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107.決着

 


 異空間に漂う、”超文明ラームの呪い”。


 その正体を【龍魔眼ドラゴヴィジョン】を使って確認すると、大きく分けて二つの強大な魔術が組み込まれていた。

 一つは…異空間を通るものの精神を狂わせる装置。そしてもう一つは…凄まじい量の魔力を使った“遺伝子組み替え装置“だった。

 おそらくは数千…いや数万人分以上の膨大な魔力を費やされた作られたそれらの仕組みシステムは、異空間を通過するものの遺伝子情報を操作し、死後『天使の器オーブ』へと変換させる悪夢のような機能を備えていた。




 その…“超文明ラームの呪い“に組み込まれた数万人分の魔力を、サトシは貪るように喰っていた。膨大な量の魔力を体内に蓄え、徐々にグロテスクに変貌を遂げていく。



 《だめだわ、彼はもう…人間を捨ててしまったみたいね》


 変貌を遂げるサトシを眺めながら、グィネヴィアが悲しそうに呟いた。


 …その姿は、もはや生物にすら感じられなかった。まるで”超文明ラーム”の悪意を全て吸収し、欲望の塊をそのまま具現化したかのような異様な姿。あまりのおぞましさに、俺は吐き気すら覚える。




『ぐるる…』


 変貌を遂げたサトシの口から発される言葉は、もはや意識のある人間のそれではなかった。いまのあいつは、自我もクソもないただの肉の塊のようにしか見えなかったんだ。

 ただ問題なのは…正気を失ってしまったサトシが、この宇宙すらも崩壊させられるほどの凶悪なまでの魔力を備えていたことだ。



 とはいえ、俺も余裕を持ってサトシのことを分析しているわけではなかった。さすがに超文明ラーム時代の魔導師数万人分の魔力を食い尽くしたサトシの魔力は甚大であり、魔神と化した俺でも勝てるのかは怪しいところだ。

 しかも話が通じない分、以前より余計タチが悪い。



 《もはやあれは…邪神ですらないな。ただこの世界を滅ぼすために存在する…自我のない『破壊神』だ》


 ゾルバルが歯を食いしばりながら呻くように口にした。



 サトシ…お前はついに人間を捨ててしまったのか。

 狂ったように呻き声をあげるサトシに、俺は胸が痛むのを感じた。



 だが、このまま放置しておくわけにはいかない。ゾルバルの言う通り、今のサトシは破壊の権化。

 このままだとこの異空間を全て喰い尽くし…そのままあらゆる世界をも飲み込んでしまうだろう。そんなこと、許すわけにはいかない。



「なぁ…みんなに頼みがある」


 俺は、背後に控えている6人の魂たちに語りかけた。

 【新世界シンセカイ感謝祭カーニヴァル】によって呼び出された彼らは、とても魂だけの存在のように見えない。生きている時以上に…力強く輝いて見えた。尊敬すべき、素晴らしい人物たち。

 そんな彼らに、俺は改めて頭を下げたんだ。



「俺に…最後の力を貸してくれないか。世界を守るために…あなたたちの力が必要なんだ」





 俺の訴えに、6人が6人なりの態度で答えを示してくれた。



 《アキ、あたしのことをずっと思ってくれてありがとうあたしの力…あなたに捧げます》


 スカニヤーが俺に近寄ってくると、ぎゅっと抱きしめながらそう言ってくれた。



 《もちろんだとも。わしの全てを、恩あるお主に受け渡そう》


 シャリアールが少し照れくさそうにしながらも、ゆっくりと手を差し伸べてきた。



 《私は…本当はあの世界の人たちが好きなんだ。だからアキ、君には…世界を守って欲しい》


 アンクロフィクサが、俺の右肩に手を置いてそう言ってくれた。



 《私はたくさんの罪を犯した。せめてそれらを償うためにも…世界を救いたい。だからあなたの力になりたいの》


 ミクローシアが祈るようにして俺に訴えかけてくる。



 《アキ、わたしには…顔も知らない娘と妹がいる。ティーナとゲミンガっていうのね。その子たちを…わたしは守りたい。そしてやっぱりサトシを止めたいの。だからお願い、わたしに…協力させて》


 グィネヴィアが俺の頬を包み込むようにして挟みながら、物憂げな瞳でお願いしてきた。



 《アキよ。お前の強い意志、確かに受け取った。全力を以って…お前の力になろう》


 最後にゾルバルが、俺の左肩を叩きながら大きく頷いてくれた。





「ありがとう、みんな…」


 俺にはもう、彼らに感謝の気持ちを伝えることしかできなかった。

 熱い思いが、胸の奥からとめどなく湧き上がってくる。彼らの力があれば、俺はどんな困難だって乗り越えてみせる。




『…よぅアキ、お前はやっぱすげえな。これほどの人物たちの協力を仰ぐことができるんだからな』


 いつの間にか現れたアンゴルモアが、俺たちの姿を眺めて感心したようにそう呟いた。


「…アンゴルモア、頼む。最後の力を貸してくれ」

『もちろんだ、アキ。いくぞ…我輩の力、全力で受け取るがいい!』



 再び湧き上がってくる膨大な量の霊気。

 よし、これなら俺は…さらに上のレベルにたどり着くことができる。

 今こそ…極限の力を発揮するときだ!




「アンゴルモア、みんな。俺に…さらなる力を与えてくれ!!

 《魔神解放マギナブレイク》、【新世界シンセカイ感謝祭カーニヴァル】!

 …天使の歌、『新世界の友に捧げる歌ワールド・イズ・マイ・フレンド』、発動!!」






 次の瞬間、俺の体に一気に6人の力が流れ込んできた。

 かつてと同じように…俺の体の中で力が弾ける。




 ーーー【 新世界シンセカイ感謝祭カーニヴァル 全起動フルブースト 】ーーー


 《聖脳》…慈愛の聖姫 グィネヴィア=バルバトス【新世界の聖王の剣グランソード・オブ・エクスカリバー

 《魔眼》…千里眼 スカニヤー【龍魔眼ドラゴヴィジョン

 《星腕》…流星の覇者 シャリアール【天空神の天槍メテオライト・ブリューナク

 《王腕》…誇り高き戦士 ゾルディアーク=バルバトス 【神・獣・化・身トランスフォーム・ホワイトライオン

 《扉脚》…黄金の天使 アンクロフィクサ 【黄金の未来への扉ゴールデン・ゲート・オブ・デュランダル

 《神脚》…暁の女神 ミクローシア 【白翼の聖天女ホワイト・アンブローシア



 ーー【 平行起動 】ーー

 《龍の力ドレイクモード》…風龍 フランシーヌ 【超・龍・化・身チェンジ・ドレイクロード




 ==《究極魔神形態ウルティメイト・マギナフォーム、発動》==





 全ての能力を発動した俺の身体に…劇的な変化が発生した。


 まず…俺の周りに無数の光球ビットが出現した。これまでと違い、一つ一つの光球ビットのまわりに七色の虹が…まるで土星の輪のように付いている。

 その光球ビットが…およそ数百。


 さらには、俺の両目は絢爛と輝き、強い霊気を放っている。あらゆる事象を見る究極の魔眼が備わっていた。


 変化は俺の肉体にも及んでいた。

 俺の右半身が白い聖獣と化し、左半身が古龍と化した。半獣半龍の姿は一見すると以前の究極形態ウルティメイトフォームと似ている。だけど…内包する魔力の絶対量が桁違いだった。

 しかも、今の姿の方がはるかに人間らしい…というか神秘的な美しさを放っていた。自分で言うのもなんだけど、こういう女神がいても良いんじゃないかな?って思うくらい綺麗な姿に変貌を遂げたんだ。


 おまけに、それまでジェット噴射のように吹き出していた天使の翼はさらに進化を遂げ、14対のジェットが吹き出していた。どうやらこのジェットをうまくコントロールすることで自由に異空間を跳び回れそうだ。



 変化は肉体だけでは無い。俺の背後には、美しく巨大な女神が具現化される。なんとなくスターリィに似ている気がするのは俺のオリジナルかな?

 最後に、俺の右手には…霊剣アンゴルモアが進化した巨大な白い剣が握られていた。さらに左手には扉のような形をした盾。




 こうして俺は…本当の最終形態となった。


 溢れてくる…無限の魔力。七つの能力を同時に発動させた、これが俺の…みんなの力を借りた究極の姿。


 その名も、【究極魔神形態ウルティメイト・マギナフォーム】だ!






「うぉぉおぉお!!」


 溢れ出る霊気を抑えるのにも苦労するほど、圧倒的な力が俺の中から湧き上がってくる。気持ちを抑えることができずに、気がつくと俺は心の底から雄叫びをあげていた。



「これで…終わりだあぁぁっ!」



 白く輝く女神と化した俺は、そのまま…一気に破壊神と化したサトシへと突撃していった。

 混沌とした異空間を、俺の身体から発される霊気が白く染めていく。






 一方、空間を喰らいまくって肥大化したサトシには、もはや防御という概念がないようだった。

 理性を失ったあいつにとっては、俺すらもただの食い物にしか見えていないのだろう。全身から無数の牙のついた口が飛び出してきて、白い女神と化した俺に襲いかかってきた。



 破壊神と化したサトシに、俺はほんの僅かの間…黙祷を捧げる。そして目を開けると、俺は…霊剣アンゴルモアが進化した聖剣をぐっと握り締め、破壊神と化したサトシの中心部分へと突っ込んで行ったのだった。






「サトシィィィイイッ!!」



 背中からものすごい勢いで霊気のジェットを噴出させながら、俺は空間を切り裂くミサイルのようにサトシに突撃していった。


 気がつくと、俺の周りにゾルバルたちの暖かい気配を感じることができた。


 大丈夫、彼らは俺のすぐそばにある。

 もう、迷うことはない。俺は一人なんかじゃない。




 やがて俺は…異空間を切り裂く、絢爛と輝く”光の塊”になっていた。あらゆるものを打ち倒す、正義の光。

 目指す先は…サトシの中心部に見える、白く小さな塊。あれが、あいつの本体だ!




「うぉぉぉぉぉぉおっ!!」



 そして、一筋の光と化した俺は、異空間を凄まじい勢いで飛んで行くと…そのまま一気に手にした剣をサトシへと突き出していった。





 ずどん。

 響き渡る、鈍い音。








 俺が渾身の力で突き出した剣は…





 寸分の狂いもなく、サトシの中心を貫いていた。













 凄まじい衝撃音。

 そして大閃光、大爆音。


 俺の剣がサトシを貫いた次の瞬間、やつを取り巻いていたどす黒い肉片が粉々になって吹き飛んでいった。


 禍々しいまでの瘴気を放っていたサトシの肉体が、光に包まれるようにして消滅していく。





 サトシが異空間にあった“超文明ラームの呪い“をことごとく喰い尽くしたおかげか、いつの間にか…先ほどまで異空間を覆っていた不愉快な感覚が消え去っていた。


 今、俺は…まるで宇宙空間のような場所に浮かんでいたんだ。




 徐々に肉体を消滅させていきながら、少しずつ…破壊神の中心にあった核の部分の姿が露わになっていった。


 やがて見えてきたのは…まえの世界の姿、すなわち男に戻ったサトシだった。その胸の中心部に、俺の持つ霊剣アンゴルモアが突き立っていた。









 ようやく対峙したサトシは、俺の顔を見て…以前と変わらぬ表情でニヤリと笑った。



『あぁ…アキ…か。なんかお前…綺麗だな』

「…バカ言うなよ、サトシ。男に…ましてやお前なんかに言われたらさすがに気持ち悪いわ」


 俺の言葉に、サトシはフッと吹き出した。つられて俺も吹き出してしまう。



『俺は…お前に…負けたんだな』

「それは違う。さっきも言ったろう?俺たち・・・に負けたんだ」



 ははっ。サトシは乾いた笑い声をあげた。

 既にサトシの崩壊は…人間だった部分にまで及んでいた。手の先や足の先の部分がゆっくりと崩れ落ちている。


 俺はゆっくりと胸に刺さった剣を抜いた。それでも…サトシの崩壊は止まらなかった。


 このままこいつは…消滅してゆくのだろう。



『…このまま俺は死ぬんだな』

「心配するな、俺もすぐに…お前を追って逝く」


 一瞬、驚きの表情を浮かべるサトシ。だけど…俺の全身を一通り眺めて、納得したかのように大きなため息を吐いた。



『お前は…本当にバカだな。だが…ありがとう。こんな俺の…友達になってくれて』

「何言ってんだよ、サトシ。それは俺のセリフだよ。お前がいなきゃ俺は…生きてさえ居なかったんだから」


 俺は精一杯の感謝の気持ちを込めてそう言うと、サトシの体を思いっきり抱きしめた。

 サトシは、ふぅと息を吐きながらため息をついた。



『ははっ…もう腕もないから…お前を抱きしめることもできないな』

「…サトシ……」



 サトシの崩壊は、いよいよ身体の中心部分にまでたどり着いていた。もうこいつに残された時間は…わずかしかない。


 最後にサトシは最高の笑顔を浮かべると、口を開いて…俺にこう言ったんだ。



『アキラ、お前と出会えて…よかった』



 そしてサトシは…パラパラとした粒子となって、俺の指から零れ落ちていった。






 こうして…俺の親友だったサトシは、超文明ラームの呪いを一身に背負った挙句、まるごと塵となって…この異空間から消滅していったのだった。


 その瞬間、俺の長かった旅が…終わりを告げたことを理解したんだ。










 最後のサトシのひとかけらが、指先から零れ落ちていった。俺は…もはやこの世にいない相手に向かって語りかけたんだ。



「バカやろう。だからそれは…俺のセリフだって言ってるだろう?」



 気がつくと俺は、涙を流していた。

 理由は…一言では語れない。万感の想いが、溢れる涙となって俺の両眼から浸み出ていったんだ。



 俺は…大切な親友を失ってしまった。

 結局、俺はまた…大切なものを守ることができなかったんだ。



 胸に去来する、虚しさと悲しさ。

 耐え難い想いが、俺の胸を締め付ける。




『…お前はよくやったよ。アキ』


 耳元でそう囁きながら、俺の方をぎゅっと抱きしめる存在があった。涙を拭いて確認すると、うっすらと白く輝くゾルバルだった。


 その後方にはアンゴルモアやグィネヴィア、スカニヤーたちの姿も見える。


 彼らもまた…俺を慰めようとしてくれているようだった。




「ありがとう、ゾルバル。みんな…」


 そうだよな、悲しんでるわけにはいかないよな。

 なにせ俺にはもう…残された時間は僅かしかないんだから。


 俺はゴシゴシと涙を拭うと、彼らに向かって頭を下げながら、素直な気持ちを伝えた。



「俺は、あなたたちのおかげで…サトシをなんとか送り出すことができた。本当に感謝している。ありがとう」


 優しい顔で俺のことを見つめるゾルバルたち。だけど…その表情には悲しみも混じっていた。

 アンゴルモアなどは、酷く無念そうな表情を浮かべながら唇を噛み締めている。



 そう、今度は俺自身へのタイムリミットが近づいていたんだ。







 霊剣アンゴルモアを手にしたときのアンゴルモアの言葉を思い出す。


『我輩の力を受け入れられるのは…もって1日。それを過ぎると、お前は死ぬ』





 アンゴルモアの言葉に偽りはなかった。大きな力には…それなりの代償が必要なのだ。



 俺はおもむろに自分の右腕を確認する。

 すると、俺の右手は…さきほどのサトシと同じように、指先からゆっくりと崩壊しはじめていたんだ。



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