105.最初で最後の能力
「…【新世界の感謝祭】!」
俺は声高らかに、己の能力名を宣言した。
自然と俺の心の中に浮かんできた名は、間違いなく俺の最初で最後の能力。
サトシの能力…【新世界の謝肉祭】と名前はよく似ているが、実態は全く別物となる…はずだ。
「…あれ?」
…ところが、俺の周りには何の異変も発生しなかった。能力が…発動しない、だと!?
おかしいな?確かに俺の中の霊力が一気に消費された感覚があったんだけど…
戸惑う俺の様子を見て、サトシが笑いながら声をかけてきた。
『…くくく。おいおいアキラ、まさかこの土壇場で不発かよ?相変わらずお前は笑わかせてくれるなぁ!』
呆れたような表情を浮かべながら痛烈な皮肉を言うサトシ。
だが、やつが笑っていたのもわずかな間だけだった。すぐに笑いをおさめると、真顔に戻って…おもむろに口を開いた。
『さぁ…茶番は終わりだ、アキラ。もう満足しただろう?…それじゃあ、死ねっ!!
【殲滅の流星雨】!!』
サトシがゆっくりと右手を挙げると、すでにヤツの後方で準備を整えられていた…光球によって作られた蜘蛛の巣状の光の網が、一気に俺の方に向かって襲い掛かってきた。
バリバリと恐ろしい音を立てながら、迫り来る光の網。縦横無尽に張り巡らされた光線は、どうやっても無難に避けられそうにない。
まずいな…どうやって回避しようか。
俺は歯を食いしばりながら、霊剣アンゴルモアを持つ手を強く握りしめた。
…そのときだった。
《…大丈夫よ、アキ。あの光の網をよく見て》
ふいに…優しい口調の少女の声が、俺の心に直接聞こえてきた。ふわり…俺の背後に、何か温かいものの気配を感じる。
誰だ!?この何もない異空間で、いったい誰が俺に話しかけてきている!?
《心配しないで、今あなたにあたしの『眼』を渡すから…これで見えるようになるわ。
発動、神の能力…【龍魔眼】》
次の瞬間、俺の眼に凄まじい魔力が集まってきて、目の前の光の網に関するあらゆる情報が飛び込んできた。間違いない…こいつは喪われたはずの俺の能力【龍魔眼】だ。
だが、以前の発動時と今回では圧倒的に機能が異なっていた。
特に違うのは、その精度。これまでと違い、余計な情報を排除した状態で、余裕を持って相手の動きだけを情報集することができたんだ。
しかも…俺自身への負荷がほとんどなかった。これが、本来の【龍魔眼】だというのか?
《そう…上手だよ、アキ。ほら、あそこに”網目のほつれ”が見えるでしょう?ほつれの部分に抜けていけば、最小限の負荷で避けられるわ》
「ま、待ってくれ、きみは…」
俺は驚きを隠しきれないまま、声の聞こえる背後の方を振り向いた。
俺の背後に立っていたのは…全身をうっすらと光り輝かせて、シンプルなワンピースに身を包んだ一人の少女だった。薄い茶色の風が、まるで風に靡くかのように揺れている。
俺はよく知っている…笑顔を浮かべたこの少女のことを。毎日毎日、鏡で見る顔と同じだ。
間違いない、この少女は…
「も、もしかしてきみは…」
少し震える声で問いかける俺に、少女は屈託のない笑みで微笑み返してくれた。
《そうだよ。あたしは…スカニヤー。初めまして、アキ》
あぁ、やっぱりそうだった!
突如現れて俺に【龍魔眼】を授けてくれたのは、スカニヤーだったのだ!
初めて出会うスカニヤーは、穏やかで優しい笑みを浮かべていた。想像通りの…大人しそうな少女の姿を見て、自然と俺の瞳に涙が浮かんでくる。
「スカニヤー!どうしてこんなところに!それに…俺はきみに会いたかった!会って…謝りたかったんだ!なにせ俺は…」
《あたしもあなたに会いたかったよ、アキ。あたしはね、あなたに…お礼を言いたかったの》
「…お礼?」
俺の頬を伝う涙をそっと指で拭いながら、スカニヤーは頷く。
《ええ。アキ、あなたは…あたしの体に入ったことを知ってから、ずっとあたしのことを気にかけてくれてくれた。あたしの代わりに綺麗になろうと努力してくれた。いつも私のことを…思い出してくれた》
そう、確かに俺はスカニヤーの体を乗っ取ってしまったことを知ってから、ずっと女の子らしくあろうと努力してきた。それは…図らずも俺が命を奪ってしまった少女スカニヤーへの、せめてもの贖罪だと思っていたから。
「だ、だってそれは…」
《ううん。あたしはね、それがすごく嬉しかったんだ。一人の女の子として…生きてきたことを知っている人がいてくれて、それがあなたで…本当に良かった》
「スカニヤー…」
《だからね、アキ。あたしの身体に入ってしまったことなら気にしないで。あたしはもう…あの儀式で死んでしまったのだから》
「だ、だったらどうしてここに?」
俺の問いかけに、スカニヤーは今度は俺の手をギュッと握りしめながら答えた。
《これが…あなたの能力だからよ》
「俺の…能力?」
《ええ、そう。
…さぁ、邪神の攻撃が迫ってきたわ。早く避けましょう》
スカニヤーに促されて正面を見ると、既に目の前にまで光の網が迫ってきていた。もはや回避不可能な状態。
だが俺は落ち着いて【龍魔眼】が見つけたサトシの攻撃の死角に潜り込む。
まるで景色が止まったかのように流れていく風景を尻目に、俺は難なく光の網の包囲網を突破することが出来た。
「…よし!超えた!」
《さすがね、アキ。もうあなたはあたしの魔眼を完璧に使いこなしてるわ。
それじゃあ今度は…攻撃する番ね》
「攻撃?どうやって…」
俺がスカニヤーに尋ねようとしたとき、今度は突如右手に霊気が集中していくのがわかった。
なんだこれは…勝手に…力が集まっている!?
《…攻撃はわしに任せてもらおう》
続けて頭の中に響いてきたのは、壮年の男性の声だった。俺はこの声に…聞き覚えがある。
ハッとして振り返ると、そこに立っていたのは…無精ひげを生やした壮年の男性。
間違いない。彼は…スカニヤーの父親であるシャリアールだ。
「あなたは…シャリアール」
俺の問いかけに、無精ひげを生やした壮年の男性はゆっくりと頷いた。
《うむ、いかにもわしがシャリアールだ。
アキ、きみには本当に申し訳ないことをした。わしはずっと道を間違えておった。いや、狂っていたというほうが正しいだろう。なぜならこんなにも可愛い我が娘を、生贄に捧げてしまったのだから…》
無念の表情を浮かべるシャリアール。だがそんな父に…娘であるスカニヤーが寄り添っていった。
シャリアールはバツの悪そうな顔をして、スカニヤーに頭を下げる。
《スカニヤー、わしはとんでもないことをしでかした。本当に…すまなかった》
《お父さん…正気に戻ってくれたのね、良かった》
《…スカニヤー、お前はわしを許してくれるのか?こんなにも罪深き父親を…》
《ええ、もちろんよ。お父さん》
迷いなくスカニヤーは頷くと、そのまま優しく微笑みながら…父であるシャリアールを抱きしめた。
歓喜の涙を浮かべるシャリアールも、娘に応えて優しく包み込むように抱きしめる。
固く抱き合う父娘たち。その姿を、俺は涙無しでは見続けることはできなかった。
だが二人が抱き合っていたのも束の間。シャリアールはすぐに娘から体を離すと、改めて俺の方に向き直った。
《アキ、きみのおかげでわしは娘との絆を取り戻すことができた。本当に感謝してもしきれない。だからせめて…わしの力をきみに与えよう》
きゅいいいん。
鋭い音とともに、俺の右手に集められた霊気が上へと放たれた。そのまま頭上で…巨大な光の塊と化していく。
《アキ。きみの力を借りることで、わしの技は本当の流星となる。
さぁゆけ、そして…星をも砕け!
発動、神の能力…【天空神の天槍】!!》
俺の頭上に出来上がった巨大な光の玉が…シャリアールの声とともに巨大な流星へと姿を変えてゆく。そして隕石となった光の玉は、そのままサトシに向かって轟音を立てながら墜落していった。
『な、なんだとぉぉっ!?』
突然の光の隕石の出現に驚いたサトシは、慌てて光の網を呼び戻すと、隕石に対抗しようと自身の目の前に張り巡らせる。
だが、俺の…いや俺たちの放った隕石は、もはやサトシの力で止めることはできない。そのままあっさりと光の網を食い破ると、そのままサトシへと…直撃した。
一瞬の閃光。そして大爆発。
俺の目の前で、まるで星をも砕く強烈な一撃が巻き起こった。
俺は爆風に耐えながら、俺の背後に佇む二人に視線を向けてシャリアールに問いかけた。
「シャリアール、まさかあなたも…」
《そうだ、わしも…きみの能力によってこの場に出現することが叶ったんだ》
じゃあ、二人がここに蘇ったのは…
もしかして、俺の能力【新世界の感謝祭】とは…
『アキィィィイ!!きさまぁぁぁあっ!!』
だが、俺の思考を遮るかのように、目の前の爆心地からサトシの絶叫が聞こえてきた。
驚いたことに、あれほどの攻撃を受けながらもサトシは消滅を免れていたのだ。
それでも…流石に無傷というわけにはいかないようだった。爆炎の中から再び姿を現したサトシの肉体はところどころ消滅しており、全身から黒い煙を吹き出していた。
しかも、サトシの異変はそれだけに留まらない。
あいつの全身に浮かんでいた6つの顔のうち、シャリアールとスカニヤーの顔が…ずくずくと煙を吹き出しながら消滅していったのだ。
これは…もしや!?
『ば、ばかな…俺の喰った魂が…消えた!?アキィ!きさまいったい何をしやがった!?』
突如シャリアールとスカニヤーの魂を奪われ、慌てた様子で俺に問いかけてくるサトシ。だが俺自身もサトシに対する明確な答えは持っていなかった。
『くそっ、俺は神だぞ?なぜこんな目に…
アキ、お前だけは…許さんっ!!』
今度はサトシの背後に、なにかがずずっ…と音を立てながら具現化していった。その姿は…女性?いやちがう、あれは…ミクローシアの能力だった【黎明の夢魔】だ!
加えてサトシの正面には、下から湧き上がるように出現した巨大な"扉"が具現化していく。
【黎明の夢魔】もやばそうだが、より危険を感じるのは"扉"のほうだ。あれはヤバい。確実に命に係わる攻撃力を秘めていやがる。
『こうなったらミクローシアとアンクロフィクサの能力できさまを消し去ってやる!!喰らえアキ!!
…発動!【終焉の波動】!!
…同時発動!開けっ、【罪人への断罪の扉】!!』
次の瞬間、サトシの背後に具現化した【黎明の夢魔】からは…暗黒の輝きを放つ波動砲が発射された。さらには目の前の扉が開き、地獄へと誘う絶対的な輝きが俺に襲い掛かってくる。
絶望的なまでに回避不能な攻撃。
だが俺には…それでも焦りはなかった。
なぜなら俺の横に…心強い存在の気配を感じていたから。
《…アキ、君の言うとおりあんな攻撃には心も何もない。そんなもの…私たちに届きやしないさ》
《そうね、アンクロフィクサ。私たちが…アキを守りましょう》
聞こえてくるのは、穏やかな口調の男性の声と、少しキーの低い女性の声。
そう、俺の左右に出現していたのは…
「アンクロフィクサ、ミクローシア。あなたたちも…現れたのか」
《ああそうだよ、アキ。私たちは君に借りを返すためにここに現れたんだ》
黄金色の髪を靡かせながら、ティーナによく似た目元を細めてアンクロフィクサが微笑んだ。
《そう、道を間違っていた私を諭して…大切なことを思い出させてくれたあなたへの借りをね》
解放者時代に漂っていた邪悪さは消え去り、穏やかな表情を浮かべたミクローシアが片目を閉じてウインクした。
今度は…この二人が俺の傍に姿を現したのだった。
迫りくるサトシの攻撃を目の前にして、二人は頷きあうと俺の前に一歩進み出た。
《アキ、今度は私たちの力を貸そう》
《私たちの能力のすべてを…あなたがここで披露してね》
二人の言葉に続けて、俺の両足に霊気が集中していく。
同時に…俺の背後に白い輝きを放つ女の像が具現化していき、目の前には黄金色の光を放つ扉が出現する。
《さあ、黎明の女神よ。あなたの本当の力を見せなさい!
神の能力…【白翼の聖天女】!!》
《黄金の扉よ、今こそ未来への扉を開け!
神の能力…【黄金の未来への扉】!!》
俺の背後の白い女神が発した白い波動と、黄金の扉から放たれた黄金色の光が、サトシの放った二つの黒い光と激突した。
まるで星すらも破壊するのではないかと思われるほどの壮絶な爆発が目の前で巻き起こる。
…だが、またしても打ち勝ったのは俺の攻撃のほうだった。
サトシが放った黒い光を打ち破った俺の白と黄金の攻撃は、そのまま驚きの表情を浮かべるサトシに突き刺さった。
『ぐぅおぉおおおぉぉ!!』
響き渡るサトシの絶叫。
今度は…サトシの体から浮き出ていたアンクロフィクサとミクローシアの顔が、黒い煙を吹き出しながら消え去っていった。残る顔は…サトシ自身を含め3つ。
『まただ!また消えた!!アキラァ!お前いったい俺に何をしている!?お前のその能力はなんなんだーっ!?』
サトシの絶叫を聞きながら、俺は自分の能力についてある確信を持った。
間違いない。どうやら俺の能力…【新世界の感謝祭】の持つ力とは…
そのとき。
ふいに…俺の肩に、誰かの手が置かれた。
とても暖かくて、力強い手。
《…強くなったな、アキ》
同時に頭の中に聞こえてくる、低くて温かい声。
触れる肩から伝わって来る、懐かしい温もり。
あぁ、間違いない。
俺が彼の声を聞き間違えるはずがない。
俺の背後にいるのは…
俺はずっと、彼にもう一度会いたいと思っていた。
でも…その願いは、永遠に叶うことはないと思っていた。
だけど…今俺の後ろに立っているのは…
我慢できなくなって勢いよく振り返る。するとそこには…大きな体躯に白髪を逆立たせた壮年の男性が立っていた。
その姿がすぐに霞む。…いや違う、俺は泣いていたんだ。
瞳から零れ落ちる膨大な量の涙。
慌てて涙に滲む目を擦ると、俺は白髪の男性に向かって声を上げたんだ。
「…ゾルバルッ!!」
すると、白髪の男性…蘇ったゾルバルは、2年前と変わらない優しい笑みを浮かべたまま、俺に向かって小さく頷いたんだ。
《久しぶりだな、アキ。元気そうでなによりだ》




