表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/152

エピローグ

 奇妙な形をした巨木。取り巻くように生える不気味な蔦。咲き誇る原色の花たち。

 異彩を放つ草木は、いったいどのような遺伝子の悪戯により発生したのか。


 ここは、不思議な樹木が育つ不気味な森のなか。

 うっそうと茂る木々の間を抜けていくと、その先は小高い丘になっていた。






 小高い丘の上には、一人の少女が凛とした姿で立ち、遠く森を眺めていた。


 おそらく年の頃は10歳くらいだろうか。

 ざっくばらんに切りそろえられた白い髪を風になびかせ、つり上がった鋭い目つきで辺りを観察している。野性的に見えながらも悠然とした立ち居振る舞いは、年齢以上に彼女が大物であることを感じさせた。



 ただの布切れを腰の周りで巻いて紐で括ったような粗末な衣服に身を包んだ白髪の少女は、鼻をクンクンさせながら空気中の匂いを嗅いでいるようだった。

 やがて何か良い匂いでも発見したのか、嬉しそうな表情を浮かべると、そのまま一気に飛び出していこうとする。



 だが、少女の前にサッと現れて立ちふさがる存在があった。

 黒い髪に黒いスーツを身につけた青年が、彼女の行く手を阻んだのだ。


 青年は、大変な美貌の持ち主だった。おそらく世の女性が一目見たら、思わず立ち止まって二度見してしまうほどに。

 だが、その美青年を見て…白髪の少女はイタズラが見つかったときのような気まずい表情を浮かべた。ちぇっと舌打ちしながら、つまらなさそうに口を開く。



「あーあ、見つかっちゃったか。つまんないのー」

「一人で勝手に飛び出して行ってはいけませんよ、プリンセス


 姫と呼ばれた白髪の少女は、ものすごく嫌そうな表情を浮かべる。


「やめてよ、カノープス。あたしは姫ってガラじゃないんだからさ。こうやって野原を駆け回ってる方が楽しいのに…」

「…まったく、そんなにおてんばでは亡き父君も悲しまれますよ。ゲミンガ姫」


 少年の域を脱して青年と呼ぶに相応しい容姿と落ち着きを手に入れたカノープスは、そう言ってゲミンガをたしなめたのだった。





 カノープスに諭されたことで、さすがにこれ以上一人で飛び回るのはまずいと悟ったゲミンガ。気持ちを入れ替えて今度は周りの景色をキョロキョロと観察しはじめた。


「…それにしても”魔界”って不思議な場所ね。見たことのない植物や動物ばかり!」

「あなたは来るのが初めてでしたね。ぼくや…あなたの父君もここで生まれ育ったのですよ」

「へー、そうなんだ」

「そうなんだ、じゃありません!」


 二人の会話に突如割り込んできたのは、怒気を伴う女性の声だった。ゲミンガはふいに浴びせられる鋭い声に、目をつぶって首をすくめる。


「…あちゃー、プリムラ。バレちゃったか」

「バレちゃったか、じゃありませんよ!せっかく魔界ルナティックムーンに来れたというのに、勝手に一人で行動などして…」

「だって、魔界って言ってもあっちの世界と危険度はそんなに変わらないんでしょ?だったらあたし一人でも平気だよ、あたしは龍の子だよ?

 それに、あなたたち夫婦・・だって付いてきてるし、あの人・・・だって…」

「…そういう問題じゃありません!私たちですら魔界に足を踏み入れるのも久しぶりなのです。それに…あなたは一見成長しているように見えるけれども、まだ6歳になったばかりなのですよ!ほんの子供じゃありませんか!」


 プリムラの怒る声に、ゲミンガはちらっとカノープスに助けを求めるように視線を向けた。

 だがカノープスはやれやれといった感じで諸手を挙げるだけで、ゲミンガの援護には入らなかった。

 彼も…常にプリムラには叱られてばかりだったから。




 一通りゲミンガの説教が終わったところで、プリムラは満足したのか…足元に狼煙を炊き始めた。はぐれてしまった他の仲間・・・・をこの場に集めるためだ。

 以前に比べて遥かに女性らしくなり、口調も変わったプリムラではあったが、こういうところはしのびとしての習性がいまだに残っているようだ。



 手際よく働くプリムラを眺めながら、カノープスが感慨深げに大きく息を吐いた。


「…それにしても、こうしてまた魔界の地に足を踏み入れることができるとはね。夢にも思ってなかったよ」

「…へー、カノープスも久しぶりなんだね」

「そうですよ、姫。ようやく先日“あの人・・・のおかげで、魔界ルナティックムーンとエクスターニヤを結ぶ異次元通路が完成したばかりなのですから。

 その先発隊として、ぼくたちはこの地に足を運んでるわけですから、そのことをくれぐれも忘れないように」

「はーい」

「それに、ぼくたちはあくまで道案内でしかないんだよ?…伝説の冒険者チームである彼らの、ね」



 そのとき、ガサガサと木々をかき分ける音がして、丘のふもとの森の中から…6人の集団が現れた。

 プリムラの上げた狼煙を発見してここまでたどり着いたのであろう彼らは、冒険者の格好をした、男3人に女3人のチームだった。



「…ははっ、やっと彼らも追いついたね。レイダーたち『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーが」


 カノープスが眩しそうにそう言いながら…彼ら6人に視線を向けた。





 魔界の森から出現したのは、6人となった『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーだった。


 先頭を歩くのは、リーダーであるレイダー。年齢を重ね渋みをも備えた彼は、すでに超一流の冒険者として圧倒的な地位を確立していた。

 その横を歩くのは…百戦錬磨の戦士ガウェイン。最近伸ばし始めたヒゲもあって、その容姿はもはや野獣そのもの。


 二列目を歩くのは、女性二人。黄金色の髪の美女ベルベットと、プリムラの姉のパシュミナだった。ベルベットは以前よりもさらに美しさが磨かれて女性らしい身体つきに変化していたのに対して、パシュミナはほとんど6年前から変わっていなかった。


 そして最後尾を歩くのは…数百年変わらぬ容姿の古龍族の美青年ウェーバーと、もうひとりの女性。



 最後の一人は、眩しいばかりの美女…それも他に比類のないくらいの美貌を持つ絶世の美女だった。


「ティーナお姉ちゃん!」


 ゲミンガがそう叫びながら手を振ると、この美女が魅力的な笑顔を見せながら手を振り返した。


 少しウェーブがかった黄金色の髪に切れ長の瞳。女性としては背が高めの、だが均整のとれた身体つき。

 …彼女は、4年前からこのパーティに加わった女性。今年23歳になったティーナ=カリスマティックであった。




 彼ら6人こそが、史上最高の冒険者チームとして名高い『明日への道程ネクストプロムナード』一行である。

 彼らは魔界探索の先発隊チームとして、エクスターニヤを代表して…とある人物によって新設された【異次元トンネル】を抜けてこの地にやってきたのだった。




 『明日への道程ネクストプロムナード』一行の…特にティーナに向けてひとしきり手を振ったゲミンガ。だがすぐに…首を傾げながら怪訝そうにあたりを見渡す。



「…あれ?あのひと・・・・は?」



 ゲミンガの問いに、カノープスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「あぁ、あの方・・・は…姫以上に自由奔放なひとだからね」

「あー、ずるーい!あたしばっかりがんじがらめにして、お姉ちゃん・・・・・は野放しなんだね!?」

「ワガママ言ってはいけませんよ、姫。あの方は…なにものにも縛られないお方ですから」

「ぶーぶー」



 ゲミンガがふくれっ面をして文句を言っていると、彼女のすぐそばで…クスクスと笑う声が聞こえてきた。

 すぐにハッとしたゲミンガが、慌てて笑い声がした方を振り返る。



 するとそこには…一人の女性が立っていた。






 ゲミンガの側にいつの間にか現れたのは…抜けるような白い肌の女性だった。

 決して美人というわけではないものの、真っ白な右目と対象的に黒の左眼。それに白と黒のストライプの柄の髪の毛もあり、不思議と神秘的な印象を見るものに与える不思議な女性だった。



「あ、アキお姉ちゃん・・・・・・・!」



 歓喜の表情を浮かべるゲミンガにそう呼びかけられると、この不思議な女性…アキは笑いながら彼女の頭を撫でた。



「あははっ、ゲミンガ。相変わらずワガママ言ってるな。あんまりプリムラたちを困らせるんじゃないぞ?」




 彼女の姿を確認した瞬間、カノープスとプリムラが慌てて膝をつく。



「これは…アキ様!」

「相変わらずきみは神出鬼没だね、アキ」



 そんな二人に苦笑いを浮かべながら、アキと呼ばれた女性は…軽く手を挙げて応えたのだった。







 ----







 初めてやってきた魔界は、予想以上に魔界していた。

 だってさ、見たことない植物や動物たちがその辺をウロチョロしてるんだぜ!こんなん…興奮するよな!


 しかも今回は短期の調査だ。一月以内にはエクスターニヤに帰還しなければならない。

 魔界でやらなきゃいけないことは沢山ある。



 そんなわけで…浮き足立ってみんなを置いて先を行ってたら、いつのまにやらみんなを置いてきてしまったことに気づいて、俺は慌ててゲミンガたちのもとに戻ったんだ。



「なんかさー、アキお姉ちゃんって魔界にいる時の方がイキイキしてるよね?」


 人のことを言えないくらいイキイキしたゲミンガが、屈託のない笑顔で俺に同意を求めてくる。


 こいつ…年齢的には6歳のくせに、なんか成長が早いんだよなぁ。しかも、誰に似たのかとんでもないオテンバ。

 母親のフランシーヌが手を焼いて、仕方なく今回の魔界探索に同行させたんだけど…失敗だったかな?



「ねー、アキお姉ちゃん!聞いてる?」

「こーらゲミンガ、私のことはあんまりお姉ちゃんと言わないでって言ってるだろう?」


 俺の言葉に、ペロッと舌を出しながらゲミンガが笑った。



「あーそうだったね、お姉ちゃんはこの魔界に…男になる手段を探すためにやってきたんだっけ」

「ああそうさ。私は…この魔界で男に戻る手段を手に入れるんだよ」



 そう、俺の今回の魔界探索の“真の目的“は、魔界にあるという“男と女を入れ替える秘薬“を手に入れることなのだ。


 先日ユニヴァース魔法学園の講師をやってるボウイからその情報をもらって、レイダーさんに頼み込んで今回のメンバーに参加させてもらったんだ。

 …そういやボウイの奥さんのナスリーンはそろそろ臨月だったな。元気な子が生まれれば良いけど…ゲミンガみたいなのは願い下げだな。これじゃ山猿かなんかだし。



「そういえばスターリィお姉ちゃんはずーっとアキ姉ちゃんのこと待ってるもんねえ?」

「うっ!ゲミンガお前、そんな情報をどこで仕入れてるんだよ?」

「えー?みんな言ってるよ。カレンおね…お兄ちゃんとかミアお姉ちゃんとかエリスお姉ちゃんとか」


 …おいおい、そいつは情報ソースが偏りすぎてないかい?

 だけど俺はゲミンガの言うことを否定することはできなかった。


 そう。このマセガキの言う通り、俺はスターリィをずっと待たせっぱなしなのだ。

 彼女は「あたしは別にアキがずっと今の体のままでも構いませんわよ?」とは言ってくれてるものの…こっちがそれじゃ納得しないんだよ!

 22歳になって凶悪な胸に成長したスターリィと、ちゃんと男に戻っていちゃいちゃしたいんだよっ!


 …はぁはぁ。いかん、興奮しすぎた。少し落ち着かなければ。



「一か月しか時間は無いんだ。やるべきことは沢山あるぞ」

「そうだよねー、一ヶ月後にカレンお兄ちゃんとミアお姉ちゃんのコンサートがあるから遅れないようにしないとねっ!」


 あ、忘れてた。

 そういや一ヶ月後にあの二人のチャリティコンサートがあるんだった。


 いまや世間に絶大な人気を誇る『ハインツの双子』の晴れの舞台、遅れるわけにはいかないよな。

 双子の話といえば、ふいに…最近エリスと付き合いだしたとデレデレした顔で報告してきたカレンの顔が思い出される。あの二人もくっつくのに随分時間がかかったよな、周りから見てるともどかしいばっかりだったけど。



「ってなわけで、ゲミンガ。ちゃんとプリムラの言うことを聞くんだぞ?お前も一応次期魔王候補・・・・・・なんだから、もうちょっと姫らしくしとけよなぁ」

「ふーんだ、そんなの知らないもーん!あたしは自由に生きるんだもんねー」


 笑いながら俺の胸を一揉みすると、怒られる前にケタケタ笑いながら飛び出していくゲミンガ。


「やっぱアキお姉ちゃんの胸が一番揉み心地が良いね!あ、でもママの次にねっ!きゃははっ!」

「こらっ!ゲミンガ!また人の胸揉みやがって!」


 俺は怒ったそぶりをしようとして失敗し、思わず微笑みながら…ゲミンガが魔界の森へと駆け出していく姿を眺めてたんだ。





 嵐のようなゲミンガが去ったあと、俺は改めてこの魔界の風景を見渡す。



 眼下に広がる不思議な森。ずっと遠くには集落らしい場所も見える。


 あぁ、実に良い風景だ。この景色の中で、ゾルバルは生まれ育ったんだなぁ。





 最近俺は、日本で暮らしていたときのことをほとんど思い出さなくなっていた。それはもう、帰還する気が完全になくなってしまったせいなのだろうか。

 むしろこれから先に訪れる、未知の魔界の探索の方に意識が取られているくらいだから。




 俺は右手にはめたままの宝物…オモチャみたいな指輪オーブ、『サトシの指輪』をぎゅっと握り締めると、心の中でサトシに語りかけた。



 どうだ、サトシ。いい風景だろう?俺はいま、魔界にいるんだぜ?

 お前ももし生まれ変わったら…今度はこっちの世界を一緒に冒険しようぜ!



 生まれ変わり。

 そんなものがあるのかどうかは分からない。


 だけど、俺は諦めずに信じることでこれまでたくさんの困難を乗り越えてきた。

 だから、そんな夢を抱いたって、バチは当たらないと思うんだ。



 もっとも、そんな夢物語のせいでパーティ入りを断ってしまったレイダーさんたちには申し訳なかったと思う。

 ちょっぴり『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーになるのも面白そうかなって思ったんだけど、スターリィの視線が怖かったんだよねぇ。結局レイダーさんの長年の説得に折れたティーナがメンバーに加わることで、色々と落ち着いたんだけどさ。






「…アキ、ボクたちも行くよ?」


 超絶美少女から超絶美人へと変貌を遂げたティーナが、和かに微笑みながら声をかけてきた。

 ティーナも最近は険が取れて、ずいぶんと穏やかな表情を見せるようになっていた。とはいえ、山のようにやってくる男どもからの求婚を全て断っているそうだ。

 ま、山のような求婚って意味では俺も同じなんだけどね!いやー最近俺モテちゃうのよ。もっとも男にモテたってなーんも嬉しくないんだけどさ…スターリィの機嫌が悪くなるだけだし。トホホ。






 さて、ゲミンガは飛び出して行ったし、ティーナにも促されたことだから、俺もまた進もうかな。



 とりあえず目的地は、ずっと先に見える集落…カノープス曰く『スプラトリー村』と言う名の村に決まったみたいだし。




 俺は大きく息を吸うと、一気に吐き出した。

 次の瞬間、背中に…真っ白な天使の翼が具現化される。





 さぁ、行こう。



 これから…俺たちの魔界探索が始まる。








  〜 新世界カニヴァル おしまい 〜



みなさま、本作に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!

これにて本作は完結となります!


最後まで書くことができたのも、みなさんに読んでいただいたおかげです!大変感謝してます(≧∇≦)


今のところ後日談などは予定してませんが、もしリクエストなどあればお待ちしてますo(^▽^)o


それでは…またお会いする日まで!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ