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97.敗走

 

 俺の絶叫が、グイン=バルバトスの魔迷宮の最下層に響き渡った。


 消失した俺の右腕と右目。耐え難い苦痛が遅れて襲いかかってくる。



「がぁぁぁぁっ!?」


 ぼたぼた流れ落ちる血。まずい…このままだと出血多量になる!

 俺は歯を食いしばって気合を入れると、龍の力を発動させてなんとか血を止めることに成功した。だけど…今度は猛烈な目眩が襲いかかってくる。


 生まれて初めて感じる激痛。頭の芯がぼーっとなるのを必死で堪えながら、俺は耐え難い苦痛と戦っていた。




「いやぁぁっ!アキーッ!?」


 スターリィの悲鳴も聞こえてくるが、応える余裕も無い。


「おやおや、あの女を喰うつもりが…アキ、変な邪魔すんなよ。間違ってお前を喰っちまったじゃないか」


 サトシの呆れたような声が聞こえてくるが、それにもまともに返事を返すことが出来ないでいた。俺はただ、失われた右腕の付け根あたりを押さえながら、イモムシのように這いずり回って…無様にうめき声を上げていたんだ。





「あっはっは、哀れな姿だなぁアキ。お前なんか喰ってもマズいだけなんだから勘弁してくれよな」

「ぐぅぅ、サトシ…お前は…人間を捨てたのか?」

「人間を捨てた?それはいったいいつの話をしてるんだ?俺はとっくの昔に人間なんて捨ててるよ。いや、人間を超えた…と言うべきかな?

 …そうだな。前回はグィネヴィアでグインだったから、今度はこう名乗ろうか。

  『破滅の邪神』ディアス=バルバトス。

 どうだ?イカすだろ?ラスボスっぽくないか?」

「やめ…ろ。ティーナの顔をして…ふざけたことを言うなっ!」

「…お前、目と腕をがれても、まだそんなこと言う気力があるのか?」


 サトシの瞳に、冷たい光が宿る。あれは…もはや俺に対して興味を失ってしまった証。あいつにとって俺は…もはや相手する価値すら無いのだ。



「アキ…お前ならわかってくれると思ってたんだけどなぁ。残念だよ」

「…サトシ、お前の中にある魂はな…誇り高い人間ひとたちの魂なんだ。断じて…便利な道具スキルなんかじゃない!」



 途切れそうになる意識を支えるのは、脳裏に浮かぶ…【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】に喰われた様々な人の顔。


 闇に堕ちたシャリアール。父を思う健気な少女スカニヤー。愛する人のために全てを捧げたミクローシア。罪を認め、償おうとしたかつての悪の権化アンクロフィクサ。

 そして…俺の力になるために命を捧げたゾルバル。



 …だめだ!

 そんな人たちの魂を…あいつなんかに渡すわけにはいかない!




「かえ…せ!ゾルバルの…魂は、お前なんかに与えられたものじゃないんだ!」


 俺は再び気力を尽くして龍化した。全身を包み込む…フランシーヌから与えられた龍の力により、俺の出血はなんとか止まる。痛みも耐えられるレベルまで落ち着いてきた。

 ぐぅ…これならなんとか動けるぞ!



「アキ…お前だけを、戦わせはしない」


 気がつくと、俺の右隣にフラフラしながらも剣を構えるレイダーさんが立っていた。



「やっぱお前は師匠の弟子だな。隻腕隻眼でも敵に立ち向かいやがる」


 折れた左腕を支えながら、俺の左隣には半分獣化したガウェインさんが牙を剥いていた。



「フランシーヌが選んだ人に間違いはなかったみたいですね」


 後ろには、俺と同様に半龍化して腹の傷を無理やり塞いだウェーバーさん。



「…死ぬならレイダーと一緒だよ。アンクロフィクサに繋がる血族の者の責務として、全力を尽くすわ」

「アキ…私も全能力を解放します!」


 さらに後方には、改めて天使化して背中に天使の翼を具現化させたベルベットさんと、封印を解いて完全武装し『凶器乱舞デスペラード』モードになったパシュミナさんもいる。



 心強い『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーに後押しされ、俺は…もう一度サトシに気力を振り絞って言い放った。


「サトシ…お前は…間違っているっ!!」








「…くくく。本当に無様で愚かだな。まだ実力差が分からないのか?」


 決死の覚悟で対峙する俺たちを、サトシはふんっと鼻で笑った。俺たちのことを歯牙にもかけない態度は、余裕の表れなのか…ついには屈辱的な台詞までも吐き出しやがった。



「なぁ、アキ。知ってるか?…アリを握りつぶさないように弄ぶのも、結構気を使うんだぜ?」

「サトシィィィイィ!!お前はぁあぁぁあっ!!」



 俺の絶叫を合図に、俺たちは一斉に飛びかかった。

 全身全霊を込めた全力の特攻。そんな俺たちを嘲笑うかのように、サトシはアクビをしながら…まるで呼吸をするかのようになんの力も込めずにあっさりと固有魔法を発動させた。



「…【終焉の波動エンドレス・ナイトメア】」






 サトシの口元に黒い魔力が集中していき、恐ろしい威力を持った波動砲が放たれた。放たれたのは、つい先ほどまで敵対していたミクローシアが放っていた固有魔法。


 だがその威力は、一目で彼女が放っていたものと桁違いの威力があることが分かった。しかも…奇妙にうねりながら分裂して俺たちに襲いかかってくるっ!!



「う、うわぁぁっ!!」


 俺の口から、思わず漏れる絶叫。そして俺たちは…サトシの放った波動砲の直撃を食らったのだ。




 爆音、閃光、そして…全身がバラバラになるかのような衝撃。



 ガッ!

 気がつくと俺は、鈍い音とともに凄まじい勢いで床に叩きつけられていた。どうやら俺はあまりの衝撃に一瞬意識を失っていたらしい。

 何度も床にバウンドして、俺の身体はようやく止まった。正直、龍の身体が無かったらヤバかったかもしれない。だけど…もはや俺は身体を動かすことができないくらい深刻なダメージを負っていた。



 なんとか顔だけでも上げると、状況は悲惨としか言いようがない状況だった。

 俺と同様に吹き飛ばされて地に倒れ伏す『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーたち。彼らのダメージは俺より深刻なようで、ウェーバーさんの龍化やパシュミナさんの魔装は既に解けてしまっている。


 そして…なにより驚かされたのは、天井にポッカリと空いた穴。遥か彼方に…なんと”空”が見えたんだ。サトシの一撃は、魔迷宮の全フロアを突き抜けて地上まで達していたのだ。



 欠伸あくびをしながら放たれたものでさえ、この威力。

 しかも…おそらくサトシは、前言通り俺たちに『手加減』したのだろう。やつは魔法の本体をわざと俺たちから外して、天井に向けて撃ち出していたのだ。

 だが、サトシの放つ本攻撃の”余波”でさえ、俺やレイダーさんたちを殲滅させるには十分だった。



 圧倒的なまでの実力差。

 まるで次元の違う攻撃を見せつけられ、俺たちにはもはやなすすべは無いように思われた。





 カツ…カツ…。

 ゆっくりとした足音を立てながら、俺の元に近寄ってくる14枚の翼を具現化させたサトシ。

 満面の笑みを浮かべながら歩み寄るその姿は”邪神”そのもの。



「…さぁ、アキ。もうくだらないゲームはクリアしちまおうか?もっとも、俺にとってはクリアでも、お前にとっては…ゲームオーバーだけどな」


「待って!!」



 そのとき。


 圧倒的な存在であるはずの邪神を遮る声が、魔迷宮の中に響き渡った。



 凛と通るその声の主は…他ならぬスターリィだった。








 不愉快そうな表情を浮かべると、まるでゴミを見るような目でスターリィを眺めるサトシ。だがスターリィも、サトシの眼力に負けじと睨み返していた。


「…なんだ?お前が先に喰われたいのか?」

「…あたしの大切なアキを、これ以上傷付けるのは…たとえかつて親友であったあなたでも許さない!」

「…ほぅ?」


 だが、勇ましくそう口にするスターリィに、邪神と化したサトシに対抗する手段があるようには思えなかった。なにより魔力の欠乏から回復したばかりの彼女は顔面蒼白で、立っているのさえやっとといったふうに感じられる。このままでは…無残にサトシに喰われるだけだ。



「勇ましいな、お嬢さん。…正直アキが羨ましいよ、こんなにも想われて…」

「スターリィ!…だめだ!」


 片目と片腕を失い無様に這いつくばる俺の口から出たのは…なんの工夫も無い言葉。己の不甲斐なさと力のなさと情けなさから、自然と悔しさが込み上げてくる。


 だが、そんな俺に対してもスターリィは優しかった。輝くような笑みを向けて、俺に語りかけてきたんだ。



「…アキ、せめてあなたは…生きて」

「…スターリィ?」



 スターリィが俺だけに見せる、最高に素敵な笑顔。だけど俺にはそれが…今生の別れのように感じたんだ。






 俺の顔をじっと見つめてふぅと一つ息を吐くと、スターリィはティーナの姿をした邪神サトシに改めて向き直った。


「あなたが…サトシさんですわね。アキがあなたのことをずっと探していたのは知っていますわ。どうして…こんな酷いことをするんですの?」

「ふふっ。俺はやられたことをやり返してやろうとしてるだけさ。…人の魂を軽く扱うような貴様らに、俺を責める資格は無い」

「たとえそうだとしても、あなたのしていることは決して許されませんわ。私が…あなたを止めます。あなたなんかに、アキはあげません!」

「くくっ。お前のようなただの天使ふぜいが、神となった俺に対していったい何ができるっていうんだ?」

「できますわ!愛する人を…守るためならば!」



 神々しいまでに澄み切った表情を浮かべて、スターリィは堂々と宣言した。


 次の瞬間。

 ピキィィンという鋭い音が、魔迷宮の中に鳴り響いた。





 なんだ?いまの何かが割れるようなこの音は…?


 音の発信源はスターリィだった。音と連動するように、スターリィの身に起こった変化は急激だった。



 スターリィの全身から、突如…枯渇していたはずの魔力が溢れ出す。彼女の全身を真っ白な魔力が包み込んでいく。

 白く輝く魔力は、スターリィ背に再び”天使の翼”を具現化させた。巨大で堂々とした見事な天使の翼を。



「あれは…うちらと同じ現象!?」

「うん、覚醒…《超越者イクシード》だよっ!」


 ヴァーミリアン公妃と気絶したエリスを庇うようにして後方に控えていたミアとカレンが、異口同音に驚きの声を上げる。

 まさか…スターリィはこの土壇場で《超越者イクシード》になったというのか?






 白く輝く魔力を放ち《超越者イクシード》となったスターリィ。彼女を感心したように眺めていたサトシだったが、見下したような表情にやはり変化はなかった。


「…ほほぅ、お前も《超越者イクシード》になれたのか?だけど、お前より遥か以前に《超越者イクシード》となっていたレイダーでさえ、俺の前には手も足も出ないというのにどうするんだ?

 …まぁ、お前の能力次第では俺のコレクションに加えても良いぜ?」

「バカ言わないで。あたしは…アキを守るためにこの力を手に入れたんですわ!

 だから…アキは守る!この命に変えても!

 《廻れ廻れ、運命の刻の輪。

 止まれ止まれ、我が願いを聞き入れるために。

 未来は今となり、今は未来となる。》

 …刻よ止まれストップ、【時の女神アスガルド・ノルン】」



 高らかに”天使の歌”を歌い上げたスターリィが、まるでサトシに抱きつくように…ゆっくりと寄り添っていった。あまりに無防備なその行動に、一瞬驚きの表情を浮かべるサトシ。




 そして…スターリィとサトシが手を伸ばせば触れられる距離まで近づいた瞬間。



 二人の体が…まるで凍りついたかのように停止した。







 それまで騒ついていた音が全て消え去ったかのように、グイン=バルバトスの魔迷宮の最下層にある大聖堂に静寂が訪れた。

 目の前に在るのは…俺にとっては到底受け入れることの出来ない光景だった。




「…スターリィ?」


 身動きどころか…呼吸や心臓の鼓動さえ止めてしまったスターリィに、俺はすがるように声をかけた。

 だけどスターリィは何の反応も示さない。それどころか、髪の毛一本さえ動かなかった。


 それは、邪神として猛威を振るっていたサトシも同様だった。二人は…まるで時の流れから外れてしまったかのように完全に《停止》していたのだ。


 …これは一体、何が起こったんだ?





「スターリィ…お前、時を止めたのか…ゴホッ」


 苦しそうに呻きながら、レイダーさんが吐き出すようにそう口にした。

 時を…止めた?人間にそんなことが出来るのか?


「俺も聞いたことがないが…スターリィめ、この土壇場ですごい能力に覚醒したな。我が妹ながら、末恐ろしい才覚というべきか…ぐうぅっ」


 痛む胸を抑えながらレイダーさんが語る説明が、空虚になった俺の胸の内を強く打った。



 スターリィは、俺を守るために土壇場ですごい力に覚醒したんだ。彼女は、俺たちを守るため時を止めた。

 だけど…なんでスターリィまで止まってる?



「恐らくは、自分自身も含めて時を止める能力なのだろう。それが大きな力の代償と言うべきか」

「そんな…じゃあスターリィはどうなるんですかっ!?」

「恐らくは…この状態はそう永くは持たないでしょうね。時を止めるなんて能力、命を燃やして使っているとしか思えないですからね」


 いつのまにか側にやってきたウェーバーさんが、ほとんど龍と化して生命力を強化し自己治癒しながらそう教えてくれた。それじゃあ…このままだとスターリィはいずれ死んでしまうってことなのか?


「そう…ですね。恐らくは…もって一日」

「そんな…バカなっ!!」


 俺は思わず大声をあげてしまった。ズキン…失われた右腕と右目に鈍い痛みが走る。



「たとえ1日とはいえ、スターリィが作り出してくれた貴重な時間だ。まずは一度…ここから引き上げよう。そして回復したあと、あの邪神を葬る手段を考えるんだ」

「なっ!?レイダーさん!あんたスターリィを、実の妹を見捨てるのかっ!?」



 思わず感情的に叫んでしまったものの、本当は俺も分かってる…レイダーさんの言っていることが正しいって。

 だけど、今の俺はどうしてもスターリィを置いていくことを受け入れられなかったんだ。俺を守ろうと命を賭けてくれたスターリィをこのままここに見捨てて逃げるなんて、到底考えられなかった。



「…アキ、すまない。だがこのままでは全員無駄死にだ」

「…すまない、レイダーさん。謝らないでくれよ…。くそっ!くそっ!!俺に力があれば…」






『くくく…』



 そのとき、俺の耳に聞き覚えのある笑い声が飛び込んできた。

 この声は…忘れもしない、サトシ本来の声!



 すぐに声がした方に視線を向けると、スターリィの魔法によって時が止まったはずのサトシの身体から、黒いモヤのようなものが滲み出ていた。

 ゆらゆらと揺れるそのモヤは…恐らくはサトシ本来の姿なのか?



「サトシッ!」

『…まったく、油断したよ。まさか時を止めてくるとはね。でもまぁ、ただそれだけだ。ほんのわずかな時間を稼いだだけに過ぎない』


 楽しそうに嘲笑うのは、サトシの余裕の表れなのか。



『…なぁお前たち。良いことを思いついたよ。

 このままでも俺はなんなくお前たちを喰うことはできるんだが、せっかくのこの女…スターリィだったか?こいつがこんなにも予想外の手を使ってきたんだ。彼女に免じてお前たちに時間を与えてやろう。

 なーに、20年以上待った俺だ。1日待つくらいどうってことないさ』

「時間…だと?」

『ああ。この魔法は24時間で切れるんだろう?だったらその間、お前らのことを待っといてやる。ただし、魔法が切れたその瞬間…俺はこの女を喰らう。

 もし助けたければ…俺を倒すための手段を死に物狂いで探すんだな。せいぜい俺を楽しませてくれよ?あーっはっは!』


 そう言い放つと、サトシの影はゲラゲラと楽しそうに笑いだした。

 勝利が確定したあとの暇つぶし。俺にはそうとしか感じられなくて、頭に血がカッと上る。



「アキ!ここは退却するぞ!」

「っざけんな!俺は絶対あいつを許さないっ!!たとえ死んだとしても…」



 ゴッ。



 ふいに、俺の腹に強烈な打撃が加えられた。レイダーさんのパンチが炸裂したのだ。


 無防備だった俺に、それを防ぐ術はなかった。すぐに…意識が遠のいていく。



 薄れゆく意識の中、ウェーバーさんが完全に龍化してみんなを背に詰め込んでいる様子が見えた。

 そして、最後に聞こえてきたのは…サトシのバカにしたような挑発だった。



「…せいぜい俺を楽しませてくれよ、レイダー。楽しみにしてるぜ。

 …あー、アキ。お前はもうどうでも良いよ。邪神となった俺から必死に逃げ回りながら、世界が滅びる様子を見守るがいい。

 …愛する女が俺に喰われる様を見せつけられながらな!

 あははっ!あーっはっはっは!」





本章はこれにて終了です。

このあといよいよ…最終章に突入します。



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