」
「ああ、どうやら俺しか行けないみたいだからね」
「それじゃあ…アキは帰ってきますの?」
あたしが一番聞きたかった問いに、アキはすぐには答えてくれませんでした。
まるで誤魔化すかのように、あたしからさっと目を逸らします。それは、長い付き合いのあたしだけが知る、アキのくせ。
その態度を見て、あたしは気付きました。アキは…もう帰ってこれないんだってことに。
それはつまり、あたしを置いていくということだった。
「…ごめん、スターリィ。俺は…」
「…いやですわ」
「スターリィ?」
「あたしは…アキと離れたくありません。あたしは…」
だけど、アキはあたしに最後まで言わせてくれませんでした。
突然席を立つと、そのままあたしのほうを見ずに立ち去ろうとします。
「待って!アキ!あたしは…」
一生懸命追いかけようとするものの、なかなか追いつけそうもありません。
手を伸ばそうとするものの、どんどんアキは離れていきます。
やがてアキは目の前にある扉を開けて、そのまま光り輝くその扉の中へ…
アキと離れるなんていやです。
遠くに行かないで。
あたしを…置いて行かないで!
ごんっ。
「あいたっ」
あたしは突然の痛みに、夢の世界から強制的に現実に引き戻されました。
ここは…図書室?足元には読みかけの本が落ちていました。
どうやら机に座ったまま寝てしまっていたようです。その結果、夢を見ながら無防備に机に額を打ち付けてしまいました。ズキズキと痛む額の痛みに、あたしは悶絶しながら机に突っ伏しました。
《超越者》になったあと、反動からかよく眠くなってはいました。ロジスティコス学園長からは「まぁしばらくは続くじゃろうて。ふぉっふぉっふぉ」と言われたから気にはしていなかったんですけど…まさか椅子に座ったまま寝るとは思いませんでした。
それにしても、酷い夢でした。
今でも胸が苦しくて、ぎゅっと締め付けられるようです。
胸の中にぽっかりと穴があいてしまったかのような喪失感が襲いかかります。
あたしは耐え難い喪失感を抱えながら、落ちている本を拾って…寮の部屋に戻ることにしました。なんだか不安な気持ちが抑えられなくて、無性にアキの顔が見たくなったのです。
…サッと口の端のよだれを服の裾で拭ったのは、ここだけの秘密です。
薄暗くなった学園の中を歩いて寮にたどり着いたあたしが、部屋の扉を開けようとすると…室内から妙な声が聞こえてきました。
「…この世の悪を許さない!勇者戦隊オーブマン、ここに爆誕!」
……。
えーっと、アキはいったい部屋で何をしているのでしょうか?
あたしは百年の恋も冷める思いを抱きながら、勇気を出して部屋の扉を開けました。
「…あっ、スターリィ」
「……」
部屋の中に居たのは、赤いマスクをかぶって赤いタイツに身を包み、赤いマントをなびかせた…怪しい人物。
知りません。あたしこんな変態知りません。
あたしは無言のまま扉を閉めようとしました。すると、アキが慌てた様子で追いかけてきました。
「ちょ!まってよスターリィ!」
「あたしには、そんな格好をする変態の知り合いはいませんわ」
「違うって!誤解だってば!」
その後、アキの必死の説得?により、あたしは先ほどのアキの格好が新しい能力であることを知りました。
なんという酷い能力でしょうか。思わずアキと縁を切りたくなるような格好でしたし…
「で、でもさ、性能は凄いんだよ!なにせ基本能力が5倍から10倍だぜ?」
でも…そう言われても、ねぇ?
さすがにその格好はちょっと…
「スターリィもどう?オーブピンクとかオススメなんだけど」
「…死んでもお断りしますわ」
あたしの返事に、アキはガックリと項垂れていました。もう、そんな態度を取っても知りませんわ。
アキが元の格好に戻ったあと、ふいにあたしは夢にも出てきたことを確認してみることにしました。
…ずっと聞いてみたかった、だけど確認するのすら恐ろしかったこと。
「ねぇアキ、一つ聞いていいですか?」
「ん?なに?」
「あなたは…その…前の世界に未練はありませんの?」
それは、あたしがずっと抱えていた不安でした。
アキがいつか居なくなってしまうのではないかという危惧。
だけどアキは、あたしに微笑みかけると…迷うことなくこう答えました。
「あぁ、ないね。仮に戻る方法が見つかっても帰らないと思うよ」
「え?そうなんですの?」
安堵よりも先に浮かんできたのは、あまりにもはっきりとしたアキの態度に対する驚きでした。
自分が生まれ育った世界に、未練はないのでしょうか。どうしてアキはこうも迷いもなく答えられるのでしょうか。
疑問の答えを…アキはすぐに教えてくれました。
「うん。だって俺は前の世界に未練なんてないし、それに…」
すっと、アキの瞳に真剣な光が灯ります。
「あっちの世界には、スターリィが居ないからさ」
爽やかな笑顔を浮かべながら、あたしが一番聞きたかった答えを口にするアキ。
あぁ、ずるいですわ。
だからあたしは、あなたに…
「もう!変なことばっかり言って!知らないっ!」
「ちょっ!?スターリィ!?」
あたしは少しだけ怒ったようなフリをして、慌てて部屋を出てきてしまいました。
だって、あのまま部屋にいたらあたしは…たぶん泣き出してしまっただろうから。
それくらい、アキの言葉は嬉しかったのです。だけど、素直になれないあたしがいます。
いつかはアキに、伝えたいな。
さっきの言葉、すごく嬉しかったですわって。
だってあたしは…
変な格好をしたりしてても。
女の子のように見えても。
アキのことが大好きなのですから。