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103.新約・魔族召喚

 

『いよう、アキラ。ずいぶんと可愛らしい格好になったな。俺に喰われた目と腕もまた生えてやがるし…お前はプラナリアかなんか?ほんっとにしぶといなぁ』


 まるで実体があるかのように振る舞う、幽体のサトシ。俺の真っ白なドレスとは対照的に…真っ黒な衣装ドレスに身を包んだサトシは、再生した俺の右手や右目を眺めながら、ティーナそっくりの容姿で俺にそう語りかけてきた。

 やつのすぐそばには…時が止まった状態で完全に停止したティーナとスターリィの姿がある。二人の姿に、俺の心がチクリと痛んだ。



「…あいにくと俺も簡単に諦めるわけにはいかない立場になったもんでね」

『くくく。難儀なもんだなぁ、お前も』


 そううそぶくと、サトシは窓の外を指差しながら、今度は無邪気な笑顔を浮かべて俺に自慢してきた。


『どうだい?地上634メートルの眺めは…なかなか絶景だろう?

 …もっとも、高さは適当に作ったから合ってるかどうかはわかんねぇんだけどな』


 まるでオモチャを自慢する子供のように無邪気に言い放つサトシに、俺は苛立ちを覚えた。



 今の実体化した状態を見るに、おそらくサトシはスターリィの【時間停止】に何ら影響を受けていないのだろう。それなのにわざわざ1日待ったのは、恐らくは…ただの酔狂。この塔の存在がそのことを証明していた。


 こいつ…遊んでやがる。




「サトシ、このタワーは…」

『あぁ、俺の記憶にあるスカイツリーを真似して作ってみたんだよ。20年以上時間が経っちまったから、記憶はちと曖昧なんだけどな。だいたい合ってるだろう?』


 くくく。

 サトシは声を出して笑った。

 まるで、俺の反応を愉しんでいるかのように。



 本当に…こいつは何を考えてやがるんだ?

 俺を見下して意識していないように振る舞っていながら、その実…あらゆるところで俺を意識した仕掛けを施してきている。この塔や『まんぷく定食』、それにRPGじみたこの世界観もそうだ。


 …だから俺は、改めてサトシに問いかけることにした。




「なぁサトシ。お前はいったい何をしたいんだ?」

『…何がしたいかだって?決まってるだろう、まずはこの世界…エクスターニヤを滅ぼす。次は魔界…ルナティックムーン。そして最後は…俺たちの生まれ育った世界、地球でも崩壊させるかな?』

「…は?」


 俺は真顔でサトシの言葉に切り返してしまった。こいつ、本気なのか?あの言い方…まるっきり冗談を言っているようにしか聞こえなかったのだ。どうにもサトシの本心が見えない。



『まぁそんなことどうでも良いじゃないか。どうせお前はここで死ぬんだ。この世界や元の世界がどうなろうと関係ないだろう?』

「サトシお前…失踪する前に何かあったのか?」


 そう問いただしたのは、ほんの思いつきだった。これまで考えたこともなかったサトシ失踪の理由。どうもそこに…今のサトシの行動の原因がある気がしたんだ。



 俺の唐突な問いかけは、どうやら偶然にもサトシの心に届いたようだった。それまで余裕の笑みを浮かべていたやつの顔から…急に表情が消えた。



『……なぜそう思う?』

「…何年お前の友達やってたと思ってんだ?失踪する前…お前が夢に出てきた“天使“の話をしていた頃から、お前はなんだかおかしかった」

『……』

「なぁサトシ、お前何があったんだ?どうして…こんなことをするんだ?」







『…くくく』


 だが、結局サトシが俺に心を開くことはなかった。忍び笑いを漏らすと、そのまま俺に語りかけてきた。


『…あいかわらずおめでたいやつだな、アキラ。俺はそんなお前のことが大好きで…そして、死ぬほど大っ嫌いだったんだよ』

「なっ!?」

『今回もお前のためにいろいろ仕掛けをしてやったんだぜ?懐かしい風景だったろ?どうだ?前の世界が恋しくなったか?

 …んまぁあれだけ前の世界の風景を見れたら、もう未練はないだろう?大丈夫、お前の友達も一緒に葬ってやるからさ』



 ずずっ…

 サトシの背に、真っ黒な14枚の悪魔の翼が具現化していく。いよいよあいつが戦闘モードに入ろうとしていた。



『…なぁアキラ、お前はずいぶん大きな力を手に入れてきたみたいだな。俺にはわかる、さすがアキラだ。いつも俺の期待に応えてくれる。いや、期待以上かな?

 でもな…俺の方が一枚上だ』


 おもむろに右手を突き出すサトシ。

 ビキビキッ。鈍い音を立てながら、強大な魔力が手元に集中されていくのがわかる。

 やつの右手にある力は…おそらくこの一帯を簡単に焦土と化すほどの威力を秘めているだろう。



『…分かるか?俺の力が。

 昨日お前に教えてやった通り、今の俺は強大な七つの魂を手に入れている。ほーら、復習がてらもう一度見せてやるよ』


 サトシの言葉通り、ふいに俺の脳裏にサトシの喰った魂の情報が流れ込んできた。



 ---


 《頭》…【魔脳アークブレイン】グイン=バルバトス

 《目》…【魔眼マジカルアイ】スカニヤー

 《右腕》…【星腕スターハンド】シャリアール

 《左腕》…【王腕キングハンド】ゾルディアーク


 《心臓》…【夢幻の心臓ファントムハート】ティアマンティーナ

 《右足》…【扉足サモン・レッグ】アンクロフィクサ。

 《左足》…【茨足ブランブル・レッグ】ミクローシア。



 ---




『ほーら、分かるだろう?俺の持つ能力の凄さが。いくらアキラが凄い力を手に入れたところで、この魂たちが持つ能力にお前は勝てるのか?』



 サトシの言う通り、確かに全員が…凄い力を持った人たちだ。


 …だけど、あいつは何にもわかっちゃいない。



「なぁサトシ。お前が持っている能力は確かに凄い」

『ふふふ、分かるか?』

「あぁ、分かるよ。俺はお前が喰った魂の持ち主たちと、色々な形で交流があったからな」


 直接間接の違いはあれ、俺はサトシの中に取り込まれた人たちのことを知っていた。その生き様を、そして本当の意味での彼らの魂の在り方を。



「でもな、サトシ。俺は…今のお前は何にも怖くないんだ」

『…なんだと?』


 俺の言葉に、サトシの額にピクッと力がこもった。



「なぜなら…お前の力には、心が無い・・・・からだよ。かつて彼らが生きていた時には、良い悪いの差はあれ…強い意志があった」



 サトシに最後まで抵抗して、散っていったグィネヴィア。

 間違っていたかもしれないが、力を追い求めたシャリアール。

 そんな父親を…命をかけて止めようとしたスカニヤー。

 ただ愛する人を蘇らせるために人生のすべてを捧げたミクローシア。

 一度は悪に心を染めながらも、改心して…死してなおミクローシアを案じていたアンクロフィクサ。

 誰よりも友達思いで、優しい心の持ち主だったティーナ。

 そして…誇り高く偉大なる戦士だったゾルバル。



「サトシ、お前は大きな勘違いをしている。

 彼らが強かったのはな、その能力ゆえじゃない。彼らの意志が…強かったからだ!

 だけどお前は、そんなことにも気付かずに…ただの能力とてしか見ていなかった。お前は、力の本質を見間違えてたんだ!

 そんなお前になんてなぁ…俺はなんの強さも恐怖も感じねぇんだよ!!」



 誇り高い人達の魂を…バカにするんじゃねえよ!!


 気づいたら俺は、最後の方は完全に叫んでいた。

 心の底から出た、心の底からの想い。





 痛烈な言葉を真正面から叩きつけられたサトシは、無言のまま黙り込んでしまった。


 …俺の言葉が効いている?

 そんな訳はない、やつは…笑っていやがった。



『ふふ…ふふふ。アキラ、言いたいことはそれだけか?それで満足か?

 お前がなんてほざこうが、力は力だ。今の俺の七つの能力の前に…お前は無力だ』

「…それはどうかな?」

『まだ減らず口を叩くか。

 では、改めて俺と…最終決戦といこうじゃないか?

 アキラ、死ね。

 それか…俺を…殺してくれ』



 不意に、サトシの口から漏れた言葉。

 あまりにも唐突に、自然と吐き出された言葉に俺はハッとしてやつの顔を見返した。



 サトシの顔に浮かんでいたのは、これまでと変わらない張り付いた笑み。

 だがそこに…僅かながら感情が見えたような気がした。



 この世界に来て初めて聞いた気がする…本当のサトシの声。


 やはりそうか…サトシは、完全には狂っていなかったのだ!僅かにだが、あいつの中に元のサトシの感情が残っている。



 だとすると、あのときサトシが俺に『逃げろ』と言った意味も分かる。サトシもまた、あの異空間で狂わされていたのだ。






 それであれば、もう俺の打てる手は一つしかない。

 予定通り、アレをやるだけだ。



「…サトシ、分かったよ。一緒に…征こう」

『…あぁん?何処へだ?』

「…禁呪【次元口プリッキーヌ】」


 俺は静かに禁呪を発動させる。すると、俺の手元に大きな口が現れた。空間にぽっかりと浮かぶ、赤い大きな唇。



『…なんだその禁呪は?』

「ああ、単なる“倉庫“だよ。気にしないでくれ」


 俺の合図に合わせて艶かしい唇がパカッと開くと、そこから紫色の舌がにゅっと突き出される。

 その舌の上に乗っていたのは…1冊の赤い本。赤い皮表紙に黒い文字で何かが刻まれたその本を、俺はゆっくりと手に取った。


「…サトシ、これが何か分かるか?」

『…【新約レーヴ魔族召喚アポカリプス】だな。それがどうした?お前はまさかこの土壇場で魔族でも召喚しようというのか?』



 俺は手に取った本をパラパラとめくりながら、サトシの言葉に首を横に振った。



「いいや、そんなことはしないよ。サトシ、お前はこの本が何の目的でアンクロフィクサによって造られたと思う?」

『ん?そりゃ魔族を呼び出すためだろう?なにを…』

「…普通の青い【魔族召喚アポカリプス】はそうだな。だけど…こいつは違う」



 そう、アンゴルモアによって覚醒した俺は、様々な事実を知ることが出来た。その中の一つが…この【新約レーヴ魔族召喚アポカリプス】に隠された真の秘密。


 何故これだけが赤い色なのか。他の【魔族召喚アポカリプス】と何が違うのか。



 それは…この【新約レーヴ魔族召喚アポカリプス】が、他のものとは異なる目的・・・・・を持って生み出されたものだったからだ。



「サトシ、【新約レーヴ魔族召喚アポカリプス】にはな、もう一つの・・・・・機能・・が備わってるんだ」

『もう一つの…機能?』

「ああ、そうだ」


 俺はサトシの方にゆっくりと近寄りながら、【新約レーヴ魔族召喚アポカリプス】へと魔力を注いでいった。赤い魔本が徐々に赤い光を放ってゆく。


「この【新約レーヴ魔族召喚アポカリプス】はな、唯一アンクロフィクサが正気だった・・・・・ときに創られたものなんだ。

 だから、これには他の【魔族召喚アポカリプス】には無い機能が備わっている。むしろ他のものは“機能限定版の劣化コピー“といっても差し支えは無い。

 …アンクロフィクサがある事態を想定して備えていた機能。それは…たとえば、お前みたいなやつを呼び出してしまったときのために使う予定だった機能」



 俺はチラリとスターリィとティーナの方に視線を向ける。

 軽くウインクして、時限式の魔法を二人にかけた。たぶん…すぐにスターリィの【時間停止】の魔法が解けるだろう。

 …そのときには、俺たちは・・・・もうこの世にいないだろうが。


 ティーナ。

 優しい少女。

 エリスたちと平凡で平和な日々を過ごすんだぞ。


 スターリィ。

 ずっと…俺のそばにいてくれてありがとう。

 きっと俺のことを怒るだろうな。だけど…俺は何にも置いて君を守りたかったんだ。


 最後にもう一度、きみに触れたかった。

 だけどそれはもう叶わない願い。



 ごめんよスターリィ。

 俺は…サトシと消えるよ。





「サトシ、お前は俺の親友だ。だから…一緒に征こう。俺たちは…この世界にいるべきじゃなかったんだ」

『おいアキラ、お前なにを…』

異質イレギュラーな存在は消えるべきだ。そこにお前と俺の違いはない。さぁ征こう…あの場所へ!」



 俺は声高らかに宣言すると、残りの魔力を一気に【新約レーヴ魔族召喚アポカリプス】に叩き込んだ。



「発動せよ!!『魔族帰還ラグナロック』!!」




 次の瞬間、俺とサトシの身体が…突如出現した黒い渦に飲み込まれていった。



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