102.ディアス=バルバトスの魔塔
俺は今、『明日への道程』一行…レイダー、ガウェイン、ウェーバー、ベルベット、パシュミナの五人を引き連れて空を飛んでいた。
6人が並んで…白い膜に包まれて虹を放ちながら空を飛ぶ姿は、地上から見上げて確認した時にはなかなかシュールな眺めだと思う。
「うひょー!メチャクチャ速ぇな!雲を置いていってるぜ!」
「…まさか龍であるこの私が、人の手で空を飛ぶことになるなんて夢にも思いませんでしたが…これはこれでなかなか快適ですね」
「すごーい!まるで自分で飛んでるみたい!ステキ!」
ガウェインさんとウェーバーさんとベルベットさんが、なんだか楽しそうに無邪気な会話をしている。いやいや、これピクニックじゃないんだからね!
彼らの様子を苦笑して眺めながら、パシュミナさんが俺に話しかけてきた。
「それにしても…まさかアキが魔神になるとは思ってもみませんでした」
いや、俺もそんなつもりはなかったんだけどね。結果的に魔神クラスの力を手に入れちゃっただけというか、アンゴルモアが力を貸してくれただけというか、なんというか…
感慨深げにそう語るパシュミナさんに、なんだか申し訳ない気分になったんだ。
「なぁアキ。なにか俺たちに隠してたりしないか?」
「えっ!?」
今度はパシュミナさんの反対側を飛んでいたレイダーさんが、核心をつくような問いを投げかけてきたんだ。俺はついどもってしまう。
「べ、別になにも隠してないよ?」
「…そうか?なら良いんだが…なんとなく似てる気がするんだよ」
「ん?何に?」
「妹が…スターリィが大事なことを隠しているときにな」
スターリィの名を出されて、俺は思わずハッとしてしまった。
…もしかしたら俺は、知らないうちにスターリィからたくさんの影響を受けていたのかもしれない。そんなことに、改めて気付かされたからだ。
「…大丈夫だよ、レイダーさん。私は…必ずスターリィを助けるから」
俺は前だけを見つめながらそう口にした。
決意が揺るがないように。
ただ…大切な存在を取り戻すために。
恐らくはウェーバーさんが飛行した時間の半分以下くらいの時間で、俺たちはグイン=バルバトスの魔迷宮があったはずの場所の付近に再び飛来して戻ってきた。
山並みを抜けて視界が開けた瞬間、目の前に飛び込んできた光景を目の当たりにして…俺たちは絶句してしまった。
「あ、あれは…」
なんと、グイン=バルバトスの魔迷宮があったはずの場所には、“巨大な塔“が出現していた。
その高さは、おそらく数百メートルはあるだろうか…てっぺんの部分は雲を突き抜けていて、はっきりと最上部の様子が見えない。
「…なんて高くて禍々しい塔なの…」
パシュミナさんが思わず口から漏らしてしまうほど、目の前に出現した黒光りする塔は不吉な雰囲気を醸し出していた。
見た目は…まるでかつて地球にいたときに見た、都心に新設された高層タワーによく似ていた。恐らくあれは作ったのは…サトシだろう。でなければあのデザインはありえない。
あいつ、こんなところにまで拘るなんて…本当におかしくなっちまったんだな。
俺たちはタワー周りを一周すると、旋回して入り口と思しき付近にゆっくりと着地した。
入り口は透明なガラスで出来た自動ドアのようになっており、その手前には掌を形どった妙な石柱が存在していた。
透明な自動ドアの上に目を向けると、そこには…この悪趣味なタワーの名前が刻まれていた。
『ディアス=バルバトスの魔塔』
…あのやろう、最後の最後までふざけやがって。
俺は湧き上がる怒りの感情を必死に堪えながら、石柱にある掌を形どった部分に自分の右の掌を当てた。
ヴィィィンという懐かしい機械音とともに、透明な自動ドアがゆっくりと開いていく。
「…さぁ、いこうか」
俺はサトシの悪趣味な演出に舌打ちしながら、レイダーさんたちを促してタワーの中へと進入していったんだ。
スカイツリーなどとふざけた名前が付けられた塔の内部構造は、予想とは違って『迷宮』の体裁を保っていた。複雑に入り組んだ通路が、俺たちの行く先を阻んでいる。
…もっとも、所々に閉店したように見せかけたお土産屋や飲食店のようなものが展示されている点を除いて、だが。懐かしい日本語で書かれた看板が目に止まる。
「…なにこれ?なんだか食べ物屋さんみたいに見えるんだけど?」
早速ベルベットさんが飲食店に食いついていた。どうやらこの世界の人間は日本語は読めないみたいだ。
「あぁ、そうだね。そこは食べ物屋だよ」
「へー、アキはこの文字が読めるの?なんて書いてあるの?」
「うん、読めるよ。なにせこの文字は日本語…私とサトシが以前いた世界の文字だからね。ちなみにその看板には『まんぷく定食』って書いてある」
「…そいつはどういう意味なんだ?」
「文字通りの意味だよ、レイダーさん」
ちなみにこの『まんぷく定食』という名の定食屋は…俺たちが生まれ育った町にあったお店だ。高校時代によくサトシと通っていた記憶がある、安くてボリューム満点の店だ。
よもや『まんぷく定食』の名前をこの世界で見ることになるとはな。
ここまでくると、俺はやつの悪趣味な行為に悪意すら感じるようになった。悪意の矛先は…もちろんこの俺だ。
しばらく進むと、少し開けた広場のような場所にたどり着いた。いかにも大規模な戦闘を行うに相応しい広場の向こう側には、この先に進む通路へと続く扉が見える。
「みんな、気をつけて。たぶんここには…敵がいる」
確信を込めた俺の言葉に、レイダーさんたちに緊張が走った。
この位置にこんな場所。恣意的に配置された構成は…恐らくは『中ボス戦』のためだろうな。
サトシのことだ、きっと面白がってここに何者かを配置してるんだろう。目的は…もちろん『中ボス戦』をさせるためだ。
問題は、サトシが『中ボス』としてどんなやつを配置したかだ。正直俺にはボスの見当がつかないんだが…
ずずっ。
ずずずっ。
そのとき、広場の中央に黒い霞のようなものが出現した。そこから滲み出るように…何かが姿を現し始めた。徐々に形取られていくその姿は…おそらくは、一人の女性?
最終的に出現したのは、これまで見たことない…だけど既視感を感じさせる面影を持った女性だった。黒髪に黒い瞳、不健康なまでに青白い肌をしたこの女性は、俺たちに視線を向けると…おもむろに口を開いた。
『…よく来たな、お前たち。
この先には【邪神】ディアス=バルバトス様の控える“神の玉座“へと続く天空道がある。
だが…そう簡単にお前らを、ディアス=バルバトス様の元へ行かせやしない』
「…お前、何者だ?」
レイダーさんの問いかけに、整った顔立ちをした女性はニヤリと笑った。
『我の名は【全てを喰らうもの】。
【邪神】ディアス=バルバトス様により、あらゆる魂を喰らう存在として産み出された我は、今回かつての【魔王】グイン=バルバトスだったものの容姿と能力を【邪神】さまに与えられて、“神獣“となった。
我こそは…【魔王】を引き継ぎし存在、【神獣ザンジヴァル】なり』
「…なんだって?」
こいつの言動、それに名前。恐らくこいつは…これまで魂を喰らう能力でしかなかった【全てを喰らうもの】が実体化した存在なのだろう。
それだけじゃない。こいつは…ゾルバルの娘であるグィネヴィアの姿形を乗っ取って姿を現しやがった。どうりで容姿に既視感があるわけだ。言われてみると確かに…かつてゾルバルに見せてもらった写真に映っていた少女の面影を残していた。
しかも…グィネヴィアの容姿だけじゃなく、かつて【魔王】と呼ばれたグイン=バルバトスの能力まで引き継いでいるという。事実であれば、かなりの強敵のはずだ。
それにしても、あまりに悪趣味で酷い演出だった。こんな不条理な存在、絶対に許容することなんてできない。
俺は【神獣ザンジヴァル】を名乗る全身を睨みつけながら、怒りで全身を震わせていた。
そんな俺の肩が、ふいにポンと叩かれた。
ハッとして振り向くと、俺の肩に手を置いていたのは…レイダーさんだった。
「レイダーさん?」
「アキ、ここは俺たちに任せて先に行け」
力強く頷きながら、堂々とそう宣言するレイダーさんに、俺は戸惑いを浮かべた。
「えっ?でも相手は…かつての【魔王】グイン=バルバトスと同等の力を持った存在だよ?しかもあいつは…“魂“を喰らう」
そう、ザンジヴァルは魂を喰らう攻撃を仕掛けてくるのだ。防御は不能、それは…レイダーさんの【絶対物理防御】ですら例外ではなかった。
だけどレイダーさんは、心配して確認した俺に最高にイカした笑みを向けてきたんだ。
「おいおいアキ、俺たちを誰だと思ってる?世界最強の冒険者チーム『明日への道程』だぞ?」
レイダーさんの言葉に同意を示す、他の四人のメンバー。
歯をむき出しにして笑うガウェインさん。
サラサラの青い髪をかきあげるウェーバーさん。
ウインクを飛ばして微笑むベルベットさん。
ニッコリと優しい笑みを浮かべるパシュミナさん。
「それに…俺にはこの剣もある。もう、誰にも負けやしないさ」
レイダーさんはそう言うと、腰に差した剣を引き抜いた。【退魔剣ゾルディアーク】と銘打たれた魔剣を手にした彼に、そこまで言われては仕方ない。俺は彼らに託して先に進むことにしたんだ。
「分かったよ。私が…サトシとの決着をつけてくる。だから、絶対に勝って!!」
「あぁ、任せとけ!」
俺はレイダーさんたちに最後のお別れをすると、後ろ髪を引かれる想いを抱きながら…その場を一気に駆け抜けていったんだ。
******
魔神と化したアキが駆け抜けていく様子を、レイダーたち『明日への道程』のメンバーたちはずっと眺めていた。
白い霊気を放ちながら宙を舞うように去っていく彼女の姿は、レイダーたちの目に本当の女神のように美しく輝いて見えた。
彼女なら、きっとあの【邪神】を滅ぼしてくれる。心の底からそう信じれる存在だった。
意外にも【神獣ザンジヴァル】を名乗る…女性の姿を保った存在も、あえてアキを追おうとはしなかった。
「…待たせたな、ザンジヴァルとやら。こっちはいつでも準備出来てるぞ」
『ほう…7人分の魔族の力を持つ我を恐れぬのか?』
「…いつまで格好付けてるんだ?下衆野郎。そろそろ本性を出せよ」
レイダーの言葉に、【神獣ザンジヴァル】は悲しげな表情を浮かべた。
でもそれはほんの僅かだけのこと。すぐに…ニヤァと表情を崩した。
『…言うねぇ、【英雄】レイダー。なぜそう思ったんだ?』
「なぜって、お前は最初から俺たちを足止めするためだけにこの場に存在しているだろう?」
レイダーの問いかけに、ザンジヴァルは最高に楽しそうに微笑んだ。
『…ぐふふ。そのとおり、我はお主らを足止めするよう【邪神】ディアス=バルバトス様から命ぜられてここにおるのさ。それにしても、なぜ分かったんだ?』
「理由は簡単だ。お前からは…腐肉の臭いしかしないからな」
『っ!?』
レイダーから発された屈辱的な言葉に、ザンジヴァルは怒りに顔を歪める。
『レイダー、貴様はなにも分かってないみたいだな。実力は…我の方が上なのだぞ?しかも我は【邪神】ディアス=バルバトス様からは、お主らを魂を好きにして良いとの許可も取ってある。
…ぐふふ、楽しみだなぁ!素晴らしい力を持つ貴様ら全員の魂を、我が喰らってやる瞬間がなぁ!そして貴様らの能力を手に入れたあかつきには、我はより完全なる【神獣】へと昇華してゆくのだ!』
ビキッビキッ!
何かが割れる音とともに、ザンジヴァルの女の身体が縦に割れた。中からは、黒い体毛を持った存在が…ゆっくりと外に這い出してくる。
「…ふん、所詮“屍肉喰らい“の畜生だな」
その姿を見て、ガウェインが吐き捨てるようにそう呟いた。
彼に同意して頷きながら、レイダーは全員の顔を見回す。そこにあるのは、これまで苦楽を共にしてきた信頼できる仲間たちの顔。
「すまないな、みんな。最後まで巻き込んでしまって。だが俺は…あいつの存在を許すわけにはいかないんだ」
「気にすんなよレイダー!あのいけすかねぇ畜生をぶん殴ってやろうぜ!」
ガウェインが野獣のような笑みを浮かべながら両手を打ち付けた。
「美しくないものは滅びるべきですね。美しきものが勝つ、それこそが…この世で唯一の真理です」
ウェーバーが青い髪をかきあげながらそう宣言する。
「あいつに勝てれば、あたしたちが最強だよね!まぁ…アキは除いてだけど」
ベルベットが勝気な瞳にやる気の炎を灯した。
「魔族の誇りを蹂躙するような存在を、許すわけにはいきません!」
いつもは穏やかなパシュミナが、鋭い視線を飛ばす。
そんな仲間たちの顔を満足げに見やると、改めてザンジヴァルに向き合って…レイダーが声高らかに戦線布告した。
「…お前のような、この世の理に反する存在を、俺たちは認めるわけにはいかないんだ!いくぞ、みんな!」
「「「「おうっ!!」」」」
レイダーたちは一斉に声を上げると、真の姿を現し始めた【神獣ザンジヴァル】へと襲いかかっていったのだった。
******
広間の先は迷路のような入り組んだ通路になっていた。遠くの方からは爆発音が聞こえてくる。おそらくはレイダーさんたちの戦闘が始まったんだろう。
…きっと彼らなら大丈夫。なぜなら彼らは世界最高の冒険者チーム『明日への道程』なのだから。
俺は後ろ髪を引かれる思いを振り切ると、サトシの気配を感じながら、半ば中に浮くように迷宮の中をつき進んでいった。
しばらく進むと、行く先にぼんやりと光るものが見えた。
あれは…人か?この場に不釣り合いな存在の出現に、俺は警戒心を強めた。
近づくいていくと、そいつは…透けた体を持った一人の男だった。しかもこの男の姿は…見間違いようがない、以前の俺じゃないか!
俺は怒りを噛み殺しながら、俺の姿をした存在に語りかけた。
「…誰だお前は?なぜ俺の姿をしている?」
「…待ってたよ、アキ。私の名前は…『我儘な美食家』。あなたが生み出した存在だよ」
…なんだって?
確かに俺はカノープスとの戦闘時に『我儘な美食家』を生み出した。だけど、よもやこのような姿で俺の前に現れるとは思ってもみなかった。
「…まぁザンジヴァルが出現したんだからパーシヴァルが出てきてもおかしくはないよな。それで…お前も俺の邪魔をするために出て来たのか?」
俺の問いかけに、俺の姿をした存在は首を横に振った。ん?どういうことだ?邪魔をしにきたったわけじゃないのか?
「違うよ。私は…創造主たるあなたを導きに来たんだ」
俺を導きに?
鸚鵡返しする俺に頷き返すと、『我儘な美食家』はそのまま俺を誘導するように、迷路となった複雑に入り組んだ通路を飛んで行った。しばらく進むと、おいでおいでと手招きして俺を誘っている。
あれは…俺を惑わせようとしているのか?
だけど俺は不思議と『我儘な美食家』から悪意を感じることはできなかった。
…ここはとりあえず従ってみるか。
俺は意を決すると、『我儘な美食家』の後をついて飛んで行くことにした。
「お前は…ザンジヴァルみたいにサトシに生み出されたのか?」
俺の問いに、パーシヴァルは首を傾げながらこう答えた。
『うーん。そうとも言えるしそうとも言えないかな?私は…私の意思で姿を現してるよ』
それは、どういう意味なんだろうか?
結局パーシヴァルはそれ以上俺の問いに答えてはくれなかった。
ある程度入り組んだ通路を通り抜けていくと、やがて…俺たちは塔の中心部分あたりに到着した。
目の前には両開きの鉄の扉。
…間違いない、こいつはエレベーターだ。どうやら『我儘な美食家』は本当に俺をサトシの元へと導いてくれたみたいだ。
「…ありがとう、『我儘な美食家』。おかげで最短時間でゴールに着くことができた」
「どういたしまして、創造主」
俺の顔をした『我儘な美食家』は、ニッコリと微笑むとゆっくりとその姿を薄めていった。
消え去る直前に、彼は俺の顔をしたまま最後にこう言い残した。
「アキ…サトシを、彼を止めれるのはあなただけだ。だから…お願いしま…す…」
完全に『我儘な美食家』が消え去ったあと、俺は大きく息を吐いてエレベーターの横にあるボタンを押した。うぃぃんという機械音と共に、扉がゆっくりと開く。
透明なエレベーターの室内に乗り込んで「2」のボタンを押したあと「閉」のボタンを押すと、目の前の扉がゆっくりと閉じて、上昇していく懐かしい感覚が俺の全身を包み込んだ。
外を見ると、迷路のようになったフロアを横目にエレベーターがどんどん上昇していくのが分かった。
エレベーターで上へと運ばれながら、俺は先ほどの『我儘な美食家』の言葉を思い出していた。
実は俺は、今のサトシの存在自体に…一種の違和感を感じていた。なんというか…色々とちぐはぐなのだ。
俺のこと眼中にないようなそぶりをしながらも、実際にはこの塔の中を見てもわかる通り強く俺のことを意識した作りになっている。
…まるで俺を挑発するかのように。
そういう意味では不可思議な事ばかりだ。
昨日対峙したときも、あいつはずっと俺の中に居たと言いながらも、スターリィに対して知らないふりをしていた。
俺の中にいたなら、絶対にスターリィのことを知っているはずなのに。
おかしいことはまだある。いつだか忘れたけど、俺はサトシの声を聞いたような気がするんだ。
あれは確か…最初に【龍魔眼】を発動したときだったかな?そのときサトシは俺に「逃げろ」と言っていたような気がする。今のサトシの口から出たとは到底思えない発言だ。
逃げろとは、いったい何からだろうか。
サトシ自身から?
だとしたら…今のサトシはいったい何なんだ?そして、俺に逃げろと言ったのは何者なんだ?
答えは出ないまま、エレベーターは上へと昇っていった。
ゔぅぅん、という音とともに、気がつくとエレベーターは停止していた。どうやら目的地に到着したようだ。
俺はいったん考察を停止させると、開いた扉からゆっくりと外へと出た。
エレベーターがたどり着いたのは、展望台のようなだだっ広いスペースだった。障害物のなにもない…見渡せるような広さの向こうにはガラス張りの窓があり、窓の向こう側には超高層からの風景が映し出されていた。
遮るもののなにも無い、だだっ広い空間。そのなかにただ一つ…黒いシミのようなモヤモヤした一帯が存在してした。
目を凝らして観察してみると、黒いシミのような一帯には…時間が停止したままのスターリィとティーナの姿があった。
どうやってグイン=バルバトスの魔迷宮の最深部からここまで運び出したんだ?そんな疑問が浮かぶものの、この塔が一日足らずで建立されてる時点でそんなことは考えるだけ無駄だろう。
『…なーんだ、結局ここに来たのはアキ一人だったんだ』
だだっ広い空間に、突如聞こえてきた…聞き間違いようのない男の声。
「…ああ、来たぜサトシ。お前との…決着を付けるためにな!」
『くくく…そいつは最高に面白い冗談だな、アキ』
笑い声と共に、時が停止したままのスターリィたちの周りを漂っていた黒いモヤが、徐々に形を取り始める。やがてそれは…ティーナの姿形と良く似た存在へと変貌を遂げていった。
「サトシ…」
『ようこそ我が神座へ。アキ…招かれざる我が親友よ』
やがてはっきりと人間の形になったサトシが、以前と変わらぬ口調でそう俺に語りかけてきたんだ。




