12.魔族
そして、いよいよスターリィが帰ってしまう予定の前の日。
この日は彼女と二人で狩りに出かけることになっていた。
もちろん、ゾルバルから特別に許可を貰っての狩りだ。
『今夜の送別会用に、豪華な肉を用意しないとな』というのがゾルバルの口にした理由だったが、たぶん…仲良くなった俺たちが、最終日を一緒に過ごせるように気を遣ってくれたのだろう。
とはいえ、危険度が低いと考えられる…限られた範囲で行うものだし、おまけにゾルバルが離れたところで監視することになってたから、安心管理はバッチリだ。
ちなみにフランシーヌはベジタリアンなので、狩りにはまったく興味ないのだそうだ。ベジタリアンのドラゴンってなんだよ…固定概念ブレイクしすぎだろ。
実は狩りを行うのは、今回が初めてではない。何度かゾルバルに連れられてやったことがあった。だから、スターリィを先導するのは俺の仕事になる。
「んーと、あっちのほうにイノシシが五頭ほどいるね。そのうち一匹は…どうやら魔獣化してるみたいだ。魔力線が見えるから間違いないと思う。たぶん、そいつが群れのボスだ」
「…アキ、あなたよくこの距離で見えますわね。あたしには遠くてよく分かりませんわ」
今は、茂みの中に二人で隠れながら、獲物を偵察しているところだ。
偵察には、俺の今の身体が持つ『異様に視力が良い目』が役に立っている。その恩恵で、これだけの距離があってもいろいろ見えていた。
どうでもいいが、獲物の居場所を指し示す俺に、スターリィがピッタリと寄り添っている。
先日の一件から、なんだか妙に距離が近い。今だって吐息が当たる距離だ。おまけに、胸が…腕に当たってるような気もするぞ?
ふぅむ、めっちゃ柔らけぇ…ってか、スターリィ近づき過ぎだろう!こいつ狙ってやってんのか?
…まぁ、んなわけ無いか。いまの俺、女の子だし。
「それにしても、魔獣化したイノシシですか…。さすがはベルトランドの”大魔樹海”と呼ばれる場所ですわね。魔獣がゴロゴロ居るなんて、信じられませんわ。とりあえず…見つかる前に逃げましょうか」
「へ?なんで逃げるの?」
魔獣とはいえ、たかだかイノシシだ。そりゃあ突進されたら痛いだろうけど、避けりゃあ済むわけだし…それを『逃げよう』とは、えらく弱気なことを言うものだ。
「だって…魔獣化した個体が一体いるのでしょう?危険ではなくて?」
…まぁ確かに、魔獣は危険だとゾルバルたちには教わっている。
ただ、大事なのは、何が危険なのかを理解していることだ。
実際、魔獣イコール全てが危険な存在、というわけではない。
魔獣といっても千差万別。フランシーヌみたいな規格外もいれば、野の獣とたいして変わらないレベルのものもいるのだ。
今回のイノシシに関しては、遠目で魔力量を見る限り、明らかに後者だと考えられるら、
そうだなぁ…この程度なら、そんなに大きな出力の【星銃】でなくても十分仕留められるだろう。
「じゃあ…私がやってみるから、スターリィは見ててね?」
「え、ええ…分かりましたわ。でも、無理はしないでくださいね」
俺は片目でウインクすると、右手を銃の形にして構えた。
きゅぃぃぃぃん。
鋭い…空気を裂くような音。全身の魔力が右腕に集中していくのが分かる。すぐに、手首に白い小さな翼が具現化した。
「…えっ?」
スターリィの驚く声が聞こえるけど、集中力が乱れるからスルーする。
続けて…右手の人差し指を、”魔獣化”したイノシシに向けた。その距離…およそ100メートル。
「ターゲット、ロックオン…」
出力は…10%で十分だな。他の…魔力を持たないノーマルなイノシシは、そのあとで仕留められるだろう。
ピクリ。魔獣化したボスイノシシが、俺の魔力を感知したのか首を上げる。
だが…遅い!
シューティングスター:【星銃】
…3.2.1.shot!!
チュイン!
鋭い音を発しながらレーザービームが、俺の指から放たれた。空気を切り裂きながら突き進むと…狙い違わず、魔獣化したイノシシの脳天を貫いた。
うしっ、bingoだ。
「はぁぁ!?」
戸惑うスターリィの声を尻目に、俺は即座に次の行動に移る。
右手に集中していた魔力を、今度は全身の筋肉に広げていった。ザワザワと…筋肉が湧き立つのを感じる。
この技は、ゾルバルの格闘術の基本であり奥義でもある『魔纏演武』だ。
この技を使うと、全身の筋力を一時的に倍近くまで向上させることができる。
極めて汎用性の高い技で、最近になってやっとスムーズに使えるようになってきたものだ。
この『魔纏演武』によって強化された体をバネのように弾ませ、一気にイノシシの群れに突き進む。
…お、ラッキー。幸いにもボスの魔獣化したイノシシを一撃で仕留められたようだ。しかも、他の4匹のイノシシは、驚きのあまり固まってしまっている。これはチャンスだ。
よーし、ここで一気に決めてしまおう。
そう決断すると、勢いよくイノシシたちの正面に飛び出して、驚きのあまり目を丸くしているイノシシたちに、今度は…右手をパーの形にして突き出した。
シューティングスター:【散弾星】
…3.2.1.fire!!
右手の五本の指から飛び出したレーザービームが、残った4匹のイノシシのうち3匹を貫いた。
ちっ。タメの分と慌てて撃った分、狙いが甘かったか。まだまだ実用には課題が多いな。
バタバタと倒れていく仲間たちを見て、残った最後の一匹がようやく慌てて逃げていく。
ちぇっ、一匹逃しちゃったか。まぁでも、これだけ仕留めたら十分かな?
「ちょ、ちょっと待ってください!今の技は一体なんですの!?」
ようやく追いついてきたスターリィが、真っ青な顔をしながらこちらに詰め寄ってきた。
何って…あ、そういえばこの技のこと説明してなかったっけ?
「あー、ごめんごめん。スターリィに教えてなかったよね。これは…【流星】っていう、私の固有能力らしいよ?」
「固有能力って、もしかして…”天使の歌”のことですの?」
「うーん、厳密に言うとちょっと違うらしいんだけど、似てるものらしいね。なぜか天使じゃないのに使えちゃうんだよねぇ」
「…そ、そんな話、聞いたことがありませんわ。第一【天使の器】も見つけてないのに【天使の歌】が使えるなんて…」
「あぁ、それは…私が規格外だからかも?」
そういえばスターリィには詳しい話はしてなかったな。
良い機会だと思ったので、イノシシをバラしながら、自分の身に起こったことについて簡単に説明することにした。
自分が別の世界からきた人間であること。
知らないうちに、『流星』という能力が使えるようになってしまったこと。
行き倒れてたのをゾルバルに助けてもらって、ここで鍛えてもらっていること。
そして…俺が探している友人も、俺と同じく別世界から飛ばされてしまったことを。
ちなみに、元いた世界では”男”だったってことは、やっぱり言えなかった。
だって…裸見たり密着したりしてんのに、言えるわけないだろ?
一通りの説明を聞いたあと、スターリィは大きなため息をついた。
あー、やっぱり信じられないよな、こんな話。
「そうだったんですの…。アキはずいぶん苦労なさったのですね。それでは、さっきの…肉体強化の技は?」
あれ?そんなに驚いてないぞ?
まぁいいや、とりあえず彼女の疑問に答えないとな。
「あぁ、あれは『魔纏演武』っていう、ゾルバルから教わった技だよ。なんでも彼が編み出した格闘術らしいね」
「『魔纏演武』…ゾル様の格闘術の奥義ですわね。たしか相当高度な技術と聞いていますわ。うちの父や兄でも会得できなかったそうですし…」
「そ、そうなの?確かに、最近になってようやく使えるようになったくらいなんだけど…」
確かに難しかったけど、会得できないレベルのものではなかった。
覚えが悪いのは俺がセンスが無いからだと思ってたんだけど、どうやら違うようだ。
”七大守護天使”であるデインさんでさえ覚えられないっていうなら、なにか理由があるのだろう。
「ねぇアキ。さっきの技や技術を…どうしてあたしとの模擬戦闘の時には使わなかったんですの?」
その理由は簡単だ。
だってさ…可愛い女の子をケガさせるわけにはいかないじゃん?
それに、なんとなく『流星』や『魔纏演武』は、インチキのような気がして、ね。
「それにしても…それだけの隠し玉を持ってるなんて…さすがはゾル様のお弟子さんですね」
ふーん、スターリィがそう言うってことは、やっぱりゾルバルも有名な人なのかな?
そう口にすると…スターリィがまたもや驚愕の表情を浮かべた。
「アキ…あなた、本気でそれを言ってますの?」
本気も何も、そもそも俺はゾルバルのことをよく知らないんだけどさ。
知ってるなら教えてくれよ。
スターリィはため息とともに額を抑えた。
そ、そんな態度は取らないでほしいぜ…
俺だって情報は大事だと思ってるさ。だけど、あの人たちは…なんか秘密主義みたいで、あんまり教えてくれないんだよな。
「お分かりになってないのであれば、お教えいたしますわ。…ゾル様は…”七大守護天使”の一人です」
「はい?」
おいおい、なんだって?
”七大守護天使”と言えば、あれだよな?
デインさんやクリスさんと同じ…20年前の”魔戦争”で、『魔王』グイン=バルバトスと7人の魔将軍を打ち破った英雄のことだよな?
あれれ?その中に”ゾルバル”なんて名前のやつは居なかったような…
「はぁ…本当にアキは気づいてなかったのですね。ゾル様は…かつてゾルディアークと名乗っておられました。つまり…”七大守護天使”の一人、『断罪者』ゾルディアークその人です。今はなぜか、名前をゾルバルと変えていらっしゃるみたいですけど…」
「はあぁぁあ!?」
今度は俺が大声を上げて驚く番だった。
ゾルバルが…”七大守護天使”の一人『断罪者』のゾルディアークだって?
もともとかなりの人物だとは思ってたけど、どうやら予想以上の有名人だったようだ。
しかし、ゾルバルって自分のことを”魔族”だって言ってたよな?
”魔族”でも英雄になれるんだなぁ…
驚いている俺を見て、スターリィがふふっと笑った。
「本当に何も知らなかったのですね。でも、さっきの話を聞いて、ようやくアキについての色々な疑問が解けましたわ」
ん?
それはどういう意味なんだ?
彼女の口から発された言葉は…とてつもない衝撃を俺に与えた。
「だってアキは…ゾル様と同じ”魔族”なのですよね?それとも…まだ”魔人”なのかしら?」
…は?
今なんて言った?
俺が…”魔族”だって?
「どうりで天使でもないのに”固有能力”が使えたり、”七大守護天使”のことをちゃんと知らなかったりするのだと思いましたわ。でも、”魔界”から来た”魔族”であれば納得できます」
…意味がわからない。
なんで俺が”魔族”になるんだ?
俺がそんな表情を浮かべているのに気付いてか、あわててスターリィが確認してきた。
「えっ?違いますの?”魔族”は…この世界に出現したときから『固有能力』を使えると聞いてましたから、てっきりそうなのだと…」
「い、いや。わ、私は…『人間』だと、聞いているんだけど…」
なんだなんだ?
どういうことなんだ?
だめだ、混乱しすぎて思考が全く追いつかない。
とりあえず、浮かんだ疑問を口にしてみた。
「そ、そもそもどうしてスターリィは、私のことを”魔族”だと思ったの?」
「えっ?だってアキは、異なる世界から飛ばされて来たんですわよね?私が知る”異世界”とは…”魔界”です。そこから来たのであれば、アキは”魔族”なのではないかと…」
な、なんだって…?
スターリィの説明に、背筋が凍りつくのがわかる。
だとすると…”魔族”は…
”魔族”とは……
「そ、それじゃあ…『魔族』であるゾルバルは、異世界から来た存在だということ?」
「え、ええ…そうですわ」
あぁ、なんということだ…
『異世界転移』、そのヒントはこんなにも近くにあったのか。
「それじゃあ…別の世界、すなわち『魔界』から転移されて来た存在を、この『新世界エクスターニヤ』では『魔族』というの?」
「新世界エクスターニヤ?なんですか、その名前は?そんな国や人の名前、聞いたことありませんけど…」
キョトンとした表情を浮かべたままそう返事するスターリィの言葉。
その意味を理解して…俺は完全に言葉を失ってしまった。
なんなんだ、これは。
意味のわからないことだらけだ。
ゾルバルに、確認しなければ…
どうやら俺は、聞いていないことが多すぎたようだ。
スターリィの説明によると、ゾルバルは俺と同じ『異世界からの転移者』だった。厳密に言うと、異世界じゃなくて魔界だけど…まぁ似たようなものだろう。
しかも、スターリィは『新世界エクスターニヤ』の名前を知らなかった。この世界に、特に特定の名前はついていないらしい。
思い出してみると、確かにゾルバルは「ワシはこの世界のことを…新世界【エクスターニヤ】と呼んでいる」と言っていた。ワシらは、ではなくワシは、と。
このことから推察されることは二つ。
一つは、この世界には『異世界』と認知されている世界…すなわち"魔界"が存在しているということ。
そして、もうひとつは…魔界において、こちらの世界は『新世界エクスターニヤ』という名前で認識されているということだ。
「ほう…イノシシを仕留めたようだな。これで豪勢な送別会ができそうだな」
タイミングがよいことに、ちょうどゾルバルが”白いライオン”姿でこの場に現れた。
おそらく遠くから様子を伺ってくれていたのだろうけど、まったく気配に気づかなかった。
それにしても、ライオンが言葉をしゃべんのって、ちょっとシュールだよな。
だけど、今はそんなことはどうでもいい。確認しなきゃいけないことがある。
イノシシ4匹を咥えて背中に担ぐゾルバルに、俺は詰め寄った。
「なぁゾルバル。ゾルバルは…異世界からの転移者なのか?」
「……ああ、そうだ。ワシは確かに、この”新世界エクスターニヤ”とは異なる世界から来た。その話、してなかったか?」
「してないよっ!!」
くそっ、なんて平然と切り返しやがる。
ライオン姿のせいで顔色もわかんないし。
「そうだったか、それはすまんかったな。それじゃあ戻ってスターリィを見送ったら話そう。それに、早くこいつを冷蔵庫に入れないと、肉の鮮度が落ちるしな」
俺の話は肉の鮮度以下かよっ!
しかも、さらっと謝るだけで、まるで気にしない様子のゾルバルに、ちょっと苛立ちが募る。
「アキ、どうしましたの?なんだか怖い顔をしているんですけど…」
スターリィが気遣って声をかけてくれるが、それどころではない。
俺は帰り道の間、ずっと無言で考え事をしていた。
ゾルバルに、何を聞くのかを。
こうなったら…全部聞いてしまわなければならない。
今までは遠慮してたけど、そうも言ってられなくなってきた。