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98.己の征くべき道

ここからが最終章となります。




 目を覚ましたとき、俺は空を飛ぶ龍の背で寝かされていた。 


 最初に視界に映ったのは、薄水色のタイルのようなものと、物凄い勢いで雲間を突き抜けていく風景。だがよく見ると、床と思っていたものは…巨大な龍の鱗だった。


 大きな薄水色の鱗は、風龍であるフランシーヌのものとよく似た形をしていたものの、色はまったく異なっていた。フランシーヌの金色の鱗とは違う、薄水色の鱗…


 あぁ、そっか。ウェーバーさんは水龍だから鱗はこんな色なんだな。ってことは、今俺が居るのは水龍であるウェーバーさんの背中ってことになるな。



 半ば朦朧とする意識の中でそう思ったとき、俺は不意に覚醒した。



 なぜ…俺はウェーバーさんの背にいる?



 ズクン…

 疼くような鈍い痛みが右目と右腕に走る。痛みは…気を失う前の思い出したくない記憶を瞬時に呼び覚ました。




 解放者エクソダスミクローシアとの激闘の末の勝利。あの世から呼び出されたアンクロフィクサがミクローシアをあの世へ連れて行こうとした、そのとき…突然のサトシの出現。

 ミクローシアとアンクロフィクサは魂ごとサトシに喰われ、ティーナの体は乗っ取られたうえ、俺はほぼすべての能力を失った。

 挙げ句の果てに右腕と右目を奪われ、スターリィの命がけの魔法によって命からがらサトシの前から逃亡してきた…そんな一連の出来事を。




 あぁ、そういえば…この腕と目はサトシに喰われたんだったな。苦い記憶が、俺の痛覚を過敏に刺激する。


 サトシと対峙していたときに感じていた耐えがたい激痛に比べれば随分と和らいではいたものの、それでも傷は相当な疼きを伴っていた。失われたはずの右腕そのものが痛む幻肢痛さえ感じて、俺は思わずうっと声を漏らしてしまう。





「…アキ、目を覚ました?」


 俺の呻き声を聞いて心配そうに声をかけてきたのは、すぐ横に控えていたカノープスだった。

 彼もさっきまでは一人で歩けないほどの深いダメージを負っていたはずなのに、今はすでにある程度回復しているみたいだった。…相変わらず全身穴だらけの服を着ていたけど。



「あぁ、カノープス。目を覚ましたよ。あのあと…どうしたんだ?」

「うん、全員でウェーバーの背中に乗って、あの邪神が天井に空けた穴から退却したんだ。今は…ユニヴァース魔法学園に向かってる」


 カノープスの話を聞いて改めて俺は思い知らされた。

 あぁ、俺たちは…負けたんだな、と。


 負けただけならまだ良い。俺は…ほぼ全ての能力をサトシに奪われてしまっていた。

 もっとも、奪われたという表現自体おかしいのかもしれない。なにせもともとあの能力は、実際はサトシからの”借り物”だったんだから。



「そうか…くそっ、全部夢だったら良かったのにな。ところでいまはどの辺を飛んでるんだ?」

「そうだね、いまはちょうど中間地点くらいかな?一度魔法学園に撤退したあと、レイダーたちは再突入の準備を整えるみたいだよ」



 レイダーさんたちは、サトシにあれだけの強さを見せつけられたのに、まだ心は折れていないみたいだった。さすがは『英雄レジェンド』とまで呼ばれる存在だ。心の芯に強さを持っている人たちだと思う。


 一方、俺はどうなんだろうか。

 もちろん魔迷宮の最下層に取り残されたままのスターリィを救いに行くのは当然だ。たとえ命に代えても助けに行く気持ちはある。

 だけど…今の俺にサトシに勝つ術はあるのか?右腕や右目と同じように、無残に食われるだけなんじゃないか?そんな絶望感に近い苦しい思いが心の中を占めていく。



 続けて浮かんできたのは、己自身への疑問だった。

 そもそも俺は、なんでサトシが自分の中にいることに気付かなかったんだ?よくよく考えてみると、あの能力に関しては最初からおかしなことばかりだった。

 知らないうちに手に入れていた能力。正体の分からない頭の部分の魂の存在。使用者にも制御ができない状況。勝手に話しかけてくる。などなど…


 くそっ、俺はバカだ。もっと早くに自分の能力のおかしさに気付いていればよかったんだ。その兆候はいくつもあったはず。

 なのに俺は異常から目を逸らして、結果…取り返しの付かない事態を招いたんだ。


 心の中に込み上げてくるのは、猛烈な後悔。だけどどれだけ悔やんでも、もはや過ぎ去った過去を取り戻すことはできない。




 俺は後悔や怒り、絶望感などたくさんの感情に打ちひしがれながら、それでも…何か答えを求めるかのように歯を食いしばって起き上がろうとした。

 でも片腕と片目が無いが故に…バランスを崩して倒れそうになってしまう。


 そんな俺の身体をそっと支える手があった。黒髪に忍者装束の少女…プリムラだった。



「…大丈夫ですか?アキ様。姉の治癒術で出血は止まりましたけど、残念ながら失われた四肢や機能は回復しないそうです。ですから、無理はなさらないで…」


 失くなった右腕あたりをカバーする位置に座っていたプリムラが、無念そうな表情を浮かべて俺にそう語りかけてくる。


 良かった。肩口から血が滲み出ているものの、プリムラも無事だったみたいだ。あれ以上被害が出ていたら、もしかしたら俺は…本当に正気を失っていたかもしれない。



 冷静さを取り戻したところで、俺は一息付くと周りの様子を確認することにした。そこで改めて…事態の深刻さを理解することができた。




 俺のすぐ横には、意識を失ったままのエリスが寝かされていた。そんな彼女を介護する…肩口まで髪の毛を切って男らしくなったカレンは、目の下にくっきりと隈が現れていた。


 ウェーバーさんの首の付け根あたりでは、レイダーさんが胸を押さえたまま仁王立ちし、はるか前方を厳しい表情で眺めていた。その横に寄り添うのは、頭に包帯を巻いたベルベットさん。


 羽ばたく翼の根元付近では、悔しそうに酒を煽りながら…折れた左腕をパシュミナさんに治癒してもらっているガウェインさん。

 …さらによく見ると、いま俺たちが乗っているウェーバーさんの身体からも、滲み出る緑色の血が…雫となって空へとばら撒かれていた。



「参ったわね。とりあえず戻って…ロジスティコスのジジイと相談しないとね」


 ミアに支えられるようにして俺の近くに寄ってきたヴァーミリアン公妃が、風に靡く髪を手で押さえながら一人でそう呟いた。公妃の横には…いつの間にか回収したのか、幼児ゲミンガを抱えた青白い顔のフランシーヌの姿も見える。



 …全員が、ボロボロの状態だった。

 一人として元気なものが居ない状況。それは…世界最強の冒険者チームと呼ばれる『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーですら例外は無かった。



 ミアとカレンも一見無事のように見えるけど、内情はたぶん立っているのでやっとといった感じだろう。聞いた話だと、《超越者イクシード》に覚醒した人物はその反動で数日くらい動けなくなるらしい。

 複数覚醒したうえにサトシに殴り飛ばされたエリスなんて、事態はより深刻だと言えた。気絶というより昏睡に近い状態で、目を覚ます気配すらない。ただ…親友ティーナの身体がサトシに乗っ取られた姿を見なくて済んだのは幸いだったかもしれないと思う。





「…すまない、ありがとう」


 支えてくれたプリムラに礼を言って、俺はゆっくりと立ち上がった。すかさずプリムラが俺に上着を羽織らせてくれて、喪われた右腕を隠してくれる。そのときになってようやく…失われた右目の部分にも眼帯みたいなものが付けられていることに気付いた。



 …自分自身のことにも気付かないなんて、俺はどんだけテンパッてんだ?こんなときだからこそ、俺自身が冷静にならないといけないのに。


 くそっ、しっかりしろアキラ!


 俺は久しぶりに自分の本当の名を呼んで己に喝を入れると、気持ちを落ち付けようとひとつ深呼吸をして眼下の景色に目を向けた。



 物凄いスピードで空を飛ぶ龍化したウェーバーさんだったけど、なぜか風や揺れの影響を受けることなく立つことが出来た。

 あっという間に通り過ぎていく眼下の景色を、片方欠けてしまった目で眺めながら…やはり俺は色々なことを考えてしまっていた。




 一番胸を締め付けるのは、己自身の不甲斐なさ。

 自分に力があれば、スターリィのことを守れたのではないかと思う自責の念。ずっとサトシが自分の中に居たにもかかわらず、全く気付けなかった己の間抜けさ。


 悔やんでも悔やみきれない後悔の連続に、俺は自分を壊したくなる衝動に駆られる。


 だけど…だめだ。俺は簡単に死ぬわけにはいかない。

 死ぬなら…スターリィを救い出してからだ。それに、サトシに乗っ取られたティーナのこともある。




 サトシ…俺の親友。

 なぜ…あいつはああなってしまったのか。


 気がつくと俺は、サトシのことを考えていた。






 サトシは…もはや俺の知る存在ではなくなっていた。確かに変わっていた部分はあったけど、あそこまで畜生では無かった。


 だが、今のサトシは人を人とも思わぬ有様。発言自体はゲームをやったときと同じようなことを言っていたものの、人の命を弄ぶ行為は到底受け入れられるものではなかった。



 俺は思い出す。

 かつて…俺の友であった頃のサトシのことを。






 ---





 サトシは一言で言うとスーパーマンだった。


 容姿端麗、頭脳優秀、運動神経抜群。

 そのくせゲームが大好きで、気の回るイカしたやつ。

 それが…俺の知るサトシだった。



 かつて俺が自殺しようと思ったとき、何気ないゲームの話で俺を救ってくれたのもサトシだった。


 のちにあの時のことをサトシに礼を言ったところあいつは笑いながら俺にこう言ったんだ。


「あれ?そんなことあったっけ?ま、いいじゃんか、そんなことよりあのゲームだけどさ…」




 サトシの存在に、俺は本当に救われた。


 都会の街から転校してきたサトシは、なぜか根暗でゲーム好きの俺とよくつるんだ。人間にランクがあるとしたら、上級の人間が下級の人間とつるんでるようなもんだ。

 天と地ほども違う俺たち。だけどなぜか…サトシは俺と仲良くしてくれた。



 今でもその理由は分からない。何度聞いてもはぐらかすだけだから、いずれ聞くのもやめてしまった。

 ただ、サトシがいなければ今の俺が無かったことだけは間違いなかった。



 だけど、今のサトシはあの頃のあいつとは明らかに別人だった。

 あいつは何の躊躇もなくアンクロフィクサとミクローシアの魂を喰った。かつてのサトシはクールなやつではあったけど、簡単に人の命を刈り取るようなやつでも無かった。

 それがいまや、ゲームのように人の命を弄んでいる。

 たとえこの世界の人たちに恨みつらみがあったとしても…人間あそこまで変わるものだろうか?



 今のサトシは…昔のサトシから『倫理観』というものを完全に欠如してしまった存在のようだった。以前の面影を色濃く残しているのに、まるで別人。

 強いて似たものを探すと、思い出すのは…狂っていた頃のカノープス。



 …そう、サトシは狂っていた。

 アンクロフィクサとミクローシアを無残にも喰らい、スターリィすら喰おうとした。

 なんとかスターリィのことを守れたものの、俺の右腕と右眼がサトシに喰われてしまった。


 苦痛に呻く俺に対して、あいつは「余計なものを喰わせるな」とせせら笑いながら言い放ちやがったんだ。



 悔しい。だけど手も足も出ない無力な存在おれ



 そんな俺を、スターリィは命懸けで守ってくれた。俺たちを生かすために、新たな力に覚醒してサトシと共に停止したときの中に留まったのだ。


 このままだと、スターリィの命は尽きてしまうのだという。彼女に残された命の時間は1日程度。

 そんなこと、絶対に…受け入れられない。



 ふつふつと俺の心の中に湧き上がってきたものは、怒りだった。抑えようのない、猛烈な怒り。


 俺の中から失われていた力が、再び湧き上がってくるのを感じる。





 …ふと顔を上げると、俺の目の前にゲミンガを抱いたフランシーヌが立っていた。


「…フランシーヌ」

「アキ、あなた酷い顔をしているわよ」


 フランシーヌにそう言われて、俺は無間地獄に陥りそうな思考を一旦停止させると、改めて彼女に向き合った。






 ---






「そう…アンクロフィクサがそう言ってたのね」


 俺が語る話を聞いて、フランシーヌは寂しそうにそう呟いた。彼女の目に浮かぶのは…涙。ゲミンガが不思議そうな表情を浮かべて首を傾げながら、フランシーヌの涙を拭っていた。



「すまない、フランシーヌ。俺は…だれも助けられなかった。それどころか…ゾルバルの魂まであいつに奪われちまったんだ」


 俺にとって一番堪えていたのは、たぶん…ゾルバルの魂を奪われたことだった。


 ゾルバルは、俺を救うために文字通り命を捧げてくれた。俺はこれまでゾルバルに何度助けられただろうか。それは単に能力を与えてくれたことだけにとどまらない。

 オーブと化した彼は俺の元にレイダーさんたちを呼び寄せた。たくさんの友も導いてくれた。


 そんな…ゾルバルの魂を俺はサトシに奪われた。それだけではない、ヤツは奪った魂を『コレクション』と呼び、まるでモノのように扱いやがったんだ。改めてサトシに対して猛烈な怒りが湧いてくる。


 だが、フランシーヌの気持ちを思うと本当に胸が痛んだ。なにせ彼女は、愛したゾルバルと、息子ともいうべき存在アンクロフィクサの魂を、無残にもサトシに喰われたのだから。



 だけどフランシーヌは、そんな辛さをおくびにも見せずに、俺に優しい笑顔で微笑みかけてくれた。


「アキ、アンクロフィクサのことを教えてくれてありがとう。それだけで…私の心は救われたわ。

 でもね、アキ。もうそのことは忘れて。魂を奪われたのは仕方ないわ。だけどね、私はそれ以上にあなたのことを失いたくないのよ」

「…えっ?」


 フランシーヌの予想外の言葉に、俺は思わず戸惑いの声を上げてしまった。


「フランシーヌ、どうしてそんなことを?」

「アキ、あなたは分かっていないみたいだけど…ゾルバル様とアンクロフィクサが私にとって大切な存在であるのと同じくらい、私はあなたのことが大切なのよ?」

「……フラン…シーヌ?」


 それは、俺にとって本当に予想外の言葉だった。フランシーヌにそんな風に思われてるなんて考えたこともなかったから。


「だって俺は…フランシーヌに迷惑ばっかりかけて…。しかも俺のせいでゾルバルだって、アンクロフィクサだって…。なのに…」

「…バカね、アキ。あなたは気付いてなかったの?私はね、あなたのことをとっても愛してるわ。龍の誓いなんて関係ない、あなたは…私の娘も同然なの。だから…あなたがこれ以上酷い目に遭うのを見ていたくないのよ」


 フランシーヌの嘘偽りない言葉に、俺の心は大きく揺れた。

 そうだったんだ。俺は…彼女から憎まれてなんかいなかったんだな。でもよくよく考えてみたら、憎んでるようなやつに龍の力を与えたりはしないよな。



 フランシーヌの言葉が心に沁み渡っていくと同時に、不思議と俺の心に暖かいものが満ち溢れていく。



 …だけど、ごめんフランシーヌ。

 その願いを聞くわけにはいかないんだ。


「…ありがとう、フランシーヌ。でも俺は…くよ。逃げ隠れたりして、大切な存在ものから目を背けるような生き方を…俺はできないんだ」



 フランシーヌのほうも最初から俺の回答は分かっていたみたいだった。優しくゲミンガを撫でると、長い睫毛を揺らしながら頷いた。


「…アキ、あなたならそう言うと思ってたわ。なにしろあなたはあの人の…ゾルバル様の最後の弟子なんですからね」



 俺は力強く頷くと、ゆっくりと前方を見つめた。




 そのとき。

 俺の視界にユニヴァース魔法学園と背後にそびえ立つ霊山ウララヌスの姿が飛び込んできた。



 まるで神が宿るかのような圧倒的なオーラを放つ霊山ウララヌス。分厚い雲と霧に覆われたその山頂部分が…年に一度見せるかどうかの姿を見せていた。まるでカルデラのような火口と、その中心にある浮島のような場所まで見える。


 キラリ、そのとき浮島の中心で何かが輝いたような気がした。


 それはまるで、俺を出迎えるかのように…





 その瞬間、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。




 そうだ。

 まだ…手はある。



 俺の閃いた手段は、もしかしたら無謀なものなのかもしれない。

 決して手の届かない、幻のような方法なのかもしれない。

 そして…命がけのものになるかもしれない。



 だけど、もしもそれが叶うのであれば…

 僅かでも可能性があるのであれば…



 そう考えたときにはもう、俺の覚悟は決まっていた。

 俺に出来ることは…もはや一つしかない。




 思い立った瞬間、俺はレイダーさんたちがいる前方のほうへ歩き出した。その歩みに、迷いはもうない。


 やがて巨龍と化したウェーバーさんの首元まで辿り着くと、俺は大声で彼に伝えたんだ。




「…ウェーバーさん、頼みがある。私を…霊山ウララヌスに連れて行ってくれないか」


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